「何故、貴僧ほどの御方が、このような愚行に加担される!?」
主催者の一味として現れた天海に詰め寄る柳生十兵衛だが、天海は全く動じない。
「言った所で無益。汝等は所詮、武術者の業に生きる者なれば」
「なら、……死ね」
声は天海の背後から。十兵衛の後ろに控えていたオボロが、話し合いは無意味と判断し、回り込んで天海に斬りかかったのだ。
「待て!」
十兵衛の制止を無視してオボロの剣は振るわれ……空を切る。
天海が、齢百にならんとする老人とはとても信じられぬ動きで跳び、一撃をかわしたのだ。
まあ、回峰行などの激しい修行を行う天台宗の高僧である天海が高い身体能力を有していてもそう不思議ではないが……
何にしろ、今の一撃を天海がかわせたのも、その剣撃が、オボロにとっては様子見の手加減したものであったからこそ。
天海の予想外の動きを見たオボロは瞬時に速度を上げ、分身して見える程の速さで跳躍し天海を追うと、一気に寸刻みとした。
全身から血を流しながら着地する天海。
その動きにも息遣いにも全く乱れがないのを悟り、オボロの眼光が鋭くなる。
オボロとて、如何に非道な主催者の一味とはいえ、重要な情報を持つかもしれない天海をいきなり殺そうとした訳ではない。
故にオボロは敢えて急所を外して斬ったのだが、それでも本来ならまともに動けなくなる程度の傷を負わせる筈だった。
実際にそうならなかった原因の一つは天海の動き。
オボロの刃を回避しきるのが不可能と悟ると、天海は自ら身体を刀に当てに行き、それで打点をずらして急所を外したのだ。
この老人には何らかの武術……それも正統な物ではなくオボロのものに近い裏の技法の心得があるらしい。
無論、身体機能を損なう程ではなくとも傷の痛みはある筈だが、それを感じさせないのは高僧ならではの精神力と自制心ゆえか。
だが、天海が紛れもなく高僧であるならば、どう考えても仏の心に適わぬ御前試合の主催者にどうして与するのか……
十兵衛が更に問い質そうとした時、背後から駆けて来る人の気配と足音を察知し、振り向いた。

「斉藤……!」
駆け込んで来た女剣士、神谷薫は、一瞬だけ迷ったような顔をするが、すぐに斉藤一を見分けて駆け寄る。
「大変なの、とんでもない奴に襲われて!剣心は大怪我してるのに……」
「何だ?あんたは」
捲くし立てる所を冷たく問われ、薫は漸く幾分かの冷静さを取り戻す。
考えてみれば、老人となった斉藤にとって、自分は何十年も前に僅かに接触したに過ぎない相手であり、忘れていても当然。
説明しようとする薫だが、分別を取り戻したその瞳に、斉藤の横に居る不動明王の如き剣士が映る。
「あ……」
自分達を襲って来た殺人鬼によく似た男の存在に薫はたじろぎ、咄嗟に言葉が出ない。
襲撃者が宮本武蔵だという推測は坂本から聞かされていたし、襲撃の前に、武蔵の父無二斎が仲間に居る事も知らされていた。
だから、武蔵に似た男がここに居ても怪しむには足らないのだが、薫にあらかじめそれを予測しておく余裕はなかったのだ。
「誰だ、お前は!?何があった!」
オボロに強く質されて、薫はどうにか言葉を紡ぎ出す。
「私と剣心は坂本さん達に助けられて、そうしたら、籠もっていた家が襲われたんです。そいつに伊東さんが……」
「伊東さんが!?」
薫に掴みかかる服部。
「伊東さんがどうした!?一体、誰に襲われた!」
「襲って来たのは多分……宮本武蔵。伊東さんは……」
そう言って目を逸らす薫。
「くっ!」
脇目も振らずに駆け出し、元来た道を戻って行く服部。坂本達が何処に居るかすらまだ聞いていないというのに。
「おい、坂本達が居るのは何処だ」
「城下の北東の、確か神余屋っていう、大きな商家です」
「オボロ、頼む。服部を追って手助けしてやってくれ」
「な!?」
主催者を目の前にしての転進を指示されて反論しかけるオボロだが、言った十兵衛の真剣な眼を見て口を閉ざす。
「武蔵殿は、俺が知る中でも、親父殿を除けば並ぶ者がない程の剣客だ。頼む」
「……わかった」
相手があの宮本武蔵となれば、冷静さを失った服部一人では餌食になるだけだと十兵衛は見たのだ。
そして、元々の健脚に加えて、仲間を救う為に本来の限界以上の速度で走る服部に勝る俊敏さを持つのはオボロだけだろう。
「わ、私も一緒に!」
薫も既に後姿が見えなくなりつつあるオボロを追い掛けて駆け出そうとする。
無論、俊敏さが段違いの上にここに来る迄に既に息切れしている薫がオボロに追い付ける筈もないが……
「それは待ってもらおう」
言葉と共に、今まで成り行きを見守っていた天海から薫に向かって刃が飛来した。

