タブンネ惨殺事件

私はタブンネ愛護団体に所属している。
今日も仕事が終わり、家への帰路に就いたところだ。
私たちの仕事はタブンネ達を守ること。しかし今やタブンネの数は急激に減少している。
凶悪なトレーナー達からのいわれもない虐待、狩猟、そして乱殺…
野生ポケモン達の容赦の無い迫害、止まぬ捕食…
イッシュ全土に生息していたタブンネだったが、もはや野生のタブンネなど滅多にお目にかかれなくなってしまった。
タブンネは自然から追放された存在になってしまった。今タブンネを見ることが出来るのは牧場か、ペット売り場だけだった。
もちろんそれらのタブンネも、まともな生き方をしない。タブンネの社会的地位はもはやどん底であった。
そんな尽きぬ悩みに苦悶しながら、私は歩を進める。
すると、脇道の草むらがわずかにカサカサと揺れ始めた。
私は吸い込まれるようにそこへ向かった。

「これはひどい…」
そこにあったのは、傷だらけのタブンネの家族だった。
皆力無く地面に伏し、ピクピクと痙攣していた。
どうやら音の主は父タブンネのようで、私の足音を聞いて必死に草を揺らしていたようだ。
タブンネ達の体をよく見ると全身深い切り傷、打撲だらけで、血にまみれていた。
特にひどかったのが母タブンネで、耳が削ぎ落とされていた。
「大丈夫か!?今助けてやる!」
私はタブンネを抱き起した。
「フィ、フィ……」
どうやら立てないほどに弱っているらしく、連れて歩くことはほぼ不可能だった。
子タブンネ達も哀弱がひどく、ピクリとも動かない。
幸い家は近かったので、タブンネ一匹ずつ大切に運んだ。
とても重く、血が服にべっとりついてしまったが、そんなことはどうでもよかった。
家に入れ、ある程度の手当をし薬を塗り、汚れを落としてベッドに五匹綺麗に並べた。
そして私は汚れたシャツを洗濯機に投げ入れ、
さっさと着替えるとフレンドリィショップに行き、フーズやオボンの実を大量に買い込んだ。
家に帰った途端急に一日の疲れに襲われ、ソファに倒れ、死んだように眠ってしまった。

私が目を覚ました時、時計は既に9時を回っていた。
急いで愛護団体に電話をして、理由を話し休みをもらった。
私はタブンネ達の寝ている部屋のドアを開けた。
「ミィ…ミィ……」「ミニャァ…」
可愛らしいタブンネの親子が、川の字になって寝息を立てていた。
私はほっとして、安らかな表情をしている子タブンネ達の頭を撫でた。
「ミィィ……♪」
子タブンネ達は幸せそうな顔をして、口をチュパチュパと鳴らしている。
私はおもわずに口の中に指を入れてしまった。
すると子タブンネ達は私の指を小さな手できゅっと掴み、チュウチュウ吸い始めた。
なんて幸せなんだ。ずっとこうしていたい…
「ミィ…?」
しまった、子タブンネ達が目覚めてしまった。
「ミファァ……」
それから次々とタブンネ達が起き始めた。
「ミッ?ミィ?」
タブンネ家族はキョロキョロとしている。そして私を見て怯え、心配そうな表情をした。
「大丈夫だよ。もう安心だ、これからは私がずっと守ってあげよう。」
その言葉を聞いてタブンネ達はパァッと明るくなった。

ぐぎゅるるるる…
その時一斉に皆の腹の虫が鳴いた。そういえば私も夕飯を食べていなかった。
「ミ、ミィ…ミィミィ」
タブンネ達が私のシャツの端をチョコンと摘み、私を見上げた。
私は走って台所に向かい、木の実とフーズを皿に盛り大急ぎでタブンネ家族の待つ部屋に持って行った。
「ミッミー♪」「ミィ~♪」
おいしそうな食べ物を見るや否や、タブンネ達は木の実を頬張り始めた
「ミッミッ♪」
子タブンネ達はとても幸せそうな表情をしている。私はたまらなく幸せだった。
「フミィ…」
だがしかし母タブンネだけは子タブンネ達と全く逆の表情をしていた。
それもそのはず、タブンネ唯一の長所である耳と触覚を削ぎ落とされてしまったからだ。
しきりに耳のあった場所をさわり、涙を流している。
タブンネ達の傷はかなり癒えていたが、一度損なわれた部分は二度と戻らないようで、相当なショックを受けているようだった。
耳を失くしたタブンネは自然では絶対に生き残れない。
ましてや、あんな危険な自然に帰すわけにもいかない。私はタブンネ達とずっと暮らすことを決めた。
私はあの草むらで何があったのか、翻訳機を使って聞いてみることにした。

