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【刈流の基本理念】

刈流において、刀を振るのは腕の力ではなく、全身の体重の力を用いる。
足腰が進むことで体重が移動し、その力を剣に伝達して斬撃を為す。
刈流において、腕は単に力の伝達経路であるに過ぎす、
そこが独自の力で動けば、むしろ邪魔になるからこそ腕の力は徹底的に抜く。
故に刈流では、修行の初期段階で腕の脱力を徹底して叩き込む。

腕の力を使うとすれば、振った剣を止める時だけであり、
この時も、指を軽く締める程度にしか力は込めない。
腕力の使用で刀を支えるだけ、刀を止めるだけの最少限度に抑え、
足腰で刀を振れるようになると、刈流では基礎が出来たと見做される。
刈流において、剣の運動はイコール身体の運動であり、
剣の威力はその速度に正比例する。

男性として、剣客としてお世辞にも恵まれた体格ではない
武田赤音が薩摩示現流もかくやの剛にして神速の剣を振るえるのも、
この刈流の基本理念あってこそである。

【指の構え】

左足を前にし、右足を引き、刀は右肩の上へ担ぐようにする刈流の構え。
薩摩示現流の「蜻蛉の構え」によく似ており、
この構えからの一閃は、全体重が落下する力が発生しているが故に
敵の防御を無効化するだけの速度と威力を持つ。

刈流の基本技である【強】や、その強の派生形である【飢虎】や【小波】、
赤音の我流魔剣【鍔眼返し】は全てこの【指の構え】より始まる。

◆【指の構え】からなる剣術

【強】
一足一刀の間合いから左肘を軽く突き出して餌にして誘い、
敵が動いた瞬間に機先を制して袈裟掛けに斬る、先の機を狙う技法。

【指の構え】という上段の構えから、右足の蹴り出しと左足の急停止によって
全身を正面に打ち出し、全体重を刀に乗せてを打ち落ろす。基本技にして、奥義。
たとえ剣で受け止められようとも、敵の防御を打ち砕く事を基本理念としている。
全体重が落下する力がそのまま剣に乗るため、これを受けるのはほぼ不可能である。

【飢虎】
跳躍のような踏み込みで間合いを奪い、奇襲する技法。
【強】の派生形であり、先の先を狙う。

基本的には【強】と同様の振り下ろしだが、刀の切っ先が天頂を向いたあたりで
その後足で踏みだした後残した軸足をも前方へ向けて伸ばす。
仕上げに爪先で地を蹴り出して踏み込むことで通常より間合いを大きく奪う。
いわゆる「抜き技」等の後の先狙いの相手や、
正確に間合いを測り遠方より攻撃する相手を斬る、
間合い騙しの技法でもある。

ただし、通常の【強】の運体と比較して動きは乱れ、
前方への跳躍で軸足が地を離れる為に運動エネルギーも逃げるので、
威力と速度は減殺を避けられず、身体が前傾したままとなるので隙も通常より大きい。
奇襲が目的である為、この技法は知られていないことが肝である。

【小波】
【強】の後に小手の斬り上げを繋ぐ、相手の後の先に対抗する技法。
先を狙い、さらには相手の後の先に対しても先を狙う。
武田赤音の“我流魔剣”【鍔眼返し】の原型。

【強】を躱され後の先を取られた時、敵の斬り下ろしより前に左足で一歩踏み込み、
その運体力を使って腕を捻じり、返し刃で相手の後の先よりも先に籠手を斬り上げる。
淀みなく繰り出す連撃の技で、一度目が偽攻ということはなくどちらとも殺傷目的。

ただし、まず左足を軸に右足を踏みこんで一撃、
次いで右足を軸に左足を踏みこんで二撃という技法の構成上、
連結点に時間的遅延の発生を避けられぬという欠陥がある。

◆対集団戦闘

【踊 三段目】
二対一を想定した対集団戦闘の技法。
左右から襲い来た敵手に対して、
攻撃に来た左手から飛び退きがてら右手へ向かい、
そちらを切ると見せてその敵の攻め気を挫きたたらを踏ませる。
その隙に足腰の転回に乗せた切り下ろしで左敵の頭蓋を唐竹に割り、
即座に反転しての横薙ぎで右敵の首を刈る。

