第10話[後編] 「ゴーレムのまなざし」







「やったわ!あのゴーレムを、わたしの魔法で。もう、『ゼロ』・・・・・・もう、わたしは『ゼロ』じゃないんだわ」
 ゼロと呼ばれ続けたルイズは、皆の助けを借りつつも、初めて自分の『魔法』で何かを成し遂げられた事で感極まってその目に涙を軽く浮かべていた。
「でも、最後の大爆発は今までわたしがやってきた『爆発』じゃなかったわ。一体何が・・・・・・まさか!『破壊の杖』!?」
 ルイズはハッと気づいた、ブロントが『破壊の杖』を持っていた。もしかするとその大爆発はルイズではなく、ブロントが最後に唱えかけたものだったのでは?
 マジック・アイテムらしき道具の数々の使い方を知っているブロントならばその可能性が高いかもしれないとルイズは一瞬思った。
 その時ルイズは横から声を掛けられた。
「見事な仕事だと関心はするがどこもおかしくはない」
 爆風を避けるために飛びのいたが、しこたま土埃を被っていたブロントだった。
「おう!あれは確かに正真正銘お嬢ちゃんの魔法だ!魔法を併せての<スペル・チェイン>だなんて久しぶりに見たぜ!」
 デルフリンガーがブロントに続けて嬉しそうにカチカチと鍔を鳴らした。
「え?<スペル・チェイン>?」
 ルイズはきょとんとした。
「ああ、魔法はなんでも同時に重ねればいいわけじゃねーんだ。少し間を挟みながら一定の順番で異なる属性の魔法を繋げる事によって
さっきのお嬢ちゃんがやった大爆発の<フュージョン>や相棒の、ええとなんて言ったかな?ディア・・・?ディセ・・・?あ、そうだそうだ、<ディストーション>とかが出来るわけよ!」
「ブロントも魔法を使ったの!?」
 ブロントは首を横に振り、デルフリンガーが代わりに答えた。
「いやー、相棒のはちょっと違うな!武器の扱いが熟練された達人なら、魔法じゃなくてもその技一つで<スペル・チェイン>が起こせるんだ。おっと、この場合厳密に言えば<スキル・チェイン>って言った方がいいのか?」
「学院の本も調べたりしたけれど、<スペル・チェイン>なんて言葉聞いた事もなかったわ」
「そりゃそうだろうな。<スペル・チェイン>を起こすのに使う属性の順番とかがとにかくややこしーんだ。俺だってよくはわかってねー。俺が最後に<スペル・チェイン>を見たのも何百年も前だったかな?ん、あれ?<スペル>じゃなくて<スキル>の方だったかな?んー、まあ良いや。とにかくこの知識を持っている奴の数が極端に少ねえんだわ、これが。ましてや相棒みたいに<スキル>でやる奴なんてよ。もうおでれーたってなんのってよ!さすがエル・・・」
 そんな剣の達人の相棒になれた事がよっぽど嬉しかったのか、デルフリンガーはカチカチと鍔を止めずに饒舌になり過ぎていたので、
 ブロントはデルフリンガーを鞘に押し込んだ。
「俺がいたところの魔法ではできないんだが。ここの魔法は根本的に何かが違うようだった」
「系統魔法と先じゅ・・・・・・いえ、精霊魔法の違いかしら?ってこんな事話している場合じゃないわ!ゴーレムは倒せたけれど肝心のフーケがまだだわ!フーケは一体どこ?」
 吹き飛んだゴーレムの跡の前に立つ四人は顔を見合わせた時、辺りを偵察に行っていたミス・ロングビルが茂みの中から現れた。
「皆さん大丈夫ですか!?フーケのゴーレムが現れたのを見たあと、私ではどうする事も出来ないのでフーケ本人が近くにいないか探したのですが・・・」
 そう語り、歩み寄ってくるミス・ロングビルを静止するようにタバサは自分の杖ミス・ロングビルに向けた。
「探す必要は無い。貴女がフーケ」
「あら?どうしてそう思います?」
 ミス・ロングビルは自分がフーケであると肯定はしないものの、強くも否定せずタバサに聞いた。
「最初会った時から怪しかった。学院でゴーレムを焼いた事を誰も話していないのに貴女は知っていた」
「そうでしたでしょうか?でも土のメイジならあの土の塊見たら何となくわかりますよ」
 すっとぼけるミス・ロングビルをよそにタバサは続けた。
「それと貴女はブロントの芸をする姿を見ていなかった。あの時学院の者であの場を離れていた者はフーケとしか考えられない」
「そうですか?先ほど馬車でも言いましたがちゃんと観ていましたよ?そこの彼が竪琴を『演奏』するところを」
「他には?」
 タバサは目を鋭く細めた。
