「ミィ♪」「ミッミッ♪」「ミィ♪」「チチィ♪」
巣の中では4匹のタブンネがオレンの実を食べています。
お父さんとお母さん、そして2匹の兄妹。
とても仲の良い家族で、いつも幸せそうにしています。
やがて、子どもたちはお腹がいっぱいになると、こてんと転がります。
横になった2匹をお父さんとお母さんがやさしく毛づくろいし始めました。
毛づくろいされている子どもたち。その姿はとても似ています。
短い手足、くるんとした触覚、ふわふわの尻尾。……タブンネだから当たり前ですね。
しかし、この子どもたちはある部分がちがっています。
お兄ちゃんの方はタブンネ特有の、良く目立つピンク色の体毛をしています。
もう1匹の妹の方はタブンネらしくない紫色の体毛をしています。
そう、この兄妹は片方が
色違いなのです。
ちなみに、お父さんとお母さんはピンク色の体をしています。
しかし、体の色が違ったところでかわいいわが子。
体の色など気にすることなく、たくさんの愛情をそそいでいます。
ところが、子どもたちはそうではありません。
お兄ちゃんのほうは、家族の誰とも違う妹の色を特別だと感じ、うらやましく思っています。
一方、妹のほうは、家族と同じ体の色をしているお兄ちゃんを、うらやましく思っています。
2匹はお互いに、相手の色になりたいなぁと思っていました。
ある日のこと。
子どもたちが2匹だけで、巣の近くで遊んでいます。
3日前にご飯を探しに行ったお父さんが帰って来なくなりました。
そのため、今日はお母さんがご飯を探しに行くことになりました。
子どもたちはお留守番です。
仲良く遊んでいると、がさがさという音が聞こえてきました。
2匹はびくっと動きを止めると、音のする方に視線を向けます。
「ミィィィィッ!」
やぶの中から叫び声を上げながらつるっとした感じの紫色のタブンネが飛び出してきました。
そのまま2匹の前を走り抜けて、別のやぶの中に消えていきます。
なんとなくお父さんの声と似ている気がしました。
でも、お父さんはピンク色で、さっきのタブンネは紫色の体をしていました。
紫色のタブンネが消えていった方を見つめていると、ふたたび、がさがさという音がしました。
そっちの方に目を向けると、1人の人間がやぶの中から出てきました。
「くっそー、逃げられたか。まあ、どうせ使い物にならなくなってから別にいいか」
やぶの中から出てきた人間はくるりと向きを変えて、出てきたやぶの中に戻ろうとしました。
そこで、2匹と、人間の目があいました。
「……天然モノの色違いかー。サンプル程度には使えるかな」
そういうと人間はしゃがみ込み、何かを取り出して2匹に差し出します。
「ほら、オボンの実だよ。こっちおいで」
これまでオレンしか食べたことのない2匹には、それは未知の木の実でした。
しかし、そのにおいはタブンネとしての本能においしいよと語りかけてきます。
オボンを食べると、2匹は人間にすっかりなつきました。
人間に体をすりつけ、思いっきり甘えています。
人間は2匹をなでながらお兄ちゃんの方に聞きます。
「体の色、紫色にしてみたくない?」
お兄ちゃんにとって、それは願ってもない提案でした。コクコクとうなずきます。
「ミィ! ミィ!」
そのとき妹の方が人間に何かを訴えかけてきます。
「ああ、君はピンク色になりたいんだね」
この人間はタブンネの言葉がわかるのか、紫色の言葉をしっかりと理解しています。
「いいよ。2匹ともおいで。」
そう言って2匹を抱きかかえると人間はそのまま、どこかへ歩きだしました。
2匹は大きな建物に連れてこられました。
白くて、灰色で、冷たそうで、とてもかたそうな建物。
これまで森の中に暮らしていた2匹にとってはまったくなじみのないものです。
人間は2匹を連れてその建物の中に入っていきました。
建物の中に入ると、人間は一つの部屋に入りました。
ぽかぽかしたお日様の光がとどかない冷たい明るさの部屋です。
人間はお兄ちゃんを台の上に寝かせると、動かないように押さえつけます。
「ミィッ!?」
混乱するお兄ちゃんを押さえたまま、手に持った機械の
スイッチを入れます。
ウイイイイイイン!
「動かないでねー」
大きな音に驚くお兄ちゃんを無視して、人間は機械を体にあてて動かしていきます。
ジョリリリリリリ!
