プロローグ

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<プロローグ>

これは、イッシュの歴史の闇に葬られたお話。
戦時中のイッシュに生きた、とあるタブンネのお話。

街のあちこちから炎が上がり、森の木々が音を立てて激しく燃える。
燃え上がる炎により赤く、立ち上る煙によって黒く染まった空。
禍々しい色の大空を、何十羽ものバルジーナが獲物を探して飛んでいる。

彼らが狙うのは体力が落ちていたり、傷ついていたりする弱ったポケモンだ。
そのときである。バルジーナの群れが降下し始め、平原のある1点に集まり始めた。

平原にできた黒い塊のその中心。戦場には似つかわしくない鮮やかなピンク。イッシュ全土に暮らすタブンネだ。
森の木が燃えたことで木の実が取れず、森の中の池には仲間のタブンネの死骸が浮かび、水を飲むこともできない。
飢えと乾きに苦しみ、弱ったタブンネが狙われるのは必然であったと言えよう。

「ミィィ……ミヤァァ……」

弱り切ったタブンネに、抵抗する力は残されていない。
わずかに残った肉を、皮を、目を、内臓を。そして、血の1滴でさえもバルジーナたちは飲み込んでいく。
自分という存在が確実に削られていく。そんな極限の苦痛を受けながら、タブンネは静かに絶命した。

新たな獲物を探すのか、それとも巣に戻るのか、食事を終えたバルジーナたちが次々と飛び去っていく。
残されたのは割れた骨と、ピンクの体毛に白い尻尾。食べられるところなど残っていない、タブンネの骸だけ。

いや――

少し離れた、わずかに残された草の茂み。
その中では1匹のタブンネが恐怖に震えていた。

バルジーナたちに見つかる寸前に茂みの中に隠れ、そのまま茂みの中で息を潜めていたのだ。
仲間であるタブンネが食べられていく音をずっと聞かされながら。
仲間であるタブンネが、自分に向かって助けを求める声をずっと聞き続けながら。

タブンネは茂みの中からそっと空を見上げる。
かつて見た青空はそこになく、何かが崩れるような音が遠くから響くだけ。

タブンネは想う。
明るかった空の輝きを。仲間とともに過ごした平穏な日々を。


<通じない言葉>につづく)
最終更新:2014年06月19日 23:07