…どうやらタブンネ家族は散歩中に、ドクロッグを父としたキリキザンの一族に襲われてしまったらしい。
戦うことを知らなかったタブンネ達は、キリキザンやドクロッグのいいようにされ、あのような事になっていたそうだ。
キリキザン家族の目的は、タブンネの経験値だった。
彼らは子供たちのコマタナを一人前のキリキザンとして育てるために、罪のないタブンネ家族を利用したのだった。
子タブンネ達も容赦無く痛みつけられ、見せしめや目印のために母タブンネの耳を削ぎ落とした。
キリキザン達はタブンネ家族を殺しはしなかったものの、また次の育成のために生かしたそうだ。
これでは死ぬよりつらい。死ぬまでキリキザン達の経験値となり、そのたびに半殺しにされるのだ。
私は怒りに震えていた。また、タブンネ達もそうだった。
「ミッ…ミッミッ…」
父タブンネは悔し涙を流した。何故自分たちがこのような仕打ちを受けなければならないのかと。
そして父タブンネは、キリキザン達に復讐がしたいと言い出した。
それには私も大賛成。さっそく私は物置から火炎放射の技マシンを持ち出し、父タブンネに覚えさせた。

それからというもの、父タブンネは毎日火炎放射の練習をしていた。
最初は熱い息が出るだけだったが、最近はライターサイズの炎を吐けるようにはなった。
子タブンネ達も順調に成長し、可愛い盛りだ。
母タブンネも元気を取り戻しやっとあるべき家族の姿になった。
そしてある日の昼下がり、私はPCの前で情報収集をしていると、子タブンネ達がポテポテと部屋に入ってきた。
「ミッ!ミッミッ!ミミィ!」
子タブンネ達は私の足に抱きつき、何かを訴えているようだった。
私はひとまず子タブンネ達を膝の上に乗せ、頭を撫でてから、何がどうしたのかと聞いてみた。
どうやら父タブンネが、火炎放射を習得したらしい。
私は子タブンネ達を抱きかかえて、庭へと向かった。
「ンミィィィイ!」
庭についた途端、父タブンネは私を見ると得意げに火炎放射を見せてくれた。
他のポケモンと比べればかなり小さかったものの、私は感動で涙が出そうになった。
母タブンネも感動のあまり涙を流してパチパチと手を叩いていた。
子タブンネ達は笑顔でぴょんぴょんと飛び回り、喜びを全身で表現している。
しかし感動もつかの間、火は雑草や花に燃え移った。
「ミッ…ミィィィイ!」
タブンネ達は一斉に家の中に引っ込んでいった。まずい、早くなんとかしなければ。
私はすぐさま消火したが、趣味で育てていた花壇が全て真っ黒になっていた。
「ミィ…」
それからタブンネ達がドアからひょこっと頭を出して、私を見つめている。怒られると思ってるのだろう。
私はそんなことよりも、父タブンネの努力を褒め称えたかった。
怒ってないよ、と言ってタブンネ家族に歩み寄り、皆を抱き寄せ頭を撫でた。
タブンネ家族はパッと明るくなり、いつもの天使のような笑顔を見せた。
今日はそれっきり。タブンネ家族はいつものように夕食をたくさん食べ、今は家族仲良くベッドで寝ている。
しかし火炎放射を習得したとなると、明日はいよいよ復讐の日だ。
なんだか嫌な予感がする…だが、ここまで来たらやるしかない。キリキザン達に、正義の炎を浴びせるのだ。
そして私は深い眠りについた。