「他にと言われましても・・・・・・ああ、彼の演奏で他の使い魔達までも歌い出してましたね。後は・・・鎧姿に竪琴は意外と絵になっていたと言う事ぐらいでしょうか・・・?」
 それを聞いてルイズとキュルケもバッと身構えた。
「ミス・ロングビル、貴女はブロントさんの芸を『聞いて』いたけれど、『見て』いないのね」
 キュルケは杖を構えた。
「あの時そんな状況にいたのは会場から離れていたフーケぐらいしかいないわ」
 ルイズも咄嗟に杖を出した。
「なんだい、他にも何かしてたのかい、あの使い魔。あの竪琴の演奏一つだけでも立派な芸だって言うのに」
 ミス・ロングビルと呼ばれていた女性はメガネを外し、優しそうだった目が猛禽類の様な鋭い目へと吊り上った。
 そしてフーケは再びルイズ達に歩み寄った。
「動かないで!」
 ルイズは杖をフーケに向けた。
「おっと。動かないで貰うのはそっちの方になるわ」
 そう言ってフーケは素早くびゅっと杖を振るとルイズ、タバサ、キュルケの足元からゴーレムの腕の形に似た<アース・ハンド>が伸び、三人のを掴み、動きを拘束した。
「流石に今日一日でゴーレムを三回も召喚して、四体目を召喚する力は残っていなかったわ。でもこうして長々と話に付き合ってくれたお陰で、貴方達を握り潰す事ぐらいは出来る『手』を召喚する力ぐらいは残ってるわ」
 ルイズはがっちりと掴まれた手の中でもがいた
「どうしてわざわざこんな事を!?」
 ルイズがそう怒鳴るとフーケは、
「『破壊の杖』奪ったのはいいけれど、使い方がわからなかったのよ。だからこうして貴方達魔法学院の者を連れてきて使い方を知ろうと考えたのよ。
結局はよくわからずじまいだったけれど、その代わりあなたの使い魔の持っているマジック・アイテムを頂こうと思ったのさ」
「ブロントの!?」
「あの声を送り届ける真珠や持った途端に身が軽くなってゴーレムをも切り崩せる剣なんてそれぞれ一つが国宝級さね。そういう事なんで使い魔さん!早くその宝をよこしな!そうしたら主人の命だけは助けてやるよ!」
 『破壊の杖』を含むほかのアイテムを握り潰したくなかったので敢えて<アース・ハンド>が掛けられていなかったブロントに向かってそうフーケは叫んだ。
「おっと、剣は足元に置いておきな!まずはその真珠と『破壊の杖』をよこして貰おうか!」
 ブロントは何も言わず、腰のデルフリンガーを外し、地面に置いて、かばんから『破壊の杖』を取り出した。
「こんなものがいるのか?」
 ブロントは手に持った『破壊の杖』をヒラヒラと振って、フーケに見せた。
「使い方がわからなくても、せっかく盗ったものだ。こうして何人か学院の連中だまして連れてくればいつか使い方が分かるかもしれないしさ!さあ早くしな、貴方を<アース・ハンド>で握りつぶしてから取ってもいいんだからさ」
「そうか」
 そうブロントは言うと、その左手の篭手から強く光が漏れ出して、手に持った杖を高く掲げ、上空に投げた。
 フーケは咄嗟に上空に飛んだ杖を目で追った。そしてその杖は見えない軸に支えられたかのように激しく回転し始めた。
 そこへブロントが続いた。
「口で語るひまがあるなら手を出すべきだったな」
「な!?」
 ブロントは両手をフーケに向けて押し出した。
 フーケがその場の状況理解する前に、回転した杖が凄い速さで滑空して、フーケに激しくぶつかり、吹っ飛んだ。
 同時にルイズ達を掴んでいた<アース・ハンド>もただの土となって崩れ落ちた。
「調子に乗ってるからこうやって『天罰』にあう事になる」
 ブロントは気を失ったフーケにそう言葉をかけて、地面に落ちた『破壊の杖』を拾い、デルフリンガーを再び腰につけた。
「ブロント!」
 <アース・ハンド>から抜けたルイズがブロントに駆け寄った。
 遅れてタバサとキュルケも駆け寄った。
 タバサはすかさず杖を振るい、気を失っているフーケを風のロープで縛り上げた。
「あーあ、どっちがフーケを捕まえられるかで決着付けたかったのに、これじゃまた勝敗がうやむやね」
 キュルケがぼやいた。
「あんたまだそんな事言っているの?呆れたわ。とにかくわたし達で無事フーケを捕まえられたのだからいいじゃない」
 ルイズは腕を組み、ふんと鼻を鳴らしながらそっぽを向いて言った。
「ま、良いわ。また次の時まで勝負はお預けって事で。それより夜が遅くなる前に戻りましょう、早くこの土に塗れた体を水で流したいわ」
 一同はキュルケのその言葉に賛成して、拘束したフーケを運んで学院へと戻った。

