「チィ……チィ……」
シッポウシティに一匹の子タブンネがヨタヨタとした足取りでやってきました。
恐らく何日も食事や睡眠をまともにとれていないのでしょう、ゲッソリと痩せ細り、毛並みもボサボサで体中汚れと傷だらけです。
今にも倒れてしまいそう…しかし子タブンネは歩みを止めません、大切な家族を見つけ出すために…
数日前まで子タブンネはママンネとパパンネ、兄ンネの四匹で暮らしていました。
毎日おいしい木の実を食べたり、兄ンネと一緒に遊んだり…とても幸せな日々でした。
でもそれは一瞬で奪われてしまいました…
突然やってきた人間達にみんな捕まってしまい、トラックに押し込まれてどこかへ連れて行かれてしまったのです。
子タブンネはママンネが咄嗟に草の中に隠したため、人間に見つからずに済んだのでした。
子タブンネはそれから数日間、ほとんど不眠不休でトラックのタイヤの痕や家族の鳴き声を頼りに人間達の後を追いました。
その間に何度も転んだり、危ない目に遭ったりして体はボロボロ、体力も限界過ぎ…
それでも、子タブンネは家族の温もりを求めて、幸せな生活を取り戻すために一生懸命歩きました。
そしてついに、このシッポウシティまで辿り着いたのです。
「チィーー…!チィーー…!」
連れて行かれた家族を探して子タブンネは町を歩き回ります。
鳴き声が途絶えたのはこの辺り…絶対にこの町のどこかにいるはずだと耳の良い子タブンネにはわかっていました。
「チィ?」
ある建物の前で子タブンネは足を止めました。
その大きな建物には『
タブンネ展』と書かれたポスターがたくさん貼られています。
でも子タブンネが足を止めた理由はそれではありません、建物の傍に止めてあったトラックが見えたからです。
「…チィィ!!」
正しくそのトラックはあの人間達が乗っていたものでした。近付いてみると微かに家族の匂いも残っています。
ママ達はきっとこの建物の中だ!と子タブンネは確信しました。
何とかして中に入ろうと、子タブンネは正面の扉を小さな手でぺチペチとたたきます。
しかし既に閉館した建物の扉は重く閉ざされていて、子タブンネ一匹ではどうにもなりません。
「……チィ……」
正面から入ることを諦めた子タブンネは建物の後ろに回ってみます。すると、小さな小窓が開いているのを発見しました。
「チィ…チィ!」
子タブンネは気力を振り絞って近くにあった木によいしょ、よいしょ、と登り、そこを伝って何とか小窓から中へと入ることができました。
建物の中は照明が消えて薄暗く、非常口の緑色の灯りだけがポツンと浮いています。
普通の子タブンネなら不安と恐怖で泣きだしてしまうでしょう、ですがこの子タブンネは家族のことで頭がいっぱいでそんなことは気になりません。
「チィーー!チィーー!」
暗い建物内を子タブンネはチィチィ鳴いて探し歩きます。しかし家族からの返答はなく、広い建物内に子タブンネの鳴き声が響くばかりです。
「…チィ?」
しばらく歩いているうちに、瓶や容器がたくさん置かれている不思議な場所に迷い込んでしまった子タブンネ。
瓶を見ると、そこには液体のようなものと、黒い物体(暗いのではっきり見えない)が入っています。
「チィィ…?」
その中に、少し大き目の容器があったので気になった子タブンネはそれを覗いてみました。
中にあったもの…それは、謎の液体に全身浸かり、白目を剥いてポカンと口を開けた表情のまま固まっている兄ンネでした…
「チィィィィィィ!?」
子タブンネはその表情の恐ろしさに戦慄します。
少し間呆然としていた子タブンネでしたが、兄はこの容器の中に閉じ込められてるんだと思ったらしく、容器をカリカリと引っ掻きはじめました。
時折チィチィと鳴いているのは「もうすこしだよ!」「すぐにだしてあげるからね!」といったような兄ンネに対しての声援でしょう。
兄ンネはその声援を受けても、子タブンネがトントン容器をたたいても、反応するどころか表情一つ変えずピクリとも動きません。
子タブンネの方もその様子に危機感を覚え、容器の上でぴょんぴょん跳ねたり容器を倒そうと押してみたりと奮闘しますが、弱った子タブンネの力では兄ンネを出すことができません…
「チィィ!」
自分ではどうしようもないとわかった子タブンネはこの建物内にいる筈のママンネとパパンネを呼んで大声で鳴きますが、やはりその声は虚しく響くばかりです。
おにいちゃんをはやくたすけなくちゃ!
子タブンネは一層大きな声で鳴き、建物内を走り回りました。
ママ、パパ!いるならへんじをしてよっ!おにいちゃんがたいへんなんだよ!
暗い中なので子タブンネは何度も何度も壁や展示物に頭や体を強打しました。
「チィ……チビィ……」
それに弱った幼い体が耐えられるはずもなく、ついに子タブンネは冷たい床の上に突っ伏しました。
「ヂィ……ヂィ……」
プルプルと体を震わせ、涙と血を流しながら子タブンネは声を絞り出します。その声は既に枯れていました。
子タブンネの意識はどんどん遠退いていきます…
「………チィ?」
その時、子タブンネの目に二つの影が映りました。
ぼやける視界の中、その影の正体を知った子タブンネの顔はパァッと明るくなり、とても温かい気持ちになりました。
…ママ!…パパ!
それは、子タブンネの両親でした。会いたくって会いたくって堪らなかったママンネとパパンネでした…
二匹は建物の入口の近くに並んで立っています。
「ヂィ……チピィ……」
ズルズルと這って子タブンネは両親の元へと向かいます。
そんな体力など疾うの昔に無くなっていましたが、またみんなで幸せに暮らしたい!その一心で子タブンネは進んでいました。
「チィ…ヂ…」
とうとう子タブンネは両親の元まで辿り着きました。目にいっぱいの涙を溜めて子タブンネは、ママンネのお腹に顔を埋めます。
「…チュピィ?」
子タブンネはある違和感に気付きました。
いつもぽってりしててふわふわで温かかったママのお腹…それが今は、固く、とても冷たいものになっていました。
「チィ!?」
驚いた子タブンネは顔を上げます。ママもパパも、兄と同じくピクリとも動くことなく、表情もまったく変わりません…
ずっと真顔のままです。その目からは生気が感じられませんでした。
「チィ、チィチィ…ヂィ……ヂィィ……!」
子タブンネはママンネを揺すって必死に呼びかけます。
ねぇっ、どうしてうごかないの?どうしてそんなにつめたいの…?どうしてぎゅっと抱きしめてくれないの…?
不意に子タブンネの触覚がママンネに触れました。
「ヂ……!」
ママンネからは何一つ音はありませんでした。
血液が流れる音、心臓が動く音…それらがすべてありません…まさに「無」でした。
「ヂ…ヂィィア…」
それらの意味をすべて悟った子タブンネの瞳から、ポロポロと涙の粒が落ちました。
もう二度とママもパパも動かない…もう二度とあの幸せな生活は戻らない…
今、子タブンネの脳内にあるのは絶望の二文字でした。
…ママ、パパ……おにいちゃん…ぼく…なんだか…ねむく……なってきたよ……
翌朝、夫婦タブンネの剥製に縋り付いたまま冷たくなっている子タブンネが発見されました…
終わり
最終更新:2014年06月29日 14:14