「ミッッヒィィィィィ!」
大きな機械音とお兄ちゃんの叫び声が部屋の中に響きます。
「はい、終わったよー」
数分後。
そこには、尻尾をのぞく全身の毛をきれいに刈り取られたお兄ちゃんの姿がありました。
うすいピンク色の肌をむき出しにされて、涙をながしてゼイゼイとあえいでいます。
人間はお兄ちゃんをそのままにして、妹の姿をさがします。
「はいはい。尻尾見えてる。尻尾見えてる」
ゴミ箱の陰にかくれたものの、ふわふわの尻尾がぽわんと飛び出していては意味がありません。
人間は妹を捕まえると、お兄ちゃんの隣で妹を押さえつけます。
「チィ! チィ! チィィ!」
「暴れなければすぐに終わるからねー。がんばろー」
そう言って機械のスイッチを入れ、妹の紫色の毛を刈り取り始めます。
「チヤァァァァァァァァン!」
ジョリリリリリリィ!
「さて見てごらん」
人間は2匹の前に鏡をおきました。
2匹はそれを見て愕然とします。
ピンク色の地肌をさらした姿はとてもみすぼらしく、タブンネの愛らしさなど見当たりません。
体の毛がなくなったことで、ぽっこりした下っ腹がはっきりとわかり、みっともない印象を受けます。
あまりにも情けない自分たちの姿に2匹はめそめそと泣き出してしまいました。
皮肉なことに、今のみっともない姿は、この色の違う兄妹が一番似ている姿でもあります。
「あっははは! 泣いてる泣いてる!」
人間はそう言うと刈り取った毛を2匹の前に置きます。
妹のものだった紫色をお兄ちゃんの前に。
お兄ちゃんのものだったピンク色を妹の前に。
「今からこの色にしてあげるから。だから泣かないで」
2匹はその言葉を聞いて、ほんの少しだけ表情が明るくなりました。
自分が願っていた色になれる。そのことに期待が膨らみます。
「よし。たのむよリオル」
人間が1匹のポケモンを出しました。
お兄ちゃんより一回り大きい青いポケモンです。
初めて見るタブンネ以外のポケモンにお兄ちゃんは興味津々。
リオルのことをまじまじと見つめています。
と、そのとき。突然、お兄ちゃんの顔にリオルがパンチを打ってきました。
「ミキャッ!?」
殴られたことで大きくのけぞるお兄ちゃん。右目のあたりが早くも腫れてきました。
「こらこらリオル。ダメだろ」
人間がリオルのことを怒っています。
お兄ちゃんはざまあみろと言わんばかりに「ミヒヒ」と笑みを漏らします。
そして右目を押さえながらリオルのことをにらみつけています。
「もっと強く殴るように教えただろう?」
リオルはその言葉にうなずくと、先ほどよりも強い力でお兄ちゃんのことを殴り始めます。
顔にはじまり、お腹や手足。さらに倒れたときは背中やお尻を休むことなく殴り続けます。
「ミキャァ! ミッヒ!? ミャァン! ミヤアアアッ!」
お兄ちゃんにとってはたまったものではありません。
なぜ殴られるのかという疑問を持つことさえできないまま、全身を殴られているわけですから。
「その角度だ。そう! えぐり込むんだ!」
人間はリオルに指示を出して殴られるお兄ちゃんの様子を観察します。
すでに顔は腫れ上がり、一部の色は青く変色し始めています。
もはや泣き声を上げる気力すらないのか体を丸めて痛みに耐えています。
「よし、そのまま15分間続けて。インターバルは10分。死んだ場合は呼んで。生き返らせるから」
そう言うと人間は妹の方に向かいます。
「……君は学習しないねー」
お兄ちゃんが殴られている光景を見たい妹はゴミ箱の陰に隠れて震えていました。
今回もふわふわの尻尾がはみ出していてすぐに見つかってしまいます。
「よし。行って来いブビィ」
人間は新たなポケモンを出すと大きく離れます。
全身が炎のような小柄なポケモンが妹に近づきます。
そのまま妹の後ろに来ると一気に抱きつきます。
「チッギャァァァァァァァァ!」
ブビィの体温は約600度。
むき出しの皮膚にそんな高温のものが抱きついてきたのです。
その熱さと痛みは想像することもできません。
「やっぱり熱いなー。ブビィ、前の方もお願い。」
指示を出されたブビィは妹をくるりと回すと、体前面を覆うようにやさしく抱きつきます。
「――ヒッ―――ヘハッ――」
妹はもはや声を出すことすらできません。
さらに息を吸うたびに熱い熱気が体の中にも入ってきます。
全身はあっという間にやけどし、くりくりの青い目も白く濁り始めています。
「はい、いったんやめてー」
人間からの指示が飛ぶと、ブビィは妹から体を離します。
ぴくぴくと痙攣する妹に人間は近づくと、青みがかった液体を妹の体に塗っていきます。
さらにそれを霧吹きに入れると、妹の口のなかに突っ込み、霧状になったものを妹に吸わせていきます。
「チクッ…チギィ…」
妹は少し体が楽になったのを感じました。体の中の暑さも随分とやわらいだのがわかります。
