朝日が差し込み始めた頃、鎧姿のままで眠っていた
ブロントはふと窓の方に何か気配を感じ、目を覚ました。
入り込む日光に混じり赤いローブを着た人物の姿が薄っすらと夢幻花の植木鉢の上からブロントを見つめていた。
(誰だ?)
と思ってブロントは目を凝らしたが、人物の姿はすでに無く、太陽の眩しさによる錯覚であったような気もした。
不思議な事に、見たと思った人物の姿に警戒心は抱かなかった。何処かで会った様な気もするが良く思い出せなかった。
(夢幻花は時に幻覚を見せるというが・・・)
と自分に言い聞かせ、気を取り直してかばんから水のクリスタルを取り出し、植木鉢に与え、花についた朝露を取り払った。
横でまだ寝息を立てている
ルイズを見て、昨日寝る直前に籠いっぱいの洗濯を頼まれていた事を思い出した。
ブロントはプリズムパウダーを自分の耳に塗りなおした後、
服が入った籠を片脇に抱え、洗濯ができそうな水場を求めて生徒宿舎の塔を降りた。
誰かに場所を聞こうにもまだ朝が早いのか他の生徒の姿が見当たらず、結局塔の外へまで出てしまった。
そこから先どうしたものか、と考え込んでいたブロントだったが、後ろから誰かに声を掛けられた。
「どうなさいました?」
「む?―」
振り向くと両手で重そうに大きめの洗濯籠を抱えていたメイドの格好をした少女が、心配そうにブロントを見つめていた。
「―俺は洗濯ができる場所を探していたんだが」
「ああ、それでしたら私もこれから洗濯するところなので一緒にいらしてください。あっ、もしかしてミス・ヴァリエールの使い魔の方ですか?」
彼女はブロントの鎧姿を見ながら言った。
「確かに俺はルイズの使い魔なんだがまだ他に誰にも言っていないはずなのによくわかったな」
「ええ、メイド仲間の一人が昨日ミス・ヴァリエールが鎧を着た平民を連れている所見たらしく、『使い魔として召喚された平民』と言うことで私達の間ではちょっとした噂になってますわ。」
と彼女は両手が塞がっていたので顎でブロントの鎧を指した。
「お前も使い魔なのか?」
「いいえ違います。貴族の方々をお世話するために、ここでご奉仕させていただいている平民です。」
「そうか」
ブロントはいまだ他の使い魔をまだ見ていなかったので他の使い魔も自分の様な人間なのでだろうと思っていた。
「あの、お名前聞いてもいいですか?私はシエスタと言います」
「俺はブロントだよろしくシエスタ」
「ええ、こちらこそよろしくお願いしますね、ブロント様」
「さんでいい」
「え?」
「様じゃなくて『さん』でいい」
「あ、はい!ではよろしくお願いしますブロントさん」
「ではそっちの籠ももってやろう」
とブロントは空いてる手で、シエスタが抱えていた洗濯籠をひょいと持ち上げると自分の脇に抱えた。
「あっ、そんな悪いです!」
「これ位はなんでもにい。だが洗濯自体はあまりわからないから教えて欲しい。これはその礼代わり」
「そうでしたか、ではお願いしますね。でも片手でその籠もてちゃう何てブロントさん力持ちなんですね」
「それほどでもない」
「ふふ、ブロントさんは、結構謙虚な方なんですね」
そうしてブロントは水場でシエスタに教わりながらルイズの服を洗濯し、シエスタの分の洗濯物も干すのを手伝った後
「乾いたらミス・ヴァリエールの部屋まで服お持ちしますね。」
「助かる」
そう言ってブロントはシエスタと別れた。
そろそろルイズを起こす時間であったので、
ブロントはルイズの部屋に戻って見たところ、案の定ご主人様はまだすやすやと眠っており、起きる気配がまったく感じられなかった。
「そろそろ起きろ」
「ふわぁ・・・・・きゃあ!誰よあんた!」
「おいィ?何いきなり忘れているわけ?」
「あ・・・わ、私が呼んだ使い魔だったわね・・・ちょっと寝ぼけていただけよ!」
