ホウエン地方にマボロシ島という島があった。
幻のように現れたり消えたりするこの島は、かつてはポケモンの楽園であった。
そう、かつては。
だが今ではその様相は一変していた。タブンネの異常繁殖により、島の生態分布図は大きく塗り替えられてしまったのだ。
島のポケモンの95%はタブンネで占められ、残り5%のポケモンの縄張りはどんどん狭くなっていった。
最初はそれぞれの能力で対抗していたポケモンも、タブンネの数の暴力の前に劣勢になっていき、
餌場をタブンネに抑えられているため、飢えで力が出せずに次々倒れていった。
生き残ったポケモン達も、タブンネの群れから身を隠し、かろうじて命をつなぐような状態だったのである。
とある草むらの中に隠れるムンナ親子も、その残り少ないポケモンであった。
「おかあさん、おなかすいたよう」
「ごめんね、もう少し我慢してね。今日こそはきっと誰かがいい夢を見てくれるから・・・」
子ムンナを宥めつつ、母ムンナは暗澹とした気持ちにならざるを得なかった。
他者の夢を食べて生きているムンナは、木の実など野生の食料が得られなくても、その影響を受けることはない。
だからこそ、他のポケモンが倒れていっても生き永らえることができたのだが、
ポケモン達が空腹で眠れなかったり、疲労で泥のように眠り込んで夢を見なくなったとあっては、たちまち死活問題となった。
「あっ、静かに!」
母ムンナは子ムンナの口を塞ぎ、草むらの中に身を隠す。大勢の足音が近づいてきたからだ。
「ミッミッ♪ミッミッ♪」「ミー、ミィ♪」
大量の木の実を抱えたタブンネの群れが、楽しそうに談笑しながらぞろぞろと歩いてゆく。
安穏として惰眠を貪るタブンネの集落に近づければ食べ放題なのだが、見つかれば何をされるかわからないため、
やむなくムンナ親子は、数少ない残りのポケモンが夢を見てくれることを祈るしかなかった。それしかできる事はない。
(いつまでこんな惨めな暮らしをしなくてはいけないの・・・)
日に日に痩せてゆく我が子を見つめて、母ムンナはぽろりと涙をこぼした。
そのムンナ親子の耳に聞き慣れない声が聞こえてきた。拡声器で呼び掛ける人間の声だ。
「マボロシ島に住むタブンネ以外のポケモンの皆さん、我々は君達を保護しに来ました。
決して危害を加えたりしません。食料も安全も保障します、怖がらずに出てきて下さい」
ムンナ親子は人間には数えるほどしか遭遇した事がない。どういう生き物かも知らなかった。
だがその不安より、「食料と安全の保障」という言葉に母ムンナの心は大きく動かされた。
ここで身を潜めていても餓死するのは確実。一か八か、その甘い言葉にすがってみるしかない。
おそるおそる母ムンナは、子ムンナと共に草むらから顔を出した。
「おっ、ここにもいたか。よしよし」
その姿に気づいた一人の人間が、ムンナ親子を抱きかかえた。迷彩服のフル装備の姿だ。
他にも同じ格好をした数人の人間がおり、ムンナ親子同様に隠れ家から這い出てきたポケモン達を取り囲んでいる。
それぞれ笑顔を見せ、ポケモン達の頭を撫でている様子からして、悪意を持っているようには見えない。
母ムンナはほっと一息ついた。
その様子を遠巻きにして、タブンネ達が伺っていた。
「あの人間達、何をたくらんでるミィ。タブンネちゃん達以外を保護するなんておかしいミィ」
「ミッミッミッ♪ あいつら騙されてるミィ、人間はそんな優しい連中じゃないミィ」
「どういう事ミィ?」
「きっとどこかへ連れて行って、虐待するか食べちゃうつもりだミィ。タブンネちゃん達は可愛いからここに残ってていいんだミィ」
「と言う事は、このマボロシ島はタブンネちゃん達だけの島になるミィ?」
「その通りだミィ!」
「ミッミッミッ♪」「ミッミッミッ♪」
1匹の物知りなタブンネの説明に納得したタブンネ達は、ミィミィと笑い合っていた。
それから数時間後、人間達はあらかた島の探索を終えた。
