甘い蜜にご用心

とあるタブンネ一家が森にやってきた
この森には甘い蜜が樹皮に吹き出るすばらしい樹が多く生えていると聞き、
遠い住処からわざわざこの森にやってきたのだ
一家は父親タブンネ、母親タブンネ、そしてまだ乳を吸う年頃の子タブンネが3匹
さっそく蜜が吹き出ている樹を見つけた父親タブンネ
一生懸命背を伸ばして蜜をかき集める。手にとった蜜を母親タブンネに与える
母親タブンネは育児疲れのせいか乳の出が悪くなっており、
父親タブンネは母親タブンネに栄養たっぷりの甘い蜜をやりたかったのだ
一家はしばらく蜜を舐めて幸せそうに過ごす
しかし、離れた場所に住んでいたタブンネ達は知らなかった。この森がどれほど危険なのかを…
不意にぶぅーん、ぶぅーんと羽音が聞こえ始めた
何事か、と父親タブンネが辺りを見渡すと、いつのまにか一家はミツハニーの群れに囲まれていた
ミツハニー達は怒り狂っている
なぜならタブンネが手を出した樹は、ビークインに捧げる一番良い蜜が出る樹であったから…
ミツハニーが羽を鳴らしながら父親タブンネに群がる
抵抗する間もなく、あっという間にミツハニーに埋もれる父親タブンネ
ミツハニーが羽を高速で動かすことによって、摩擦熱がうまれる
数十匹分の摩擦熱はタブンネ一匹を蒸し殺すには充分な熱量だ
家族に言葉を残すこともできずに、骨まで熱を通されてしまった父親タブンネ
ミツハニーが去った後には美味しそうな匂いを放つピンクの蒸し肉が残された
悲鳴をあげて逃げ出す母親タブンネ。ピィピィ鳴く3匹の子を抱えて懸命に走る
どんっ、と母親タブンネの腹に何かがぶつかった
いや、ぶつかったのではない。その黒っぽい何かは母親タブンネの腹を貫通していた
ごぼりと血を吐き出しながら、蜜を盗られて怒っているヘラクロスと
己の腹を貫いている角を最後に見るものとして母親タブンネは死んだ
ヘラクロスに刺された衝撃で、3匹の子タブンネは地に放り出された
幸い怪我は無かったものの、見知らぬ土地で保護者を失った子タブンネたちはどうなるのか…


533の続き パターンA

時刻はもう夜、親を失った子タブンネのうち一匹はふらふらと森を彷徨い歩いていた
何とか自分たちの住処に帰ろうとしていたのだが、まだ幼いタブンネに森から抜け出られるはずもなく
丸一日歩いても一向に見覚えのある場所には辿り着けなかった
朝に母親の乳を、昼に蜜を舐めた後は何も口にしていない
まだ乳のみ子のタブンネは体力の限界に達していた
何も考えられずに、岩陰の小さな洞窟に潜りこむ
岩壁に残された斬りつけられたような跡を見て
父親の教えを覚えていれば、その洞窟だけには近づかなかったはずなのだが…
洞窟の中は暖かく、子タブンネは一息つくことができた
だがそうすると昼間の母親、父親そして兄弟のことを思い出し、
急に寂しくなって子タブンネはシクシクと泣きだした
ふと、洞窟の奥から微かにギリギリという金属音にも似た音がするのが聴こえた
きゅーきゅーという小さな鳴き声も。子タブンネは何か他のポケモンが奥にいるのだ、と気づいた
ひと恋しくなっていた子タブンネはよせばいいのに洞窟の奥に入っていった
奥にはキリキザンとコマタナが一匹ずつ横たわっていた
コマタナはきゅーきゅー鳴きながらキリキザンを揺さぶっている
キリキザンは煩わしそうにしながらも胸部の刃の陰にあった乳首をコマタナに含ませてやる
乳を吸いはじめるコマタナ。子タブンネとたいして年は違わないようだ
そんな親子の様子を見て、半日何も口にしていない子タブンネは猛烈な食欲を感じ
何も考えることなく洞窟の暗やみからキリキザンたちに近づいた
そしてもう片方の乳首にむしゃぶりつく。本当の母親の乳と違い、かな鉄臭くて妙な味がしたが
飢えていた子タブンネにとっては今まで口にしたどの物より美味に感じられた
当然、キリキザンは自分たちの寝床への侵入者に気がついた
無雑作に片腕の刃を振り上げ、子タブンネの首筋へ押し当てたが
夢中になって己の乳を吸う子タブンネと我が子をしばし見比べ、
フンと鼻を鳴らすとそのまま刃を下ろしてしまった。育成期の母性本能に子タブンネは救われた

