第13話 「心の壁」





 ブロントとギーシュはワルドのグリフォンから数百メイル程も遅れながら、馬を交換しつつ何とか追いかけていた。
「半日以上走りっぱなしだと言うのに、まったく速度が落ちないなんて魔法衛士隊の連中は化け物だな」
 長駆けで夜も更けりギーシュはへばって馬の首に上半身を預けている。
 それに付け加え、ギーシュがもっとも恐れているブロントと共に半ば強制的に行動させられているので、精神的にも参っていた。
 ギーシュは何とか場の空気を和まそうと会話をしても、単調な答えしか返ってこないので、気まずい雰囲気に困っていた。
 一方、ブロントは毅然と片手で手綱を握り、平気な顔をしている。
「そ、それにしても、ブ、ブロント・・・さん、は随分と乗馬は慣れているようだね・・・きみの体力には脱帽するよ」
「それほどでもない」
「・・・えと、他には・・・そうだな、君は従軍経験はあるのかい?」
「俺は傭兵をやったり、過去にも部隊に従軍していたんだが?」
「へ、へぇー。どうりで君は強い訳だ。も、もしかして『メイジ殺し』だったりするのかい?」
「?」
「ほら、あれだよ。魔法も使わずメイジを殺す術を持っている者たち」
「黄金の鉄の塊で出来ている俺が布装備のジョブに遅れを取るはずがない」
「はは・・・君なら実際にやりかねない気がしてきたよ・・・」
 ギーシュから乾いた笑いがでる。
「・・・」
「・・・」
(変な事聞くんじゃなかった・・・)
 とギーシュが頭を抱え後悔している中、
 鎧をガチャっと鳴らして、ブロントの方からギーシュに語りかけた。
「おまえ戦闘では素人だな」
「うっ、・・・珍しく話しかけてきたと思ったら、痛い所付いてくるな。そうさ、まだ実戦経験はない。強いて言えば君との決闘ぐらいなものだ」
「あのゴレんムの使い方ではせいぜい雑魚敵を倒していけるだけ。あんな恥知らずにも囲んで殴るだけで格上に勝てるわけがない」
「ぐっ、きさっ・・・」
 ギーシュは反論をしたかったが、できなかった。
 なぜなら薄々自分の弱みに気が付いていたからだ。
 自分よりクラスが高いラインメイジ以上が相手であれば、質より量で勝負しているギーシュのゴーレムではライン・スペルの炎や風一つで簡単に葬られてしまう事を。
 ギーシュのゴーレム一体一体の純粋な力はトライアングル・クラスのフーケのゴーレムと比べれば何十分の一すらもなかった。
 しかし、ギーシュは魔法の扱いに関してはかなり器用な方ではあった。
 ゴーレムを同時に幾つも出す事は上位メイジでも中々できることではない。
 並のメイジであれば精々二、三体のゴーレムや偏在を操作する事が限界なのに対して、
 まだ最下級のドットクラスのメイジであるギーシュは最大七体ほどのゴーレムを自由自在に操る事ができた。
 しかし、ギーシュの浮気性な人間性を反映したのか、唱える魔法一つ一つに力を集中させる事がとても苦手だった。
 そのため、初見では人の目を惹ける小技は色々持ってはいたが、それぞれに『深み』がなく、格が上の相手には通用しないものばかりだ。
 ギーシュがブロントに決闘を挑んだのも、魔法が使えぬ自分より弱い『平民』ならば組み易し、と思ったからこそ。

 要するには、ギーシュは器用貧乏であった。
 改めてそれを認識してギーシュは益々気が落ち込み続ける。
「お前それで良いのか?」
「僕だって貴族だ、多くの薔薇を守るために戦いたいさ」
「薔薇?」
「そうさ、貴族たるもの、敵に背中を見せず、か弱き花達が咲くのを守ってやるものさ。何だ?おかしいか?笑いたければ笑えばいい」
 ギーシュのその言葉にブロントは何か思い当たる気がしたが、何であるかははっきりと思い浮かばない。
「見事な心構えだと関心するがどこもおかしくない」
「だが、平民の君にすら負けるぼくでは・・・」
「教えてやってもいい」
