私のママは明るくて快活な性格なんだけど、ちょっと子供っぽい。根っからの悪人じゃないんだけど、人を傷つけるところがある。
ブリーダーからタブンネを買って来た時もそうだった。
5匹いた子タブンネの中のいちばん可愛い子を選んで受け取った時、別室に入れられていた母親タブンネが気配を察して飛び出して来て、泣きそうな顔で腕をパタパタ振った。「お願い、連れて行かないで」と訴えているらしい。
「これ、おまえの子なの?可愛く産んだわね。グッジョブ!」
母がのんきに話しかけると、母タブンネは柵越しに子供をつかみ取り返そうとした。
「あら~、この子はもうおまえのものじゃないのよ~」
ママは母タブンネに引っぱられる子タブンネを引っぱり返す。「ミィ!」機嫌よく抱かれていた子タブンネが痛そうに鳴いたのに、ママも母タブンネも取り合いに夢中で引っぱるのをやめない。
「だめ!だめ!だめ!返さないわよ。もうお金も払ったし!」「ミッミッミィッ!」
ママは子タブンネの手を、母タブンネは足をつかんでギュウギュウ引っぱる。
「ミィミィミィミィ!」子タブンネが左右に首を振り「やめてぇ」と鳴いてるのに、2人(?)ともひどい。これって母の愛なの?
柵内にいたブリーダーさんが母タブンネの手を押さえた。すると母タブンネは首を伸ばして子タブンネの尻尾をガッとくわえた。「ミギャッ!」子タブンネは今までで一番痛そうな悲鳴を上げた。
「ちょっと!あんたしつこいわよ!いいかげんに子離れしなさい!」
ママがどなると、母タブンネもキッとママを睨み歯を食いしばった。
ギュリッ!「ミキャアアアァァアァァアァァァ―――!!!」血しぶきとともに子タブンネの尻尾が噛み切られ、母タブンネはのけぞって尻餅をついた。
尻尾の切れ端を頬張ったまま目を丸くしていた母タブンネだが、自分のしでかしたことに気がつくと、悲痛な表情で頭をかかえた。その口から尻尾の切れ端がぽとりと落ちる。
ママはそそくさと柵を離れ建物を出た。外に出ると母タブンネの子タブンネを求める鳴き声が聞こえた。「ミィィィーーー……」
ショックで気絶している子タブンネの尻尾をママは冷静に調べる。
「この程度なら再生力で元通りになるわよね?でも、ならないかもしれないし、この事故はあなたの所の管理ミスなんだから、タブンネ代少し負けてよ」
代金を負けさせて意気揚々と引き上げるママ……だったけど、あれ?どうして引き返すの?
ママは建物のドアを開けると、中にいる母タブンネに向かって見せつけるようにまだ気絶している子タブンネを掲げた。「私の勝ちよ!」
「ミィィィィィーーーン!!!」その時の母タブンネの慟哭の声は隣村にまで届いたそうだ。
私のママは明るくて快活な性格なんだけど、ちょっと子供っぽい。根っからの悪人じゃないんだけど、人を傷つけるところがある。
ブリーダーから買って来た子タブンネを「ターちゃん」と呼び、本人はとても可愛がっているつもりらしいのだが、はたから見るとピントがずれている。
とっくに離乳がすんでいるタブンネに哺乳瓶でミルクやジュースを飲ませたがる。
それだけならいいのだけれど、テレビを見ながらだったりするので、タブンネが「もういらない」と小さな手をパタパタさせても気づかず、口から溢れるまで哺乳瓶を押し続ける。
「ママ、飲ませすぎだよ!タブンネ、おなか壊しちゃうよ!」と言うと、今度はカラの哺乳瓶の吸い口をタブンネの肛門に突っ込み、パコパコ押し始める。
「何をしてるの?」と尋ねると「飲ませすぎた分を吸い出すの」と大真面目に言う。
他にも亀の子タワシでタブンネを洗ったり、洗ったタブンネの襟首を蒲団用の洗濯バサミで挟んで物干竿に干したり、タブンネを膝に乗せているのを忘れて立ち上がってタブンネを床に転がしたり、もうムチャクチャ。
私がその都度止めなかったらどんなことになっていたか。
ママはバカなのかもしれない。実は元女優さんで、あんまり世の中のことを知らないのだ。
私は忙しいママの替わりにおじいちゃんとおばあちゃんに育てられたので、大事な時期にママの被害を受けずにすんだ。
ママは私を自分の手で育てられなかったのを後悔していて、それで今、子タブンネを育てて過去にできなかったことをしようとしているのかもしれない。
タブンネは私になつき、私を頼りにしている。ママに手荒に扱われると「ミィミミィミミィ」と鳴いて私に助けを求める。
少し大きくなると自力で逃げ出して来て私の胸に飛び込むようになった。
ママはそれが悔しいらしい。「ターちゃんったら、ママがこんなにお世話してるのに」なんて言って、
私にしがみついているタブンネのお尻をつねり「ミィッ!」と鳴かせる。
私が「ママ!」と叱ると、プイと行ってしまう。やれやれ。
高さ四十センチほどの頃のタブンネは本当に可愛らしかった。そして丈夫にもなっていたので、ママにとっては最高の玩具だったようだ。
もちろん普段はベタベタ可愛がるのだが、左右の触角を鼻の所で結び合わせて「ほら、こうするとちょっとイヤな顔をするのよ」と笑ったり、
「ターちゃんなんか可愛くないから捨てちゃうぞ」と言って両足を持って窓から外に逆さづりにしたり、
オボンの実をつまみ食いしたと言って手を縛って口にガムテープを貼ったり、いじめるのも大好きなようだった。
(正直言えば私でさえ、タブンネが可愛すぎてたまにちょっといじめたくなった。)
そして、ママったら答はわかってるくせにタブンネに「ねえ、ターちゃんはママとお姉ちゃん(私)とではどっちの方が好き?」なんて聞いたりする。
タブンネはすごく困った顔をしてママと私の顔を見比べ、悩んだあげく、遠慮深げに私の方にそっと寄り添う。
「キー!ターちゃんのバカ!」ママはキレて、でもいとおしくてしょうがないというふうにタブンネの耳をつかみ、タブンネをブンブン振り回す。「ミッ!ミィィ!ミャァン!」「ママ!」
タブンネが大きくなったらママに弄ばれなくなるかな?
