第3話 「若きルイズの悩み」







「おいィ、月が二つあるようなんだが。」

 ルイズの部屋の窓からブロントは月を見上げていた。
 空には青と赤の双月が浮かんでいた。
 ヴァナ・ディールでは月の光る色や位置で曜日や時間を計り、そしてその満ち欠けによって様々な事柄が影響されている、
 と信じられていたので野外で活動する事が多い冒険者とっては月の観測は大事な行動の一つだった。
 最初はヴァナ・ディール内のどこか遠方に召喚されいたと思っていたのだが、
 こうして窓の外にはっきりと双月がある所を見てしまうと、単純に遠方に来ただけでは無い様に思えてきた。
 完全なる異世界に来たのであれば帰還の魔法『デジョン』で戻れなかった事もそれとなく納得がいった。
「平民を装うのは良いけど、いくら平民でもそこまでは馬鹿じゃないわよ。月なんていつも二つでしょ」
 エルフの最大の特徴である先住魔法も使えず、平民として振舞うしかない使い魔に対する扱い方を考えていた最中に、
 すっとぼけた事を言うブロントにルイズはイライラしていた。
 部屋に戻る途中に出会った同級生の何人かにも、平民を召喚したという事でからかわられた。
 ただでさえ皆に"ゼロ"と馬鹿にされてきたのだ、せめて自分の使い魔になめられる事だけは避けたかった。
 少し不思議な道具などは持っているようだが、魔法も使えないエルフなど長耳が生えた程度の平民でしかない。
 エルフとばれて問題が起きる可能性があるだけ、普通の平民よりも性質が悪いと言えた。
 そのぶっきら棒な口を開かなければ見た目はいいので、やはりビシビシと躾けて行こうとルイズは思った。

「俺がいたところには月は一つしかないが?」
「何よそれ?ずっと東方からは月が一つしか見えないとでも言うの?一体どれほど東にそのジュノ大公国とかというのはあるのよ。まさか本当にロバ・アル・カイリエの方にでもいたの?」
 結局今回も双方の話がどこか噛み合わず、平行線のまま進歩しなかったので、この話題は取りあえず置いておく事にした。

「俺は使い魔となったようだが何をすればいいんだ?」
「まずは使い魔は主人の目となり、耳となる能力が与えられるわ」
「ほう、それは便利だな」
「でもあんたじゃ無理みたいな、何も見えないし聞こえないもん」
「なんだ『リんクパっル』みたいなものがあればいいのか」
 と言ってブロントはかばんから一つの貝殻のようなものを取り出し、その貝の口から綺麗な真珠の様な物を取り出した。
 『リンクパール』と呼ばれるそれは、ブロントがハルケギニアに召喚される前までその真珠を通して離れている仲間と会話をするために使っていた道具だった。
 しかしハルケギニアに召喚された時から真珠からは、声がぱったりと途絶えていた。
 『リンクパール』は同じ『リンクシェル』から作られたもの同士でしか通信できず、
 本体であるリンクシェルに異常があると築き上げた通信の輪は断たれてしまうのであった。
 ヴァナ・ディールにいる仲間の声が届かないのはリンクシェル自体に何か問題がある可能性もあったので、
 その確認という事も含め取り出したリンクパールをルイズに渡した。
「これをもってちょっとまってろ」
 といい部屋を出るブロントをキョトンとした顔でルイズを両手でリンクパールを持ったまま見つめていた。
 そして数秒後―

[――おいィ?聞こえるか?聞こえていたらパールにはなしかけてみるべき――]

 とパールからブロントの声が発せられた。
 突然語りだしたパールにビックリしてルイズは軽く飛び上がった後
「き、聞こえたわよ!?」
 と大声でパールに向かって叫んだ。

[――怒鳴らなくてもいい――]

 とパールが答えたと同時にブロントが再び部屋に入ってきた。
「さすがに見ているもの見えないがこれでなるだろ耳」
「驚いたわ、遠くてもこれを通して会話できるの?」
「俺は細かい事まではわからないんだが、海の向こうにいる奴とも会話できる」
 ブロントはリンクシェル自体に何か問題があるわけではないと安心した反面、会話ができないほど仲間達から離れている事だと知り落胆もした。
「これ私貰っていいの?貴重なものじゃないの?」
「俺がいた所では店で売っててだれでも買えるんだが」
 ほぇーと惚けるルイズの気を惹く様に手を振ったブロントが続いた。

