2月24日。今日はクリスマス。
しかも、ただのクリスマスではなく、雪が降っているのでホワイトクリスマスだ。
「はい、タブンネ。クリスマスのプレゼントだよ」
「ミィィ♪」
満面の笑みを浮かべたタブンネが、プレゼントの入った箱を嬉しそうに受け取る。真っ白な尻尾がパタパタと揺れる。
クリスマスケーキを食べ、普段なら食べることのないオボンの実もたくさん食べることができた。
その上、プレゼントまでもらえたのだ。今日はタブンネにとって最高の1日になったことだろう。
「ほら、さっそく開けてみなよ」
「ミミィ♪」
プレゼントを開けるように促されて、タブンネが箱のリボンをほどいていく。
リボンをほどき終わると、一体何が入ってるんだろう?とワクワクしながら箱を開ける。
「……ミィィ? ……ミィ! ミィィ♪」
箱の中のものを見て、タブンネが喜びの声を上げる。
箱の中身を両手で持つと、見て見て!と俺に向かって高々と掲げている。
うん、喜んでもらえたようで何よりだ。
「……ミィィ? ミィ……ミィ……ミィィィ……」
俺がタブンネにプレゼントしたもの――それは子タブンネだ。
子タブンネがテレビに映ったときに反応していたからプレゼントしてみたが、どうやら大当たりだったようだ。
子タブンネを抱っこしてクルクル回りながら、「ミィミィ♪」と嬉しそうに鳴いている。
「ちゃんと世話するんだぞ?」
「ミィッ♪」
嬉しくてたまらないといった様子のタブンネに声をかける。
タブンネは元気よく返事をすると、抱っこしている子タブンネの頭を優しくなでる。
とてもほほえましいのだが――
「ミック……ミッゥ……ミェーン! ミェーン!」
「ミッ、ミミィ!? ミュイィ。ミミィ」
突然大声で泣きはじめる子タブンネ。
そんな子タブンネをあやし、何とか泣き止んでもらおうとするタブンネ。
しかし、タブンネの努力もむなしく、子タブンネの鳴き声はどんどん大きくなってくる。
「ビェーン! ビェーン!」
「ミィッ!? ミィッ!?」
いっこうに泣き止む気配のない子タブンネに、タブンネの顔に焦りの色が浮かんでくる。
救いを求めるように俺の方を見てくるが、あえて知らん顔をしておく。
それはタブンネにあげたやつなんだから、責任もって面倒見なきゃだめだろう?
……うーむ。しかし、子タブンネがここまで大泣きするとは思わなかった。
プレゼント代をケチるために、そのへんの子タブンネを捕獲してきたのは失敗だったかな?
そんなことを考えていたそのときだ。
「ミェーン! ミェーン! ミェーン……ヒック、ミック……ミィッ! ミィッ! ミィィッ!」
泣きはじめた時と同じように、突然子タブンネが泣き止んだかと思うと、外に向かって必死に鳴き声を上げ始めた。
子タブンネが鳴き声を向ける先には、庭に出るためのガラス戸。
そして、カーテンで覆われたガラス戸からは、「トントン」という音と「ミィミィ!」という鳴き声が聞こえてくる。
ガラス戸に近寄ってカーテンを開けると、曇ったガラスの向こうには1匹のタブンネがいた。
片手をガラスにぴったりと当てて、もう片方の手でガラスをたたく。
子タブンネが「ミィ!」と鳴き声を上げると、それに応えるかのように「ミィ!」という鳴き声を上げてくる。
どうやら俺が捕まえてきた子タブンネは、外にいるタブンネの子どものようだ。
近くにあったタオルでガラス戸の曇りを拭きとると、外にいるタブンネの様子がはっきりとわかる。
顔にはいくつもの涙を流したあとがあり、凍り付いた涙と鼻水が顔に張り付いている。
子タブンネを探して回るうちにケガをしたのだろう。真っ白なはずの雪は、親タブンネの足元だけ赤い。
ガラス戸越しにお互いの姿を見つけたタブンネ親子が、お互いを求めて手を伸ばす。
そんな2匹の姿を見せられ、わが家のタブンネはどうしたらいいの?と俺の顔を見てくる。
「人からもらったプレゼントを別のやつにあげちゃうなんて、そんなひどいことタブンネはしないよね?」
そう言いながらにっこりとタブンネにほほえみかける。
そんなことすればわかるよな。俺の笑顔の裏にある言葉を感じ取ったのだろう。
涙を流しながら親に手を伸ばす子タブンネを、タブンネはギュッと抱きしめる。その体はブルブルと震えている。
「さて、それじゃあ夜も遅いからもう寝ようか。タブンネはどうする?」
そう言って、エアコンの電源を切ってから俺は寝室に向かう。
タブンネの方を見ると、子タブンネを抱きしめたままその場を動こうとしない。
子タブンネを連れたままそこにいたら、外にいる親タブンネもあきらめがつかないだろうに。
まあ、どうでもいいことだ。
翌朝。
いつも通りの時間に起きた俺はリビングへ向かう。
ガラス戸の所ではタブンネが丸くなっている。体が静かに上下しているところを見ると眠っているようだ。
こっそりと近づいてタブンネの様子を見てみると、子タブンネをしっかりと体に抱き寄せている。
子タブンネの体には窓を拭くのに使ったタオルが巻かれていて、寒くないようにというタブンネの配慮が見える。
子タブンネの方も、タブンネのふかふかのお腹に体を寄せて静かに寝息を立てている。
エアコンをつけていないリビングでよく寝れるもんだと感心する。
さて、親タブンネはどうなっただろうか?
