三兄弟

秋も深まり始め、木枯らしの吹き始めるある日の深夜、その幼いベビンネ3匹は、公園の傍の茂みの中からママがいわれの無い暴力に晒されるのを声もだせず震えながら見つめていました。
公園の中央、ママの周りでは、金髪でフープのピアスを沢山つけた若い男、背が高い作業着の若い男の2人が、下品な笑い声を上げながら今まさにママの耳を作業用のニッパーでバチン、バチンと少しずつ切り取っているところでした。
体の中で一番神経の通っている箇所を鋭い刃物で削がれていく未知の痛みに、ママは涙を流しながら「ンミィィィィイィィ!!」と泣き叫びます。すると男たちは、既に切り取ってあったママのフカフカな尻尾をママの口に押し込みました。

声も満足に出せず、ただ激痛に身を捩じらせているママを見て、ベビンネ達もそのブルーの瞳から涙を落とします。しかし決して公園に出て行こうとはしません。
初めて遭遇した人間の悪意に心の底から恐怖しているのです。それはママに対する愛情をも凌駕する感情でした。
男たちは切り取った耳もママの口に押し込むと、車高の低い車へと戻って行きます。ようやく暴力から開放されたママは、文字通りズタズタにされた体を引きずりながら、渾身の力を込め這い蹲ってベビンネ達の元へと向かいます。
生きるのに必須の耳、相手の細かな感情を察する触覚、チャームポイントである尻尾を全て切断され満身創痍のママでしたが、まだ乳離れが出来て間もない子供達の安全を第一に確保したかったのです。
しかしママの後ろからまたも男たちの下品な笑い声が近づいてきます。その手には高所作業などで使用される頑丈なロープが持たれていました。ママは身の危険を感じましたが、ここで子供達の方向に近づいて行っては男たちに子供の存在を気付かれるかもしれません。立ち上がる力も残されていないママは「ミィ、ミィ、ミィ・・」と、男たちに懇願するしかありませんでした。

しかしママの思いは男たちに届くことはありませんでした。男たちはママの両足にロープを括り付けると、そのロープを車の後部に結びつけ、ママを引きずりながらアスファルトの公道へと走っていきます。ポヨポヨのお腹がごつごつしたアスファルトに猛スピードでこすり付けられる激痛に耐えかね、ママは再び「ミギィィィイィイィ!!」と絶叫します。しかしその悲鳴の行き着く先は秋の深夜の静寂でした。ママは体が摩擦によって焼かれ、削がれていく激痛の中でも、公園が見えなくなるまでベビンネ達の隠れている場所をただ見つめていました。
ベビンネ達はママの悲鳴が聞こえなくなるまで茂みの中で震えていましたが、公園が再び静寂を取り戻すと、「チィ、チィ」と鳴きながら、まだおぼつかないヨチヨチ歩きでママが暴行を受けていた場所へ向かいました。そこには切り取った後さらにズタズタにされたママの部位と、おびただしい血痕が残っていました。わずかに香るママの匂いは血の鉄臭さと混ざりあい、そこで残虐な行為が行われたことをあらわしていました。ベビンネ達は再び落涙し、残されたママの部位にポテッと倒れこむと、ママの部位を抱きしめながら「チィチィ・・」と鳴き続けました。
その鳴き声は朝までやむことはありませんでした。

朝がやってきました。ベビンネ達は人の気配を察知し、ヨチヨチと茂みの中へ逃げ込んで行きます。
公園の清掃員の男でした。男はママの部位を見つけると怪訝な顔をしましたが、どんなものでも仕事は仕事です。火バサミでママの部位を掴むと、燃えるゴミの袋へ放り込み、血痕を水で洗い流して去っていきました。ベビンネ達はママの痕跡が徐々に消えていくことを嘆き悲しみましたが、仮にここで出て行ったとしてもどうにもならないことを幼いながらも理解し、ただそれを見つめていることしかできませんでした。
清掃員の男が去り、太陽が真上に差し掛かろうとしています。ベビンネ達は茂みの中で、残酷に奪われたママのことをずっとずっと考えていましたが、だんだんと空腹を感じてきました。ベビンネ達は昨日までそうしていたように「チィ、チィ」と甘える鳴き声を上げ、ヨチヨチと右往左往し始めました。それ以外に食料を得る方法を知らないのです。
その時でした。茂みがガサガサと揺れると、キャップを被った少年がベビンネ達の頭上からにゅっと顔を出したのです。ベビンネ達はまるで金縛りにあったように氷付きました。少年はその隙を見逃しません。甘えん坊の三男のフワフワの胴体をがしっと掴むと「みんな!すげえのみっけた!」と声を上げながら公園へと向かっていきました。
少年に掴まれた三男の元へ、少年の仲間達が駆け寄ってきます。三男ベビンネはただ「チィ!チィ!」と長男ベビンネと次男ベビンネに向かって鳴きながら、その手の中で耳の先から尻尾の先までプルプルと恐怖に打ち震えることしかできませんでした。噛み付いたり暴れたりする勇気はありません。無理もありません。ママの凄惨な最後が幼い三男ベビンネにトラウマを植え付けたのです。三男ベビンネは思わず少年の手の中で失禁してしまいました。