「え?」
 ギーシュはきょとんとする。
「別に俺はジョブにこだわらないから経験は豊富。お前のゴレんムにその経験が備われば最強に近いと言える」
「もしかして、戦場を経験している君が、ぼくに戦い方を教えてくれるというのかい?」
 ブロントはガチャと鎧を鳴らして黙って頷く。
「メイジすら倒せる君の戦闘術なら、実に頼もしいよ。ぼくに足りない経験が補えるのであれば是非頼みたい!」
「ならば早速『盾』を装備したゴレんムを作るんだな」
 ブロントは唐突にデルフリンガーを抜き放ち、盾を構えて馬から飛び降りる。
「え?た、盾?」
 そのとき、目的地を目前にして峡谷を駆け抜けていた二人の馬を目掛けて、不意に崖の上から松明が何本も投げ込まれた。
 戦の訓練を受けていない馬が炎に驚き、前足を上げながら急停止をして、ギーシュは馬から振り落とされてしまった。
「ぼやっとすんな、にいちゃん!奇襲だ!」
ブロントに抜き放たれたデルフリンガーがギーシュに活を入れた。
 ギーシュは慌てて懐から造花の杖を取り出し、ブロントが持つような盾と剣を持ったワルキューレを生成した。
 そこに矢の雨が降り注ぐ。ブロントは難なく迫り来る矢を盾で叩き落とすが、
 体型が細いワルキューレで身を守っていたギーシュは迫り来る矢の全てをワルキューレだけでは受けきれなかった。
 そこにブロントが横から素早くデルフリンガーで矢を切り払う。
「今のが当たらなくてよかったな当たっていたら死んでるぞ。死にたくないなら早く盾に向いたゴレんムを作り直すべき」
 ギーシュはブロントに頷くと、杖を振り、眼前のワルキューレを基に『盾役』に向いた青銅のゴーレムを作り直した。
 機動性を捨てて、ワルキューレよりも装甲を厚くし、各関節部の隙間を必要最低限まで青銅で詰め、
 体型もギーシュを丸々隠すほどまでに大きくした。
 ブロントを意識したその新しい青銅のゴーレムの姿は『ワルキューレ』と呼ぶより、『パラディン』と呼ぶに相応しい重厚で頑強そうな姿であった。
「ようし!二の矢が来るぞ!気張れよにいちゃん!」
 デルフリンガーがギーシュに向かって叫ぶ。
「『パラディン』!ぼくを庇え!」
 ギーシュはそう叫び杖を振る。
 今度はブロントの手を借りず、ギーシュは自分のゴーレムだけで飛び来る矢を打ち払った。
「パーティでは盾役がいなければ始まらないのは一般的に常識。盾がいないパーティに未来はにい」
「パーティ?」
 ギーシュはパラディンの影に隠れたままブロントに聞く。
「パーティとは六人がそれぞれ別の役割を担って戦う事の意味」
「それは君が従軍していた軍の小隊編成方法かい?興味深いね」
「それほどでもない」
 ブロントは崖の上を見上げたが、今度は矢が射られる気配が無い。
 その時、ばっさばっさと、上空から羽音が聞こえた。
 崖の上から男たちの悲鳴が聞こえてくる。
 どうやら頭上に現れたものに恐れおののいているのか、男たちは夜空に向けて矢を放ち始めていた。
 しかし、その矢は風の魔法で逸らされ、次に小型の竜巻が舞い起こり、男たちを崖の上から吹き飛ばす。
「子爵が気づいてくれたのか?」
 ギーシュは落ちてきた男たちの手から自分のゴーレムを使いブロントと共に武器を取り上げながら聞いた。
「いや・・・」
 ブロントが空を指差すと、月をバックにブロントに見覚えがある幻獣が姿を見せた。
 なんとタバサの風竜のシルフィードであった。
「間に合ったみたいね。ブロントさん」
 キュルケが風竜からぴょんと飛び降りて、髪をかきあげてみせる。
 そこに漸くブロント達が遅れている事に気が付いたのか、先行していたワルドとルイズがグリフォンに跨りやってきた。
「二人が遅れているようだからと僕のルイズが気づいてくれたから戻ってみたが、まさか夜盗に襲われていたとはね、二人共無事か?」
