◆ ◆ ◆ ◆
ルイ潮の香りをいた。元々[[ルイズ本人は海とは縁が無い人生を送っていたが、この香りは何か懐かしい感じがした。
視界が鮮明になるとそこは以前ルイズが夢で見ていた港町の光景の中で何か大きな物を抱えながら駆け足で人ごみの間を駆け抜けていた。
そしてその港町の通りにある酒場の羽扉を抱えた荷物ごと押し開けて入った。
『頼まれたもの持したが』
以前の夢の時の様にルイズの口が勝手に開いていた。
『おう!坊主、ボスディン菜持って来てくれたか!早かったな!いやぁこれで助かったよ。今日は思ったより客が多くてな。夕方前に足りなくなって、うちの店の名物料理が作れなくなってしまうかと思って困ってたとこだったんだ』
顔から獅子の様に髭を生やしたオーク鬼程に巨大な亜人はワハハと笑いながら配達の駄賃を渡してくれた。
『それにしても坊主は立派だよな、まだ小さいってのに街を駆け回って自分の食い扶持は自分で稼いでるなんてよ』
『それほどでもありませんよ』
ルイズは何かとても聞き覚えがある言葉を発した様に思えた。
『坊主の頑張りは港の皆にもそこそこ知られているぜ。母ちゃんを早くに亡くしたってのに一人で頑張って生きてるだなんてよ』
『今は一人じゃないよ、姉さんもいるから』
『お、そうだったのか?そいつはは無いが、その変わり絆で繋がった家族は沢山いる。絆ってのはやっぱりあると嬉しいよな。お、そうだったそうだった、サラダには使えねえ余る部分で作った賄いだけどよ、味ではうちの名物料理には負けねえぜ!もって帰って食ってくれよ。姉ちゃんの分も入れておくから』
そういって大柄の亜人は酒場の厨房の奥から紙袋を持ち出して来てルイズのに手渡した。
『ありがとう』
『おう、また何かあったら頼むぜ坊主!姉ちゃんにもよろしくな!』
そうして手で袋を抱えながら港を駆け回り、一つの小さな家にはいった。
『ただいま』
『あら、おかえり――――。お仕事終わったの?』
赤いローブを着た以前の夢に登場した女性のエルフが出迎えてくれた。
『うん、おまけで昼ごはんも貰ってきた』
『ふふふ、出合った時はわたしに任せなさい、とは言ったけれど、その弟がしっかり者過ぎてお姉さんとしてはちょっと寂しいわ。生活する分ぐらいなら十分あるんだから』
『ううん、街の人の頼みをこなしていく仕事するのは僕は好きだから』
『わたしがあなたの年の頃はまだ屋敷でお母様に甘えていた時期だったというのに。――――が良けれても私の所で一緒に暮らしていいんだから』
『ありがとう姉さん、でも僕はここの海が好きだし、それに……母さんの墓もあるし』
『そうね……わかったわ。でもこれだけは忘れないで、――――、あなたはもう一人じゃないんだからね。人間は一人だけだとはどんなに頑張っても背中は無防備になるわ、だから誰かその無防備の背中を預けられる人が必要になるわ』
『姉さんは大げさだな、今までもそうだし、僕一人で生きて行けるよ』
ローブの女性は両手をルイズの肩に乗せるとじっと見つめてきた。
『あなたは人に頼らず一人で何でもできちゃうからお姉さん逆に心配なのよ。背中を見てもらう人がいないまま大きくなったら何時かはそのまま自分の重さで背中から倒れこむ事になるわ。お姉さんのわたしがいるんだから必要な時は頼ってよ?いい?』
『わかったよ、姉さん』
『よし。わたしは明日には一度帰らないと行けないけれど、これ渡して置くから、何かあったら呼んでよ?』
そういってルイズは色は違えど、見覚えがある一粒のパールを手渡された。
『本当はもう少し居たいのだけれど、ごめんね。わたしの留守を守ってるダーリンに何時までもまかせっきりにする訳にも行かないから』