【???/道祖神からの抜け道/一日目/午後】

服部武雄@史実】
【状態】額に傷、迷い
【装備】雷切@史実、徳川慶喜のエペ(鞘のみ)
【所持品】支給品一式(食糧一食分消費)
【思考】基本:この殺し合いの脱出
一:伊東や坂本の所に戻り、宮本武蔵を斬る
二:剣術を磨きなおして己の欠点を補う
三:上泉信綱に対しては複雑な感情
【備考】※人物帖を確認し、基本的に本物と認識しました。

【オボロ@うたわれるもの】
【状態】:左手に刀傷(治療済み)、顔を覆うホッカムリ
【装備】:打刀、オボロの刀@うたわれるもの
【所持品】:支給品一式
【思考】基本:男(宗矩)たちを討って、ハクオロの元に帰る。試合には乗らない
一:服部に追い付き、同行する。
二:トウカを探し出す。
三:頬被りスタイルに不満
※ゲーム版からの参戦。
※クンネカムン戦・クーヤとの対決の直後からの参戦です。
※会場が未知の異国で、ハクオロの過去と関係があるのではと考えています。

薫に向かって飛ぶ、鎖付きの鎌。
だが、彼女に届く寸前、傍らに居た斉藤の剣が閃き、鎌の柄が切り落とされる。
「あっ!?」
しかし、天海は元々薫を殺すつもりではなかったのか、鎌の喪失にも構わず、鎖で薫を絡め取ったのだ。
今度は斉藤も助けない、いや、助けられない。
斉藤を妨げているのは無二斎の視線。
元々、無二斎には剣呑な気配があり、斉藤はこの男といずれ斬り合う事を予感していた。
新撰組時代から斉藤は、仲間を斬る事、またいずれ斬り合うであろう者と仲間として付き合う事には慣れている。
故に無二斎を潜在的な敵と認識しながら、密かな探り合いを楽しみさえしていたのだが、そこに薫が齎したのが宮本武蔵の名。
無二斎と共に主戦力が離れている隙を、無二斎の子に襲われたとなれば、どうしても疑いを抱くのは避けられない。
武蔵の名が出た瞬間から、一同の無二斎への警戒心は高まり、無二斎もその空気の変化には気付いているだろう。
また、服部とオボロが去り、怪僧と足手まといの娘の出現により、無二斎が裏切った場合に対応できる戦力は減っている。
思いのほか早く、無二斎との対決の機運が高まっているのを斉藤は感じ、無二斎も同様に感じていると確信していた。
現に、斉藤が鎌を切断した瞬間、無二斎は異様な程の熱心さでその動きを見つめ、斉藤の技を見極めようとしていたのだ。
そんな気配を感じてしまった以上、斉藤としても、薫が殺されるというのでもなければ不用意に剣技を披露するのは難しい。
だが、さりげなく身体の位置を変えて仲間達と無二斎の間に割り込み、彼等を無二斎の視線から隠す。
それを察知したのか、或いは尊敬する天海が大した心得もないと見えた娘を襲ったのが許せなかったのか、十兵衛が動いた。
「御免!」
本気に近い一撃を放ち、天海の腕を切り落とさんとする十兵衛。
天海の年齢を考えれば……いや、頑健な青年であっても腕を切断されるのはそれだけで致命傷になりかねないが。
「何!?」
だが、斬り付けた十兵衛が、一撃をかわされた訳でもないのに驚愕の声を上げた。
それもその筈、天海の腕に切り込んだ剣が、次の瞬間には十兵衛の手を離れ、天海の身に食い込んだまま残されたのだ。