朝になってからも、子タブンネが大きくなってからも子タブンネはコマタナ一族の群れに留まり続けた
ボスの気まぐれか何かはわからないが、群れの一員として認められたのだ
コマタナ達と暮らしていくうちに、子タブンネは自分がタブンネである事を忘れていった
幼いうちからタブンネとしての自己認識ができない生活を続けたため、
自分がコマタナ一族であると思い込んでしまったのだ
それから少したったある日。蜜を取りにきたタブンネ一家とは全く関係のない、別タブンネが森を訪れた
そのタブンネの目の前に、一匹のタブンネが現れた
タブンネはミッミッと鳴いて挨拶をしたが、現れたタブンネの様子がおかしい
いや、様子だけでなく格好も変だ。両手に人間から盗んだらしい包丁を持っており、
身体に木の蔓でガラス片や木の枝など鋭いものがくくり付けられている
森を訪れたタブンネは尋常で無いものを感じ、ミィ、ミィ?と問いかけるように鳴いたが
包丁を持ったタブンネは無反応だ
突然、包丁を持ったタブンネがミィィィィィ!と甲高い声で鳴いた
キンキンと金属音めいた鳴き声に思わず森を訪れたタブンネは耳を押さえたが、
その時周りの草むらがザザザッと鳴り、無数のコマタナが姿を現した
森を訪れたタブンネは慌てて包丁を持ったタブンネに近づき、一緒に逃げようとしたが
ブンっという空を切る音を聞いて身を竦ませた。目の前のタブンネが包丁を振り下ろしたのだ
ミィィッと舌打ちとともに悔しそうに鳴くタブンネの顔は、とても同種とは思えないほど凶暴だった
呆然と立ち竦んだままのタブンネの背中にコマタナ達がしがみついてきた
無数の刃がタブンネの身体に食い込む。血が流れる
悲鳴をあげてのた打ち回るタブンネに、包丁を持ったタブンネが近づく
傷ついたタブンネはミィミィと鳴いて同種に助けを求めたが、包丁を持ったタブンネはニヤリと笑うと
助けを求めて伸ばされた手に思い切り包丁を突き刺した
ミギャアアアッと鳴くタブンネに構わず、コマタナ達と一緒にそのまま手足身体を滅多刺しにする
失血のためはやくも意識が薄れ始めたタブンネは、
同種が自分の血に塗れた包丁を美味そうに舐めているのを疑問符だらけの脳で見つめながら死んでいった…