明るくて快活で子供っぽい私のママと、タブンネのお話。
ブリーダーから買って来たタブンネも、もう高さ五十センチに育った。
この頃は、ママにイヤなことをされると、人間で言えば眉間にあたる所に皺を寄せたり、手を振りほどいて逃げたり、食事が気に入らないと「ミ…」と不満の声を上げるようになった。
「ターちゃん、もうあんまり可愛くないわね」ママは残念そうに呟いた。それでママがタブンネを変なふうにいじることがなくなったかと言えば、とんでもない。
タブンネが反抗的な態度を取ると、これまでよりも厳しい
お仕置きをするようになった。
タブンネが不服そうな上目づかいでママを見ると、「そんな目、見たくない!」と言って、タオルでタブンネを目隠しし、自分で取らないように手を縛って外に出し、その場でグルグル体を回してトンと突き倒す。
平衡感覚を失ったタブンネが起きようとして何度も転んだり、やっと立ってもふらふらしたり、どうにかバランスを回復しても玄関がどこにあるのかわからなくて、「ミィミィミィミィ…」とせつなげに鳴くのを、家の中からケラケラ笑いながら見物するのだ。
また、ママはタブンネにナイフとフォークで食事をする訓練を施していて、タブンネが失敗して食器や食べ物を落とすと、ハエタタキでタブンネの手や頭を叩く。
三、四回叩かれるとタブンネもムッとした顔になる。するとママもムッとして、タブンネの大嫌いなタマネギを丸ごとタブンネの口に押し込んで「笑いなさい!可愛い顔をしなさい!」と無理難題を命じる。「ムミミム…」タブンネは必死で笑い声らしき声を出す。
タブンネはもうずいぶん丈夫だし、ママにある程度はお仕置きさせなければタブンネへの感情がこじれ、よけい悪いことになりそうなので、よほどの暴力でなければ私も止めに入らない。
その晩ママは機嫌がよく、タブンネを膝に乗せて「ターちゃんって、よく見ると目と目が離れてるわね。もっと真ん中に寄らないかしら」なんて言いながら、タブンネの目尻を顔の真ん中に向けて手でグイッと押していた。
「ミィィン…」(やめてよぉ)とタブンネが抗議する。ほっぺを膨らませて可愛いな、と宿題をしながら私はチラチラ見ていた。
突然窓をバンッ!と叩く音がした。びっくりして見ると、無気味なピンク色の怪物がガラスを破りそうな勢いで窓に顔を押しつけていた。
私は「キャッ」と叫んだが、ママは怪物をヒタと見据え「あら、あんたなのね」と言った。
よくよく見ると、物凄い形相のその怪物は大人のタブンネだった。
土埃に汚れあちこちから血を滲ませ、顔はボコボコに腫れ上がり片耳もちぎれて三分の一ほどしか残っていなかったが、それがブリーダーの所で会った、うちのタブンネの母親だということは直感的にわかった。
後で確認すると、母タブンネはうちのタブンネと離れてからノイローゼになり凶暴化して、ある日ついにブリーダーさんの所から脱走したらしい。
そして幾多の困難に遭いながら、我が子のかすかな匂いを頼りにうちまで辿り着いたのだ。
「ターちゃんを取り戻しに来たの?あんたって本当にしつこいわね」
「ミアアアアアア!」母タブンネは窓ガラスを叩き割り家の中に顔を突っ込むと、子タブンネに手を差し延べた。
「ミッ!」子タブンネはママにしがみついて胸に顔を伏せた。変わり果てた姿、物凄い形相の母タブンネが化け物にしか見えず、怯えてしまったようだ。
「ヒャアーッハハハハ――」ママが嘲りの笑い声を上げた。
「ミギュルルルル!」怒った母タブンネが窓を打ち壊して家の中に入って来た。旅の間に相当鍛えたらしく、筋肉質な体になっている。
「ターちゃんはあんたの子なんかじゃないわよ!あんたの子はこんな顔をしてた?」
ママは子タブンネを母親の方に向け、後ろから口に指をひっかけて引っぱり、別の指で目元を押し下げ、子タブンネの顔立ちを変えた。幼稚…こんな時まで。
「ミッミッミーッ!」やめなさいという風に声を上げ、母タブンネはとっしんのかまえを見せた。ママは素早く服の中に子タブンネを押し込んだ。
「来るなら来なさい。子供が潰れるわよ!」「……ミ」