朝が来た。父タブンネは朝早く起きて火炎放射の練習をしているようで、庭から声が聞こえてきた。
子タブンネ達はまだ母タブンネのおなかに顔を埋めてぐっすりと寝ていた。
いつものように朝食の準備をし、タブンネ達を呼んだ。
「ミィ~?」「ミファ…」
母タブンネと共に子タブンネが目をこすりながらリビングに来た。
父タブンネもお腹がすいていたようで、喜んで家に上がってきた。
今日は父タブンネにとって大切な日。朝食も腕によりをかけて作った。
「ミッミッ♪」クチャクチャ
美味しそうに朝ご飯を頬張り、幸せそうな笑顔を浮かべるタブンネ家族。
それを見て、思わず私も微笑んでしまう。
しかし、今日はタブンネ家族の復讐の日。
父タブンネもそれをわかっているようで、いつもの倍も食べている。
出来ればタブンネ達には危険な事をさせたくないのだが、彼らのプライドがかかっているとなれば、私も口出しは出来ない。
気が付けばあっという間に朝食は無くなっていた。それもそのはず、子タブンネ達は食べ盛りなのだ。
私も急いで朝食を食べて、食器を片づけ、皿を洗う事にした。
タブンネ達はいつものようにテレビの前でソファに座り家族仲良く遊んでいる。
皿洗いを終え、私はタブンネ達に声をかけた。
「そろそろ行こう。」
タブンネ達は「ミィ!」と元気良く返事した。
そして私はタブンネ達の手をひき、家のドアを開けた。
子タブンネ達は外に出るや否やぴょんぴょんと飛び回ったり、庭でコロコロと転がりはじめた。
母タブンネは子供達を愛しそうに見つめている。
私はそんなタブンネ達に一声かけ、父タブンネについていった。

どうやらここがタブンネ家族が被害にあった草むららしい。奥には河原が見える。
父タブンネがずんずん草むらを進んでいく。私とタブンネ達は列を成してついていく。
そして河原についた時、遠くに太陽に反射して鋭く光る何かが見えた。
キリキザン親子だ。キリキザン親子は河原の石で刃を研いでいた。
側にはドクロッグもいて、川で水浴びをしている。
その姿を見た途端、私はぞわっと背筋が凍った。
しかし父タブンネは勇敢にも、「ミィィィィイイ!!」と雄叫びを上げながら彼らに走って行った。
「ミッミッー♪」「ミィーーー!」
母タブンネと子タブンネが、父タブンネを応援している。
キリキザン達が父タブンネと、私たちに気づいたようだ。
「ミィッ!ミミィミィミィミミッ!ミィィィ!!」
父タブンネがキリキザン親子に人指し指を向けて、何やら叫んでいる。
その叫びを聞いて、キリキザン達は嘲笑うかのように鼻で笑うと、父タブンネを無視してどこかに行こうとした。
「ンミィィィイイイイイイ!!!!」
父タブンネは頬をプクーッと膨らませ、火炎放射の体制を取った。
父タブンネの口から火炎放射が放たれる!

やせいの キリキザンの ふいうち!

しかしその瞬間、目にも止まらぬ速さでキリキザンが父タブンネの懐に入り、鋭い斬撃を放った。
「ミビャァアアアアアアアアアアアアアア!!」
耳をつんざくような悲痛な叫びが河原にこだました。
父タブンネの腹からは鮮血が吹き出し、父タブンネの放出しようとしていた炎は口の中で暴発した。
ガスと共に大量の血を吐きだす父タブンネ。
返り血を浴びたキリキザンは顔を歪めると、素早く父タブンネの背後に回り込み、強烈な回し蹴りを叩き込んだ。
「ミビィィィイイイ!!」
父タブンネは腹と口から血をまき散らしながらドクロッグのいる方向に吹き飛んでいった。

ドクロッグの きあいパンチ!

ドゴォッという何かが潰れるような音がしたと思えば、父タブンネの背中にドクロッグの拳と思われる物がくっきりと見えていた。
「ミボォォォオオオオオオオオオオ!!?」
父タブンネは凄まじい勢いでぶっ飛び、近くにあった木に背中から激突した。
「ボォオオオオオオェェェエエエエエ!!」
激突した衝撃で、今朝食べたものが潰れた内臓と共に父タブンネの口から流れ出した。
父タブンネはその汚物の中にどちゃりと力無くうつ伏せに倒れ、コヒューコヒューと必死に息をしている。
一瞬の出来事だった。

「ミィィィイァァァアアアアアアアアアアアアア!!」
母タブンネはパニックを起こし、涙と鼻水を滝のように流し悲痛な叫びを上げた。
子タブンネ達は母タブンネのお腹にしがみつき、プルプルと震え、怯えた声で鳴いている。
私は絶句するしかなかった。あんなに仲の良く、幸せな家族が一瞬で崩壊してしまったからだ。
そしてキリキザン達の刃物のように鋭い目線が、私たちに向けられた。
「ミヒィィィィイッ!!」
タブンネ親子は阿鼻叫喚とし、我先に草むらに向かって逃げ出した。
もちろん私も死の恐怖を感じ、家の方向へ全力で走り出した。
殺される。死にたくない。怖い。逃げたい。
心のあらゆる感情が恐怖に支配され、私は必死になって手足を動かした。
そうだ、あのタブンネ達は・・・

キリキザンの おいうち!