浅瀬に乗りつけられた大型ボートに、最後のポケモンの一団が乗り込み、沖合に浮かぶ輸送船へ運ばれてゆく。
砂浜に残った数人の男達は、拡声器で今度はタブンネの群れに呼び掛けた。
「タブンネの皆さん、この島に残ったのはタブンネだけになりました。そこでお願いがあります、ご協力ください」
タブンネ達は少々迷っていたようだが、しばらくするとぞろぞろと集まってきた。リーダー格らしい1匹が口を開く。
「お願いって何だミィ?」
「この島に残っているポケモンが、君達タブンネだけか確認したいのです。
ヒアリングポケモンであるタブンネなら、他のポケモンの心臓の鼓動や息遣いも聞き取れると思いましてね。できますか?」
「お安い御用だミィ!」
リーダータブンネが命じると、数匹が「ミッミッ!」と返事して森の中へ消えてゆく。
遠くから「ミッミッ?」「ミィー!」と幾度か声が木霊する。島中の仲間にそれが伝達されたのだろう。
砂浜にいるタブンネ達も一斉に静まり返り、耳を澄まし始めた。男達の耳に聞こえるのは波の音だけだ。
しばらくすると先程とは逆に、遠くから「ミィー!」「ミッ!」と山彦のように声が返ってきた。
それを一通り聞き終えたリーダータブンネは、ドヤ顔で返事をする。
「簡単だったミィ!島にはもうタブンネちゃん達以外のポケモンはいないミィ!タブンネ天国だミィ!」
返事を聞いた男達が、うれしそうに笑った。
「そうですか、ご協力ありがとうございました。これで心置きなく・・・・・・てめえらを皆殺しにできるってもんだぜ!」
男達は肩に担いでいた軽機関銃をタブンネの群れめがけて乱射する。たちまち数十匹が蜂の巣にされて吹っ飛ぶ。
「ミギャアアアアア!!」
「ヒャッハー!お前らタブンネは本当におめでてえなあ!わざわざ自分達の死刑宣告をしたことにも気づかないとはな!
他のポケモンに危害を加える恐れがなけりゃ、ブッ殺し放題ってわけよ!」
「お、お前ら一体・・・!?」
「俺達はタブ虐愛好会の者よ!ホウエン行政府の依頼でな、マボロシ島のタブンネを根絶やしにするのさ!」
「騙したミィ!決して危害を加えたりしないって言ってたミィ!」
「バカかwwwww 俺達はちゃんと『タブンネ以外のポケモンの皆さんを保護しに来ました』ってちゃんと言ったろうがwww
そのビラビラした耳は何にも聞こえてねえじゃねえかよwwwww」
「さ、さっきだって、『お願いがあります、ご協力ください』って言ったくせに・・・」
「あー、悪い悪い。『協力してもらった後は殺しますけど』って言い忘れてたわwwwww」
「ひ、卑怯・・・ミビャァッ!!」
その抗議を言い終わる前に、リーダータブンネの頭は機関銃弾で粉々に吹き飛んだ。
男の言った事は事実である。
マボロシ島に上陸したポケモンハンターの報告により、島の生態系バランスが著しく崩れていることを知ったホウエン行政府は、
環境を人工的に一度リセットする事を決定した。その為に、タブンネ以外のポケモンは一時的に保護し、タブンネは残らず駆除する。
その役目を引き受けたのが、タブ虐愛好会だったのである。
砂浜で機関銃を乱射する男達の背後では、10数隻の上陸用小型ボートが接近しつつあった。いずれも屈強なタブ虐愛好会の会員達である。
上陸した数十人の男達は、思い思いの方法でタブンネ達の殺戮を始める。
「チィチィー!」「やめて!ベビちゃんと卵を放してミィ!」
懇願するママンネの目の前で、ベビンネの首が360度回転し、軽くねじ切られた。卵もグシャグシャと踏みつぶされてゆく。
「ミッヒィィー!・・・ギッ!?」
号泣する間もなく、ママンネの首に強烈な蹴りが叩き込まれた。首が不自然な角度に曲がったママンネは即死する。
「いやー、やっぱこの手応えはたまらんな!タブ虐は素手で殺るに限るわwww」
「全くだ。ほら、よっ!!」
別の男が答えながら、パパンネの顔面にパンチを打ち込むと、顔面に拳がめりこんだ。もちろんこちらも即死だ。