 その日の夜、学院長室でオスマン氏は机の上に『破壊を杖』を置き、戻った四人の報告を聞いていた。
「ふむ・・・・・・。ミス・ロングビルが土くれのフーケじゃったとはな・・・美人だったもので、なんも疑いもせずに採用してしまった・・・ああ、いやいや、すまんの、こんな夜遅くまで頑張ってもらったんじゃ、これ以上は時間はとらせんよ」
 オスマン氏はコホンと咳払いをして、 
「とにかくフーケは城の衛士に引き渡した。そして『破壊の杖』も無事戻ってきた、これで一件落着じゃ」
 オスマン氏は、ルイズ、キュルケ、タバサの三人の頭を撫でた。
「君達の『シュヴァリエ』の爵位申請を、宮廷に出しておいた。追って沙汰があるじゃろう。といっても、ミス・タバサはすでに『シュヴァリエ』の爵位を持っているから、精霊勲章の授与を申請しておいた」
 オスマン氏の爵位申請を聞いて驚いた三人だったが、ルイズは今回一番の功績者であるブロントを見つめた。
「・・・・・・・オールド・オスマン。ブロントには、何もないんですか?」
「残念ながら、彼は貴族ではない」
 ブロントは言った。
「既にナイトである俺に隙は無かった。爵位が欲しくてなるんじゃない。人を守ってなってしまう者がナイト」
 オスマン氏はふむ、と頷いた。
「確かにその心構えが重要じゃの。さてと、無事盗賊騒動も片がついたので、明日は予定どおり『フリッグの舞踏会』を執り行う」
 キュルケの顔がぱっと輝いた。
「そうでしたわ!フーケの騒ぎで忘れておりました!」
「明日の舞踏会の主役は間違いなく君たちじゃ。それに備えて今日はもうゆっくり休みたまえ。舞踏会の主役が体調不良で出られない、ではつまらないからの」
 三人は礼をするとドアに向かった。
 その場を動かないブロントをルイズはチラッと見つめ、部屋を出るのを止めた。
「ブロントどうしたの?」
「少しオスマんに聞きたい事があるんだが」
 キュルケとタバサが部屋を出るのを確認した後、ブロントは机の上に置いてある『破壊の杖』に近寄った。
 ルイズは何も言わず静かにブロントの後ろで聞いていた。
「なんでこのトリートスタッフが『破壊の杖』何て呼ばれているんだ?ミミズすらも叩き倒せないものなんだが」 
「なんと、この『破壊の杖』が何であるのか知っておるのか!?幾ら調べてもその正体が判らなかったので私が暫定的に『破壊の杖』と名を付けたんじゃが」
「俺が元いた世界で祭事の時に配られた杖なんだが。このトリートスタッフは俺が知っている物とは少し違うところもあるが」
「ふむ、トリートスタッフか。ところで元いた世界とは?」
「ヴァナ・ディールと言う別の世界からルイズに召喚でこの世界に呼ばれたんだが」
「なるほど・・・そうじゃったか・・・そうじゃな、君ならこの杖の元の持ち主の事が判るかもしれないな・・・」
「・・・この杖は俺が召喚されてから始めて見るヴァナ・ディールの物なんだが。誰が持ってきた訳?」
 オスマン氏はトリートスタッフと呼ばれた『破壊の杖』を手に取った。
「その杖は元の持ち主であった私の命の恩人が置き忘れていったものでの、いつか返そうと思って命の恩人の事を調べ続けてもう三十年程経つのかのう・・・」
「そいつがどうしたかわからにいのか?」
「最後に会ったときが、私を助けてくれたその時限りなんじゃよ。三十年前、森を散策していた私は、ワイバーンに襲われた。そこを救ってくれたのが・・・」