「忍法一ノ胴……」
それは、嘗て十兵衛が対戦した忍者が使って来た技の名前。
敵に敢えて己を斬らせ、その瞬間に筋肉を鋼のようにして致命傷を防ぎ、あわよくば相手の刀を己の身でもぎ取る恐るべき術。
天海が使って見せたのも、名は異なってなまり胴と称したが、仕組みとしては同じ。
今回、十兵衛が刀を取られたのは、心中に天海を斬る事への躊躇があったせいも大きいが、天海の術が優れていたのも確か。
オボロの剣を凌いだ事といい、天海にこれ程の忍術の心得があったとは。
そんな相手の眼前で無手でいる危険を悟った十兵衛が動こうとした瞬間、天海の手から霞が起きて十兵衛を包んだ。

剣の鞘を抜いて霞に叩き付けた十兵衛は、それが恐ろしく繊細に編み込まれた網であることを悟った。
「女人の髪か」
柳生の里の地勢上、また宗矩の子という出自上、忍者との接触が多かった十兵衛は、忍びが女の髪を様々に用いる事は知ってる。
綱、刃、結界……そして今回、天海は女髪で出来た網を牢として使っているようだ。
各忍軍の秘伝の処方で強化された髪は鋼よりも硬く、如何に十兵衛でも真剣なしで破るのは難しい。
天海が十兵衛を絞り殺そうと網を動かしてくれればともかく、不動に保たれては手を出す余地がなかった。
地面に穴を掘る手もあるが、脱出までにどれだけの体力と時間を消費する事か。
無益な消耗を避けて十兵衛は座り込む。
「頼んだぞ」
今は、仲間達に望みを託すしかないだろう。
だが、仲間を信頼しない訳ではないが、彼等にあの得体の知れない黒衣の宰相の策を打ち破る事ができるだろうか……

【???/道祖神からの抜け道/一日目/午後】

【柳生十兵衛@史実】
【状態】健康
【装備】太刀銘則重の鞘@史実
【所持品】支給品一式
【思考】基本:柳生宗矩を斬る
一:しばらくは仲間の救出を待つ
二:父は自分の手で倒したい
【備考】※オボロを天竺人だと思っています。
※五百子、毛野が危険人物との情報を入手しましたが、少し疑問に思っています。

「ほう。なかなか手強いな。次はあんたがやってみるかい?」
「いや、既に半ば死んでいる者を斬っても仕方あるまい。譲ろう」
天海との勝負を促し合う斉藤と無二斎。もっとも、要は天海を当て馬に相手の技を見極めようとしているのだが。
「俺が行こう」
そう言って前に出たのは赤石剛次
天海は妙な技を使い、十兵衛から一本取った形にはなったが、腕自体は一流の剣客に比べれば数段劣る。
だから斉藤や無二斎が関心を示さないのはわかるが、赤石は天海の心にいくらか興味を引かれていた。
色々と手を考えているようだが、天海とてこの面子が相手ではどう足掻いても最終的には生き残れない事はわかっていよう。
この老人は命を捨てて、一体何を為そうとしているのか……
天海の心を量りながら近づいて行く赤石だが、天海の方はひとまずこれを黙殺し、鎖で捉えた薫に話し掛ける。
「最早、戻った所で無駄な事」
「何を……!」
「見せて進ぜよう」
言うと天海は懐から一枚の鏡を取り出して、薫や剣士達に示す……鏡に映し出された、絶望の像を。