 ワルドはそう言って、ブロントとギーシュの無事な姿を確認するとふむ、と頷く。
「ツェルプストー!?ここまで何しにきたのよ?」
 ルイズはグリフォンから飛び降りて、キュルケにつかつかと歩み寄り怒鳴った。
「何、ってあんたがブロントさんを連れて馬に乗ってどこかに出かけようとしていたもんだから、タバサをたたき起こして後をつけただけよ」
 キュルケは風竜の上で本を読んでいるタバサを指差した。
「ツェルプストー。あのねえ、これはお忍びなのよ?」
「あっそう、そんな事あたしには関係ないわ。それよりブロントさん見直してくれた?襲った連中はこの通り、捕まえたんだから」
 キュルケは落下の衝撃で未だに悶絶し、倒れている男たちを指差した。ギーシュが近づいて男たちに尋問を始めた。
「捕まえたのはタバサなのは確定的に明らか」
 ブロントは腕を組んだまま素っ気無く答えた。
「あら、やっぱりわかった?でもあたしがタバサを起こして駆けつけなければタバサの魔法で一網打尽にする事はできなかったわ」
 ブロントは擦り寄ってくるキュルケを適当にあしらうと、ギーシュが尋問にあたっていた男たちへと近寄った。
 ギーシュが相手にしている一人の男がふて腐れた声で答えていた。
「へっ、俺たちぁここらを通る金持ちそうな貴族を狙ったただの物取りだ・・・あん?」
 男はじろじろとブロントの姿を見つめた。
「おい、その白鎧!?もしかして最近噂になっている冒険者のブロントって野郎か?畜生、聞いてねえぜ!何が貴族のガキ共だけだ、あの仮面の野郎―」
 その時、ワルドは一瞬にして杖を振り、<エアーカッター>の真空の刃で男の首を刎ね飛ばした。
 ルイズは思わず悲鳴をあげた。
「危なかったな、その男は話に君達の注意を逸らし、武器に手を伸ばしていた」
 ワルドはいたって落ち着いた様子でそういうと、手馴れた調子で杖をまた腰にさした。
「し、子爵、何も殺す事は・・・」
「ギーシュ君と言ったかね?そんな甘い考えじゃ、戦場ではすぐに死ぬぞ。それより先を急ごう。こいつらはただの物取りだ、捨て置こう」
 そう言ってワルドは震えるルイズを抱きかかえグリフォンに乗せる。
「すまなかったね、僕のルイズ、怖がらせてしまって。早くこの事は忘れた方がいい」
 そしてワルドはひらりとグリフォンに跨り、
「今日はラ・ロシェールに一泊して、朝一番の便でアルビオンに渡ろう」
 とそう一行に告げた。
 一行がラ・ロシェールの街灯りへと向かう中ブロントは残された死体を見て、それからグリフォンに跨るワルドの背中をじっと見つめて呟いた。

「汚いな・・・・・・」


 ラ・ロシェールで一番上等な宿、『女神の杵』に泊まることにした一行は、一階の酒場で、くつろいでいた。
 ブロントは宿の者に頼んで、リンゴの果汁、蜂蜜、ミルクを混ぜたとても甘いアップル・オレを作ってもらい、それを皆で飲んでいた。
 疲れた体には蜂蜜の甘ったるさが心地よく染み亘り、
 リンゴの甘酸っぱさが溜まった疲労をじわじわと取り除く爽快感があった。
「船に乗ると言ってたが、ここは山の中の様なんだが?」
「遠くから来たブロントさんは知らないのか。アルビオンは浮遊大陸だから『船』じゃなくてぼくたちがこれから乗るのは風石で空を飛ぶ『フネ』に乗るんだ」
 ギーシュはそう答えると、コップに注がれたアップル・オレをごくごくと喉を大きく鳴らして飲み干し、給仕にお代わりを頼む。
 そこに『桟橋』へ乗船の交渉に行っていたワルドとルイズが帰ってきた。
 ワルドは席につくと、用意されたアップル・オレに手をつけず、給仕にワインを注文し、溜め息を一つ吐いた後、困ったように言った。
「アルビオンに渡るフネは明後日にならないと、出ないそうだ」
 ルイズはブロントに手渡されたオレの入ったコップを受け取ると。『ありがと』と言ってコクンコクンと飲みだした。