「うわ!きったねえ!」少年は思わず三男ベビンネを地面に叩き付けてしまいました。フワフワの体がお腹から地面と衝突しペチン!と小気味のいい音を立てます。三男ベビンネは生まれて初めての激しい痛みと衝撃を受け、思わず呼吸が止まってしまい「チ・・・ヂィ・・」と喘ぎました。長男ベビンネと次男ベビンネはそれを目撃し、昨夜のママの身に降りかかった惨劇を連想しました。ベビンネ達の想像通り、少年は汚れた手をズボンでぬぐいながら、むっとした顔付きで三男ベビンネを睨んでいます。
しかし一人の少女が少年の前に立ちはだかります。
「ちょっと可哀想だよ」
少女はそう言うと三男ベビンネをそっと抱き上げました。三男ベビンネは未だ恐怖に打ちひしがれていましたが、恐る恐る少女の手に触覚を伸ばしてみます。すると、ママにも似た少女の暖かい気持ちが触覚を通じて三男ベビンネに伝わってきました。叩き付けた少年も少女には何も言えないようで、むっとしながらも引き下がります。
「ねえ この子みんなで飼おうよ」
少女は三男ベビンネを愛くるしそうな目で見つめながらみんなに提案しました。
「じゃあ、俺こいつの家持ってくる!」
また別の少年(少年B)がそうみんなに言うと、公園から走り去っていきました。
少年Bが戻ってくると、その手には高さ30センチほどの虫かごが握られていました。少年Bは虫かごの底に浅く砂利を敷き詰めると、三男ベビンネをむんずと掴み虫かごの中へ入れ、蓋をカチリとはめ込みました。丁度三男ベビンネの頭が蓋につくかつかないかくらいの大きさです。
「とりあえずどっかに隠しとこうぜ」
少年がそう提案すると、捕まえた場所に程近い大きな木のふもとに虫かごを置き、少年達は去っていきました。

長男ベビンネと次男ベビンネは、危機が去ったことを確認すると、虫かごにヨチヨチと、しかし急いで駆け寄ります。
三男ベビンネは始めこそ安堵していましたが、自分が虫かごに閉じ込められた事を理解し、アクリルの壁をカリカリと引っかきながら「チィィ・・」と困惑しています。長男ベビンネと次男ベビンネも何とかして三男ベビンネを救出しようと、短い腕で蓋を持ち上げようとしますが、まだ乳離れして間もない体、思うように力が入らず、蓋を開けることができません。
そうしている内に、雨がポツポツと降ってきました。緩やかな雨脚はだんだんと勢いを強め、ざあざあ降りの雨へと変わります。長男ベビンネと次男ベビンネは本能的に、体が濡れることを回避するために大きな木の下へと身を寄せます。
しかし三男ベビンネの「チィ!チィ!」という声に二人はハッとしました。運悪く三男ベビンネの入った虫かごは大きな木の雨だれの真下に置かれていて、虫かごの空気穴から雨水が入り込んでいました。長男ベビンネと次男ベビンネは力をあわせて虫かごを雨の入り込まない場所へと移動させようとしますが、敷き詰められた砂利が水分を吸収して重量を増し、とても幼い二人の力では動かすことはできません。その間にも三男ベビンネの体はビショビショになっていきます。秋の雨は冷たく、三男ベビンネの体温をどんどん奪っていきます。
昨日から何も口にしていないベビンネ達、体力の限界が迫っていました。虫かごの中の雨水は三男ベビンネのお腹のあたりまで達しようとしています。
三男ベビンネは寒さに身を震わせながら「チィィ・・チィィ・・」と鳴き続け、長男ベビンネと次男ベビンネに助けを求めています。その時でした。ガサガサと茂みを揺らし、男が入ってきました。薄くなった前髪と頭頂部、しかし後ろ髪は長くボサボサで、長く伸びきった髭をたくわえています。羽織っているコートもはいているズボンもボロボロでした。男は森に向かってズボンのチャックを下ろすと、用を足し始めました。


