ジョウト地方のくらやみのほらあなに、一匹のタブンネがいた
本来ならこんな場所に居るはずもないポケモンだ
真っ暗で辺りは何も見えない、タブンネは隅の方でビクビクと怯えながらしゃがみこんでいた
遠くでズバットが羽ばたく音が響き渡り、タブンネは身を強張らせる
──怖いよ、怖いよ、助けてご主人様──
タブンネは涙をぐっと堪えながらいつか迎えが来ると信じていた
しかし、その迎えが来ることは一生ない、このタブンネは捨てられたのだ
そんなこととは露ほども知らず、タブンネはじっとその場で迎えを待ち続けた
そしてそれから2日立った、水分補給には事欠かなかったが、食料はなくタブンネは飢えで苦しんでいた
二日前より少しやせ細ったタブンネは壁に寄りかかり、目を瞑る
──ご主人様、早く来ないかな──
タブンネは眠りにつこうとすると薄らと光が近づいてきた
そしてその光はだんだんとタブンネの方へ近づいてくる
タブンネは目を覚まし、その光源を見つめる
ずっと暗闇の中でいたので目が少し痛んだがそれでもその光源とその隣にいる人物を視認することができた
何度か見たことがある黄色いポケモン、サンダース
そしてタブンネが愛して止まなかったタブンネの"元"トレーナーだった
タブンネは歓喜しながら急いでトレーナーに駆け寄った
トレーナーは近くまできたタブンネを見て驚いたようにこう続けた
「なんだ、お前まだ生きてたのか」
その言葉がどういう意味を持つのか、タブンネには理解できなかった
ヘラヘラと緊張感のない笑顔を浮かべトレーナーに撫でられるのを待っている
その姿に嫌気がさしたトレーナーはサンダースに攻撃を指示した
サンダースは指示通りタブンネに10万ボルトを放つ
洞窟内に電気が勢い良くはじける音が響いた
タブンネは10万ボルトをくらい叫び声をあげ、片膝を付く
何が起こったのか理解できていない様子で、呆然とした表情でトレーナーの方を見つめた
──なんで‥‥どうして‥‥?──
タブンネはひきつった笑顔を浮かべて鳴き始めた
その姿にトレーナーは苛立ちを覚えて、再びサンダースに10万ボルトをするよう命令した
力強い電流がタブンネを痛めつける、タブンネは再び電撃をくらいその場に仰向けに倒れた
もともとのレベル差もあったが、それ以前に珍しいからという理由で捕獲されただけのタブンネと
交配を重ねて強い個体を戦闘のために育てたサンダースとでは力の差は歴然だった
トレーナーは倒れたタブンネの顔に痰を吐きかける
その瞬間タブンネは大声で泣き始めた、タブンネのけたたましい鳴き声が洞窟内に反響する
トレーナーは最後の最後までタブンネに対して敵意を向けながら来た道を戻り始めた
それに気付いたタブンネは起き上がり、追いかけようとする
しかしタブンネは体に力が入らず、そのままうつ伏せの状態で倒れこんでしまった
両手を伸ばし、泣き叫び、かつてのご主人様に助けを求めるが、トレーナーはその場を去った後だった
より大きな声で泣き叫ぼうとした瞬間背後から突風が吹いてきた
あまりの風の強さにタブンネは回転しながら吹き飛ぶ、突風が吹いてきた方には興奮状態のクロバットが居た
クロバットは翼を大きく羽ばたかせ鋭い眼光でタブンネを睨みつける
タブンネは危ないと直感で理解したが、先ほど受けたダメージもあり動けずにいた
神速とも呼べるその速さでクロバットはタブンネに近づき、怪しい光を浴びせた
淡い球体上の光がタブンネの周りを彷徨い、タブンネの目の前で弾ける
その瞬間タブンネの中で記憶が
フラッシュバックした
かつてイッシュ地方で捕まえられて、可愛がられたこと
何度か戦闘に出されたが負けて、戦闘に出るのを嫌がったこと
ご主人様に蹴られて殴られてサンドバッグにされたこと
ジョウト地方についてからは碌に相手にもされず避けられたこと
見捨てられ、洞窟の奥深くに捨てられたこと
ご主人様のサンダースに攻撃されて、そのまま見捨てられたこと
──違う!こんなの嘘だよ、こんなことされてない──
タブンネは混乱によって生じた記憶と本当の記憶がない交ぜになってわからなくなっていた
目を瞑り耳をふさぎながら頭を左右に思いっきり振り続けるタブンネ
その姿は自分の記憶すべてを否定しているようだった
しかしそんなことをしていてもタブンネの頭の中では記憶がフラッシュバックしていく
そしていよいよ脳がそのストレスに耐えきれなくなり、タブンネの精神は崩壊した
タブンネは一際大きな叫び声をあげ、目を見開き血涙を垂れ流す
そしてヘラヘラと笑いながらその場に崩れ落ちた
満足したクロバットは再び羽ばたきながら眠り始めた
羽音を立てずにまるで忍者のようにスッと消えるクロバット
くらやみのほらあなに、再び静寂が戻った
最終更新:2014年10月22日 14:22