格闘技専門の一団は、殴り、蹴り、捻って、折って、素手で死体の山を築いてゆく。
一方こちらは刃物専門グループだ。コンバットナイフ、刀、ノコギリ、斧など得物は様々だが、血を見たいという点は一致している。
「ミッギャアアア!!」
日本刀で袈裟切りにされ、血しぶきを上げながらタブンネの横では、別のタブンネに馬乗りになった男がナイフで滅多刺しにしている。
「ミギッ!ミィ!ミィィ!」
「さすがタブンネ、なかなか死なないもんだなwww あと何回刺せば死ぬかなwwww」
恐怖で錯乱したか、1匹のタブンネが尻尾を振りながら媚びた表情で踊り始めた。本能で命乞いを始めたのであろう。
「鬱陶しいからやめいwww」
斧を持った男が一振りすると、切断された頭がホームランボールのように吹っ飛んで行った。噴水のように血が噴き出す胴体が後に残った。
「ど、どうしてこんなことに・・・」「とにかく隠れてやり過ごすミィ!」
震えながら、特技の「あなをほる」で掘っておいた穴倉に、数匹のタブンネが潜り込んで身を寄せ合っていた。
そこにコロコロと数個の木の実のようなものが転がり落ちてきた。シューシューと音を立てている。
「な、何だこれミィ?」「触らない方がいいミ・・・」
しかし次の瞬間爆発が起こり、穴倉の中のタブンネ達は粉々の肉片と化した。言うまでもなく、投げ込まれたのは手榴弾である。
「よし、やったか」「まったく手間取らせんなってのwww」
やはり一番数をこなしているのは銃火器グループである。
「そりゃ消毒だwwwww」
火炎放射器を持った男が、大木めがけて炎を浴びせる。
「ミギャァーッ!!」
その大木の陰に隠れていたタブンネが火だるまになって転がり出てきた。しばらくのたうち回った後、動かなくなる。
それを見て、他の木の陰に隠れていたタブンネ達がポテポテと逃げ始めた。
「逃がさねえぞ、とwww」
別の男がバズーカ砲を発射した。50メートルも逃げない内に、タブンネ達は血だるまで吹き飛ばされる。
いつの間にか、太陽が地平線に沈みつつある。島のあちこちでは火の手が上がっていた。
タブンネの死体が腐る前に焼却する為、それと万一生き残りがいても焼き殺す為に、森中に火を放ったのだ。
砂浜の近くの森にも火が回ってきた。
タブンネ狩りを堪能し尽くした男達は、ボートで撤収し始める。
全員が沖合の輸送船に帰投し、船が動き始めた時は、島全体が炎に包まれていた。
夕日の中で炎上するマボロシ島。その光景はある種、壮絶で神秘的ですらあった。
船の甲板から、保護されたポケモン達が炎に包まれるマボロシ島を眺めていた。その表情は一様に悲痛なものであった。
いくらタブンネ達に蹂躙されていたとはいえ、自分達の故郷が炎上するのを見るのは忍びないであろう。
それを見たタブ虐愛好会の男達の顔つきも神妙なものになった。
タブンネに対しては鬼のような振る舞いをするが、他のポケモンに対しては普通に愛せる普通の人間なのである。
1人の男が口を開いた。
「そう気を落とさないでくれ。3日もすれば火は消える。全ては一旦灰になるが、必ず植物が芽を出す。
我々も植樹したりするし、何よりタブンネ共の死体がいい肥やしになって、森がすぐに蘇るはずだ。
1年あれば元に戻ると我々は計算している。その時は皆を島に戻す事を約束する、必ずだ」
理解してくれたのか、数匹のポケモンがこくりとうなずいた。
ふっとため息をついた男は、足元に目をやった。彼が先程草むらから拾い上げたムンナの親子がすやすやと眠っていた。
幸せそうな寝顔であった。それを見た男は、少々救われた気がした。
「久々に夢を食べられたんだろうな、お前達もいい夢を見るんだぞ」
輸送船は、炎上するマボロシ島を背に、同じように赤く燃え上がる地平線の夕日目指して進んでいくのだった。
(終わり)
最終更新:2014年12月14日 19:41