「まったく。このままでは俺の寿命がストレスでマッハなんだが・・」
とブロントは呆れた。
ルイズは昨夜の様に、ブロントに手伝って貰いながら着替えた。
「これから朝食取りに食堂に行くから私について来なさい」
と言われ部屋を出た二人は、丁度時同じくして隣の部屋から赤毛の少女が出てきた。
「あら、おはようルイズ。寝坊助の貴方にしては珍しく早いじゃないの?」
「ふん、うるさいわね
キュルケ。私だって早く起きようと思えば起きれるんだから」
「はいはい・・・あら?ルイズが人間を召喚したって聞いていて冗談だとは思っていたけど、まさか本当に人間を喚んじゃうなんて、あなたらしいわ。さすがは"ゼロ"のルイズね」
と言いつつキュルケは興味深げにルイズの後ろに立つ白鎧姿のブロントの姿を見る。
「私はキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。で、貴方は?」
「俺は今は使い魔をやっているブロントと言う者なんだが」
「そう使い魔さんのブロントね、よろしく」
「ああよろしくツェルプストー」
まじまじとブロントの視線を浴びせかけるキュルケ
「ふふふ、私の事はキュルケって呼んで。貴方中々いい男じゃない」
「それほどでもない」
「それほどでもあるわよ、そこのルイズの使い魔やめて私の所へこない?もっと優遇してあげるわよ」
その胸を強調するようにブロントに近寄るキュルケの間にあわてて入るルイズ
「ち、ちょっとツェルプストー!何勝手に人の使い魔に色目使ってるのよ!それにブロント!アンタもそんなに相手の胸を見つめてるんじゃないわよ!」
とルイズは叫んでブロントの右脛に一発蹴りを入れたが石柱の様にビクともせず、逆に鉄の塊につま先をぶつけたのと同じ事となったルイズはピョンピョンと片足抱えながら飛び回る事となった。
「あら、見るだけなら幾らでも大歓迎よ、もっともブロント、貴方だったら見るだけ以上の事をしてもかまわないけど・・・」
「おいィ?何をいきなり話かけてきてるわけ?俺はそういう話は嫌いなんだが早くもこの会話は終了ですね」
「あら残念、でも謙虚で真面目なのは男性としては魅力的よ。それにしても平民の使い魔もそれはそれで一興だけど、どうせ使い魔にするなら、こういうのがいいわよねぇ~。フレイムー」
そうキュルケが呼びかけるとキュルケの部屋から尻尾に火を灯らせた一匹の大トカゲが現れた。
片足飛びから落ち着いたルイズが驚いた声で叫んだ。
「キュルケ!それってもしかして・・・」
「そうよ、サラマンダーよ。見て?この尻尾。この立派な炎なんて絶対お火竜山脈の亜種よ。
メイジの実力をはかるには使い魔を見ろと言うけど、火のメイジである私にとってはぴったりの使い魔だと思わない?」
そうキュルケがルイズに自分の使い魔を自慢している間、ブロントは初めて会う自分以外の使い魔のフレイムをじっと見つめた。
(『力』を司る炎属性のモンスターの肉なら中々効果が高そうな料理が作れそうだな)
とか思いながら見つめてくる鋭い冒険者の眼に感づいたのかフレイムはさささっとキュルケの背後に隠れるようにして逃げた。
「あら、どうしたのフレイム?あ、ちょっと先に行かないでよ。じゃあまたねルイズとその使い魔さん」
そういい残すとキュルケは自分の使い魔の後を追った。一方ルイズは「何よ、私だって幻獣を召喚したかったんだから・・・」
とぶつぶつぼやきながらブロントを連れて学院の食堂へと向かった。
「ところでルイズ、"ゼロ"ってお前の称号なのか?」
ブロントは前をドスドスと歩くルイズに聞いた。
「二つ名よ、メイジにはそれぞれの能力を表す二つ名が付いているの。さっきのキュルケは"微熱"、昨日会ったコルベール先生が"炎蛇"、ってもう今はそんな事聞かないでよ、気が利かないわね!」
「何イライラしているわけ?」