ガラス戸を開けて外の様子を確認する。
俺の予想が正しければ――
「おい、タブンネ! 大変なことになってるぞ!」
大声を出して、タブンネの体を揺さぶる。
俺が呼ぶ声。体を揺らされる刺激。開いたガラス戸から入ってくる冷気。
「ミィ……?」と鳴きながらタブンネがゆっくりと目を開く。
ヨロヨロとタブンネが体を起こすと、タブンネに抱かれていた子タブンネも目を覚ます。
「タブンネ、大変だぞ! ほら、見てみろ!」
「……ミィ? ……ミィ!? ミィィィィィィ!?」
「ミッミィ……ミィッ!? ミィッ! ミィッ! ミィィィィィィ!」
目を覚ましたタブンネたちが見たもの。
それは、立ったまま凍り付いている親タブンネの姿だった。
子タブンネを床に降ろすと、タブンネがあわてて雪の上に降りる。
本能的なものか、凍り付いている親タブンネの胸に耳を近づけて心臓の音を確認している。
「ミィッ! ミィッ!」
部屋の中から見下ろす俺に向かってタブンネが必死に叫ぶ。
まだ生きてるよ。助けてあげて!だろう。
まあ生きてるだろうな。ポケモンとはそういうものだし。
親タブンネは「こおり」状態になっているのだ。
ポケモンとは不思議なもので、どんなに強い猛毒を浴びようともすぐに死んでしまうことはない。
そんなポケモンたちの中でも、タブンネはそれなりに耐久力が高く、氷漬けになった程度では簡単に死なない。
昔、悪さをした
お仕置きとして、小さかったタブンネを冷凍庫に入れたままにした結果からもそのことがわかる。
「ミヒィッ!? ミィィッ!?」
「ミェーン! ミェェーン!」
自分の訴えが無視されているとわかると、タブンネが右往左往し始める。
親の状態に気付いた子タブンネが大声で泣きはじめる。
さて、タブンネに解決策を与えるとしよう。
「よし、タブンネ。突進してその野良タブンネにとどめをさせ」
「ミィィッ!?」
驚いて変な鳴き声を上げるタブンネ。その顔にはわけがわからないと疑問が浮かんでいる。
そんなタブンネに顔を近づけ、わかりやすく説明してやる。
「よく考えてみろ。親タブンネが生きていたら、子タブンネがいつまでもあきらめられないだろう?
それともあれか? 死ぬとわかっている親タブンネのもとに子タブンネを返すか?
自力では餌も取れない、寒さもしのげない。そんな幼い子供を野生の世界に放り出すのか?
