タブンネの涙

丹精に手間暇かけたタブ肉を出荷しているとある農家では、肉だけでなく一風変わったものを生産している。
畜舎では、横幅が並みのタブンネの二倍はあろうかというタブンネ達が狭い個室でオボンの実をムシャムシャと引っ切り無しに頬張っている。
「えらく食欲旺盛ですね…」
「ええ、一匹20個は食べますね」
「一日に20個もですか!?それはまた随分と…」
「いえ、一回20個です。肥やしタブンネを使って果樹園でオボンの実も栽培していますが、食事は一日五回なので食費は馬鹿になりませんね。ですがそれだけ多くの肉が収穫できますし、高値で買い取って頂けているので収益はとれています。」

「こちらはタブンネ達の育児小屋になります。皆今日生まれたばかりなんですよ」
小屋は畜舎と同じように個室に分けられており、タブンネ達がまだ目も開いていない小さな赤ちゃんを
でっぷりとしたお腹に抱いて、優しげな目で見つめながら乳を与えている。

「このタブンネ達はあちらに移して、出荷されることになります。」
育児小屋の隣にある、壁が分厚いコンクリート造りの建物の中に入ると、数匹のタブンネが檻の中に入れられており
外の音と遮断されているためか落ち着かない様子だ。
我々が入ってくると嬉しそうな声をあげ、檻にしがみ付いて何かを訴えかけてきている。
おそらく子供を探しているのだろう、檻から出すとあたりをきょろきょろと見回す。
しかし子供達がどこにもいないと分かると、甘えた声を出しながら農夫にすり寄ってくる。
戯れてくるタブンネ達を部屋の一角に誘導すると、備え付けてあった鎖で手足を縛り、動けないように固定した。
子供と引き合わせてくれると思っていたところを、体を拘束されタブンネ達は困惑し、再び不安そうにミィミィ鳴き始めた。
動揺するタブンネ達を放置して、隣の部屋に入るとたくさんの赤ちゃんタブンネ達が母親を探してか
か細い声で鳴きながらよちよちと這いずっていた。

「雌は次世代の母親として残ってもらいます。雄は可哀想ですが、ここで加工されることになります。」
そう言って牧夫は雄のタブンネだけを籠に集め、元の部屋へ戻る。

「みいいいぃぃぃーーーーーーーーーーー!!」
鎖に繋がれたタブンネ達は、籠の中に無造作に詰め込まれた我が子の声を聞き
激しい声を上げながらこちらに手を伸ばしている。籠に詰められ苦しそうにもぞもぞ蠢いていた赤ちゃん達も、母に反応してかピィピィと哀願するような声で鳴きだした。

牧夫はうるさいタブンネ達を無視して、親タブンネ達の丁度正面にある透明な大きな戸棚のようなものへ向かう。
戸を開けるとひやりとした空気が外に漏れ出し、籠の中の赤ちゃん達もぶるりと反応した。
「これは特注の冷凍庫なんですよ。ちゃんと外からも見えるものが欲しくて。赤ちゃん達はペット用の餌として出荷されることが多いですね」
「ピィィ!ピィィ!!」寒さからか恐怖からか、震えながら抵抗する赤ちゃん達を次々と冷凍庫に押し込んでいく。
後ろでは母タブンネ達がけたたましく鳴き続けている。
全ての赤ちゃんを収納し終えると、牧夫は母タブンネ達の元へ向かい、タンクへと繋がったチューブのついたゴーグルのようなものをタブンネ達に装着した。
「みっ、みいぃ!?」
取れないようバンドのきついゴーグルを付けられたタブンネ達は一瞬困惑するが、意識はすぐに冷凍庫の赤ちゃん達へ戻る。
「みぃぃ!?みっみっみっ!!み゛ーーーーーっ!!」
冷凍庫の中で身を寄せ合い震えている赤ちゃん達を見て、タブンネ達は激しく取り乱し必死に手を伸ばす。
しかし体も手足も鎖でがっちり拘束されているため身動き出来ない。

「フィィ…」
冷凍庫内の温度は生まれたての赤ちゃん達には相当深刻らしく、想像以上に衰弱が著しい。
冷蔵庫の扉に張りつき、繋がれた母親に向かって弱々しい鳴き声で助けを求める。
母タブンネ達は鎖から脱しようと必死に体を捩り暴れるが、どうにも出来るわけがなく
凍える赤ちゃん達を見てただ涙を流すことしか出来ない。すると、ゴーグルに貯まった涙がチューブを通ってタンクへと流れて行く。

「タブンネは涙腺に糖分を溜め込むんですよ。毎日沢山のオボンの実を食べさせていたので、非常に糖度の高い涙が分泌されます。」
ご存知の通りタブンネは苦痛や恐怖、絶望でミィアドレナリンを分泌するが、体液に溶けたアドレナリンが糖分と反応を起こし非常に美味な涙を流すのである。
「少しいかがです?原液を口にする機会そうそうないですよ」
一滴舐めただけでも口一杯に濃厚な甘みがじんわりと広がり、いつまでも後味が残る。甘さもくど過ぎず、さわやかな風味である。

「ちなみにこの冷蔵庫は温度が低めに設定してあります。中の赤ちゃん達もたくさんいるので、完全に冷凍されるまで丸一日くらいですね。
タブンネ達には出来るだけたくさん涙を流してもらわないといけないので、時間がかかるようにしてあるんですよ。」
タブンネという種族は非常に親子愛が強く、子を失くした親は後を追う程に悲しむという。
生まれたばかりの赤ちゃん、それも初めての子供を奪われる母タブンネの悲しみは何にも勝ると牧夫は語る。

「このまま数日放置して涙が枯れたら、従業員のサンドバッグにしたあと奥の工場で食肉に加工します。
この肉も他では味わえない甘みがあると、大変好評を頂いております。」

加工された肉は主に専属契約をむすんだ高級レストラン等にタブンネの涙と一緒に出荷される。
タブンネの涙はとても貴重なため薄められて扱われ、熟成されてタブンネフルコースの食前酒や食後酒に加工されることが多い。
また、調味料としても使用され、ソースやスープの隠し味としても重宝される。
タブンネの不幸で飯が美味いとはまさにこのことである。
供給量が需要に追い付いておらず中々口にする機会の無いものだが、一度はフルコースと共に嗜んでおきたい美食である。
最終更新:2014年09月22日 20:27