『しょうがないよ、姉さんは侯爵家の当主なんだから。それより姉さんの分も貰ってきたから昼ご
そういって紙袋から包みを取り出して、包みを開けると色とりどり海鮮物と野菜が凄く薄いパンの様な生地に挟まれた料理があった。
『フフン……♪お姉さんは知っているわ。これはこの国の名物スでしょ?お姉さんは味にはちょっとうるさいんだから。海鮮物は私の所では中々手に入らないから、ここは良いよね、いつでも新鮮なカニや魚が食べられて』
『……姉さんってもしかしてしょっちゅう家に来るのはそれが目的なんじゃないの?』
『そんな事ないわ、――――に会いたいから来てるに決まってるじゃない。海鮮グルメはほんのついでよ。そうだ、今度お姉さんが来た時はここじゃ食べられない取っておきの王国風オムレツ作ってあげるわ』
目の前のエルフの女性がルイズににっこりと笑いかけ、『タコス』を頬張ると次第に風景が真っ白に擦れていった。
◆ ◆ ◆ ◆
ルイズは机に突っ伏した体勢で目が覚めた。
(あ、私また机で寝てしまったんだ)
城下町に出向き使い魔に剣を買い与えてから一週間近く経っていた。
あれからルイズは時々こうして学院図書館から借り出した書くのに夢中になり、そのまま机で一晩過ごす事が間々あった。
肩の毛布に気づき、それを掛けたであろう使い魔の姿が部屋になかった。
「
ブロント?」
ルイズは部屋をキョロキョロと見回した。ブロントのベッドも空になっており、動くものは風に揺れる植木鉢の花ぐらいだけであった。
[――起きたか、今寮の塔に戻っているんだが――]
ルイズの胸元にあったリンクパールがそう返事するとルイズの部屋のドアがガチャリと開きブロントが入ってきた。
その手には紙に包まれた物を持っていた。
「もうすぐ授業がはじまる。今から食堂行っても時既に時間切れ。だから手早く食べられるもの貰ってきた」
ブロントは包みの一つをルイズに手渡した。
「タコス?」
ルイズは自分自身『タコス』がどういうものかはよく知らないのに、ある種の既視感を感じて思わず聞いた。
「いや、さすがにここではその材料がないだろう。燻製したサーモンを挟んだサーモンサンドだ。頭が冴えるぞ」
包みを開けてみると全粒粉の黒パンに、香りよいスモークサーモンがトマトとキャベツと共に挟まれており、マスタードが掛けられていた。ほのかにビネガーの匂いも感じられた。
「これもブロントがいた所の料理?」
「ん?ああ。俺は最近あまりこれは食べないんだが、メイジには悪くは無いだろう」
ルイズはブロントに髪を梳かして貰いながらサンドを口に入れた。
「それにして々な料理知ってるわね、料理人でもしていたの?」
「冒険者になると色々と詳しくなる」
ふーんと聞き流しながらサンドをはもはもと食べたルイズはブロントに着替えを済ましてブロントを付き添わせて教室に向かった。
ブロントは途中何人も徒達に呼び止められた。
「あ、ブロントさんおはよう!」
「ブロントさん一昨日は火打石集めてくれてありがとう、課題に必要な分が揃ったよ」
「おはようブロントさん!この前はありがとう!僕のラッキーもあれから随分と元気がでたみたいだよ」
「ねえ、ブロントさん聞いてくれる?触媒に使いたいキノコがあるんだけど、私の使い魔じゃ見つけてこれないらしいの・・・・・・」
と、すれ違う一人一人に声を掛けられる事になっていた。
「ブロント、いつの間にか随分と人気者になったみたいだわね、ご主人様の私を差し置いて」
ルイズは召喚されてから一週間程ですでに貴族と平民問わず学院中のほとんどに名前知られている自分の使い魔が少しおもしろくなかった。