ママを憎らしそうに睨んだ母タブンネは、ふと私に目を留めるとこちらに向かって来た。
「えっ?」母タブンネが私の腕をつかんで引き寄せた。私、がっちり捕まえられてる。
「これ、何をするの!放しなさい」とママ。
「ミッミミッミッミミミッ!」母タブンネは鳴きながら顎をクイクイ動かして見せる。どうやら子タブンネと私を交換しようと提案しているようだ。
「何言ってるの?両方私のものよ!」そう言いながらもママは服の下から子タブンネを取り出す。子タブンネはまた目の前の化け物に怯え「ミッ!」とママにすがる。
「ミィ……」母タブンネが悲しげに唸った。私をつかむ力がふっと弱まった。私は体をひねりながら母タブンネの向こうずねを蹴りつけた。
「ミギャッ!」母タブンネはうずくまり、私はママのそばに駆け寄った。ママは私に子タブンネを渡す。子タブンネはギュッと私にしがみつく。
「ミ…?」母タブンネはわけがわからないという顔。
「フェアな勝負をやってあげるわ!かかって来なさい!」ママはかまえた。「ミィッ!」母タブンネも肩の筋肉を盛り上げ、ママにとっしんした。
ママはひょいとよけ、素早く母タブンネの腕を取りゴキッ!と肩を脱臼させた。「ミィィィッ!?」昔ママは映画で女格闘家を演じたことがあって、いくつかの技を会得しているのだ。
それから手の平の分厚い所で母タブンネの顔をバム!と突き、仰向けに倒す。「ミャッ!」
すでに母タブンネは戦意をあらかた失っている。ママはそのへんにあったモップを取って、母タブンネを打ち、腹や顔をグイグイこすりつける。「ミッミ!ミミィ!」
ママにそんなつもりはなかっただろうけど、母タブンネの汚れが拭き取られて行く……。
「ミィ?」私の腕の中の子タブンネが奇妙な声を出した。じっと母タブンネを見つめている。
(顔はボコボコで耳もちぎれているけれど、あれは、懐かしい……)
「マミィ!」子タブンネは母タブンネの方へ身を乗り出した。すごく昂奮して手足をパタパタさせている。
母タブンネは子タブンネの声に振り向いた。目から涙がボロボロこぼれている。子タブンネを放すと母の元に走って行く。ママはモップを母タブンネから放した。
「ミィ!マミィ!」「ミィ!ムァァミィーー!」二匹のタブンネは抱き合った。感動的な光景だ。
「あー、言っとくけど、おまえのママはおまえの尻尾を食いちぎったんだからね」
ママったらまた焼き餅を焼いている。
せっかく会えた母子を引き離すのも哀れだということで、ブリーダーさんと相談して母タブンネもうちで飼うことにした。
それで母タブンネが幸せになったかって?とんでもない。
再会できて喜んだのは最初だけで、子タブンネはとっくに離乳していた上、すっかり私になついていたので、もう母親は必要としていなかった。
母タブンネが子タブンネを抱こうとして体に手をかけると、「ミィッ!」とその手をひっかく。
それが度重なると母タブンネは欲求不満が怒りに転じて、子タブンネを足で押さえつけ、両手でバリバリと掻きむしる。「ミャアアアア――!」
母タブンネは正気に返ると涙を浮かべて子タブンネの掻き傷を舐める。すると唾液が傷にしみて子タブンネはまたミィミィ鳴く。
そこでママの出番だ。「ブンブン!(母タブンネの呼び名)またターちゃんをいじめたのね!」
ママは剣山をいくつも組み合わせて作った「お仕置き台」に、縛り上げた母タブンネを座らせる。タブンネのお尻にたくさんの血の出る穴があく。
さらに、頭をフライパンで叩いてお尻を剣山にめり込ませたり、尻尾を引っぱって体をユサユサ揺すったりする。
母タブンネはママとの力の差を思い知っているし、飼ってもらった恩があるので逆らわない。
最近ママが気に入っているのは、母タブンネと子タブンネを同時にいじめることだ。
子タブンネの尻尾を持って逆さづりにし、「出て行け~」と言って玄関から蹴り出す。母タブンネはあわてて子タブンネを追う。子タブンネは母をいやがって逃げまどう。庭は大騒動。
私のママは最強で最凶だ。
最終更新:2014年08月01日 23:36