「あたしはアルビオンに行った事無いからわかんないけど、どうして明日はフネが出ないの?」
 アップル・オレをちびちびと飲むキュルケの方を向いて、ワルドが答えた。
「明日は月が重なる『スヴェル』の月夜だ。その翌日の朝、アルビオンが最もラ・ロシェールに近づく、だからわざわざ一日二日急いで、貴重な風石を無駄にする奇特な船長はいないってさ」 
 タバサは壁際に寄りかかり床に座り、アップル・オレが入ったコップに時折口を付けたりたりしながら本を読んでいた。
 酒場で四半刻ほどゆったりと一息をついた所で、ワルドは立ち上がり、鍵束をジャラジャラと取り出し、
「さて、じゃあ今日はもう寝よう。部屋は取った。キュルケとタバサは相部屋だ。そして、ブロントとギーシュが相部屋」
 と言って、キュルケとブロントそれぞれに鍵を投げ渡した。
「そして僕とルイズは同室だ」
「へぇ、魔法衛士の方はトリステインの貴族のわりには随分と積極的なのね」
 キュルケがからかうような口調で言ってみせる。
「婚約者だからな。当然だろう?」
「なあに?ヴァリエール、あんたの婚約者だったの?あんたにしちゃ意外な相手ね」
 ルイズははっとして、ワルドの方を見る。
「そんな、ダメよ!まだ、わたしたち結婚しているわけじゃないじゃない!」
 ワルドは首を振って、ルイズを見つめた。
「大事な話があるんだ。二人きりで話したい」
 そう言ってワルドは先にルイズを部屋に連れて先に部屋に入る。
「ルイズ」
 ブロントは階段を上って行くルイズを呼び止め、自分の懐にあるリンクパールをトントンと指で叩いて見せた。
「あ、忘れてたわ。気づいてくれてありがと、ブロント」
 ルイズは首からリンクパールを外して、それをポケットに仕舞ってから、ワルドの後を追った。

「素敵なお方だけど・・・ヴァリエールはやっぱり男を見る目がないのかしら。あんな冷たい目をする男じゃ、あたしの情熱も燃え上がらないわ。ま、別にどうでもいいけど。タバサ、早くあたし達も部屋に行って寝ましょう」
 キュルケは鍵輪を指にはめてクルクル回し、本を読みながら器用に歩くタバサを連れて行った。

「今日はくたびれたなあ。ブロントさん、ぼく達も早く寝よう」
 ギーシュは大きく欠伸をし、部屋の鍵を出すよう、ブロントに催促する。
「寝る?何勘違いしてるんだ。俺はこれからお前にパーティ戦の事を叩き込むんだが、お前はどこにも逃げられないプレッシャーを背負う事になった」
「え?まさか、もう今晩から始めるのかい?」
「俺が知っている事を全部覚えてもらう羽目になる。一日でも時間が惜しいだろ」
「お?相棒、もうすっかりにいちゃんのメンター(師匠)になったてか?おもしれ!なら俺だって色々教えたら!武器の使い方の事ならまかせな」
 デルフリンガーが楽しそうに鍔を鳴らす。
「は、早く寝たいのに・・・」
 ギーシュはがっくりと項垂れ、ブロントに部屋まで引き摺られた。
 そして一晩中、戦い方の基本の一部を教え込まれる事になった。


 一方、ワルドとルイズの部屋
 貴族相手の宿の一番上等な部屋だけあって、かなり立派なつくりであった。
 誰の趣味なのか、ベッドは天蓋付きの大きなものだったし、高そうなレースの飾りがついていた。
 テーブルに座ると、ワルドは先ほどの飲み掛けのワインを杯についだ。それを飲み干す。
「君も腰掛けて、一杯やらないか?ルイズ」
 ルイズはテーブルについた。
「ワインは・・・いらないわ」
 ルイズはちょっと俯いて、ポケットの上から何気なくリンクパールを軽く押さえた。
「あまり気が晴れてないようだね。心配なのかい?無事にアルビオンのウェールズ皇太子から、姫殿下の手紙を取り戻せるのかどうか」
「そうね。心配だわ・・・」
「大丈夫だよ。きっとうまくいく。なにせ、僕がついているんだから」