何よりも『ブロントさん』と皆が呼ぶ中で誰一人として『ルイズ』に声を掛ける者がいなかった事に。
「それほどでもない、俺はルイズが授業中の暇な時間に学院内でできる依頼をこなしていただけなんだが」
「まったく、決闘騒ぎがあった後は他の皆はあんたに対してピリピリ警戒していたのに、今じゃみんな『ブロントさん』『ブロントさん』って」
ルイズも学院に入学して間も無く皆から『ゼロ』『ゼロ』と呼ばれるようになったが、それはもちろん好ましくない名の広がり方であった。
「おう!お嬢ちゃんそれが人徳ってもんよ。少しは相棒を見習…」
カチカチと口を挟んだデルフリンガーを途中でブロントは鞘に押し込んだ。
学院の広場にでた二人はそこで授業前の時間だと言うのに広場で何人もの生徒達が自分の使い
自分の使い魔に何か教え込んでいるやら、みんな多種多様に自分の使い魔に接していた。
そこで広場の生徒達を監督していた頭髪寂しい教師がルイズ達の姿に気が付いた様で近寄ってきた。
「おはようございますブロントさん、そしてミス・ヴァリエール」
先に使い魔のブロントの名前が言われた事にルイズは眉をピクッと動かした。
「ブロントさん、昨日譲って頂いたサイレントオイル、実に素晴らしいものですな!あそこまで摩擦を無くす純度の高い油は初めて見ましたぞ!
私の現在開発中のへび君に使ってみたのですが、まるで<サイレント>の魔法掛けたの如く、金きり音の問題が解消できて、更には回転速度まで大幅にあがってもう昨夜は興奮しぱなっしで・・・」
自分の世界に入り熱く語り続けるコルベールにルイズはこほんと咳払いをした。
「おはようございますミスタ・コルベール、ところで皆ここで何しているんですか?」
「ああ、これは失礼しました。私とした事が遂夢中になって語り始めてしまって。ええ、皆さんは今日の為に最後の仕上げの練習をしている所ですね」
「え・・・練習って・・・まさか今日・・・だ、だったけ?」
ルイズは顔を真っ青にした。ここの所寝る間も惜しみ書物と格闘していたので大事な今日という日の事をすっかり忘れていた。
「ええ、毎年恒例の二年生による使い魔の品評会。もう間も無く王宮の方々もお見えになると思いますよ。ああ、そう言えばブロントさん使い魔でしたな。
ブロントさんが一体何を見せてくれるのか気になりますな。ああっと何をするか言わなくてもよいですぞ、楽しみはその時までに取って置く方が良いですか「あ・・・だってまだ・・・昨日がオセルの曜日で・・・えーと・・・まだ3日あるはず・・・あ、でもあの時徹夜したから・・・」
指を何度も折り返して本日は品評会を行うダエグの曜日では無い事を祈り、日にちを確認して見るルイズだった。
「では私は学院の警備に関する教諭達の会議がありますので失礼しますぞ、また品評会にて」
そういってコルベールは学院本塔へと去っていった。
「あー!どうしよう!どうしよう!何も用意してなかったわ!」
頭をわしゃわしゃしてルイズは叫んだ。
「品評会って何だルイズ?」
「毎年学院の二年生は使い魔を召喚した後、その使い魔をお披露目する『品評会』と言うがあるの!それには王宮の方々もお見えになるの!ああっ、今年は姫様も来るとお手紙まで頂いていたのに、今日になるまで忘れてたなんて不覚よ!」
「使い魔は何かそこでするのか?」
「召喚したメイジが使い魔に何か芸を一つさせるのよ。みんな召喚して間も無い事だから大した事じゃなくてもいいんだけど・・・
逆にその短い間で使い魔をどれだけうまく扱えているかメイジの『素質』を観る為のものでもあるのよ」
「芸?」
「そうよ、芸!ねえ、ブロント何かできない?人様に見せてもいい芸!」
