タブンネ短篇集「タブ工船」
「ミィ…ミィィィ…」
揺れる船内の薄暗い作業場で、ベルトコンベアに載せられたタブンネが次々と運ばれてくる。
どのタブンネもボロボロで虫の息だ。
ザクッ!ザクッ!
「ミギャアアァァァァアアア!!」
瀕死のタブンネの尻尾に容赦なく包丁が入れられる。包丁を握っているのはなんと同じタブンネだ。
ラインの両側には一列に並んだタブンネたちが流されてくる瀕死ンネを解体している。
ザクッ!ポイッ
「ミビャアアァァァアアア!」
手際よく食べられない尻尾を切り取っては後のくず箱に入れていく雑夫タブンネたち、
その度にライン上から瀕死ンネの悲鳴が聞こえてくる。尻尾を切られたタブンネはそのまま流され、
耳、手足、腹の順で解体され、最後はミキサーに入れられポケモンフーズになる。この一連の作業をやるのは殆ど雑夫タブンネだ。
ここはタブ工船、上質のタブンネの肉を輸出しているが、船旅で鮮度が落ちるのを防ぐため船上で加工している。
別に船で運ぶことも船内で加工する必要もないのだが、現オーナーはこの方法にこだわっている。そのほうが肉がより美味しくなるらしい。
「ミィ・・・・ミィ・・・・」ウルウル
ライン上のタブンネが横で包丁を持っている雑夫タブンネに「やめてミィ・・・」
と目を潤ませながら訴える。しかし哀しいかな、そのタブンネには無慈悲にも包丁が入れられ、立派な食肉となっていく。
ここで働かされているタブンネたちは野生出身が多く、それ以外でも何らかの事情で無理矢理乗せられたか、
騙されたかのどちらかである。一方加工されるタブンネたちは肉に旨みを出すためタマゴの時から何不自由なく育てられ、
自分は特別な存在と勘違いしてとても高慢な性格ばかりである。
実を言うと出航する数週間前からこの出自が対称的なタブンネたちを同じ部屋に入れて生活させる。
すると当然出自がいい方は野生のタブンネたちに「下賎なタブンネたちミィ」と高圧的にでる。
野生産も反抗するが高個体値かつマシンわざを覚えている高貴タブンネたちに敵うはずがない、
このようにしてタブンネ同士で憎みあうように仕向けるのである。
それからしばらくして船の生活となると身分差は逆転、高貴なタブンネは尽く痛めつけられ、
ベルトコンベアに載せられる。そのタブンネたちを待っているのは陸で散々蔑んだ下賎タブンネたちである。
下賎タブンネたちは恨み晴らさんと容赦なく自分を馬鹿にしたタブンネに包丁を振るう。
同じタブンネ同士でこのような残虐なことが出来るのは上記のことが最大の要因を占めるだろう。
まさにタブンネたちに対する洗脳である。
給料は完全歩合制、自分の加工した肉が多いほどオボンがもらえる。船内でそれ以外の食糧獲得法はないため、
時には仕事をめぐって諍いが起こる。しかしここは風紀に厳しい、諍いを起こしたタブンネたちは
喧嘩両成敗として共に仲良くベルトコンベアに載せられる。またここではタブンネたちは複数の班に分かれており、も
し班内で先のような不祥事を起こすと連帯責任でオボンが貰えない。
よってその班のタブンネたちは、質が良くないため出荷されないその不祥事を起こしたタブンネの肉で腹を満たすのだが、
皮肉なことにその肉は慢性的な栄養失調状態のタブンネたちにとって貴重な栄養源である。
「こんなの・・・こんなの絶対おかしいミィ・・・」
ベルトコンベアの近くで耳を切除する作業をしていたタブンネが呟いた。
「何言ってるかわからないミィ、さっさと切るミィ」
隣にいたタブンネが抑揚のない声で返した。
「もう嫌だミィ!!タブンネ同士で殺し合って、その肉を食べて生きるなんてまっぴらだミィ!!」
「やめろミィ、そんな大きな声出すと・・・」
隣ンネがそう言い切らないうちに後から声がした。
「おいそこ、うるさいミィ、どうかしたかミィ?」
「ぞ、雑夫長ミィ・・・」
振り返ると比較的体格のいいタブンネが立っていた。
ここでタブンネたちが手を抜かないよう監視する雑夫長タブンネである。