【火車】
三対一を想定した対集団戦闘の技法。
いわゆる「三方切」「四方切」等の実在の剣術に通じる。
常に行動の主導権を握り続け、場を動かし続ける事を目的とする。

まずは敵陣の中央部に跳躍して入り込み、
刀を円陣形に一閃して相手を牽制する。

その内の一人目と正対する位置に立ち、
極めて攻撃的な構えを取り正面の敵を威圧する事により、
一時の間正面の敵を防御の為に身を固めさせる。

それと同時に、無防備なあえて背を見せつける事により
残りの敵を自分に襲い掛からせるよう仕向け、
後方の敵手の一人に向かい跳躍しながらカウンターで切り捨てる。

敵手の二人目を斬り捨てた後そのまま転身し、
相手の立て直しよりも迅く切り上げ三人目の胴を斬る。
その切り上げの勢いを止める事無く、
大上段に構えて残る一人目に向き合い、
「切り落とし」の術技で相手の刃ごと敵を斬り捨てる。

上記の通り、その動作の悉くが敵の心理を逆手に取り、
自分が望む未来に誘導して数の暴力を無効化して
心理的隙を突いた瞬間に迅速に勝負を決めてしまうものである。


◆抜刀術

【長蛇】
鍔下ではなく、柄頭を握ることにより間合いを騙す、先の先を狙う抜刀術。
柄を長く持つ事により、通常より長い間合いで斬りつける事が出来る。
居合では最初から相手の目から刀が隠れているため
ただでさえ間合いを正確に読むことは困難だが、
これは最初から最後まで間合いを騙し続ける為回避は困難と見られる。
シグルイの【流れ】と同様の間合い騙しの技法と考えてよい。

【浮草】
抜刀の抜き手を釣り餌に敵手の攻めを誘い出し、躱わしてから反撃する。
後の先狙いの抜刀術。
抜刀術の構えで敵に近づく。
重心を後ろに残したまま、前進すると見せかけて相手の攻撃を誘う。
相手の抜刀を封じるべく放たれた抜き手狙いの一撃は、
前方に出した足を後方に向けて押し伸ばす事によって僅かに後ろに下がり、
その軌道から紙一重で退避して抜刀術にて首狩りの一閃を行う。
いわゆる「抜き技」の一種である。

【座の一】
正座などの両膝をついた姿勢からの横薙ぎの斬撃を放つ抜刀術。
上体を跳ね起こして前足を踏み込み、片膝立ちの姿勢へと移る。
そのまま上体と重心を高速で前方へと打ち出し、
その勢いのまま抜刀して不意を狙う。
いわゆる居合術の「暇乞」に近い術技。

【沓掛】
敵の攻撃を回転して躱し、そのまま抜き打ちに斬り下げる後の先狙いの抜刀術。
後ろに引いた左足を軸に、右回り一転しながら攻撃を躱し、
左手で鞘口を握り上向かせ、右手で抜刀しながら刀を掴んだ右腕を左上方へ伸ばす。
その身体は一回転しながら連結された刀を連動させ、左上から右下への片手袈裟斬りを行う。

◆その他の剣術

【奔馬】 
早足で接近して相手の攻撃を誘い、躱わしてから踏み込んで攻撃する後の先を狙う技法。
伊烏義阿の“我流魔剣”【昼の月】の原型。
早足での接近で間合を詰め、敵に威圧感を与えると共に思考時間を奪い、
一足一刀の間に踏み込んでから敵の攻撃の空振りを誘う。
敵の攻撃を見取って即座、前に出ていた足で床を踏み押し、
滑るように短く後方に跳躍してそれを回避し、最後に【強】の運体で敵を断つ。

だが前進、後退、前方への攻撃と運動ベクトルが何度も転じさせる為、
そこにはどうしても動作の複雑化と遅滞が生じる構造的欠陥がある。
己と同格以下の相手か、敵に隙がないとこれで仕留めるのは難しい。

【糸巻】
小手を狙った敵の打ち下ろしに、強固な力を込めず下方より掬い上げ、弾かれる。
その弾かれた刀を支えることなく、弾かれるままその力を利用してくるりと回し、
敵の小手を斬る。小手返しの小手。