そういってルイズはブロントのサーコートの裾をぐいぐいと引っ張っりながら捲くし立てた。
「なんだ?踊ったり、歌ったりすればいいのか?」
「もうそれでいいわ!本当ならちゃんと準備したかったけれど、この際は贅沢言ってられないわ。ああもう来ちゃったわ!」
学院の校門に王宮からの馬車が止まり、物々しい程の数の学院の衛兵が集められ整列していた。
そうしてルイズの心の準備を無視するかの様に学院の外の広場にて品評会は着々と進行していった。
まずは
キュルケのフレイムが吐く迫力のある炎のアートショーから始まった。
続いて他の生徒も自分の使い魔を使い芸を披露していった。梟の使い魔を空に飛ばして自分の腕に止まらせた小太りの主人もいれば、
頬に絆創膏を張った姿のギーシュは
「モンモランシー、この僕とヴェルダンデの晴れ舞台の勇士は君に捧げるよ~!」
と叫び、ヴェルダンデと呼ばれたジャイアントモールの使い魔と舞台の上でただひたすら自分の使い魔の円らな瞳を見つめるだけのギーシュもいれば、
「あんの馬鹿。こんなってるのよ・・・」
と呆れながら、金髪縦ロ少女モンモランシーは、手の上に乗せて、リボンで着飾ったカエルの使い魔ロビンをぴょんぴょんと飛び跳ねさせていた。
タバサとシルフィードの番になると、見ていた王宮からの者達や学院関係者たちから歓声が沸いた。
圧倒的存在感を誇る風竜だけでも絵になるのに、それが空を飛び、急降下や回転しながら飛び回り、最後は王宮関係者の席にシルフィードが突っ込み、ぶつかる直前に身を翻してまた舞台の上のタバサの横に着地して見せて、皆をあっと驚かせた。
「では、最後は・・・ミス・ヴァリエール、お願いします」
ルイズは自分直接芸を披露するわけではないと頭ではわかっては緊張で心臓がバクバクいっていた。ブロントに「うっかり耳がばれない様に準備する、出番になったら呼べ」とだけ言われてブロントは袖幕に引っ込んでしまったのだ。
一人舞台の上に立ったルイズは皆の視線が集まる中ごくりと唾を飲み込み、意を決した。
「わたしルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、召喚した使い魔の・・・しゅ、種類は・・・・・・平民です!」
そういってブロントがいるはずの袖幕の方に手をかざした。
と、そこには静かな間だけがあった。
「どうかしたかね?ミス・ヴァリエール」
オスマン氏が声を掛けた。
(ちょっと、出番よ!早く出て来なさいよ!)
ルイズは胸元のパールを口元まで引き寄せるとそう囁いた。
舞台の上で慌てる様子を見ていた生徒達からはクスクスと言う笑いが聞こえ始めていた。
「ブロントさんに逃げられちゃうなんて、無様ねヴァリエール・・・あら何かしら?ちょっと何か聞こえないタバサ?」
観客席にいたキュルケは隣で本を読みふけってるタバサを指で突っつきながら聞いた。
「弦楽器」
本から目を離さずポツリとタバサは答えた。
デンデデッデデレ・・・・・・
デンデデッデデレ・・・・・・
リズミカルな音が袖幕から聞こえてきた。
そして舞台の端から肩にハープを当て、それを弾きながら堂々と歩いて登場する男の姿があった、
デンデデッデデレ♪
デンデデッデデレ♪
その男は頭全体を覆う白い鉄の冑を被り、裸体に上に着ているものは橙色のベストと情熱的に赤い腰布の下に履いた白く、輝く、一枚のサブリガだった。
その鍛えぬかれたしなやかな肢体、そして引き締まった臀部のサブリガが舞台に現れた事により、たちまち女子生徒達から「きゃ~!」と言う悲鳴があがった。
(ちょっと!誰よこの変態!まさかブロント!?嘘よ!)
