ここは10番道路。チャンピオンを目指す猛者達が修行のために訪れる場所だ。
このような過酷な地においてもタブンネは生息する。レベルが高いので経験値稼ぎには最適だ。
タブンネは毎日、トレーナーに蹂躙されながらも野生ポケモンに目を付けられないように暮らしていた。
「よし、行けジヘッド!」
一面の緑の中に不自然なピンクを見つけた少年は慣れた動作でジヘッドを繰り出した。
ジヘッドは非常によく育っていて、進化の兆しがはっきりと見えていた。
「噛み砕く!」
少年の命令を聞くより早くジヘッドは草の擦れる音に反応していた。真っ直ぐに飛び出した双頭がピンクに鋭利な牙を突き立てる。
「ミビャアアアアアッ!?」
甲高い叫びを聞いた少年がジヘッドを追うと、そこには肥った腹と弛んだ首を食い付かれている一匹の成獣タブンネがいた。
「ミッ!ミヒッ!」
タブンネは逃げようともがくが、牙が肉に食い込むのを助けるだけだった。
「よし、このタブンネはレベルが高いぞ……すごい経験値だ!」
少年が興奮を抑えきれない様子で言うと同時に、ジヘッドの体が青く光り、その姿を変えた。
「やった、ついに進化したぞ!とどめだサザンドラ、龍星群!」
進化したサザンドラはタブンネを放し、尾の一振りで地面に叩き付けると3つの口から大量の光を吐き出した。
「ミグウッ!!ウアアアーーーーッ!!!」
光は瀕死のタブンネに容赦無く降り注ぎ、辺りは焦土と化した。
「……おや、タブンネじゃないか」
その声でタブンネが再び意識を取り戻したとき、目の前には一人の男がいた。
男がタブンネの口の中に大きな金平糖のような物を一つ入れるとタブンネの全身の傷が塞がり、タブンネはあっという間に元気になった。
「最近は
タブンネ狩りと称して経験値稼ぎや虐待をする輩が多くてな、私がいなければ君も死んでいたよ」
「私はMr.タブンネという研究者だ。名前の通り、タブンネの研究をしている」
Mr.タブンネは白衣を纏い、研究バッグを提げた40歳程の男であった。タブンネは触角を使わずとも男が悪人では無いことを悟った。
「実はさっき君が無様に倒されるところを見ていてな…どうだタブンネよ。お前は悔しくないか?」
タブンネは龍星群のショックで何があったのかを忘れていたので首を傾げたが、
Mr.タブの両手を顔の横に持ってくるジェスチャーを見るとすぐに思い出した。
それでもMr.タブの言った事は今一つ飲み込めていないようだった。悔しくないか、とはどういうことだろう……、と。
「サザンドラに負けたのは君が弱いからだ。負けっぱなしでいいのか?一生殴られながら生きていたいか?」
それを聞いてタブンネは何だか、自分の中に今まで無かったどろどろした何かが生まれているような気がしてきた。体が熱く、固くなるのを感じた。
タブンネが初めて持ったそれは、純粋な怒りだった。
「もし強くなりたいなら私に着いてきなさい」
「ミッ!」
タブンネは迷わずMr.タブに着いていった。着いていった先は研究所を兼ねたMr.タブの家だ。
「さて、私の研究によると、タブンネは最弱のポケモンと言って差し支え無いだろう」
「ミッ!?」
いきなりの言葉にタブンネは驚いた。まさか自分が最弱と言われるとは思わなかったのだろう。
Mr.タブの説明によるとタブンネが最弱だと言う根拠は次のようなものだった。
――まず体だが、分銅のような体型は脂肪が非常に多く、人間の赤ん坊ほどの小さな足や運動を考慮しないハートの肉球と合わせて、
走ることや跳ぶことには極めて向かない。
腕も異様に短く、四足歩行もできない。頭に毒虫が落ちてきても払うことすらできない。