「他に使い魔がする事はあるのか?」
「え?ええ。えーと・・・二つ目に、使い魔は主人の望むものを見つけてくるのよ。例えば秘薬とかね」 
「秘薬?エリクサーとかパナケイアとかか?」
「そんな伝説上の霊薬なんて期待してないわよ。特定の魔法を使うときに使用する触媒よ。硫黄とかコケとか・・・でも流石にこれはあんたには――」
 王宮に衛兵としてでも黙って立っているのが相応しいこの男が、
 つるはしをもって掘っていたり、まさかりを担いで木を切り倒したり、草刈鎌で植物を集めるわけが――

「丁度いい。色々あちこち見ておきたかったからな。そのついでに集めておこう」
「――見つけてこれ・・・ってええっ?できちゃうの?」
「ああ、俺は依頼でよくそういう類の物を集めていたんだが」
「依頼?」
「俺は冒険者なんだが、入手が難しい素材の入手や僻地への届け物などの仕事を良く引き受ける事となっていた」
「そ、そう。では何か必要となったら頼むわ。」
 この使い魔に対する評価が今日一日で波を打って上下するので喜ぶべきなのか落胆するべきなのか困ってしまうルイズだった。
「他にはにいのか?」
「後は・・・使い魔としてこれが一番なんだけど、使い魔は主人を守る存在であるのよ!その能力で、主人を敵から守るのが一番の役目!」
「誰に話しかけていると思っているわけ?ナイトであるこの俺が『盾』として他の使い魔に遅れを取るはずがない」
「あんた、エルフなのに『シュヴァリエ』なの!?」
「エルヴァーンだ、そしてその『シュッばリエ』なんてものではない。だが仲間の『盾』となって守ってしまうのがナイト」
 ルイズには半分もよく理解できなかったがブロントが言うナイトとは、貴族の称号として意味ではなく、一種の役割や生き方であるらしい。
 確かにこのブロントは何かと戦っていた所で召喚されたと言っていた。先住魔法は使えないと言ってはいたが、
 強力な防御魔法<カウンター>を持っているエルフ達を守る役割を担っていたのであれば、
 少しは期待できるかもしれないと思った。
 もっとも魔法が使えないのであれば平民の衛兵程度なのであろうとあまり期待はしていなかった。

「そ、そう、思っていたよりは色々できそうな使い魔ね。」
「それほどでもない。召喚される前に剣を落としてしまって武器がない。この盾だけでも守れなくも無いができれば剣の一つも持っておきたいのだが」
「ここは魔法学院だからそんなものは無いわね。ああ、それからアンタは私の使い魔なんだから雑用もしてもらうわよ。」
「雑用だと?」
「そうよ洗濯。洗濯。今は一応平民として振舞うんだから貴族であってあんたのご主人様である私に雑用任せるのは不自然でしょ?」
「あまりそういうのは得意ではないが仕方が無い」
 冒険者として外出が多かったブロントは家の事は人間達にとっては珍しく友好的であった獣人のモーグリ達にまかせっきりであった。
 外出中の野営の仕方や自分の身の回り事は自分の力でなんとかなったが、家の事となるとモーグリが勝手に済ませてしまうので
 自分で掃除や洗濯をやった事はあまりなかった。
「じゃあそこにあるものを明日になったら洗濯しておいて」
 とルイズは洋服が入った籠を指差した。
「わかったその依頼はやっておこう」
「全然わかってないわよ、報酬をだす依頼と違ってこれは使い魔としての義務なんだから。あんたがやって当然なの」
「ほう、まあ使い魔の役割は大体わかった。それ以外の時は自由にしてていいか?なるべく周りの事を調べておきたいんだが何かあればリんクパールで伝えてくれればいい」
「そうね、あんたどうもこの辺の常識がわかっていない所があるみたいだから私が恥をかかないためにも色々知っておくといいわね。でもこれは絶対に約束してよ、アンタが起こす恥は主人である私の恥になるんだからくれぐれもヴァリエール家の恥となる事だけはしないでよ」
「ああ誓おう。ナイトである俺がそんなへまはしない」
「ならいいわ――それにしても今日は何かとっても精神的に疲れたわ。もう寝るからちょっと着替えるの手伝いなさい」
「勝手に着替えればいいだろう?」
「あんたねえ、一応貴族の従者なんだから主人が着替える時は手伝うのもさっき言った雑用の一つなの」
 いつ野獣や獣人にに襲われるか判らない野営中でも重い甲冑を素早く着替える術を持っていたブロントには着替えを他人に手伝わせる意味がわからなかったが「そういうものなんだろう」と思い黙った。
 そしてルイズが命じるままに洋服棚からネグリジェと下着を出して、
(なんだ防具的価値も無いただのお祭り装備か)
 とその手にもったネグリジェを鑑定してから服を脱ぎ始めたルイズを