河原にいたキリキザン達が一斉に逃げおおせる私たち目がけて走り出した。
背後からバシャッ!と水を蹴る音が聞こえた。石を踏む音がする。怖い。いやだ。死にたくない。
恐怖に駆られ思わず振り返ってしまった。
ドクロッグの足にしがみつき、必死に足止めをする父タブンネの姿があった。
だがゴミのように蹴飛ばされ、ついには川に投げ入れられてしまった。
ドボンと血まじりの水しぶきを上げ弱弱しく沈んでいく父タブンネ。川が赤く染まっていく。
そして、父タブンネの血に濡れてひしゃげた尻尾が川から顔を出した。
信じられなかった。数分前までは、あんなに元気だった父タブンネが・・・

「ミギャァァアアアアアアアア!!」
母タブンネの悲鳴が聞こえた。
私は悲鳴のした方を見ると、そこには地獄絵図が広がっていた。
一匹のキリキザンが母タブンネに馬乗りになり、ザクザクと顔や体に刃を突き刺している。刃を抜くたび、血が空を舞う。
子タブンネも逃げられるはずもなく、既に一匹の子は目と目の間に刃を刺され、血にまみれて絶命していた。
まだ生き残っている子タブンネ達は、まるで技の練習台のようにもて遊ばれながらその命を終えようとしている。
「ミ゛ギヒィッ!ミ゛ィィイイ!」「ミギッ!ミギィッ!ンギィィイイイ!」「ギィィィヤァァァアア!」
いまにも消え去りそうな大声が私に助けを求める。
私はいつのまにか足を止めていた。足が震えている。
どれくらいの時間が経っただろう、タブンネ達のまわりには、血のじゅうたんが出来上がっていた。
そのじゅうたんの上で子タブンネ達が壊れた人形のように傷まみれになって突っ伏している。
「ブミ゛ィ゛ィィィイイイイイイイ!!」
力無く横たわる母タブンネが絶望の叫びを上げた。
キリキザン達は満足したようで、足にまとわりつく子タブンネの死体を蹴散らすと河原に向かって歩きだした。
どうやら私は生かされたようだった。
そして、母タブンネと私の目があった。
「ブィィイ・・・ギヒィィィイイ・・・・・・」
喉を刺されまともな声も出ず、手足も切断され、体中のあちこちから血を吹き出す変わり果てた母タブンネがそこにいた。
もはやそれは、タブンネの原型を留めていなかった。
母タブンネは血涙を流し、死にもの狂いで私に助けを求めていた。
子タブンネは手足を切断され、首もとれていた。
尻尾は血に染まり、あんなにくりくりで可愛かった瞳は刃に刺され跡形も無くなっていた。
私は必死に鳴き続ける母タブンネを後目に、恐怖のあまり泣き叫びながら走り出した。

いつの間にか家の前にいた。
狂ったように走った。足が壊れそうになるまで必死で走った。
走っている間、ずっと母タブンネの顔が脳裏に浮かんでいた。
「なんてことをしてしまったんだ・・・」
私はタブンネ家族を見殺しにしてしまった。
後悔と罪悪感が押し寄せる。
ああ、どうにかなってしまいそうだ。
罪悪感が心を支配する。何かを求め、狂ったように家の中に入った。
そして真っ先に台所に向かった。
包丁だ。
太陽に反射して、鋭い光を放っている。
そして私は、その包丁で自らの首をかき切った。

翌日、その街にたくさんの警察が来ていた。
家には男性の死体、離れた河原には大量のタブンネの惨殺死体。
男性の死因は自殺。手に持っていた包丁で、自分の首をはねたようだ。
タブンネ達は刺し傷、切り傷だらけで、どれも手足が取れており、中には首も取れている死体があった。
男性との関連性は強いようで、警察はこの男をタブンネ殺しのサイコパスと断定した。
後にその男性はタブンネ愛護団体に所属していた事が判明。
これを機に愛護団体は批判の対象となり、社会からその姿を消した。
最終更新:2015年01月03日 00:46