手にはシャモジを持っている。恐らく棍棒代わりだ。
「すいませんミィ・・・こいつが包丁で怪我したんですミィ・・・」
とっさに隣ンネが庇ったが、雑夫長タブンネは知らぬ顔で先程のタブンネに近づきシャモジでペチペチと叩いた。
「ミグッ!ミガッ!」
「お前のせいで後が詰まって作業が中断しているミィ、今度やったらもっと痛い目に合うミィよ」
そう言い捨てると雑夫長はライン上で助かったと勘違いしてホッとしている
高貴タブンネの心臓にズブリと包丁を刺してトテトテと離れて行った。
(覚えていろミィ・・・絶対にこの地獄から抜けだしてやるミィ・・・)
タブンネは流れてくる高貴タブンネの耳を雑に切りながら、計画を練り始めた。
タブンネは一日18時間(所詮タブンネなのでこれだけ働いても1日20体前後が限界である)の作業を終了し、
寝床である大部屋に帰ってきてもまだ考えていた。このタブンネは此処に来る前には愛護団体のもとにいた。
その時は今とは比べものにならないほどの生活を送っていたが、ある日「ミィミィミュージカル」のチケットを売っていたところ
タブ行為として捕まり、タブ工船組として他の数匹のタブンネと共に此処に送られたのである。
因みに一緒に来たタブ屋仲間は一週間も持たずに他のタブンネの食糧になった。
「ミッ!」
やっと考えがまとまったらしく、タブンネがスッと立ち上がると、それに合わせるように大部屋の入り口から雑夫タブンネが満面の笑みで入ってきた。
「喜べミィ!さっき五匹のバカが脱走しようとして捕まったミィ!今日はごちそうミィ!」
途端に部屋中から「やったミィ!」「早く食べたいミィ!」といった歓声が上がる。最早雑夫タブンネたちは普通にオボンを貰うより、
誰かの肉を貪るほうに喜びを感じるようになっていた。
「ちょっと待つミィ!!」
歓声の中元タブ屋が叫ぶと、一瞬にして部屋は静かになる。
「恥ずかしくないのかミィ!!こんないいように使われて悔しくないのかミィ!!タブンネとしての誇りはないのかミィ!!!」
タブンネが顔を真赤にして他のタブンネを弾劾した。
「でも、逆らったらお肉になるミィ、それはやだミィ・・・」
一匹のタブンネがそう語りかけてきた。このタブンネはかつてトレーナーのもとに居たが、新しく来たハピナスに座を奪われ、
路頭に迷っていたところを、ある男にオボンたらふく食べられる仕事があると誘われ此処にやってきた。
結果このザマであるが、
確かに完全歩合制なので男が言ったことはあながち間違ってはいない。
「それがどうしたミィ!どうせこのままじゃみんな上陸前に全滅だミィ!!!」
「じゃあどうしろって言うんだミィ!」
今度は別の野生出身のタブンネが叫んだ。
「反乱を起こすミィ」
「ミッ!?反乱・・・?」ザワザワ
タブンネのまさかの一言に部屋中がざわつく
「反乱を起こしてこの船を乗っ取るミィ!乗っ取ったあとは愛護団体のところに行かせるミィ!
あそこなら保護してくれるし、それにこの悪事をばらしてくれるミィ!!」
タブンネが自信満々に半日かけて練った策を披露した。
「そんなにうまくいくかミィ?」「失敗したらどうするミィ?」
他のタブンネが矢継ぎ早に疑問を呈するが、自慢の策を疑われたタブンネは激しい口調で
「何言ってるミィ!失敗前提で考えていたら何事もうまくいかないミィ!!大丈夫ミィ!
絶対うまくいくミィ!タブンネの底力を見せてやるミィ!!」
と押し切った。
他のタブンネはまだ互いに顔を見合わせて迷っている。
「ミィは賛成ミィ」
部屋の隅からそんな声が上がった。それは作業場にいた隣ンネのものだった。
「そいつの言う通りこのままじゃ皆死ぬミィ、だったらここにいるタブンネの総力を合わせて戦うほうがまだ希望はあるミィ」
その一言に感化され、迷っていたタブンネたちは雪崩のように賛同の意を示した。
「みんなその意気ミィ!この計画を他の部屋にも伝えるミィ!決行は明後日の早暁ミィ!