狼に育てられた子供ならぬ…篇 終


533の続き パターンB

親を失った子タブンネのうち一匹は、必死になって森を駆けていた
背後からは、ぶぅーん、ブゥーンという羽音がいつまでもいつまでも追ってくる
父親を蒸し殺したミツハニー達が怒りおさまらずに子タブンネを追い回しているのだ
幼いタブンネが逃げ切れるはずもなく、足はもつれ、息はきれ、ついに力尽きて倒れ伏した
ミツハニー達が子タブンネに群がる。観念したように子タブンネは伏したまま。頬にひとすじの涙が流れた
そのままミツハニーに引きずられてゆく子タブンネ。森の奥の、ミツハニー達の巣へ連れてゆかれた
巣の中心、ビークインの前に無理矢理立たされる子タブンネ
ビークインは甘い蜜の事をすでにミツハニーから聞いて知っているらしく
怒りに満ちたプレッシャーを放っている
ビークインが子タブンネを指差しきゅいきゅいきゅい!と何事かを喚きたてた
ミツハニー達がそれに応じて羽を鳴らした。女王の怒りはごもっとも、と応えているようだ
ミツハニーのうち一匹が子タブンネの背中をぐいぐい押す。どうしたら良いのかわからず立ち竦む子タブンネ
ビークインがまた何かを喚いた。子タブンネの背を押す力が強まる
子タブンネはビークインが自分に謝れ、と言っていることに気づいた
背を押しているのは土下座しろ、ということなのだ
大勢のミツハニー達の目の前で土下座をするのは、子タブンネにとっても恥ずかしかった
それに悪い事をしたらしいとはいえ、蒸し焼きにされた父親の仇に対して土下座するのは悔しかった
だが、ビークインの放つプレッシャーは強力だった
周りのミツハニーの羽音もだんだん大きくなり、緊張感が高まってゆく
ついに子タブンネはプレッシャーに負けて両手を地に着けて土下座をした
その姿を見てビークインはさも可笑しそうに嘲笑った。ミツハニー達の間からも小さい笑い声が聴こえる
子タブンネは悔しくて恥ずかしくてボロボロと涙を零した

再びミツハニーが子タブンネを立たせた。またもや何処かへ引きずってゆく
もう許してもらえるのでは、と思っていた子タブンネは泣き叫んだがミツハニー達は容赦ない
連れて行かれたのは巣の未完成な場所。ロウが柔らかく巣材の木片が見え隠れしている
そこに子タブンネは無理矢理埋められた
泣き喚こうが、暴れようがどんどんロウが子タブンネの身体を埋めてゆく
とうとう子タブンネは鼻と口、耳を巣の外に露出する形で完全にロウに固められてしまった
目は塞がれ、身体はピクリとも動かせない。このまま巣材となって餓死させるのがビークイン達の狙いなのだ
子タブンネがミィミィ鳴いて助けを求めていると、一匹のアゲハントが通りかかった
ビークインの巣から覗いている、ピンクのふわふわしたもの…タブンネの耳が見えた
アゲハントには、それが花に見えた。そっと近づき口吻の管を突き刺して吸い始める
なんだか蜜にしては妙な味がする
それに近くでミギャッ…ミイィィィィ…と、うるさい鳴き声が聴こえたような…
アゲハントはいろいろ疑問に思ったものの、なかなか珍味であったので満足してその場から去っていった
後には、脳みそを吸われて耳から血と灰色の汁の混じった何かを垂れ流す
ロウに固められた子タブンネが残された