 ――ハルケギニア 三十年前――

 一人の幼児程の体躯で、獣の様な鼻をした耳長の亜人は森の中で悪態をついていた。
「まったく!冒険者の活動を促進する為に交霊祭で配るためだかわたくしの知ったこっちゃありません事ですけど、手の院の連中は杖一本もまともに作れず、つくづく無能ですこと。この多忙なわたくしがわざわざ貴重な時間を割いて協力してあげてらっしゃるのに」
 その手には蝙蝠の杖頭が装飾された杖を持っていた。
「『月の力を借りて、いつでも誰にでも帰還魔法の<デジョン>を何度でも使用できる杖の試作品です!』何て口上は叩いて作ったはよろしいですけど、『発動の条件は月一つで半分までは満たせられる』何て月が一つ以上に増える事一生ありえないと言う重大な問題に事に気づかず作ってしまうお馬鹿さん達には困ったものですわね」
 亜人は更に杖に語る様に文句を続けた。
「肝心の帰還魔法自体を込めるにもわたくしの魔力の十分の一も受けきれず、そのまま魔法を漏らして暴走してわたくしを飛ばしてしまうだなんて、杖の方としても気合が足りません事よ・・・あら?」
 その亜人は森の奥で一人の男の姿を見かけた。一匹のワイバーンに襲われていた。
「オーホホホホ!そこのあなた、助けが欲しいのではなくて?」
 亜人は高笑いを上げた事によって、ワイバーンの注意は目の前の男よりもか弱そうで小さい亜人の方へと向けられた。
「子供!?危ない!ここは危険だ!」
 深手を負い、その場から動けなかった男が叫んだ。
「オホホホ!麗しき淑女を捕まえて『子供』だ何て心外ですわよ。確かにわたくしは身も心も何時までも若々し・・・・・・」
 亜人が語る途中、ワイバーンが問答無用に突進してその頭で亜人を弾き飛ばした。
 弾き飛ばされた、と怪我をしていた男は思ったのだが亜人はワイバーンの突進によりほんの一、二メイル押されただけであった。
「あら! わたくし、ブチ切れますわよ。ただでさえ今機嫌が悪いところですの。人の話を最後まで聞け・・・・・・」
 ワイバーンは雄たけびを上げ、続けざまにその巨大な尾を亜人に叩きつけた。
 しかしその尾が亜人に触れた瞬間、ワイバーンの尾は業火に焼かれたように触れた部分だけが焦げていた。
 激痛で困惑したワイバーンは自分が叩いたはずの亜人を見た瞬間、その亜人の目が一方的にワイバーンを食い殺す存在である捕食者の目で睨まれていた。その亜人を取り囲む殺気にワイバーンは丸々と飲み込まれてしまっていた。