親のタブンネが死ねば子タブンネもあきらめる。子タブンネを助けるためにはこれが1番いい方法なんだよ!」
……自分でも何言ってるかわからなくなってきた。
タブンネの方を見ると「……ミィッ!」とやたらと気合の入った鳴き声を上げている。
本人が納得しているならまあいいか。
タブンネは親タブンネから距離を取ると、助走をつけて勢いのままにタックルをうつ。
ガツン!という大きな音とともに、凍り付いた親タブンネの体がぐらぐらと揺れる。
凍り付いていても力尽きるまでは倒れない。これもポケモンの不思議なところだ。
「ミィッ! ミィッ!」
「ミィィッ!? ミィィッ!? ミィヤァァァッ!」
何度も突進をしかけるタブンネと、それを見て悲鳴を上げる子タブンネ。
凍り付いている親タブンネの体の揺れがだんだんと大きくなってくる。
「ミィィ……ミィッ!!」
ひときわ力強い鳴き声とともにタブンネが突進を放つ。
タブンネの体が激しくぶつかると、親タブンネの体ぐらりと傾き、ドサリと音を立てて地面に倒れた。
地面に倒れる瞬間、「ミ……」という小さなかすれ声とともに親タブンネが一瞬だけ子タブンネの方を見る。
子タブンネが鳴き声を発する前に、親タブンネの目からは光が失われ、涙が一筋流れて地面に落ちた。
「ミ……ミ……ヒック、ヒック、ミィェェ―ン!」
親の命が失われる瞬間を見せられ、子タブンネが号泣する。
そんな子タブンネの様子に、タブンネは自分がしでかしたことの大きさを理解したのだろう。
「ミィ、ミィ」と鳴きながら、こんなこと受け入れられないというようにフルフルと首を振っている。
しかし、泣いている子タブンネを何とか慰めようと子タブンネに近づいて、小さな背中を優しくなでる。
「ミィッ! ミィッ! ミッキィ!」
背中に置かれたタブンネの手を、子タブンネが勢いよく払いのける。
驚いた様子のタブンネを、子タブンネが鬼のような形相でにらみつける。
涙の浮かぶ青い瞳は充血して赤みがかかり、小さな口から歯をむき出しにしてタブンネを威嚇する。
自分の親の仇なのだ。当然の反応だろう。
「そうだよなぁ。自分の親を殺したやつに触られたくはないよな。大体、こいつが……」
「ミミィッ! ミィッ! ミィッ!」
タブンネを威嚇する子タブンネに話しかけると、俺に対しても歯をむき出しにして威嚇してきた。
目を吊り上げ、「ミフーッ! ミフーッ!」と息を荒くして威嚇してくる姿には、タブンネの持つ愛らしさがまったくない。
まあ、そもそも俺がこの子タブンネを捕獲していなければ、こんなことにはならなかったわけだしなぁ。
タブンネに親を殺すように指示したのも俺だし。
「とりあえず家の中に入れよ。外にいたら風邪ひくぞ」
自分のしたことにショックを受けているタブンネと、威嚇をやめない子タブンネを無理矢理に家の中に入れる。
呆然自失のタブンネと、興奮しているとはいえ体の小さな子タブンネならどうにでも扱える。
「じゃあ、俺はこのゴミを処理してくるから。タブンネ、子タブンネの面倒をちゃんと見とくんだぞ」
親タブンネの死体を引きずり、近くの草むらの中に放置しておく。
経験値タンクとして知られるタブンネが草むらの中で息絶えている光景は珍しいものではない。
このまま放っておけば、業者が回収するなり、土に還るなり、なるようになるだろう。
家に戻る前に、親タブンネの死体の前にしゃがみ手を合わせる。
直接ではないとはいえ、俺がこのタブンネを殺したようなものだ。手を合わせるぐらいはしておくべきだ。
それに、新しいおもちゃをプレゼントしてくれたわけだし。
家に戻ると、家の中の空気が恐ろしく冷え込んでいた。
壁際で泣いている子タブンネをタブンネが慰め、子タブンネはそれを完全に無視している。
予想通りの光景だ。とういうより……タブンネ、そんなことしても逆効果だとは気付かないのか?
