「チ…チィ……チチッ!?」
子タブンネは跳ね起きた。朝の光がまぶしい。いつの間にか夜が明けている。
キョロキョロ周りを見ると、見覚えのある風景だ。見慣れた木々、聞き覚えのある川のせせらぎ。
懐かしい我が家のある、とある森の中の草むらだった。
「パパ…ママ…!」
同時に昨夜の悪夢のような光景が
フラッシュバックする。
無残に踏み殺される両親、大爆発するリング、血まみれの自分を包み込んだ炎……。
はっと気づいて体をあちこちさすってみると、怪我の痕も火傷の痕も綺麗に治っている。
「どうしてミィ……はっ!?」
そこで子タブンネはようやく、しゃがみこんで自分の様子を伺っている人間の存在に気づいた。
ザ・TABだった。リングコスチュームから私服に着替えている。
近くにはジープと大きな段ボール箱があった。どうやらこいつが自分をここまで運んできたらしい。
「ミヒィィィ!!」
腰を抜かして後ずさりする子タブンネに、ザ・TABはぶっきらぼうに言う。
「回復の薬を塗っておいたからな。もう夕べの傷は全快しているはずだ。」
思いもよらぬ言葉に、子タブンネは戸惑う。
「あ、ありがと……」
そこまで言いかけて口をつぐんだ。礼を言う筋合いなどない。こいつは両親の憎い仇なのだ。
「こんなことで騙されないミィ!パパとママを返せミィ!」
罵声を浴びせられたザ・TABの口元が歪む。笑っていた。むしろその答えを待っていたかのように。
「そう来なくちゃな。こっちも礼を言われるために助けたんじゃねえからな」
ザ・TABはジーンズのベルトを抜くと、鞭のようにしならせて子タブンネを打ち据えた。
「チビィィィ!!」
悲鳴をあげて転がる子タブンネに、容赦なく何度もベルトが叩きつけられる。
「チヒィ!ミヒィィ!お、お願い、もうやめてミィ!」
恥も外聞もなく、子タブンネは泣き叫びながら許しを請い、のたうち回った。
せっかく回復の薬で治った体は、再び傷だらけの血まみれになっている。
ザ・TABがベルトを振るうのをやめた時には、ボロボロの子タブンネは頭を抱えてガタガタ震えるだけだった。
その子タブンネを見下ろしたザ・TABは嘲笑する。
「生憎だが俺はギブアップなど認めねえ。これを見れば元気も出るだろうよ」
ザ・TABは傍らに置いてあった段ボール箱をひっくり返した。中から、何かの黒焦げになった塊が二つ転がり出る。
「ミ……ミ……ミィィーッ!!パパ、ママ!?」
黒焦げになっていても見間違うわけがない。パパンネとママンネの首だった。
「全部持ってくるのは邪魔くさかったからな、首だけもぎ取ってきてやったのさ」
そう言うと、ザ・TABはベルトでパパンネとママンネの首を鞭打ち始める。
爆破炎上したリングであらかた炭化していた二つの首は、ボロボロと崩れ始めた。
「ミヒィィーッ!!やめてミィーッ!!」
ボロボロの体で何とか立ち上がり、子タブンネはふらふらと両親の首の方へ歩み寄ろうとするが、
ザ・TABは二つの首を、すぐ側を流れている小川に蹴り入れた。
「チビィィィ!?」
黒焦げのパパンネとママンネの首は、ぷかぷか浮いて川を流れてゆく。
「パパー!ママー!ミェェェン!」
泣きながらその後を追いかけようとした子タブンネを、ザ・TABはブーツで踏みつける。
「ミキュウウ…!」
子タブンネは呻き声を漏らす。体が破裂しそうだ。その間に両親の首は川を流れ、見えなくなりつつある。
苦痛と無念の涙を流しながら、子タブンネはそれを見送るしかなかった。
ニヤニヤしながらザ・TABはブーツをどけた。
「ミフゥ…ミギィィーッ……!」
子タブンネの目からは怯えが消え、憎しみの炎が燃え盛っていた。
這いつくばったまま、幼い牙を剥き、ザ・TABを睨みつけている。
「さあ、お前のするべきことはわかったな? 体を治し、もっと強くなって俺に立ち向かって来い!
まあ、立ち上がれればの話だがな、ハハハ……」
嘲りの言葉を投げつけたザ・TABは踵を返し、ジープに乗り込んだ。
「絶対…許さないミィ!きっと強くなってパパとママの仇を取ってやるミィ!!」
ザ・TABはニヤリと笑うとジープを発進させる。
あの子タブンネも遠からぬ将来に、体を鍛え、仲間を連れて自分に復讐に来るだろう。
だがそれも全て思惑通りなのだ。
徒にタブンネをいたぶるだけではなく、こうしてあえて傷を癒して生き残らせ、
復讐心を植えつけたタブンネを野に放つことによって、
無謀にも自分に挑んでくる愚か者の数を増やすことができるというわけだ。
あの子タブンネが成長し、身の程知らずな挑戦状を叩きつけに来る日が、
そしてそれを返り討ちにし、絶望に歪んだ顔を眺める日が待ち遠しい……
「ククク……ハーッハハハハ!」
高笑いするザ・TABのジープは、朝日の中を走り去ってゆく。
(終わり)
最終更新:2014年12月30日 17:36