夜も更けた頃、ベビンネを抱っこして巣に帰ろうとするママンネの姿がありました。
子供を連れて木の実を探しに出かけたところ、運悪く経験値狙いのトレーナーと出くわし、
逃げ回って姿を隠しているうちに、すっかり遠くまで来てしまい、その上夜になっていたのでした。
チィチィと寝息を立てるベビンネを抱き締め、ママンネは家路を急ぎます。
走っているうちに、ママンネはお堀の側を通りかかります。
「このお堀って、お化けが出るって有名なところミィ……。
でもここを避けると遠回りになっちゃうし……ええい、近道するミィ!」
度胸を決めて、ママンネはとてとてとお堀端を走っていきます。
ところがママンネの耳に、不気味な声が聞こえてきたのです。
「置いてけ………置いてけ………」
ただでさえ音に敏感なヒアリングポケモンです。ママンネは背筋が凍る思いでした。
「だ、誰ミィ!?何を置いていけっていうミィ!?」
「置いてけ………耳を置いてけ………」
「じょ、冗談じゃないミィ!タブンネちゃんの耳はタブンネちゃんのものだミィ!」
ママンネは左手でベビンネをぎゅっと抱き締め、右手で右耳を押さえました。
ところが背後から、何者かがママンネの左耳をぐいっと引っ張ります。
夜の闇のせいなのか、その引っ張る手らしきものは全く見えません。
「ミヒィィィ!!」
あわててその見えない謎の手を振り払おうとしますが、その隙に右耳も掴まれてしまいました。
「ピギィーッ!」
両耳を引っ張られたママンネの体は一瞬宙に浮きますが、ブチブチッと耳が千切れ、
すぐさま地面に落下しました。
「ミギャァァァァァ!!」
血を流し絶叫するママンネですが、激痛を恐怖が上回り、ヨタヨタ逃げ出そうとします。
ところが不気味な声はさらにママンネに呼びかけてきます。
「置いてけ………触覚を置いてけ………」
「ヒィィィ!」
ママンネが叫ぶのと同時に、今度は見えない手はママンネの両触覚を引き千切りました。
「ミギャアアア!!ヒギャガガアアア!!」
耳に続き、最も敏感な器官である触覚をもぎ取られ、ママンネは泣き叫びます。
「チィィィ!チビィィィィ!」
母親の絶叫で目を覚ましたベビンネが火のついたように泣き出します。
しかしママンネはもうそれどころではありません。
「置いてけ………尻尾を置いてけ………」
「それだけはやめてミィ!尻尾はタブンネちゃんの命ミィ!」
そんな訴えが聞き入れられるわけもありません。
見えない手は容赦なく尻尾を掴むと、一気に引き抜きました。
「ハギャアアーッ!!」
激痛のあまり倒れてしまったママンネは、ベビンネを取り落としてしまいます。
ところが不気味な声はさらに恐ろしいことを言い出しました。
「赤ん坊置いてけ………耳を……触覚を……尻尾を置いてけ………」
次の瞬間、ベビンネが宙に浮いたかと思うと、見えない手がベビンネの随所を引っ張りました。
「チギャアーッ!!ピヒィィィーッ!!」
泣き喚くベビンネの耳が、触覚が、尻尾が、次々と引き千切られていきます。
そして血だらけのベビンネは吸い込まれるように闇の中に消えていきました。
「ま……待ってミィ……私のベビちゃん、返してミィ……」
息も絶え絶えになりながら、ママンネは闇の向こうに手を伸ばします。
しかし不気味な声は容赦しませんでした。
「置いてけ………腕を置いてけ………」
ゴキゴキと骨が外れ、砕ける音がしたかと思うと、ママンネの両腕はねじ切られていました。
「グギャァァァァァァ!!」
もはや限界でした。ママンネの意識は遠のいてゆきます。
(ママ、起きて、ママ)
ベビンネの呼ぶ声でママンネは目を覚ましました。どうやら死んではいないようです。
そして目の前にベビンネがいることにも気づきました。
耳も触覚も腕も失った無残な姿にも関わらず、意外に元気そうです。
「よかった、ベビちゃん!もう会えないかと……」
とママンネは言おうとしましたが、口から出たのは「ピュッピュッ」という奇妙な声でした。
「ピュッピュッ!?」(い、一体どうなっちゃったミィ!?)
ママンネは自分も両腕がなくなっていることに気づきましたが、不思議なことに痛みは全然ありません。
そのママンネに、ベビンネが語りかけてきました。
同じように「ピュッピュッ」としかしゃべれませんが、言葉の意味が伝わってきます。
「ピュッピュッ」(ボク達、生まれ変わったんだミィ。とっても気持ちいいミィ)
「ピュッピュッ?」(生まれ変わったって…何にだミィ?)
「ピュッピュッ」(
マランネだミィ。ほら、仲間がたくさんいるミィ)
その言葉が聞こえたかのように、暗闇の中からマランネがぞろぞろと姿を現わしました。
大きいのから小さいのまで、口々に「ピュッピュッ」と言っています。
その声を聞いているうちに、ママンネは頭のてっぺんが熱くなってきたことに気づきました。
「ピュッピュッ」(な、なんだかムズムズするミィ、我慢できないミィ!)
次の瞬間、その頭頂部の亀裂から生暖かい白濁液が噴き出し、ママンネは全身に
筆舌に尽くしがたい快感が走るのを感じました。
「ピュッピュッ!」(き、気持ちいいミィ!こんなの初めてだミィ)
「ピュッピュッ!」(ボクも出ちゃうミィ!)
続けてベビンネも、頭から白い液体をほとばしらせました。マランネ達は「ピュッピュッ」と大喜びです。
そう、ここは元はタブンネだったマランネ達の棲家なのです。
人間や他のポケモンに虐待され、耳や腕をもぎ取られて、かろうじて生き残ったタブンネ達は、
その怨念のエネルギーでマランネに生まれ変わるのです。
そして近くをタブンネが通ろうものなら、たちまちこの母子の様に引きずり込まれ、
呪いの力によって耳も腕も引き千切られた上で、マランネの仲間入りさせられるのでした。
「ピュッピュッ」(仲間が増えたお祝いだピュ、近くのタブンネ集落を襲いに行くピュ)
リーダー格のマランネが言うと、マランネ達は「ピュッピュッ」と歓喜の声を上げます。
ママンネとベビンネも一緒に「ピュッピュッ」「ピュッピュッ」と叫んでいます。
その集落はママンネとベビンネの巣があるところ。
パパンネが2匹の帰りを待ち侘びていて、仲間や友達もたくさんいる故郷です。
しかしマランネになってしまった2匹の頭からは、もうその記憶は失われていたのです。
ママンネとベビンネは「ピュッピュッ」と言いながら、新たな仲間と共に暗闇の中へ消えていきました。
(終わり)
最終更新:2015年02月18日 19:35