全てを否定したいルイズに反論するかの如く、目の前の鉄仮面はビシっとルイズ
男の魂の叫びがルイズの心に突き刺さる。
そしてその男は華麗なステップを踏みながら、仮面の奥から聴く者の脳が削れてしまいそうになる美声が響いた。
「おい、誰だよあいつ?」
「ルイズロントさんじゃないのか?」
生徒達の何人かは謎の仮面男が現れた事にざわつき始めていた。
「ん?オマエ今なにか言ったか?」
「いや、何も言って無いぞ?」
――『大いなる意思』が俺にもっと輝けと囁いている
(か、かっこいいきゅい~!)
先ほど芸の披露を終えたシルフィードが真っ先に食いついて仮面の男に魅入られていた。
その大きな青い首と尻尾を男が弾く竪琴の音色に合わせ振り回していた。
男が空を飛び、腕を力強く突き出すごとに舞散る汗が陽の光を集め、煌々と輝いた。
「オ、オールド・オスマン・・・」
「う、うむ」
「こ、これもガン力なんでしょうか?」
「わしに聞くな・・・」
そうオスマン氏とコルベールが顔を見合わせる中、仮面の男は足を素早く交錯しながら、言葉としては理解できない、心で感じ取る歌を歌い続けていた。
次第に何匹かのほかの使い魔達も歌に合わせ鳴いていた。使い魔達の合唱となり始めた事、最初は笑っていた者も息を飲んで仮面の踊りを鑑賞していた。
空中で回転を披露し、音もなく舞台に舞い降りた仮面の男は背中を向け、観客に流し目を送った。
――それ以上じっと見つめるとオマエの心も掴んじまうぜ
「あああ!今の見たタバサ!ギーシュを倒した時の姿もかっこよかったけれど、今のであたし、今までに無いほど痺れたわ!ああ、この『微熱』が燃え上がったわ!まるで、まるで・・・」
「熱情」
本を読みながらタバサはポツリと付け足した。
「そう『熱情』よ!二つ名の『』が『熱情』の炎となって今燃え上がっているわ!」
キュルケが興奮してタバサの両肩を持ってゆさゆさと揺らしている中、タバサも無意識の内に会場に流れる律動わせ、右手の人差し指で本をトントンと叩いていた。
そうして仮面の男は最後の大詰めに大きくステップを取りながら回転し舞台の中央で止まるとハープをジャン!と鳴らして片手を上げるようなポーズを取った。
数秒の間会場がしんと沈黙した後、王宮の者も含む観客達が一斉に立ち上がり惜しみない拍手を送った。
仮面の男が優雅に礼を取るとリンクパールを通じてルイズに語りかけた。
[――こんな芸でよかったか?――]
「・・・・・・格好はともかく、驚いたわ。あんた一体他にもどれだけの事ができるのよ」
[――冒険者になると色々と詳しくなる――]
「一体その冒険にいつ歌って必要が出てくるのよ。それにしてもブロント・・・」
[――なんだ?――]
「あんた、よく見ると首、かなり長いわね」
ルイズは鎧をはずした己の使い魔を見て改めてそう感じてた。
[――それほどでもない――]
「誉めてないから!」
その時何かが激しくぶつかる様な豪快な音が学院中に響き渡った。
「なんじゃ!?」
「オールド・オスゴーレムです!」
学院本塔の前に30はある土のゴーレム両腕を振るって塔に叩き付けていた。
「やっとここまでお膳立てが揃ったてのに、このゴーレムでも壊せない厚さとは計算外だったねえ・・・」
ゴーレムの肩に乗った黒いローブの人物は焦っていた。
「かと言ってこのまま『破壊の杖』を諦めるわけにもいかないねえ・・・」
ローブの人物は歯噛みをした。宝物庫の壁はスクエアクラスの<固定化>が何重にも掛けられていて、自分がもっとも得意とする『錬金』すら通さなかった。
しかし存在がばれてしまった今、会場の混乱が収まり次第衛兵達も駆けつけてしまうだろう、とローブの人物は次の手をじっと考え始めていた。
品評会会場では王宮の者達や生徒達を非難させる事で教師達や衛兵達は手が一杯だった。
「皆さん、落ち着いて非難してください!」
「早く王女殿下を馬車に!」
「くそ、驚いた使い魔達が邪ように収集が付かない!」
ルイズは舞台の上から混乱に陥っている会場を見ていた。巨大なゴーレムが百メイル弱先にいると言うのに、
使い魔や生徒達の混乱の所為で王宮の者達は自分達に設けられた席から動けないでいた。
その頃ブロントは鎧をガチャリと鳴らしながらデルフリンガーを左腰につけていた。
「あ、ちょっと一体何時の間に着替え・・・・・・って、もうそれ所じゃないわ!」
と、ふとルイズの頭にある事が過ぎった。
この現れたゴーレムの目的がこの王宮の者達だとしたら?姫様が目的だったとしたら?