【???/道祖神からの抜け道/一日目/午後】

【赤石剛次@魁!男塾】
【状態】腕に軽傷
【装備】村雨@里見☆八犬伝
【道具】支給品一式
【思考】基本:主催者を斬る
一:天海を斬る
※七牙冥界闘・第三の牙で死亡する直前からの参戦です。ただしダメージは完全に回復しています。

新免無二斎@史実】
【状態】健康
【装備】十手@史実、壺切御剣@史実
【所持品】支給品一式
【思考】:兵法勝負に勝つ
一:他者の剣を観察する
二:隙を見せる者が居たらとりあえず斬っておく

【斉藤一@史実】
【状態】健康、腹部に打撲
【装備】打刀(名匠によるものだが詳細不明、鞘なし)
【所持品】支給品一式
【思考】基本:主催者を斬る
一:無二斎を警戒、怪しい素振りや隙が見えたら斬る。
二:主催者を斬る。
【備考】※この御前試合の主催者がタイムマシンのような超科学の持ち主かもしれないと思っています。
※晩年からの参戦です。

綸花の放った居合いから衝撃波が放たれ、宮本武蔵に迫り行く。
だが、武蔵は僅かに半歩動くだけでかわし、その間近を過ぎた剣風によって幾本かの鬢の毛が散った。
武蔵が綸花の剣を見切り始め、また気を闘わせる内に綸花が武蔵の拍子に呑み込まれつつある、という事か。
加えて、髪の毛とはいえ、己の剣が人を斬り、あと半歩ずれていれば命を奪っていたという事実に綸花は怯む。
実際には、このまま戦って綸花が武蔵を斬ってしまう可能性は極小になっていると理解してはいるのだが……
綸花の怯みを見た武蔵は、気迫を高めて押し込みつつ、階段へと進む。
「くっ!」
綸花が迎撃の剣を放つが、武蔵は歩みを止めず僅かな動作でかわし、それが更に綸花を怯ませる。
「綸花、そんアーツは木刀では使えんのか!?」
状況が手詰まりになりつつある事を悟った龍馬が叫ぶ。
木刀で、斬るのではなく叩き付ける型の衝撃波を放てれば、相手を殺す心配をせずに済み、また動きも軽くできるという発想。
だがそれは、龍馬が鷹爪流の理合いを知らぬが故の、無責任な言葉。
真剣と木刀では大きな違いがあるし、そもそも鞘がない木刀では本来の形での居合いは不可能。
木刀で七つ胴落としが使えるなら居合いでなくても放てる事になり、それならそもそも連続で撃てない為の苦労もないのだから。
ただ、そんな無理を押し通すくらいでなければ、今回の敵には勝てないと、綸花にもわかっていた。
そして、この島で、ある意味ではナラカなどより遥かに人間離れした剣鬼達との闘いを通して成長している自覚もある。
人を殺す覚悟はまだ出来ていないが、剣技に関する難題ならば、どうにか出来るのではないか……
どのみち、このままではジリ貧。
綸花は剣を鞘ごと外して脇に置くと、木刀を腰に差して居合いの構えを取った。

