終業のチャイムが鳴りました。
「はい、それじゃ器具は洗ってから持ってこいよ。解剖の『残り』はこのテーブルにまとめて置いてくれ」
先生の声で、児童達は授業で使ったメスやピンセットを洗い、教壇の上の用具箱に入れ始めました。
そして『残り』の入った実験用トレイをテーブルの上に置き、ぞろぞろと理科室を出ていきました。
「あー、キモかった。あたしこういうの苦手」
「そう?結構面白かったじゃん」
口々に今の授業の
解剖実習について話しながら、児童達は教室に戻っていきます。
残った先生は、実験器具に破損がないか点検して、簡単に磨いて用具棚に戻しました。
そして実験用トレイの中の物をドサドサと生ゴミ用のポリバケツに捨てて、
トレイも洗って収納し、理科室を出ていきました。理科室に静寂が訪れました。
それからしばらくして、ポリバケツの中から「チィ…チィ…」というかすかな声が聞こえてきました。
今日の授業で解剖されたベビンネのうち、1匹だけはまだ息があったのです。
解剖の激痛で失神していたため、死んだかのように思われていたのですが、辛うじて意識を取り戻したのでした。
「チィ……チィィ…」
ポリバケツの中で、ベビンネは必死に叫び、なんとか這い出ようともがきます。
しかし内臓はほとんど抉り出され、手足もズタズタ。体はまともに動きません。
手足に触るのは、グチャグチャした不快な感触のするものばかりですが、
それが自分と一緒に解剖されたベビンネとは知る由もありません。
まだ目が開いていないので、何も見えなかったのはせめてもの幸せだったでしょう。
周りは、バラバラにされた死体と内臓がぶちまけられた酸鼻極まる有り様だったのですから。
痛い、苦しい、辛い、臭い、お腹が空いた。あらゆる苦痛がベビンネを苛みます。
つい昨日生まれたばかりのベビンネは、その苦しみを表現する言葉も思考もまだ持っていません。
ただ本能のまま泣き声を上げ、もがくことしかできないのです。
「チィィィ……」
その時、ポリバケツの中からゴミ袋が取り出され、誰かがどこかへ運んでいきます。
しかしゴミ袋の中のベビンネにはそんなことはわかりません。
「チッ、チィッ、チィ…」
わけもわからず自分の周りが揺さぶられる感覚を味わい、ますます気持ちが悪くなるだけです。
普通なら嘔吐していたでしょうが、生まれてから何も口にしていないのですから、吐くものさえありません。
ゴミ袋を運んでいたのは、用務員のおじさんでした。焼却炉に向かっているのです。
校舎の裏手の大型焼却炉の周りには、学校中から集められた燃えるゴミが集められています。
おじさんはベビンネの入ったゴミ袋を焼却炉に放り込み、他のゴミも投げ入れました。
ドスンと叩き付けられた衝撃に続き、次から次へと上から何かがのしかかってきます。
「チ、チィッ…」
ゴミ袋の中のベビンネは苦しさで呻きますが、どんどんゴミの下敷きになっていきます。
しばらくして静かになりましたが、圧迫感でほとんど息もできない状態です。
「チヒィ……ヒィィ……」
その耳にパチパチという音が聞こえてきました。周囲も次第に暖かく、いや、熱くなってきます。
おじさんが焼却炉に点火したのです。
炎はどんどん激しくなり、ベビンネの入ったゴミ袋に引火しました。
他のベビンネ達の死体や内臓も、ブスブスと煙を上げ、燃えていきます。
「ヂ、ヂィッ!ヂィッ!!」
目も見えなければ、『熱い』という感覚も知らないベビンネですが、本能で恐怖を感じました。
不気味な音と共に、体が凄まじい痛みに包まれていくのですから。
「ヂィー!!ヂィー!!ヂィィーー!!」
できるのは叫び声を上げることだけ。しかし炎を吸い込み、たちまち喉も焼け爛れてしまいます。
「ヂィィィ………」
全身火ダルマとなったベビンネは、もう動くことはありませんでした。
その小さな体は、他の燃えるゴミの山に押し潰されていきます。
夕方、さっきの先生が理科室の隣の準備室に入っていきました。
部屋の中には、実験器具や教材と一緒に、人工孵化機が置いてあります。
中には6個の卵が温められていました。その1個がカタカタ揺れ始めました。
「チィチィ…」
殻を破って、ベビンネが顔を出しました。
それを合図にしたかのように、他の卵も次々ヒビが入り、ベビンネが誕生していきます。
「よーしよし」
先生は最初に生まれたベビンネを抱え上げ、ウェットティッシュで粘液に濡れた体を綺麗にします。
母親に抱き上げられ、舌で舐めてもらっているように感じたのか、
「チィチィ♪」
ベビンネはうれしそうな声を上げるのでした。
翌日には、他のクラスの解剖実習の教材となる運命とも知らずに。
(終わり)
最終更新:2015年02月11日 15:41