その時間帯は眠っていて油断しているに違いないミィ!じゃあ頑張るミィ!!」
タブンネがそう言い終わると、最後は全員で「ミィィィィィーーー!!」と雄叫びを挙げ就寝した。
次の日、タブンネは「あの雑夫長には教えてあげないミィ、ずっとこの船で威張ってるがいいミィ、
陸に着いたらオボンをお腹いっぱい食べたいミィ」
と明日の作戦の成功を確信しながら、ライン上で涙を流して命乞いをしている高貴タブンネの耳を削いで行った。
作業が終わり部屋へ戻ると不思議と疲れていない、これもここから解放される喜びの御陰だろうか、
それとも今日の夕飯に出た脱走タブンネたちの肉を食べたからだろうか、
とにかく夜になって皆が横になる中、あのタブンネはまだ起きていて
「早く朝になるミィ、朝になればタブンネちゃんの逆襲が始まるミィ、楽しみで眠れないミィ」
などと考えていた。そんなうちに夜は更けていった。
どのくらい寝ただろう、タブンネは不自然なほど眩しい光に目を覚まされた。
「ミッ!?もう朝かミィ!?」
「やっと起きたか
バカンネ」
「ミッ!?」
タブンネが驚いて光の方を見ると、そこには懐中電灯とシャモジを持った雑夫長タブンネと隣ンネを含む部屋中の雑夫タブンネが
タブンネを囲むようにデンと構えていた。
「こ、これはどういう事ミィ!?まさか雑夫長も反乱に参加するのかミィ!?」
状況が飲み込めないタブンネは隣ンネに必死に説明を求める。
「ミヒヒ、まだあんな事言ってるミィ、ねえ雑夫長、ミィの言ったとおりだったミィよ?」
隣ンネは蔑みの笑を浮かべながら、雑夫長に顔を向けた
「全くその通りだったミィ、それにしてもまた馬鹿な事を考えたもんだミィ」
雑夫長はそれを聞いて呆れたようにやれやれと首を振った
「ち、違うミィ!こ、これは…」
「往生際が悪いミィ、お前がよからぬことを考えていたのはこの部屋全員からの証言で分かっているミィ、もう言い逃れはできないミィよ」
「ミィ……ミィィィィィ!!よくも裏切ったなミィ!!!!」
タブンネは隣ンネに掴み掛かろうとしたがすぐさま抑えつけられた。隣ンネは抑えつけられたタブンネの耳を踏みながら
「裏切りって何だミィ?そもそも誰ひとりとしてお前の反乱なんかに賛成してないミィ」
と言い放った。
「嘘だミィ!あの時みんな賛成したミィ!!」
「あれはあまりにもお前がしつこいから黙らせるための方便ミィ、みんなもそれを承知で賛成と言ったんだミィ」
「そ、そんな…あんまりミィ…」
絶望に打ちひしがれているタブンネに構わず隣ンネは続けた
「いいかミィ?よく聞くミィ、この船はあと数日で港につくミィ、陸に揚がればミィらは解放ミィ、
それなのにわざわざ反乱なんてリスクを犯す馬鹿はお前ぐらいしかいないミィ」
隣ンネがそう言ったあと「ミヒャヒャヒャ」と笑うと他のタブンネも笑い始め部屋は爆笑に包まれた。
「それにミィにはやらなきゃいけないことがあるミィ、ミィは元々「ミィミィミュージカル」のトップスターだったミィ、
今はこんなところに身をやつしているミィが、解放されたら華々しく復帰するつもりミィ、
きっと今頃ミィがいないから困っているに違いないミィ」
「ミィ…ミュージカルは…もう…」
タブンネが隣ンネに対して言い終わる前に雑夫長が割って入ってきた
「もう分かっていると思うミィが、ここでヘマをやらかした奴はベルトコンベア行きミィ、せいぜいその肉で仲間に詫びるがいいミィ」
雑夫長はタブンネをシャモジで何十回と叩いたあと、耳を掴んで作業場へと連れて行った。
連れていかれる時の「ミビャアアアアアアアァァァァァ!!!」という叫び声は、起床の放送よりも音量が大きかった。
その後、雑夫たちの朝食には大量のミィアドレナリンが分泌された大変美味しい肉が並んだ。その肉を食べて体力をつけた雑夫たちは、
あと残り数日となったタブ肉加工作業へと元気に出て行った。
余談だが、残ったタブンネたちは入港して陸に上がった途端、雑夫長と隣ンネ含めて全員用済みとして海近くの加工場へ連れて行かれ、
今まで自分たちが船内でやって来たことと全く同じ行程で美味しいお肉となり、船員にお土産として配られた。
解体される時のタブンネたちの顔はほとほと間抜けだったという。
最終更新:2014年08月25日 01:38