「イライラしてない!」
アルヴィーズと名がつけられたの食堂はブロントが思っていたより広く、内装も人形の彫像が並び必要以上に豪勢である様に見えた。
というより冒険者として野外での活動が多かったため、決まった部屋にて落ち着いて食事をするという習慣がなかった。
その為食堂と言うものに入るのも久しぶりだった。
「本当はこの食堂には貴族しか入ってこれないのだけれど、私の使い魔と言うことで特別にアンタも入れているんだから感謝してよね」
テーブルの上には朝食だというのに各席には何品もの豪勢な料理が並べられていた。
ブロントのような冒険者は素早く済ませられる一食一品が基本であったため、あまり見たことが無い光景であった。
(肉料理に、野菜料理に、スープ、穀物、魚介、さらにスィーツにドリンクまであるのか。
どれもこれも一度に全部まとめて摂ろうとするだなんてメイジと言うのは豪勢的に贅沢だ)
とブロントは勝手に異世界の食事文化を自分なりの理論で解釈していた。
「あんたの席はそこじゃないわよ、私の特別な計らいであんたの分もココに用意してもらってあげたんだから」
といってルイズが『ココ』と床を指し、そこには黒パンが一塊と豆が少し浮かんだスープが皿に盛られ、置いてあった。
「おいィ?これは意味が無い事なのは確定的に明らか」
冒険者であるブロントにとって食事とは戦闘で事を有利に運ばせるための栄養摂取なのである。
そこでスタミナとなって持久力を上げるパン類と逆に、
液体を胃に入れる事によってスタミナを削いでしまうスープ類の食い合わせはナイトとしては意味不明な食事であった。
「平民であるアンタがこの食堂で食事できる事自体が光栄な事なんだから、そんな事で文句言わないの!ほんとは使い魔は外なんだから」
食事一つで生死を分けた生活をしてきたブロントにとっては、『そんな事』で済ませられる事柄ではなかった。
彼は一般的な観点とは違ったある意味で『食事に命を掛けていた』。
「ならば俺は少し外を見てくるんだが何かあればリんクパッルで呼べばいい」
そうブロントは言い残すとガチャと鎧の音を立て、食堂を去った。
「な、何よ?一体?」
(床に置いたのがまずかったのかしら?)
ブロントは食堂を出て裏の方から、獣達の泣き声のようなものがする事に気づいた。
食堂の裏へと回ると、一角に多種類の獣やモンスターがいた。
ソウルフレアの様な蛸人間やアーリマンの様に空に浮く目玉のような如何にも『モンスター』な類から、
フクロウやカエルのような小動物までいた、そしてその中に先ほどあったフレイムの姿もあった。
(メイジの使い魔か?中々色々種類があるようだが)
初めて見る多数の生物達をもっとよく調べるために、それぞれをブロントはじっと見つめた
楽な相手だ
練習相手にもならない
練習相手にもならない
楽な相手だ
練習相手にもならない
練習相手にもならない
楽な相手だ
練習相手にもならない
練習相手にもならない
「む?」
一匹の青い飛竜の前でブロントの目が留まった。
――計り知れない強さだ
ブロントは他の使い魔の強さは大体掴んだが、この一匹の竜はどこか雰囲気が異質でその力をうまく推し量れなかった。
他の使い魔とは違う『何か』を持っているように見えた。
(何か竜騎士が連れる子竜がそのまま成長した姿みたいだな)
自分も過去に成り行き上で、竜騎士として卵から孵ったばかりの子竜と契約を結んだ事もあったが、今はおそらくヴァナ・ディールの自宅で小間使いのモーグリの丁重な世話を受けている事だろう。
あの残してきた子竜も成長すればこの様になるのかななどと思案に耽る一方、飛竜の方も見つめてくるブロントに気付き、
「きゅ~」
と小さく鳴きながらトストスと歩み寄り、ブロントの顔を舐め始めた
「おいやめろ馬鹿」