「はあ!」
渾身の気合を込めて木刀を振るう綸花。そして……
「出来た!?」
綸花の必死の思いが通じたか、木刀から衝撃波が発し、武蔵に向かう。
「ふん!」
だが、武蔵は歩みを止める事なく自身の木刀を振り、衝撃波を真っ向から打ち砕く。
理屈としては城で師岡一羽がやったのと同じだが、今回は武蔵に傷を与える事も出来ずに七つ胴落としが一方的に打ち消された。
武蔵と綸花の腕の差というより、木刀という武器への思い入れと理解の差がはっきりと現れた形だ。
だが、二人の剣客が渾身の剣気をぶつけ合い、拡散させた事が、彼等の意図しない事態を引き起こした。
会心の一撃を防がれてたじろぐ綸花の横を通り過ぎる一箇の影。
影は跳躍して武蔵に向かって飛び、空中で叩き落さんとする木刀を、飛燕の如く宙で転回してかわす。
そのまま、綸花の傍らにあったものを持ち去った刀で神速の抜刀術を放ち、武蔵をたまらず退かせる。
「緋村君か?」
そう、それは、神谷薫の同行者であり、重傷を負って寝ていた筈の緋村剣心
この騒ぎ、或いは剣気の放射で目覚めたのか……いや、そもそも彼は本当に覚醒しているのか。
武蔵と激しく斬り合う剣心の動きには人間性が感じられず、失神したまま殺気に対して剣士の本能で反応してるように見える。
「……なるほど」
だが、そんな剣心の姿に、龍馬は何処か納得していた。
緋村剣心……龍馬には覚えのない名だったが、最初に見た時から、見覚えがあるような気がしていたのだ。
今の剣心は、龍馬の同郷の友人だった岡田以蔵に似ている……姿形ではなく、その闘い方、そこに表れる哀しさが。
身を庇わず、手負いの修羅の如く、ひたすらに相手の急所に喰らい付こうとする鋭い刃。
あまりに素早く目まぐるしく動き、跳び回っている為に、綸花も不用意に手を出せずにいる。
或いは武蔵にすら届くかもしれないと思わせる程の攻めだが、彼のような完璧な剣客に守りを捨ててかかれば、最良でも相討ち。
目的の為の道具に過ぎない人斬りの剣としては、それでも問題ないのだろうが……
「新八、ウェポンを交換してくれ、綸花のディフェンスを頼む!」
龍馬は刀を新八に投げ渡し、跳躍して空中で新八の木刀を受け取ると大きく振り翳し、二人に対して振り下ろした。
それは、剣術の型稽古などで、技と技の切れ目に相手を退かせて間を繋ぐ、いわば見せ太刀。
だが、正面の強敵と激戦中に上空から攻撃を受ければ、咄嗟に見破るのは至難で、二人は大きく身を引く。
武蔵だけでなく剣心も退いたのを見て、龍馬は笑みを浮かべる。
真の人斬りならば、今の状況でも己の無事など気にせずに、武蔵の隙を突こうと前に出た筈だ。
そうしなかったという事は、剣心にはまだ防衛本能が、人としての本性が残っているという事。
今の暴れようは、凶暴な剣気で叩き起こされた為に寝惚けているようなものか。なら……

「緋村君、起きろ!!」
強敵の目の前にいる事も忘れ、剣心の方を向いて大声で呼び掛ける龍馬。
当然、武蔵がそんな隙を見逃す筈もなく、龍馬の頭を目掛けて木刀が振り下ろされるが、それを横合いからの剣が受け止める。
その目は最早、人斬りのものではなく……
「坂本さん!?ここは、拙者は……薫殿は!?」
「やっと起きたか、緋村君。詳しい話は後じゃ。薫さんにはヘルプをコールしに行って貰うた。
 彼女が帰って来るまで、ワシ等でこのモンスター、宮本武蔵を抑えておかねばならん」
この危険な島で薫が一人でいる……そこに不安を感じた剣心だが、今は気にしている状況でない事は理解できる。
そして、目の前の敵へと向き直る。モンスターと呼ばれるに相応しい、不世出の剣客へと。

