チビンネを捕まえた。
親からはぐれたのか、1匹だけでうちの庭を歩いていた。
ヨタヨタ歩く姿を見ていたら捕まえたくなるのは誰だって当たり前のことだろう。
小さな体をつかんで持ち上げると俺の手に噛みついてきた。
ろくに歯の生えていない口で一生懸命に抵抗してくる。かわいい。
そのうち、何も効果がないことに気付いたのか「チィチィ」鳴きながらこっちをにらんでくる。
離せ。降ろせ。とでも言っているのだろう。
まだまだ子どものくせに、態度だけはいっちょまえだ。
そんな生意気な子は
お仕置きだぞ。
家の中にチビンネを連れて行き、小型ポケモン用のケージに入れる。
ケージにしがみついて「チィッ!」と鳴いて威嚇してくる。
その威勢の良さがいつまで続くだろうか。
このケージは4つの柵で囲むタイプであり、天井部分はぽっかりと空いている。
その空いた天井部分からケージの真ん中にあるものを置く。
餌だと思ったのか「チチィ~♪」と鳴きながらそれを拾う。無警戒すぎる。
笑顔でそれをかじった瞬間「チピィ!?」と悲鳴を上げてケージの中を転がる。
俺がケージの中に置いたもの。
それは唐辛子や玉ねぎの成分を練り込んだ団子だ。6個パック500円。
チビンネは「ケフッケフッ!」とせき込みながら涙を流している。
相当きつかったのか、ケージの真ん中で小さく丸まっている。
ここで、練り団子が新たな効果を発揮する。
チビンネがかじったことで内側が露出し、閉じ込められていた成分が漂い始めたのだ。
そして、それはケージ内のチビンネを直撃する。
「チィィィィィ!」
がばっと飛び起きると練り団子から距離をとるために全力ダッシュ。
さっきまでヨタヨタ歩きをしていたとは思えない俊敏さだ。
しかし、ここはせまいケージの中。
ガシャーンと顔から激突し、見事な後方でんぐり返しを見せてくれる。
数秒間、大の字になって倒れていたが、はっと起き上がると俺の方によって来る。
ケージに目一杯張り付き、隙間から小さな手を出して「チィチィ」泣き叫ぶ。
さっきまでの威勢の良さは完全になくなり、今は必死に懇願する声になっている。
出してください? もちろん、イヤです!
ケージに張り付くチビンネの頭にデコピンを打ち込む。
「チヤァ!?」と大きくのけぞり、そのままひっくり返る。
しかし、すぐに飛び起きると再びケージに張り付いて出してくれと哀願してくる。
あの練り団子のことがそうとう嫌なようだ。
もちろん、デコピンで弾き返しておいた。
張り付いてはデコピンをすること数十回。ケージに張り付くチビンネのおでこは真っ赤になっている。
さすがに俺も指が痛い。
「わかった。出してあげるよ」
そう言うとチビンネが一気に笑顔になる。
涙を流しながら、ありがとうというふうに何度も頭を下げる。
まあ、涙を流してるのは練り団子のせいなんだけどさ。
泣き笑い状態のチビンネの目の前にグラエナを出してやる。
突然現れた肉食ポケモンに驚きあわてて、ケージ中央に逃げていく。
しかし、そこにあるのは練り団子。漂う刺激臭がチビンネを襲う。
「チッピィィィィ!」と声を上げてケージの中を走り回る。
この練り団子から漂う刺激臭。
距離があるとはいえこっちもきつい。グラエナも嫌そうな顔をしている。
チビンネはグラエナがいるのとは反対方向に逃げてぎりぎりまでケージに張り付いている。
グラエナと練り団子から離れるにはそれしかないわな。
ここでグラエナがチビンネのいる方に移動する。
「チヒィッ!?」
ふたたび目の前に現れたグラエナに驚き反対側に逃げよ「チィィィィッ!」
ケージ内の練り団子に再びやられるチビンネ。
距離をとろうとケージの壁にはりつく。
しかし、そこにグラエナが移動する。
ケージ内を逃げ回るチビンネ。その周りを追い回すグラエナ。
グラエナの方はすっかり楽しくなったようで、ハイテンションでチビンネを追いかけまわしている。
ときどきケージを前足で攻撃し、チビンネが悲鳴を上げるのを楽しんでいる。
「ミィッ!」
突然、大きな泣き声が響いた。
振り返ると、ガラス戸越しにこっちを威嚇しているタブンネがいた。
チビンネの方はそれを見て「チィ♪」と嬉しそうにしている。
なるほど。こいつが親か。
どうやらチビンネの声を聞いて、助けにきたようだ。
しかし、ヨタヨタ歩きのチビンネをたった1匹にしていたのはこいつだ。
そんな奴に親としての自覚があるとは思えない。
どれ、試してみよう。
俺がガラス戸を開けると、そこから家の中に上がり込もうとして、動きが止まった。
チビンネのいるケージのそばにいるグラエナに気付いたようだ。
親ンネはおもしろいくらいに焦った顔をしていた。
子どもを助けようとしたら、すぐそばには肉食ポケモン。
放っておいたら子どもが危ない。
助けに行けば自分が危ない。
親ンネの心の天秤は大きくゆれていることだろう。
しばらく考え込んでいる様子の親ンネだったが、「ミィィィィッ!」とひときわ強く鳴くと、
子どもに背を向け逃げ出してしまった。
自分の子どもを見捨てるとは。本当に親の自覚がないんだな。
チビンネの方を見ると、ケージにしがみついたまま固まっていた。
目からは大粒の涙が次々にこぼれている。
当然だろう。
大嫌いな臭いを出す刺激物を食べさせられ、怖い肉食ポケモンに追い回され、
助けが来たと思ったら見捨てられ。
肉体的にも精神的にも披露はピークを越えているだろう。
身も心もボロボロ。なみだはポロポロ。
ここで、心の中でチビンネに伝えておく。
今日1日遊んだら、ちゃんと解放してあげるよ。
ちゃんとご飯だって食べさせるし、怪我だって絶対させないよ。
ただ、こっちのイタズラに慌てふためいてくれればそれでいいから。
だから、もっと楽しませてね。
明日になったら、捕まえたところに戻してあげる。
チィチィ泣けば親ンネが迎えに来てくれるかもよ。たぶんね。
(おわり)
最終更新:2015年02月18日 19:54