「そうね、あなたがいれば、きっと大丈夫よね。それに、ブロントもいるし。で、大事な話しって?」
 ワルドは眉を少し細めた。
「ブロント、きみの使い魔か・・・ルイズ、きみは何であの伝説の使い魔『ガンダールヴ』が召喚できたか考えた事あるかい?」
「ブロントの使い魔のルーンが『ガンダールヴ』だって知っていたの?」
 ルイズはブロントが『ガンダールヴ』であるとワルドに言ってなかったので首を傾げる。
「ん?ああ、学院の者からだったかな?彼が始祖ブリミルが用いたと言う、伝説の使い魔『ガンダールヴ』のルーンが刻まれていると聞いたよ」
「そう・・・」
「誰もが持てる使い魔じゃない事は確かだ。他人にはない特別な力をきみが持っている証拠だ。きみは偉大なメイジになるだろう。そう、始祖ブリミルのように、歴史に名を残すような、素晴らしいメイジになるに違いない。僕はそう予感している」
 ワルドは熱っぽい口調で、ルイズをじっと見つめた。
「この任務が終わったら、僕と結婚しよう」
「え・・・・・・?」
 いきなりな事にルイズは困惑した。
「僕は魔法衛士隊の隊長で終わるつもりはない。いずれは、国を・・・いや、このハルケギニアを動かすような貴族になりたいと思っている」
「で、でも・・・」
「確かに、ずっとほったらかしだった事は謝るよ。婚約者だなんて、言えた義理じゃない事もわかってる。でもルイズ、僕にはきみが必要なんだ」
「ワルド・・・」
 ルイズは悩んだ。昔憧れた人が今目の前でルイズにプロポーズをしている。
 しかし、このワルドは本当にルイズが知っている昔のワルドなのだろうか?
 久しぶりに再会してからというものの、ルイズはワルドとの間には見えない隔たりが存在するかの様に感じ、
 じっと見つめてくるワルドの目は、ルイズの事ではなく、その先にあるものを見据える遠い目をしている様な気がした。
 もしブロントがこの場にいたら、どうしたらいいか教えてくれるだろうか?
 受けるべきなのか?それとも・・・
「あの、その、わたしまだ、あなたに釣り合う様な立派なメイジじゃないし・・・もっともっと修行して・・・」
 ルイズは俯いて、続けた。
「あのねワルド。小さい頃からわたし思っていたの。いつか、皆に認めてもらいたいって。わたしにしか出来ない事を立派に成し遂げて見せて、父上と母上に誉めてもらうんだって」
 ルイズは頭を上げて、ワルドを見つめた。
「まだ、わたし、それができていない」
「・・・きみの心の中には、誰かが住み始めたみたいだね」
「そんなことないの!そんなこと・・・」
 ルイズは慌てて否定した。
「いいさ、僕にはわかる。わかった。取り消そう。今、返事をくれとは急かさないよ。でも、この旅が終わったら、きみの気持ちは、僕に傾かざるえないはずさ」
 ルイズは頷いた。
「それじゃあ、もう寝ようか。疲れただろう」
 ワルドはルイズに近づいて、唇を合わせようとした。
 ルイズの体が一瞬、こわばる。それから、すっとワルドを押し戻した。
「ルイズ?」
「ごめん、でも、なんか、その・・・」
 ルイズはもじもじとした。ワルドは苦笑いを浮かべて、首を振った。
「急がないよ、僕は」
 そう言って、ワルドは部屋の明かりを消して寝床にはいり眠りについた。
 ルイズも自分のベッドに横になると、心の中で自分に疑問を投げかけた。
 昔からずっと憧れていて、ワルドはこんなにも優しく、凛々しいのに、
 この心の中で感じる違和感は何なんだろう・・・
 結婚してくれと言われて、嬉しくないわけじゃないのに、
 それを受ける事を怖がっている自分がいるのはなぜなんだろう・・・


 翌日、ブロントが目を覚ますと、部屋の扉がノックされた。
 ギーシュは夜遅くまでブロントのパーティ戦論を聞かされて、何をされても起きないぞと言わんばかりにグースカ寝ていた。