龍馬と剣心の剣が武蔵を挟み込み、そこから逃れようとする道に綸花の衝撃波が放たれた。
少し前から、綸花は新八と交換した、元々は龍馬が使っていた真剣で七つ胴落としを使っている。
先程は強い必死の念のおかげで成功したが、やはり木刀での奥義には無理があったようだ。
それはつまり、今の状況は綸花にとって必死になる必要がない、余裕のある状態であるという事。
やはり三対一という数の差は大きく、綸花は武蔵に当てないよう配慮しつつ牽制の一撃を放つ事が可能になっていた。
さしもの武蔵も、このまま抑え込まれるのか……
だが、その状況を望まない者が武蔵の他にもう一人、緋村剣心だ。
彼は島に居る危険な人斬りが武蔵のみに留まらず、それ故に薫がどれ程の危険に曝されているのか、それを憂慮している。
無論、この強敵相手に無理をするつもりはないが、剣心は武蔵の戦法に、援軍を待たずとも倒せるだけの隙を見出していた。
武蔵は、剣心に対しては頭を抑え、その跳躍を妨げるように動いているのだ。
夢うつつの状態で武蔵と斬りあった時、龍槌閃など跳躍技を幾つか見せたような、朧気な記憶がある。
そして、一階の二剣士と二階からの少女の飯綱に追い詰められている今、剣心が空間を三次元的に使えば武蔵には対応できまい。
だから武蔵が剣心の跳躍を警戒するのも当然だが、上への動きを過度に警戒すれば、下への動きはやり易くなるのが道理。
武蔵の横面をかわした剣心は大きく身を屈めると、龍翔閃を繰り出した。

「綸花、気を付けろ!」
龍馬が叫ぶが、言われなくとも、二階へと跳躍してくる武蔵の狙いが自分だという事はわかっていた。
剣心が大きく屈んだ瞬間から、その狙いが下からの攻撃である事は武蔵にとっては自明の理。
跳躍力に優れた剣心ならばわざわざ屈まずとも武蔵の上を取るのは容易な事。
あれだけ屈んでから跳んだのでは屋根に衝突してしまう程の勢いになる筈で、通常の跳躍技では有り得ない。
屋内戦や道場での試合に慣れた幕末の剣士なら天井を使っての三角跳び等を想像したかもしれないが、
未だ鎧武者が行き交う時代を生きた武蔵にとっては、甲冑の隙間を突き易い下からの攻撃の方が馴染みがあった。
武蔵は己の推測に基づき、剣心の下方からの攻撃を待ち受け、龍翔閃を真っ向から受け止めると同時に下へ蹴り飛ばしたのだ。
剣心の跳躍力と武蔵自身の脚力を合わせれば、剣心より目方の重い武蔵にとっても、二階へ跳ぶ十分な推進力となる。
剣心もすぐに跳躍して後を追おうとするが、ここで跳躍と着地で過負荷を受けていた床が壊れ、その足を止めた。