実はこの液体、チーゴの実から抽出したもので、やけどを治すのに効果があります。
人間はその液体をガラスでできた水槽の中になみなみと注ぐと、妹をその中に浸します。
「ブビィ、今から10分、この子はこのまま。溺れたら呼んで。生き返らせるから。
そして10分経ったらここから出して全身をまんべんなく30秒抱きしめて。
そしたらこの中に漬け込んで。あとは、それの繰り返し。
そのうち薬の効果がうすくなると思うから、焦げたら呼んで。剥ぐから」
それから3日後。
ポケモンを変え、方法を変えの実験は終わりを告げました。
全身の毛を刈り取られ、地肌の薄いピンク色だった兄妹は見事に紫色とピンク色になっていました。
しかし、人間はそれを見て不満そうです。
「地肌の色を変えて、それを体毛の色に反映させようとしたんだけどなー。
着眼点は悪くなかったと思うんだけど、毛根が死ぬのは予想してなかった」
頭をガシガシとかくと、兄弟の方を向いて言います。
「まあ、それなりに有意義だったよ。役に立つかどうかは置いといて
せめてものお礼に前いたところに戻してあげるよ」
お母さんは心配していました。
ご飯を取りに行って、帰って来てみれば愛するわが子が巣にいなかったのですから。
あのあと、危険を冒して森中を探しまわり、時にはほかのポケモンの縄張りにも入りました。
それでも子どもたちは見つかりませんでした。
お父さんがいなくなり、子どもたちもいなくなった。
心配と寂しさと不安で、3日間まともにご飯を食べることも眠ることもできませんでした。
激しい疲労でお母さんの意識は今にも落ちてしまいそうです。
ミィ… チィ…
お母さんが意識を手放そうとしたその瞬間、かすかな鳴き声を捉えました。
いとしい、いとしい、わが子の声。
どれだけ疲れていても聞き違えるはずがありません。
お母さんは顔を上げると、巣を飛び出しました。
巣からでると、少し離れたところに小さな2つの影が見えました
色はピンクと紫。
まちがいありません。愛する子どもたちが帰ってきたのです。
遠目に見ても2匹が弱っているのがよくわかります。
お母さんはあわてて駆け寄ると2匹を抱き上げました。
「ミィィッ♪」
「ミィヤァァァァァァァァァァァァァァアァァァアァァァァァァ!!」
「チッピィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!」
お母さんが大喜びわが子を抱き上げたとき、2匹は森中に響き渡るような悲鳴を上げます。
さらに、お母さんの顔や体をを叩いたり蹴ったりしながら、イヤイヤと首を振ります。
「ミィッ!?」
子どもたちの反応にお母さんは思わず子どもたちを落としてしまいます。
地面で「ミィィ…」「チィィ…」とうめくわが子を見て、お母さんは違和感を感じました。
タブンネは聴覚に優れたポケモンです。子どもの声を聞き違えることなどありえません。
しかし、目の前の光景はどういうことでしょうか?
「ミィ」と鳴くのはお兄ちゃんのはずです。しかし、そのタブンネは紫色の体をしています。
「チィ」と鳴くのは妹のはずです。しかし、そのタブンネはピンク色の体をしています。
そして、お母さんは気付きました。
2匹の体には毛がなく、その体の色は肌の色だということに。
3日間にわたって殴られ続けたことで、全身がアザによって青紫色になったお兄ちゃん。
そのアザは2度と引くことがなく、わずかな圧迫だけで全身に苦痛が走ります。
3日間にわたってやけどと治療を繰り返し、焦げた部分を強引にはぎ取られた妹。
全身の皮膚のほとんどを失い、ピンク色のお肉が露出してしまっています。
常に神経をむき出しにしているような状態で、わずかな刺激が激痛となります。
お母さんは愕然としました。
触覚で確認する必要もないほどのわが子の惨状に。
もはや抱き上げることも、体をなめてあげることも子どもたちの苦痛にしかならない現状に。
お母さんは地面にぺたりと座り込むと呆然と苦しむわが子を見つめています。
がさがさ
やぶの中から一人人間がでてきました。
お母さんはぼんやりとした目で人間のことを見つめます。
人間はお母さんの方を見るとニヤリと笑います。
「もしかして、この子たちのお父さんかお母さん? それとも赤の他人?
まあ、なんでもいいんだけどね。
ここ1週間でいくつかの収穫があったから実践してみたいんだよね。
大丈夫だよ。うまくいけば色違いになってモテモテだから」
そして、人間はお母さんをモンスターボールで捕まえるとその場を後にしました。
そこには、地面でうめく色違いの兄妹だけが残されました。
お互いの色になりたいという兄妹のささやかな願いはかなえられました。
しかし、その願い事のために支払った代償はすこし大きすぎたようです。
(おわり)
最終更新:2015年02月18日 19:57