 ブロントがドアを開けるとそこには羽帽子をかぶったワルドが、ブロントを見上げていた。
 ワルドは、ブロントより頭一個分、背が低かった。
「おはよう、使い魔くん」
 特に深い理由はないが、いけ好かないワルドに起こされ、ブロントはむっとした。
「たしかに起こすのは勝手だが、それなりの起こし方があるでしょう?こんな朝早くに起こされて俺の寿命がストレスでマッハなんだが・・・」
 ブロントがそう言うと、ワルドは苦笑いした。
「きみは伝説の使い魔『ガンダールヴ』なんだろう?」
「俺がどうやってガんダルブだって証拠だよ」
 ワルドは誤魔化すように、首をかしげて言った。
「・・・その、あれだ。ルイズが随分ときみを頼りにしているみたいなので、昨日グリフォンの上で、ルイズに聞いたが、何でも伝説の使い魔『ガンダールヴ』だそうだね」
「言っとくけど俺はブロントであってガんダルブじゃないから。あまりしつこいとバラバラに引き裂くぞ」
 ワルドはにやりとした。
「ならば丁度良い。僕は歴史とツワモノに興味があってね。その『ガンダールヴ』がどのぐらいの力があるものだか、知りたいんだ。ちょっと手合わせを願いたい」
「手合わせ?」
「つまり、これさ」
 ワルドは腰に差した細剣の様な形をした杖を引き抜いた。
「互いにかなぐり捨てンのか?」
「そのとおり。純粋に互いの技を比べようじゃないか」
「俺はそれでいいんだが、どこでやるんだ?」
「この宿は昔、アルビオンからの侵攻に備えるための砦だったんだよ。中庭に錬兵所があるんだ、そこでやろう」

 ブロントとワルドはかつて貴族達がよく決闘をしたと言われる錬兵所で、二十歩ほど離れて向かい合っていた。
 錬兵所は、今ではただの物置き場となっている。そこら中に樽や空き箱が積まれている。
 ブロントは左手の盾をしまい、右手でデルフリンガーの柄を握った。
「相棒、盾はつかわねえのかよ?」
「盾を持っていない奴に合わせてフェアで行くのが大人の醍醐味」
 そういってブロントはデルフリンガーの刃を返して握りなおす。
 ワルドは腰から、杖を引き抜いた。フェンシングの構えのように、それを前方に突き出す。
「俺は手加減できないし、最悪の場合病院に行くことになる」
 ブロントがそう言うと、ワルドは薄く笑った。
「かまわぬ、全力でかかってこい、『ガンダールヴ』」
 ブロントが一足飛びに飛んで、斬りかかった。
 ワルドは杖で、ブロントの剣を受け止めたが、予想以上の衝撃でワルドは体勢を崩す。
「何て馬鹿力だ。まるでオーク鬼の膂力だな」
 ワルドは笑ってみせるが、その額に一筋の汗が流れる。
 魔法衛士隊の黒いマントを翻らせて、ワルドは飛び退り、構えを整えて、ブロントに素早く突いてきた。
 ブロントはデルフリンガーでワルドの突きを一つ一つ丁寧に逸らし、受け流し、そのまま流れを押し返して反撃にでる。
 ワルドは辛うじて杖で剣撃を受け止めるが、ブロントの重い剣撃に腕が耐え切れなくなってきていた。
 ワルドは再び攻撃に転じようとするが、ブロントは各攻撃と同時に、見事な体捌きを披露し、杖が振り抜けぬ位置を取っていた。
「ルーンの力だけじゃないな。平民のくせに、まさかきみ自身が相当戦い慣れているとはな!」
その時、ブロントはデルフリンガーを大きく振りかぶり、打ち下ろして、ワルドの構えを大きく崩した。
「本当につよいやつは強さを口で説明したりはしないからな」
 ブロントはデルフリンガーを肩の位置で溜めて、大きく息を吸った。
「フラットんブレード!」
ブロントはデルフリンガーの腹でワルドの横腹を<フラットブレード>で強打した。
「がっ!!」
 ワルドは肺の中の空気を全て吐き出してしまうと、そのまま壁に持たれかかった。
 息を吸うことに精一杯で、体が言う事を利かない。
 その時、物陰からルイズが飛び出して来た。