大きな耳はレーダーになるが、耳管が広いわけではないので大きいことによる利点は無い。
発達した触角は鼓動から感情を読み取ることができるが、食うか食われるかの野生世界ではわざわざ近寄って感情を読み取る必要性は無い。
派手なピンクの模様は昆虫なら敢えて目立つことで危険性を主張することに役立つが、
タブンネの場合は逆に襲ってくださいと言っているようなもので全く役に立たない。
また、その模様は人間の服に似ているので、人間に恨みを持ったポケモンの怒りを買う恐れすらある。
毛皮は少なく肉がむき出しになっているので冬涼しく夏暖かく、トゲや岩角から身を守ることもできない。
次に技だが、技マシンを使わない限り接触型ノーマル攻撃しかできず、ゴーストポケモンや尖ったポケモンには一方的に攻撃される。
補助・回復技を多く覚えるが再生力でなければ自身の傷は治せず、あろうことか相手を回復する。
これではまるで、タブンネが人間や他のポケモンに媚びながら生きさせて貰っているようなものだ。いや、外見からして実際にそうなのだろう。
タブンネは一種の「ボーナス」なのだ。神からの愛を唯一受けられなかった悪意のポケモンなのだ。――
最弱の所以の説明が終わる頃には、タブンネは拳を握り締めながら顔をぐじゃぐじゃにして泣いてしまっていた。
「まあ泣くな。確かにタブンネは弱いが、望みはある。強くなればいい」
協力者に全てを否定され絶望に沈んだタブンネだが、強くなればサザンドラを倒せるかもしれないと思い短い腕で涙を拭った。
「ミッミッ、ミィ?」
しかし、どうすれば強くなれるのか?技マシンで武装しても一撃で倒せなければ龍星群を使われる。
次に龍星群を食らって生きている保証などどこにもない。
「そこで私の研究が役に立つ。何百ものタブンネの協力のもとに作った最強の技を君に授けよう」
Mr.タブの眼が怪しく光る。タブンネはゴクリと唾を飲むがMr.タブを信用していた。
翌日。少年がチャンピオンになったと聞いたMr.タブとタブンネはポケモンリーグに乗り込んだ。
四天王はMr.タブの手持ちポケモンが蹴散らし、今二人は大きな扉の前に立っている。
「……いいかタブンネ、私の命令通り動けば必ず勝てるはずだ」
「ミィッ!」
「はじめまして、チャンピオン。私は頂点の称号など欲しくはない。彼の意思でここまで来たのだ」
少年は「彼」を見て目を丸くした。昨日経験値稼ぎに使ったタブンネが挑戦者の手持ちとして自分の目の前にいるのだ。
だがすぐに落ち着きを取り戻し、サザンドラを繰り出した。戦闘開始の合図である。
「いけっタブンネ!」
「ミッミッ!!」
「サザンドラ、流星群!」
少年はいきなり究極技を放った。例えタブンネであっても今は誇り高き決戦の間にいる戦士。これは少年のタブンネに対する敬意であった。
鉄を焼くほどの熱と力を帯びた流星がタブンネに襲いかかり、一瞬にしてタブンネは跡形もなく消し飛んだ……ように見えた。
「今だタブンネ、冷凍ビーム!」
「ミィ!」
タブンネは持っていた光の粉で龍星群の狙いを外していたのだ。
両手の先から白い光線がサザンドラ目掛けて一直線に伸び、サザンドラは氷付けになった。
氷が砕けてサザンドラはすぐ自由になったが、タブンネが必殺技を出す準備をするには十分すぎる余裕であった。
「タブンネ、ロケットパンチだ!」
「ミィィィ……ィィイイイ!!!」
タブンネは両手をサザンドラに向ける。するとなんと、タブンネの腕から火が吹き出した。
「ミ!?…ィギャアアアーーッ!アアアアアアッ!!」
タブンネの腕には機械が仕込んであり、それが必殺技ロケットパンチの正体だった。