【細雪(ささめゆき)】
『対手の打ちを我が剣の鎬にて支え
 笹の葉の上の雪が落ちる心地を以て支えを外し
 膝を落とし体を転じ乍ら刃先を返し
 対手の水月を射抜く可し

 ――――細雪』

小太刀による後の先狙いの護身術。
上段からの攻撃を、小太刀の縞から上を滑らせるように受け流し、
自分の身体を相手の剣の軌道から逃がしながら膝を落として前進する。
そのまま刃先を返し、敵の鳩尾を突く刺突を繰り出す術技。

◆我流魔剣

【昼の月】
兵法綾瀬刈流から生じた鬼子
戦闘におけるあらゆる状況を想定しそのすべての超克を期す、
慮外の暴挙を基本理念とする。先の先、先、後の先、さらには
それ以外をも含めて、戦機の選別など求めない。ただ発動し、
ただ殺害を行う。
魔剣である。
これに抗し得るものは同等の魔剣に置いて他に無い。
もしそのような事態が出来したならば、おそらくその領域に
おいて技量の瑣末な格差などは意味を持たず、むしろ技を操る
心身の力の多寡が勝敗を分つことになるだろう。

(「刃鳴散らす」の後日譚、戒厳聖都より原文のまま抜粋)

この我流魔剣の原型となった技は、兵法綾瀬刈流の【奔馬】。
宙転からの抜刀術という変幻ぶりが「昼の月」の由来と勘違いする者が多いが、
それは「昼の月」なる術技の数ある結果の中の一つに過ぎない。

抜刀はせず、左手で鞘を握り親指だけを鍔にかけた居合腰の体勢から、
常に速度と歩幅を一定にせぬ特殊な疾走で間合いを計らせずに詰め寄る。
相手の間合いを掻き乱し、それを奪い目測を誤らせるが第一の目的である。

  • この疾駆に幻惑され間合いを見誤った時、その神速の疾走のまま抜き打ちにて斬り捨てる。
  • それでも敵が間合いを正確に把握し、「先の機」を取り攻撃を為した時は
 前方跳躍によって攻撃を躱し、飛び越え様の宙転抜刀により斬り捨てる。
  • 「後の先」の機を取ろうと欲すれば、変幻かつ神速の無敵の抜刀術にて斬り捨てる。
  • 刀を腰に差した側(伊烏の場合左側)に回り込んだ場合は、
 左腰に差した刀を左手で抜き、そのまま左側を斬り捨てる。
  • 「先の先」の機を狙う、奇襲や偽攻により伊烏の攻撃を釣りだす全ての術技に対しては、
 伊烏のあらゆる意図を見抜く目を欺く必要性が生じる。

先手を打たれれば、飛んで斬る。
後手に回られれば、駆けて斬る。
防ぐ事は出来ず、躱すことも出来ない。
なおかつ、先の先を打つ事も出来ない。

敵が何者でも関知せず、あらゆる状況を想定してそれに打ち勝つ技を用意する。
全ての存在を等しく斬り捨てる事こそがその天の怪奇「昼の月」の本質である。

ただ伊烏の天性の抜刀術と正確無比の見切りによる、
特異な才能と確立された技術により立脚する、
伊烏だけが使う事を許された、伊烏のみの魔剣。

【鍔眼返し】
この我流魔剣の原型となった技は、兵法綾瀬刈流の【小波】。
まず一撃目の【強】を通常通りに行い、一撃目の踏み足が着地する前に二撃目を切り上げる。

敵が躱した瞬間を赤音の即応能力で以て察知を行い、
まず右手の指に柄を引っ掛けるようにして剣を止め、
次いでつまりは右手の握りの中で柄を半回転させ、刃を上に向ける。
その刹那、さらに左足を伸ばし体を更に前へ出し、前進の上体が起きる力と
踏み込んだ足が地面を打つ、接地の反動力を剣に加えて切り上げを行う。

一歩の踏み足、一太刀分の時間で、二度の斬撃を繰り出す技。
形をなぞるだけならば、誰にでも出来る凡技。
敵の所作を寸毫たりとも余さず把握し応じ尽くす
武田赤音の即応能力があって初めて魔剣として活きる、
武田赤音だけが使う事を許された魔剣。

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最終更新:2009年09月21日 00:17