「ワルド!中庭に来いって言うから、来てみれば、一体何しているの!?」
「呼んであった介添え人が、ようやく来たようだな。何、彼の実力を、ちょっと試したくなってね」
「もう、そんなバカなことをやめて。今は、そんな事をしている場合じゃないでしょう?」
「そうだね。でも貴族というヤツはやっかいでね。強いか弱いか、それが気になるともう、どうにもならなくなるのさ」
ルイズはブロントの方を見た。
「やめなさい。これは、命令よ?」
ブロントは頷き、ルイズに言われデルフリンガーの切っ先を下ろした。
「ふぅ、では介添え人も揃った事だし、ここから本番と行こうじゃないか。まさか先程ので勝ったと思わないでくれよ?」
ルイズの介入によってじっくりと呼吸を整える事ができたワルドは、再び杖を構える。
「もう勝負ついてるから」
そう言ってブロントは首を横に振る。
「きみも良く知っているはずだ、戦場なら勝負が始まればどちらかが倒れるまでは終わらないってね!」
 ワルドは有無を言わさず突きを繰り出す。ブロントは仕方なくそれらの突きを受け流した。
「デル・イル・ソル・ラ・ウィンデ・・・」
 閃光の様な突きを何度も繰り出しながら、ワルドは低く呟いている。
「おぁ?相棒!こいつ、魔法使うつもりだぜ!」
 デルフリンガーが叫んだ。
 ブロントは咄嗟に杖を警戒して、バックステッポで距離を取った時・・・
 ボンッ!空気が撥ねた。
 <エアーハンマー>の不可視な空気の槌がブロントの横腹に激しく叩きつけられると、そのままブロントは十メイル以上も吹き飛ばされ、積み上げた樽に激突した。
 ガラガラと樽が崩れ落ちる。
「勝負あったな、どうやら先に倒れたのはきみの方だ」
 ブロントは樽に埋もれたのか中々立ち上がってこないので、ルイズは心配した様子でブロントに近づく。
「わかったろうルイズ。メイジじゃない彼ではきみを守る事はできない」
 ワルドが、しんみりした声で言った。
「・・・だって魔法使わない者が、魔法衛士隊隊長の魔法にかなわなくて当たり前じゃないの!」
「そうだね。でも、アルビオンに行っても敵を選ぶつもりかい?メイジに襲われたとき、きみはこう言うつもりかい?わたしたちは魔法が使えないから、杖を収めてくださいって」
「そ、それは・・・」
 ルイズは黙ってしまった。それから、樽に埋もれたままのブロントをじっと見つめる。
 ブロントを助けてやろうとしたら、ワルドに促された。
「行こう、ルイズ。彼なら大丈夫さ」
 ワルドはルイズの腕を掴んだ。
「でも・・・・・・」
 心配するルイズに答えるようにブロントが樽から手を突き出して『俺は大丈夫だ』とばかりに振ってみせる。
「ほらね、行こう」
 ルイズは、躊躇うように唇をかんだが、ワルドに引っ張られて去っていった。
 中庭から二人の気配が消えた事を確認すると、ブロントは樽から跳ね起きた。
 ブロントは<エアーハンマー>で吹き飛ばされた時、耳にかかっていたプリズムパウダーまでもが落ちたので、それを隠すために樽に埋もれたままでいた。
 デルフリンガーが呟いた。
「何かすっきりしねえ勝負だったな・・・」
 ブロントは無言でカバンからプリズム・パウダーの壜を取り出すと、それを耳に塗りなおしていた。
「あの感じだと、あいつは相当な魔法の使い手だな。スクウェアクラスかもしらんね。普通に戦ったって強いはずなんだがよ・・・」
 プリズム・パウダーが使い切られた壜がブロントの手の中でピキッと音を立てる。
 ブロントが歯噛みしながら小さく呟く。

「・・・・・・きたない」





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最終更新:2009年08月13日 20:21
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