長男ベビンネと次男ベビンネは突然の男の登場に戦慄し、虫かごから一目散に離れ、木の下に積もった落葉の中に隠れます。しかし三男ベビンネは悩んでいました。ここで男に気付いてもらえれば、虫かごから出してもらえるかもしれない。しかしもし男がママに暴行した人間と同類であれば、酷い仕打ちが待っている。三男ベビンネが苦悩していると、男は用を足し終え、公園の中へ戻っていこうとします。
三男ベビンネは賭けに出ました。「チッ・・チィィ!チィィィ!!」三男ベビンネが声を上げると、男がゆっくりと虫かごへ振り向きます。「おやおや・・」男はそう呟くと虫かごへと近づいて来ました。三男ベビンネはまるで判決を待つ囚人の様な心境でそれを待ちます。長男ベビンネも、次男ベビンネも、三男ベビンネも、みんなプルプルと震えていました。
男は虫かごの蓋を外すと、三男ベビンネを取り上げました。三男ベビンネは男の手に触覚をあてがいます。しかし、男からは憎悪を感じませんでした。きっとこの男も、あの少女のような人間なんだ。自分を危険から守ってくれる、ママのような。
三男ベビンネはそう確信すると「チィ、チィ」と長男ベビンネと次男ベビンネを呼び寄せました。モソモソと落葉を揺らしながら、二人が這い出てきます。男はその姿を見て、ニッコリと笑顔を見せました。長男ベビンネと次男ベビンネもひさびさの笑顔をみせると「チィ、チィ」と鳴きながら男の足元へヨチヨチと駆け寄っていきます。
男は三男ベビンネを掴んだまま長男ベビンネと次男ベビンネを虫かごへ入れると、蓋をしました。そして虫かごを持ち上げると、ベビンネ達を連れて森の奥へと入っていったのです。ベビンネ達は徐々に不安を感じ始めました。
そしてそれは図らずも的中してしまいます。

男は森の奥へやってくると、枯葉や腐った木をかき集め、ライターで火をつけ焚き火をおこしました。その炎は、ビショビショになった三男ベビンネの体を優しく乾かして、もとのフワフワな毛並みに戻してくれました。三男ベビンネは男の手の中で安堵します。長男ベビンネと次男ベビンネも虫かごの中で安堵しました。
しかし、男はささくれだった丈夫な木の枝を手に取ると、突如三男の肛門にぐりぐりと差し込みはじめました。三男ベビンネの小さな体には不恰好な大きな枝が三男ベビンネの腸内をがりがりと傷つけ、三男ベビンネは激痛に悶え苦しみます。
「チュピィイィィィィィ!!」「チッ!?チィィィィ!チィィィィ!!」長男ベビンネと次男ベビンネも、男の突然の行動に仰天し、アクリルの壁をカリカリと引っかき鳴き始めます。枝がしっかりと奥まで差し込まれる頃には、三男ベビンネは舌をたらして息も絶え絶えの状態になり、枝の先端でプルプル震えていました。しかし男の行動はまだ終わりません。男は枝に差し込んだ三男ベビンネを焚き火の中へくべました。
「フィッ!フィッ!フィィィィイィィィ!!チュギィィィィ!!ヒィィ!!ヒィィイ!!」三男ベビンネは炎の中でもがき苦しみます。しかし枝に貫かれどうあがいても不自由な体、三男ベビンネに出来る事といえば、炎の中で手足をパタパタを動かす事だけでした。
男に憎悪はありません。人は、食べ物に感謝こそすれど、憎悪は抱きません。男は、炎の中でもがき苦しみ、ポタポタと肉汁をたらし始めた三男ベビンネと、虫かごの中で抱きあいながらプルプルと震えている長男ベビンネ、次男ベビンネを眺めながら舌なめずりをしました。

〔終〕
最終更新:2015年02月18日 19:03