二階へと降り立った武蔵に対し居合いの構えを取る綸花。
綸花の腕ならば武蔵にもそうは後れを取らぬ筈であり、まして龍馬や剣心が救援に来るまで支えるなど、本来なら容易な事。
だが、事態の急な展開への戸惑いと、真剣で武蔵をどう迎撃するかへの迷いが、綸花の動きを縛る。
その隙を見逃さず、綸花へと殺到する武蔵。
「おおおおおお!」
だが、その武蔵に横合いから志村新八が仕掛けた。
新八が繰り出した駆け寄りつつの突きは思いのほか鋭く、その場の者達の彼への評価を変えさせる程のもの。
だが、遠間からの突きをより長い剣を持つ相手に放つのは如何にも無謀。突き出した武蔵の木刀が新八の心臓を貫く。
新八は貫かれつつも木刀を投げるが、武蔵は首を傾けるだけでそれをあっさりとかわし……
「今だ!」
新八は己を貫く木刀を抱え込みつつ叫ぶ。
命と引き換えに武蔵の武器を封じる……それが、身を捨ててでも伊東の死の責任を取る事を決意していた新八の咄嗟の戦術。
木刀を投げたのも、それで武蔵を倒そうとしたと言うより、武蔵に利用されない為に捨てたという側面が強い。
実際、綸花が即座に攻撃していれば、武蔵は少なくとも武器を捨てて無手にならざるを得なかっただろう。
だが、一人で戦う事が多かった上に新八とさほど親交を深めていない綸花にそこまでの即断を求める方が無理。
綸花が動く前に、武蔵は木刀を叩いて衝撃を新八の体内に直接伝え、心臓を打ち砕いて殺す。
それでも剣を放さない新八だが、武蔵は構わず両手で木刀を掴み、新八ごと綸花に向かって叩き付ける。
さすがに、人一人の重荷を剣先に抱えてはその振りも神速には遠く、ここで綸花が七つ胴落としを放てば新八ごと切り裂けた筈。
もっとも、綸花に仲間の死体を、しかも死をきちんと確認した訳でもないのに斬れる訳がなく、無意味な仮定だが。
新八の屍ごと木刀をぶつけられた綸花は、その勢いで吹き飛ばされて二階から落下。
「綸花!」「おおおお!」
慌てて綸花を受け止める龍馬と、怒りに燃えて跳躍する剣心を横目に、武蔵は新八を天井に思い切り叩き付ける。
そして天井に開いた穴から屋根の上に出ると、間髪入れずに剣心も追って来た。
剣を振り、振り回され天井にぶつけられた衝撃でボロボロになった新八の死体を飛ばすが、剣心はあっさりかわして前に進む。
場慣れしたこの男は、仲間の死体を道具に使われて怒りを増しはしても、動きを止められたりはしないようだ。

だが、剣心が怒りを燃やして前のめりに攻めて来てくれるのは、武蔵にとっても好都合。
新八の重さを加えた木刀を振り回した事で、武蔵の腕にもかなりの疲労が溜まっている。
龍馬達が追って来る前に剣心を短期戦で倒してしまわなければ、苦しい状況になるのは間違いない。
飛燕の如き軽捷さを持つこの敵を短期で討つ……それに最適な技を武蔵は知っていた。
燕返し。巌流佐々木小次郎が編み出した必殺の剣。
その凄まじさは、燕返しを破って小次郎を倒した武蔵が、以後、これ以上の兵法勝負は不要と見なした程のもの。
また、巌流島以後の決闘を避けたのには、小次郎との勝負の強烈な印象を、余計な試合で薄めたくなかったというのもあろう。
この島に来て以来、武蔵は小次郎に劣らぬ幾人もの剣客と闘って来たが、心配したように小次郎の印象が薄れる事はなかった。
だから、今の武蔵は……燕返しを使える。
武蔵が必殺の一撃を放とうとしているのを察した剣心は、回避を考えるよりも、自身も奥義で迎え撃つ事を決意。
燕返しと天翔龍閃が、屋根の上で真っ向からぶつかり合う。

右足での踏み込みによる超神速の居合いを、一の太刀の理合いをも加えた大上段からの振り下ろしが打ち落とす。
一撃目は二人の剣が互いの軌道を変えて空振り。
振り下ろした剣を切り上げようとした武蔵を、龍の息吹が捕らえようとする。
対する剣心は、回転しながら刀を峰に返した。
武蔵ならば、天翔龍閃の一撃目を凌ぐだろうと見込んで、敢えて全力で居合いを放ち、ここで初めて不殺の為の処置をしたのだ。
地上であれば、それでも良かったかもしれない。だが、ここはただの商家の屋根の上。
剣心の強烈な踏み込みと燕返しの振り下ろしの衝撃を耐えられる筈もなく、屋根は砕け、二人の身体は落ち始める。
無論、一流の剣客の動きに比べれば自由落下の速度など問題にもならないが、それでも二人の位置がずれ始めているのは確か。
元々下段にあった武蔵の剣は、落下によって風と真空の束縛からかなりの程度まで逃れ、強烈な勢いで振り上げられた。