「・・・・・・ぶっ殺す!」

 そう亜人が漏らし、『ブリザド』と唱えた亜人の手から小さな氷の塊が発せられた。
 戦慄で動けなくなったワイバーンはなす術も無くその氷の塊に当たった瞬間、その巨体なワイバーンの体が氷と化した。

「・・・・・・ぶっ壊す!!」

 続けざまに亜人は手に持った杖を空に浮かせ、浮いた杖は上空で横に激しく回って、亜人が両手を突き出すと。
 回転する杖が目の前に新しくできた巨大な氷の彫像にぶつかり、そして飛竜の跡形も無く無数の氷の破片として粉砕されて辺りに散らばった。

「オーホホホホ!脆弱な生物がこのわたくしに歯向かおうなんて百万年は早いことですわよ。あら、これほど散らかしてしまって、ごめんあそばせ」
 小さな亜人は手の甲を口に当てて高笑いした。
「そこのあなた・・・あら、気を失ってらっしゃるの?」
 ワイバーンが粉砕されたときの迫力で深手を負っていた男は意識を手放していた。
「しょうがないですことねぇ、あなたの帰るべき場所に特別に送り届けてさしあげましょう」
 そういって亜人は<デジョン>の上位魔法を唱え、気絶した男を魔法で送還した。
「あの使いようが無いトリートスタッフ、いえ、トリートスタッフ-1と名づけた方がよろしいかしら?は何処まで飛んでいったでしょう?
ま、でもあんな火打石程の価値もないゴミを探すほどわたくしも暇ではなくてよ。わたくしもこんな所で油売ってる場合ではないざます」  
 そういい残して亜人は自分自身に帰還の魔法の<デジョン>をかけた。
「・・・・・・なんてこと!<デジョン>の分際で、時空を開く事に抵抗するなんてナマイキですことよ!オーホホホホホ!」
 亜人はふん!とほんの少しだけ本気を入れて自身の魔力をさらに魔法に注ぎ込み、力ずくで無理やり空間をねじ開け、元いたヴァナ・ディールへと帰っていった。
 そして森にはこだまする小さな亜人の高笑いだけが残った・・・・