その可能性に思いついたルイズはいてもたってもいられなかった。
そしてルイズは駆け出した、
「・・・おいィ?いきなりどこに行く訳?」
ブロントはその後を追いかけた。
観客席ではキュルケとタバサは雪崩れ込む人ごみを避けるように一足早くシルフィードに乗り空へ避難していた。
「あら、ルイズったらブロントさん連れてゴーレムに立ち向かっていくわよ。」
同じシルドの背に乗っているタバサは興味なさそうに本を読み続けている。
「タバサったら!もうこんな時まで本なんか読んで。ヴァリエールとは先週の街での決着がまだ付いていないと言うのにここで先越されるわけに行かないの!
それにブロントさんにどんな無茶させるか、何てわからないんだからお願い、タバサ私達も行きましょう!」
不安定な風竜の背の上でキュルケに掴まれぐいぐいと揺らされ観念したのか、タバサは本から目を離さず、自分の風竜に呟いた。
「本塔」
シルフィードはきゅい!と返事をするとルイズとブロント達が向かうゴーレムの元へと飛んだ。
「錬金も、ゴーレムでも歯が立たないとなったら、くやしいけど、ここは潔く引くしかないねえ」
ローブの人物は二度とこの絶好の機会を諦めるしかない事を悔しくも思いながら、ゴーレムに乗ったままその場を去ろうとした。
「逃がさないわよ!」
その場に駆けつけたルイズはすかさずルーンを詠唱しながら杖を振るった。
ルイズが唱えた<ファイアーボール>と言う名の『爆発』は狙った黒いローブの人物が乗るゴーレムから大きく外れ、後ろに立つ宝物庫の壁がどごーんと音を立てて爆発した。
「待ちなさい!」
ルイズは今度は外さないようにとゴーレムに不用意に歩み寄った。後ろからブロントが走りながらルイズを追いかけていた。
「ちぃ!もう邪魔が来たのかい・・・」
ローブの人物はゴーレムの腕でルイズの魔法の射線上から自分自身を庇うように覆った時、背後の壁からぴきき、とひび割れる音を聞いた。
「・・・へぇ・・・貴族の中にも大した奴もいるもんだねえ。折角のチャンスは生かさせてもらうよ!」
ローブの人物はは自分を庇っていたゴーレムの右腕を振るい上げさせ、そのままルイズとブロントの方へと振った。
ゴーレムの右腕は地面を掬う様に薙ぎ払い、土砂や塗装された石畳をルイズ達に投げ飛ばし、その勢いのままゴーレムの右手を鉄に変え、後ろの宝物庫の壁のひびが入った箇所に殴りつけた。
そして一枚の石畳の破片が物凄い早さで回転しながらルイズを目掛け飛んできた。
「きゃっ!?」
ルイズは立ちすくんだ。
バギン!