ブロントは口の端をほんの少しだけにこりとしながら優しく飛竜の顔を引き離して、
耳にかかったプリズムパウダーまで舐められては困る、と多少押さえつける形で青い飛竜の頭を撫でた。
「きゅいきゅい♪」
この頭を撫でられている竜、シルフィードは昔に絶滅されたとされる人語を話せる韻竜であったが、
いらない問題を避けるために主人の意向により韻竜である事を隠し、ただの風竜として振舞っている。
自分の本来の種族を隠しているこの一人と一匹は言葉は交わさずとも互いに何かを感じ取っていたのだろう。
「私の使い魔が何か?」
背後から青い髪をした眼鏡を掛けた少女がブロントに声を掛けた
「?」
ブロントはきゅいきゅいと鳴く竜を撫でながら、首を傾げながら少女を見た
「シルフィード、私の風竜」
と撫でられ恍惚な顔をした竜を指差した。
「ああ俺は少し自分以外の使い魔がどんなのか見ていたんだが、この竜が何か他の使い魔と比べて『何か』違うと思って近寄ったところ懐かれるはめになった。手を離すとすぐ舐めてきそうになるのでこの撫でる手がしばらく止まることを知らない。」
「!」
自分の使い魔の秘密を感づかれてしまったのかと思い少女は
(喋ったの?)
問いただす目でシルフィードを睨み付けたが、シルフィードはブンブンと首を横に振った。
少女は自分の使い魔から詳しい話は聞く事にして、
とりあえず何か問題があった時のためこの白い鎧を着た男の名前だけでも知っておこうと思った。
「私は
タバサ、貴方は?」
「ほう随分と覚えやすい名前だな。俺はブロント。今は使い魔をやっているブロントだ」
「そう、覚えておく」
とだけ短く言ってタバサと名乗った少女は自分の使い魔を連れて去っていった。
タバサとシルフィードの歩く姿を見送りながら、佇んでいたブロントは先ほどキュルケが話していた『使い魔を見れば主人の力量がわかる』と言っていた事を思い出し、
(タバサは他の生徒と『何か』違うのだろうか)
と思案していた時に、懐に装着していたリンクパールからルイズが声を掛けてきた。
[――ブロント?今どこにいるの?私は朝食が終わったから、これから授業なんだけどアンタも来て頂戴――]
「今食堂のすぐ裏だそっちに向かう」
とパールに答えたブロントは主人の下へと向かった。
一方その時のタバサとシルフィード
「彼に何を感づかれたの?」
タバサは人目が付かぬ学院の一角で、シルフィードに何があったのか問い詰めていた。
「きゅい?おねえさまの言う通りシルフィはなにもしゃべってないのね!」
「そう、それで何でじゃれ合ってたの?必要以上に他人と接触してはダメと約束したはず」
「きゅい~、ごめんなさいなのね。でも彼ぴかぴかで綺麗だったからシルフィードとっても気にいったのね!」
「ぴかぴか?」
「きゅい!お日様を詰込んだみたいにとっても眩しくて暖かかったのね!あと多分彼とっても強いのね!きゅい」
「そう」
タバサ自身もブロントが只者では無い事をそれとなく感じていた。だがこの韻竜が語る事は自分が思っている事と少し違う感じもした。
「守ってくれそうな光がとっても凄かったのね!でもでも闇の力も結構もっていたのね!何か光と闇が両方そなわって最強に見えたのね!きゅい!」
シルフィードは頭をぐるんぐるんと振り回した。
「闇?」
「きゅいおねえさまなんかはどちかと言うと黒っぽい方ね!こう攻撃をビシビシしてくる感じなのね!おねえさまも強いのね」
「・・・そう大体わかった。3日間肉抜きの罰」
「きゅい!?おねえさま酷いのね!なんでなのね!なんでなのね!」
「勝手に他人と接触して約束を破った罰」
「きゅい~!!」
こうしてとばっちりにも近い形で罰をシルフィードが受けているとも知らず、ブロントは食堂でルイズと合流したあと
授業があると言う教室へ向かっていた。
最終更新:2009年08月02日 11:39