 ――ハルケギニア 現在――

「・・・・・・と気を失ったうちに私は学院まで運んで貰ったようなのじゃ。怪我が回復してから再び恩人と出会った場所に赴いたんじゃが、落ちていた恩人の杖以外に手がかりは無くての。
 学院まで運ばれた時も誰も恩人の姿を見ておらず、何でも私が怪我した姿で自分の部屋で倒れていたそうでの」
 オスマン氏は手に持ったトリートスタッフを撫でた。
「森に残されていたこの杖を拾った私は氷漬けになったワイバーンを破砕した所から『破壊の杖』と名づけたんじゃが、実際には私にはその使い方は遂にわからんかった。ああ、もちろん別に自分で使おうと思ったのではなく、あくまでも恩人に返すための何らかしらの手がかりが無いかと思って調べただけの事なんだがね」
「その杖を空で回すのって、もしかしてブロントがフーケにぶつけた時の?」
 ルイズは今日見たことを思い出して言った。
「何と!君はこの使い方を知っているのかね!?」
 オスマンはブロントに詰め寄った。
「杖を回す<レトリビューション>はただの両手棍の技。俺は別にどんな杖でも出来るんだが。トリートスタッフの本当の使い方はそこではない、むしろ武器としては地位の低い雑魚。少し持たせてもらってもいいか?」
 そう言ってブロントはオスマン氏の方へと手を差し出して、オスマン氏は杖をブロントに渡した。
 トリートスタッフを手に持ったブロントは左手の篭手から光が漏れ出して、そしてその『ヴァナ・ディールでは重大な欠陥を持つ試作品』であるトリートスタッフに関する事の情報全てがブロントの頭の中に流れた。
「これは帰還魔法が込められたアイテムなのは確定的に明らか。俺がいたところでは本来全く使えないが、ここなら月の力が二つそなわる事によって何度でも使える最強の帰還用アイテムになったように見える」
「本当かね?」
 オスマン氏は長年かけても判らなかった杖の謎をいとも簡単に解いてしまったブロントに驚いた。
 ブロントは続けて左手の篭手を外した。その手に刻まれていたルーン文字が光り輝いていた。
「武器を持つとこれが光るんだが。光ると体もひゅんひゅんと素早くなるだけでなく手にした武器の扱い方も判る」
 オスマン氏は光るルーン文字をしげしげと見つめた。
「ふむ、伝説の使い魔ガンダールヴの印の効果じゃな、なるほど」
「ガんダルブ?」
「そうじゃ。その伝説の使い魔はありとあらゆる『武器』を使いこなしたそうじゃ。手に持った武器の扱い方がわかるのもそのお陰じゃろう」
「そうか。それより頼みたい事があるんだが・・・・」
 ブロントは目を手に持ったトリートスタッフに目をやった。
「なんじゃ?君に爵位は授ける事はできないが、せめてもの礼に出来る限り力になろう」
「この杖を譲って欲しいんだが」
 ルイズは慌てて口を挟んだ。
「ちょ、ちょっとブロント!オールド・オスマンのとても大事なものを譲ってだなんて!」
 オスマン氏は少し自分の髭をいじりながら考え込んだ。
「俺は元々冒険者なんだがこの辺りの事はよく知らない。周辺を調べたいが必要な時にすぐにルイズの元に帰れないと使い魔の役目を果たす事をできない」
 ブロントが続けた説明を聞いてオスマンはうむと頷いた。
「いいじゃろう。そもそも私の杖ではないのだからそれを決める権利は私にはないじゃろうて。危険な杖では無いとわかったし、それにここ三十年眠らせた宝物庫に保管しておくより、ヴァナ・ディールから来たという君ならその杖の本来の持ち主を探し出せるじゃろう」
「その特徴的な高笑いをする持ち主とやらはおそらく連邦のシャントットなのは絶対」
「なんと!恩人の心当たりもあるのか。それならばぜひとも君に貰って欲しい!そうか、恩人の名前はシャントット殿であったか・・・彼女は今でも息災かの?」
 ブロントは苦笑いをしながら答えた。
「俺が思うにシャントットは隕石を落とされても死なないと思うが」
「そうかそうか、フーケ恩人の杖が盗まれて一時は肝を冷やしたが、逆にこうして功を奏して長年わからず終いだった恩人の事を知る事になるとはなんとも奇妙な縁じゃの。もし彼女にまた会う事があればその杖を彼女に返して欲しいが、それまでは君が自由に使っていいじゃろう」
 オスマン氏はそういうと、ブロントを抱きしめた。
「よくぞ、恩人の杖を取り戻し、更にその恩人の事を教えてくれた。改めて礼を言うぞ」
「それほどでもない」
「君がした事は君にとって些細な事だったかもしれないが、私にとってはとても大きな意味を持つんじゃよ。今後何か困った事があったら是非頼りたまえ、力になろう」
 うんうんと頷くオスマン氏に抱きしめられたブロントが少し困った顔をしたのを見つめていたルイズは少しその光景が面白く感じたのか軽く微笑んでいた。


