追分操車場

新宿追分発着所

新宿追分發着所(京王電気軌道30年史)

京帝たより

京帝たより第2号(1953/09/01)
なくなる追分操車場
-二十年の歴史に幕-
新宿伊勢丹前の自動車部追分操車場が、都市計画上の都合で閉鎖されることになつた。昭和七年、当時の甲州街道自動車がこの地に車庫として設置以来のもので、かつては自動車部品販売も兼業し、実に昭和の初期から二十年間にわたつて市民の親しまれてきた新宿の郷愁でもある。十二年十二月、京王電気軌道自動車部のものとなり、旧東京急行を経て当社中野営業所の所属となり新宿市街地へ乗入れるバスの引返場として重要な役割をはたしていた。消えゆく追分操車場の往時を知る自動車部高橋課長、渡辺係長は、一抹の淋しさをかくしきれぬ様子で交々次のように語つた。
 昔はあそこで、引返しのバスをターン・テーブルに乗せて廻転していましたが、日本一といわれる当社の大型バスを操車する今となつては、狭少にすぎる車庫が邪魔でそんな芸当も昔がたりです。現行ダイヤで、一日に延べ千台以上の車を操車係と移動係三名で操車しています。この操車場に代わつて引返しの機能をするループ線を申請中ですが許可のあり次第、恐らく十月末には追分操車場を閉鎖して、あの辺一帯の交通危険の緩和ともなることでしよう。
写真はなくなる追分操車場
最終更新:2015年09月02日 18:59