ロウ細工の花篇 終



533の続き
見知らぬ土地で保護者を失った子タブンネたちはどうなるのか…

A 森の外へ逃げようとする→>>544
B 森の奥へ逃げる→>>621
ニアC 逃げずに母親の亡骸の傍で泣いていた

親を失った子タブンネのうち一匹は、ヘラクロスに腹を貫かれた母親に寄り添って泣いていた
ついさっきまで幸せだったのに、どうしてこんな事になってしまったのか
まだ幼いタブンネには理解できず、きっとこれは何かの間違いだ、
もうちょっと待てばお母さんもお父さんも兄弟も戻ってくるはずだと信じて泣きながら待ち続けた
辺りが暗くなってきた。ホーホーやヨルノズクの声が森にどこか虚ろな調子で響く
目を真っ赤に泣き腫らした子タブンネは喉の渇きと空腹を覚えはじめた
だが近くには水場も木の実がありそうな場所もない
それにまだ乳のみ子のタブンネは、食料を確保する手段を親から教わっていなかった
幼い思考で必死に考えた解決法は、もう一度蜜の出る木に行ってみよう、というものだった
もう夜だし昼間の怖い虫たちもいないだろう、と子タブンネは考えたのだ
勿論これは子タブンネの浅知恵で、虫ポケモンは夜の方が活発になる種も多い
むしろ、集団で行動するミツハニーや強力な一本角を持つヘラクロスでさえ
接触するのを避けるような凶暴な虫ポケモンが夜に行動するのだ
子タブンネは異臭を放ちだした母親の亡骸から離れて昼間の木の元へ歩きはじめた
子タブンネが考えたとおりに、夜中の木の傍には何もいないように見えた
小さい手足でよいしょ、よいしょと木登りし、蜜に手を伸ばす子タブンネ
やっと手が届く、そう思った瞬間、激痛が子タブンネの手に走る
ミィィッと鳴いて、子タブンネが手を引っ込めると
かわいらしかったお手手は赤黒く腫れてブツブツと黄色い膿汁が浮かんでいた
驚き呆然として変わり果てた自らの手を見つめる子タブンネ
ギィィッと威嚇音が聴こえた
音がした方向を見るとペンドラーとフシデ、ホイーガたちがこちらを睨んでいた
どうやらこのフシデ族も家族らしく、親子兄弟で蜜を舐めにきたら
子タブンネが自分たちの木の蜜を取ろうとしていたので怒っているようだ

ペンドラーが巨大な毒のトゲを構える。子タブンネの手を突き刺したのはこのトゲのようだ
子タブンネは慌てて木から降り、フシデ族一家から逃げ出した。何も口にできなかったので身体がふらつく
いや、ふらつくのは空腹のためだけではないようだ
毒針をくらった手からじんじんする熱が身体にまわる。熱っぽいくせに妙な寒気が背中を這う
視界が歪み、足がふらつき、ついに立っていられなくなって子タブンネはへたりこんでしまった
子タブンネは自分が毒を受けてしまった事に気づいた。このままでは死んでしまう、とパニックになる
以前ケムッソの毒針が刺さってしまったときは、母親タブンネが口移しでモモンの実を与えてくれた
モモンの実があれば助かるはず、と子タブンネは毒で衰弱した体に鞭打って探しはじめた
夜の森は視界が悪く、毒でかすんだ目でモモンの実を探すのは絶望的に思えた
だが、子タブンネは死にたくない一心から文字通り必死になってモモンの実を探した
毒がまわってだんだん意識が朦朧としはじめ、
頭の中にはモモンの実のピンク色のことしか考えられなくなっていった
酔っ払いのペラップのような足取りで彷徨うこと1時間
もうだめだ、と思いはじめた子タブンネにキレイなピンク色が見えた
モモンの実だ!あれを食べれば助かる!

子タブンネはそう思って嬉しそうによたよたとそのピンクに近づき、むしゃぶりついた…が
口の中にはモモンの実の甘い果汁の代わりになんだか苦い味がひろがり、
そもそもモモンにしては皮が硬い。歯も生えていない子タブンネの口では舐めるのが精一杯だ
おかしいと思って子タブンネがかすんだ目をこすってよく見てみると
それはある意味モモンより遥かにレアなピンク色のヘラクロスの角先だった
寝ているヘラクロスの角先が草むらから少しだけ覗いていたので、
夜陰と毒でやられた目で見間違えてしまったのだ
ぬか喜びについに子タブンネの最後の気力が失われ、
子タブンネはすでに死んだような顔つきで倒れてしまった
その時、色違いのヘラクロスが寝返りをうったらしく、角先が倒れた子タブンネをかすめた
弾き飛ばされ宙を舞う子タブンネ。が、もう悲鳴をあげる気力も無いらしく、その表情は絶望そのもの
木に勢いよくぶつかった子タブンネの身体は、毒によって脆くなっていたらしく
ぐしゃりと音を立てて潰れてしまった
その姿はピンクの皮から赤い果汁の散った、潰れたモモンの実にも見えないことは無かった
最終更新:2014年06月20日 00:36