 次の日の晩、アルヴィーズの食堂の上の階にある大きなホールで毎年恒例のフリッグの舞踏会が行われていた。
 中では着飾った生徒や教師達が、豪華な料理が盛られたテーブルの周りで歓談していた。
 ホールの中では、綺麗なドレスに身を包んだキュルケがたくさんの男に囲まれ、黒いパーティドレスを着たタバサは、一生懸命にテーブルの上の料理と格闘している。
 それぞれがパーティを満喫している中、ホールの壮麗な扉が開き、ルイズはブロントにエスコートされながら姿を現した。
 門に控えた呼び出しの衛士がルイズの到着を告げた。
「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおな~~~~り~~~!」
 ルイズは長い桃色がかった髪を、バレッタにまとめ、ホワイトのパーティドレスに身を包んでいた。肘までの白い手袋が、ルイズの高貴さをいやになるぐらい演出し、胸元の開いたドレスのつくりの小さい顔を、宝石のように輝かせていた。
 一方ルイズに付き従うブロントはルイズに『パーティで甲冑姿は無粋だから何か他のものに着替えなさい』と言われたので、
 幸い自分でも持っていた礼服一式に着替えていた。丈夫な霊牛のなめし革製のインナーの上に、白銀色のアルジェントコートを羽織っていた。
 コートの所々に簡素な刺繍細工が施されており、その白く、謙虚なデザインはブロントという人物をうまく象徴していた。
 主役が全員揃った事を確認した楽士達が、小さく、流れるように音楽を奏で始めた。
 ルイズの周りには、その姿を美貌に驚いた男たちが群がり、さかんにダンスを申し込んでいた。今までゼロのルイズと呼んでからかっていたノーマークの女の子の美貌に気づき、いち早く唾を付けておこうと言うのだろう。
 使い魔であるブロントに直接的にダンスを申し込む者はいなかったが、キュルケを含む何人かの女の子も群がり整然な礼服できめた長身で端整なブロントの姿をうっとり眺めていた。
 ルイズは誰の誘いを断わり、ブロントの手を掴み、貴族たちがダンスを踊り始めているホールへと群がる男たちから逃げるように引っ張っていった。
 そこでルイズはドレスの裾を恭しく両手で持ち上げると、膝を曲げてブロントに一礼した。
「わたくしと一曲踊ってくださいませんこと。ジェントルマン」
 真顔で見つめ返すブロントの反応に何か照れくさくなってルイズは顔を真っ赤に赤らめた。
 ブロントは軽く微笑むと右手を自分の胸の前に当て、礼を返した。
「俺でいいのか?」
 こくりとルイズが頷くと、ブロントはルイズの手を取り、ルイズをリードし踊り始めた。
 ルイズが見た事も無いブロントの軽快なワルツのステップに少し戸惑ったが、徐々にルイズも合わせて踊りだし始めた。
 しばらく二人とも無言で踊り続けていたが、先にルイズの方から思い切ったように口を開く。 
「ありがとう」
 ブロントは不思議そうな顔で見つめ返した。
「そ、その・・・・・・、フーケから二回も助けてくれたじゃない。それに・・・・・・戦う時はわたし一人じゃないって教えてくれて・・・」
 ルイズはそう言うと下を俯きながらブロントと踊り続けた。
 ブロントはルイズが顔を上げざる得ない様にステップを取り、その手を引っ張った。
「気にしないでいい。俺は当然の事をしただけなんだが」
「どうして?」
「俺はお前のナイトだろ」
 ブロントはそう言ってルイズに静かに微笑んだ。
 二つの月がルイズとブロントの白い衣装を照らすように月明かりを送り、奏でられていた一曲の最後に相応しい幻想的な雰囲気をつくりあげていた。
 そんな様子をブロントの腰から観察していたデルフリンガーが、こそっと呟いた。
「おでれーた!人間である主人のダンスの相手をつとめる亜人の使い魔なんて、久しぶりに見たぜ!」   





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最終更新:2009年08月02日 11:09
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