咄嗟にルイズの前に立ちはだかり庇ったブロントは盾で石畳の破片を叩き落すとその後波の様に襲い掛かった土砂にルイズ共々半身埋もれてしまった。
そして学院本塔周辺は乾いた土煙で覆われてしまった。
「あのヴァリエールったら賊が気づく前に魔法を入れるチャンスだったのにまんまと外しちゃって。こんなに視界が悪くなったら今度はこちらから攻撃する事ができないじゃない!」
キュルケは本塔の周りを旋回するシルフィードに乗ったまま、上空で<ファイアーボール>のルーンを詠唱し終えて、杖を振る体勢を取っていた。
同じくシルフィードに乗って、本を読んでいたタバサは片手で杖を振るうと突風が巻き起こり、舞い上がった土煙を吹き飛ばした。
「ありがとう、タバサ!あのゴーレムの姿が見えたわ!」
そう言って、キュルケは自分の杖を振り、宝物庫の壁に空いた横穴に掴みかかり直立不動で立つゴーレムに<ファイアーボール>を当てた。
キュルケから放たれた強大な火球が土のゴーレムに触れた瞬間、ゴーレムの巨体が何は抵抗もなく、枯れた木の葉の様にボロボロと崩れ落ちた。
「あら?ちょっと手ごたえがおかしいわね?」
キュルケは首を傾げた。
「もう、逃げた」
タバサがポツリと呟いた。
「ええ!?それを早く言ってよ!」
キュルケはタバサをまたゆさゆさと揺らした。
一方ルイズ達は半分土に埋もれた自分達の体を掘り起こしていた。
「あのローブの人物、去り際何か塔から持ち出していたけれど、まさかアレが噂の盗賊メイジだったのかしら・・・」
ルイズは自分の手でぺっぺっと軽く土を取り除いていたが、あまり状態は進展していなかった。
それを見兼ねたブロントは盾をスコ要領でルイズの周りの土の大部分を取り除いた後、ルイズの両脇を抱えて引き上げた。
「おいィ?何いきなり突っ込んでいるわけ?痛い目を見たいのか?」
ブロントはルイズに声を上げた。
「私は貴族よ!敵に後ろを見せ ン!
乾いた高い音が響いた。
叩いていた。
「痛っ!この首長!ご主人様に一体何するのよ!」
「今のが石畳でなくて良かったな、石畳だったらお前はもう死んでるぞ」
ルイズは自分の頬を左手でさすっていた。
「だからって何も手をあげること無いじゃない!!」
「俺はお前を守るために盾をしてやってるんせに調子こき過ぎ。あまり調子に乗ってると土の中でひっそり幕を閉じる」
「でもこ逃げたって言われるわ!」
「ズが突っ込むとわかっていれば対応も出来ますが。わからない場合手の打ち様が遅れるんですわ?お?」
ブロントはルイズの両肩をぐっと掴んだ。
「俺を盾として掲げる前にルイズ骨になる」
声の荒げ方とは違いブロントの顔は何処かもの哀しそうだった。
「・・・わ、悪ね・・・確かにちょっと浅はかだったわ・・・」
ブた
「敵に立ち向かう時は仲間に背中を預けるものなんだが、俺はいつもそうやってきた。一人じゃないんだぞ、お前は」
ルイズにとって叱られる事は実家に居た時も上の姉や両親にされた事は過去にもあった。
だがこのブイズの身を心配し、真摯になって怒られる事は今まで無かった。
ましてやもしていなくてブル突き刺さった。
「それと・・・さっきは叩いて悪かったな」
そう言ってブロントは右手をルイズの頬にあてがった。
ブロントの背中から覗く日の光く輝く鎧に反射したのか一瞬ブッと光った様にもルイズには見えた。
使い魔が素直に謝ったのを聞いた為痛みも幾らかは薄らだ様な気もした。
もう間も無くして、会場の混乱る事が終わったのか衛兵達や教師達が宝物庫前に駆けつけていた。
そして大きな風に文字が刻み付けられている事を発見した。
『の杖、確かに領収くれケ』
最終更新:2025年02月02日 20:52