再びぶつかる燕返しと天翔龍閃。
しかし、今回の天翔龍閃は峰打ちにした分だけ勢いが弱まり、逆に刃のない直刀による燕返しは剣を返す必要がなくなっている。
結果、勢いで勝る燕返しが競り勝ち、剣心の刀はへし折られつつ上空に跳ね上げられた。
だが剣心から見れば、剣を峰打ちにしたのが間違いだったとは言えないだろう。
競り負けたとはいえ、天翔龍閃によって燕返しの軌道は逸らされ、今回も剣心の身には届いていない。
また、仮に全力で斬り付けたとしても、武蔵の木刀を撥ね退けて斬るまではとても無理。
どうせ第三撃での勝負になるのなら、下手に木刀を止めるよりも振り切らせてしまった方が得。
武蔵が振り上げた剣を回して燕返し第三撃の横薙ぎを放つより早く、刀を放した剣心は鞘による居合いを放つ。
飛天御剣流・双龍閃。剣心の一撃が先んじて武蔵に届き、問題は鞘の一撃で頑健な武蔵にどれだけの痛手を与えられるか。
そう、見えたのだが……

二人が戦っていた場所は屋根の上。崩壊し、落下しようとはしていても、未だ二人の身体は屋根よりも上にある。
そこは、城下の中でも櫓などに邪魔される事なく、城の辺りまでを見渡せる、景色の良い場所。
伊東達がここを籠もる場所に選んだのには、そういう理由も少しはあった。
勿論、決闘の最中に、屋根の上に居るからといって景色を見る余裕などある筈もない……普通ならば。
しかし、視線の先、視界の端に居たのが、剣心にとって何よりも優先すべき人であれば話しは別。
彼の、剣客の中でもとりわけ優れた眼は、はっきりと見分けてしまう……心臓を剣に貫かれた神谷薫の姿を。
必ず守ると誓った人の死を見た、そう思った剣心の剣筋は乱れ、双龍閃は武蔵の素手の片腕にあっさり防がれる。
燕返しは本来、両手で放つ技だが、武蔵の木刀による燕返しは、残る片手による第三撃でも十分に剣心を殺す威力を保っていた。

【志村新八@銀魂 死亡】
【緋村剣心@るろうに剣心 死亡】
【残り三十七名】

【ほノ肆 商家/一日目/午後】

【宮本武蔵@史実】
【状態】健康
【装備】自作の木刀
【所持品】なし
【思考】最強を示す
一:無二斎に勝つ
二:一の太刀を己の物とし、老人(塚原卜伝)を倒す
【備考】※人別帖を見ていません。

坂本龍馬@史実】
【状態】健康
【装備】木刀
【所持品】支給品一式
【思考】
基本:殺し合いで得る天下一に興味は無い
一:宮本武蔵から仲間を守る。
【備考】※登場時期は暗殺される数日前。

外薗綸花@Gift-ギフト-】
【状態】左側部頭部痣、失神
【装備】日本刀(銘柄不明、切先が欠けている) @史実
【所持品】支給品一式(食糧一食分消費)
【思考】基本:人は斬らない。でももし襲われたら……
一:宮本武蔵を倒す。
二:過去の人物たちの生死の価値観にわずかな恐怖と迷い。
【備考】※登場時期は綸花ルートでナラカを倒した後。
※人物帖を確認し、基本的に本物と認識ました。

富士原なえか@仮面のメイドガイ】
【状態】足に打撲、両の掌に軽傷、睡眠中、罪悪感
【装備】なし
【所持品】支給品一式、「信」の霊珠
【思考】基本:戦う目的か大義が欲しい。

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最終更新:2014年04月03日 22:33