 ブロントはルイズをじっとみつめた。

「ほう意外と凄いものだな」
「!!」
「思っていたよりもいい」
 上半身が裸になり始めたところで突然思ってもいなかった事を口走る美形の使い魔にルイズは顔を真っ赤にして慌てた
「ば、ばば馬鹿!あんた一体主人である私を見て何考えて「いい素材を使った実に魔道士向けだ、この服」大体私のむ・・・え?」
「ただの布装備としては思ったよりある程度の耐久性はあるようだな。魔法が唱えやすそうな工夫もしてあるようだ」
「・・・そ、そうなんだこの制服・・・も、もちろんそっちのほうの話よね。・・・もう」
 そうしてルイズはネグリジェ姿になり「わたしの胸だってそのうち・・・」とかぶつぶつ呟きながらベッドに入り始める
「俺はどこで寝ればいい?」
「あんたの寝床はそこの床、毛布ぐらいは貸してあげ「ここを使っていいんだな」」
 とルイズがブロントに渡す毛布の一枚に手を伸ばし目を離した隙に「パカン!」と言う音がしてさっき寝床に使って良いと指した床の位置には

―実に寝心地よさそうな木製のベッドがあった。

「植木鉢も置いていい「まて」」
「何だ?植物は嫌い「まてまて」」
「世話は俺が「ちょっと!待ちなさいよ!」」
 ルイズは自分のベッドから飛び上がり、突如現れたもう一つベッドを指差した。
「何よそれ!何よ!?」
「マホガニーベッドだが?お前知らないのか?」
 ブロントは手を顎に当て首を傾げる。
「そういう事聞いてるんじゃないわよ!どっからそれ持ってきたの!?」
「かばんにはいっていたものだが?」
「一体どこの馬鹿がベッドを運んだまま歩き回るっていうの!」
「これはたまたま人に貸していたものを返して貰ってそのまま冒険にでていた事は稀によくある事」
「ないわよ!そもそもアンタのかばんにそんな大きなものが入るわけ無いでしょ!」
 はビシッとブロントの腰に充ててある枕程度の大きさのかばんを指差した。
「少し入れ方を工夫すればいい。入れる順番を考えれば入る」
「そんな事で入るか!」
「何だやっぱり木製なのが嫌いか?何だったらブロンズベッドを―」
「そこ、さりげなく更に恐ろしい事言わない!確かに普通よりちょっと大きく見えるけれどそのかばんは一体どれだけはいるのよ!」
「かばんを大きくして貰った奴に『ゴウツバクリ』とかは言われたな。どれ位入っているのか中身だし―」
「それだけはやめなさい、いや、本当お願いだからやめて。何かこの部屋がとんでもない事になりそうだからやめて。」
「他にも植木鉢を一つだけ置いておきたいんだがそれぐらいはいいか?」
 ルイズはハァーとため息を付いた
「・・・アンタねえ・・・その『でてしまった』ベッドと鉢植え一個だけなら特別に許すから本当にそれだけよ?
言っておくけどここは私の部屋なんだから!ご主人様である私の部屋なの!」
「わかった」
 とブロントはそう言ってかばんから取り出す所を見る間も無くいつの間にか手にしていた植木鉢を窓の側に置いて、そしてその鉢に土がついていた夢幻花を丁寧に植えた。
 その白い薔薇のような花は窓から風が吹き込むたびに何かとても落ち着く香りが部屋中に漂わせた。
「良い香りね、その花どうしたの?」
「俺が召喚される前に採ったものなんだが鉢に変えて置かなければこれはすぐに枯れてしまう。」
「へぇーアンタ見た目によらず花の事詳しいんだ?」
「それほどでもない俺はどちかというと花は全然わからない方だ。ただこの夢幻花だけは気に入ってる。」
「そう、良い夢がみれそうな花の名前ね」
 と答えた後ルイズはしばらく自分のベッドの上からしばらくその白い花を眺めていたのかだんだん睡魔が本格的になってきたのを感じて
「・・・明日・・・朝起こしてよね・・・」
 と、うつらうつらとした様子でベッドに潜り込み、寝息をすぅすぅと立て始めた。
 その様子をしばらく見守っていたブロントは部屋の明かりを吹き消し、自分もまたルイズに続いて自分のベッドで眠りに落ちた。





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最終更新:2009年08月02日 11:37
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