さて、ここで思うことがある。
タブンネはプレゼントをもらっているというのに、子タブンネには何もあげていない。
せっかく増えた新しい家族なのに、この状態はあんまりではないだろうか。
遅くなりはしたが、今からでも子タブンネにプレゼントをあげた方がいいだろう。
とはいったものの、プレゼントなど何も用意していない。
この際だ、おいしい食べ物でもふるまってやるか。野生の中ではろくなものを食べてないだろうし。
そして俺は、冷蔵庫の中からあるものを取り出す。
タブンネと子タブンネの顔がピクリと上がる。
2匹とも鼻をスンスンと鳴らし、テーブルの上に俺が置いたものに視線を向ける。
「ほら、食べていいよ」
俺が冷蔵庫から出して、調理したもの。
ケーキに次ぐクリスマスの定番ともいえる、鳥の丸焼きだ。
オーブンでじっくりと焼き上げた表面はこんがりと、表面にかかったソースが湯気とともに香りをたてる。
本当なら昨日の夜に出すつもりだったんだが、親タブンネが来たせいですっかり忘れていたのだ。
2匹のタブンネは食い入るように鳥の丸焼きを見つめている。
とくに、子タブンネの方は口からよだれをたらし、お腹からもクゥクゥと音を立てている。
俺に捕まえられてからは何も食べておらず、野生の生活では決して見ることのない豪快な食べ物。
子タブンネの頭の中は目の前の食べ物だけで頭がいっぱいだろう。
「さあ、遠慮しないで食べていいんだよ」
丸焼きを切り分け、小皿に乗せて子タブンネの前に置く。
中に詰めていた香草やバターの、ソースとは異なる香ばしい匂いが部屋に広がる。
俺のことを威嚇していた子タブンネも食欲には勝てず、目の前のご馳走にてを伸ばす。
その瞬間、俺は子タブンネの動きを止める一言を放つ。
「いやぁ、本当にいい肉が手に入ったよ。こんなにおいしい肉はなかなか食べられないだろうなぁ」
子タブンネの動きがピタッと止まる。
俺の表情と、目の前の肉とを何度も見返し、俺の言った言葉の意味を考える。
「いい肉が手に入った」とはどういうことだろうか?と。
「……ミィッ! ミィミィッ! ミゥゥゥッ!」
突然俺に向かって威嚇を始める子タブンネ。見事に勘違いしてくれたようだ。
目の前の肉が自分の親であるタブンネだと。
俺がそれを食べさせようとしたとも。
しつこいようだが、この肉はあくまで鳥の丸焼きだ。
俺自身にタブンネ1匹を捌く技術はない。凍り付いたタブンネならなおさらだ。
勝手に勘違いして怒っている子タブンネの姿は、かわいと同時に滑稽でもある。
「なんだ食べないの? もったいないなぁ。じゃあタブンネ、代わりに食べていいよ」
小皿をタブンネの前に移動させるが、タブンネは手を出そうとしない。
青ざめた顔で「ミィ……」と何度も首を横に振る。お前まで勘違いしてるのか。
まあ、お前はどうでもいい。後回しだ。
肉をフォークで突き刺し、子タブンネの目の前にぶら下げる。
鼻を刺す香ばしい匂いと、したたる肉汁とソースが、子タブンネの食欲に突き刺さる。
だらだらと口からはよだれを出し、お腹はクルルルと唸り声を上げている。
歯ぎしりしながら俺を威嚇する子タブンネだが、もはや陥落寸前といったところだ。
そして、ついに我慢できなくなったのだろう。
目の前の肉に噛みつき、モショモショと静かな音を立てながら食べ始める。
ふむ。このまま黙々と食べさせるだけではつまらないな。
「ずいぶんとおいしそうに食べるね。お父さんやお母さんにも食べさせてあげたいよね
ああ、ごめんね。親は死んじゃった、いや、殺されたんだよね。それも自分の目の前でさ。
親の仇ご飯を食べさせてもらうって、どういう神経してるんだろう? 親は悲しんでるだろうなぁ。
……でもしょうがないか。自分1匹だけじゃ、ご飯どころか寝る場所も確保できないんだからね」
子タブンネの体がブルッと震える。
「ミ゛ィィ……」と鳴きながら、目からは大粒の涙がポロポロとこぼれる。
親の仇である俺に命をつながれてる屈辱と、そうせざるを得ない自分の不甲斐なさが悔しいんだろう。
慰めてやらないとかわいそうだな。
「タブンネ、子タブンネが泣いてるみたいだから慰めてやってよ」
タブンネが子タブンネをなでようとするが、「ミィッ!」と睨みつけてそれを拒絶する。。
命令したのは俺だが、直接殺したのはタブンネだからな。憎しみもさらに強いんだろう。
俺の口からフフッと笑いが漏れる。
これからタブンネは何度も拒絶されて、そのたびに傷ついた顔を見せてくれるだろうし、
子タブンネは俺に生かされている屈辱に身を震わせながら毎日を送ることになるだろう。
タブンネたちの心が傷ついていくのを想像するのは何とも楽しいものだ。
笑いを引っ込めて、これからのことを考える。
あと1か月はタブンネたちに幸せな生活を送らせてやる必要がある。
精神的にな苦痛を与えすぎると、タブンネたちの心が壊れてしまう。それではおもしろくない。
それに何より、俺のことを信頼させてから突き落とした方が、タブンネたちはいっそう傷つくのだから。
心に傷を負い、ボロボロになっていくタブンネたちの姿。
それこそが、俺がタブンネたちからもらうクリスマスプレゼントなのだ。
次はバレンタインかホワイトデーあたりに新しいプレゼントをもらえるようにしてみるか。
2匹のタブンネの姿を楽しみながら、俺は今後の予定を頭の中で立て始める。
(おしまい)
最終更新:2014年06月29日 13:30