だがアニメや漫画のようにはいかず、タブンネは腕を高温の炎と蒸気で焼かれながら引きちぎられた。
「ブミギャアアアッ!!!」
肉の焼ける香ばしい匂いと共にタブンネの腕が血のジェット噴射でサザンドラに飛んでいく。
サザンドラは腕を軽々と避けた。腕はステージの壁にぶち当たり、凄まじい大爆発を起こした。
タブンネは何が起こったのかわからず、ただ腕のあったところを押さえてのたうち回っていた。
どうして、腕が、熱いよ、痛いよ。
「やはり命中精度に問題があるな、この試作品は。おい、起きろタブンネ!今度はミサイルキックだ!」
床に倒れているタブンネの、今度は足から火が出た。
ビチビチという骨と肉がちぎれる音が響き、足の膝から下が本物のミサイルのように飛んでいく。
「ウゲァブ!ミガーーーーッ!!!!」
タブンネは体を焼かれながら裂かれる痛みに濁った奇声を上げた。
ミサイルキックは熱探知式らしく、サザンドラが火の弾を遠くに飛ばすとミサイルも遠くに飛んでいき自爆した。
「ううむ、これは想定外だったな…もっと研究しなければ」
タブンネは何か理不尽を感じていた。自分は死にそうなのに敵には傷ひとつ付いていない。これが効果的な作戦とは思えない。
しかしMr.タブがミミブーメランを命令すると新しい苦痛がやってきて考えが掻き消される。タブンネは地獄の責め苦を受けながら戦っていた。
敏感な大きい耳の神経がブチリブチリとちぎれ、勢いよく明後日の方向へ飛んでいく。
「ビャアアアーーッ!ウィィイイイイヤアアア」
そしてタブンネはMr.タブの呟きを聞いてしまい、痛みの中で全てを知ってしまった。
「もっと多くのタブンネで実験を重ねるべきだったか…」
この男にとってはタブンネは研究材料でしかないのだ。
最弱のタブンネを最強にするという狂った目的のために今まで多くのタブンネが残虐かつ陰惨な「研究」の犠牲になり血を流してきたのだ。
そして自分も……。
タブンネは少年への復讐よりもMr.タブを殺さなければならないと確信したが、
「また適当なタブンネを捕まえて実験しなければ…タブンネ、大爆発だ」
「ミバッ!!」
Mr.タブが命じるとタブンネはボンという音と同時に木っ端微塵に爆裂して死んだ。
結局タブンネは1ダメージも与えられずに死んだ。
少年は唖然として、賞金を床に置いて何も言わず帰るMr.タブを見つめることしかできなかった。
Mr.タブは研究所の裏にある大きな庭にいた。庭は薄暗く、じめじめとしていて、腐った臭いが漂っている。
臭いの正体は庭の真ん中にある赤黒い塊。それは今までに犠牲になったタブンネ達の死骸の山だった。
上の方にはハエが無数に飛び、下に目を移すに連れてゲル状の腐乱死体や白骨が目立ってくる。
山は腐汁の流れと虫の蠢きでグジュグジュと音を立てていて、それ自体がタブンネの怨念の集合体のように見えた。
Mr.タブは一人呟く。
「やはり内蔵型の武装では限界があるか、これで尊い犠牲は531匹目だ」
「ん?531と言えば、タブンネの図鑑番号じゃないか!こいつは傑作だ!ミヒャヒャヒャヒャヒャ!」
Mr.タブはいきなり狂ったように笑い出した。
「ミヒャ!閃いたぞ、内蔵武器だと自滅覚悟になるが、それなら外付けで強化すればいいんだ!タブンネパワードスーツを作ろう!」
「じゃあこいつらは犬死にか?……いや、タブ死にだな!ミヒャ!ミヒャヒャヒャ!」
Mr.タブは狂笑しながらタブンネの死骸の山に火を付け、爆死したタブンネの残骸ごと粉々に焼却してしまった。
終わり
最終更新:2014年08月14日 17:41