ブロントと
ワルドが手合わせをしたその日の夜・・・・・・
ブロントは一人、部屋のベランダで重なり合う月を眺めていた。
一階の酒場ではギーシュ達が酒を飲んで騒ぎまくっている。
明日はいよいよアルビオンに渡る日だということで、大いに盛り上がっているらしい。
キュルケが誘いにきたが、一つとなった月を眺めていたい、と言ってブロントは断った。
ブロントが夜空を見上げると、赤い月が白い月の後ろに隠れ、一つだけになった月が白く輝いている。
冒険者であるブロントにとって、白く輝く満月の時は特別な事が起きるというジンクスがあった。
もっとも、毎夜満ちた月が二つも浮かぶハルケギニアでは、そのありがたみも薄かったが、
赤き月を守るように威風堂々と輝く白き月に、何か親近感が湧いていたのかもしれない。
そんな事を思いながらぼんやりと月を眺めていると、後ろから声をかけられた。
「ブロント」
振り向くと、
ルイズが立っていた。
「朝の怪我、大丈夫?」
「それほどでもない。軽くぶつけただけなんだが」
「その、ごめん。わたしが勝負の途中でブロントに止めるように命令したから・・・」
「俺はあんな事を気にするような底の浅い人間ではない」
「・・・そう」
ルイズはブロントを真似て、ベランダの縁に寄りかかって一緒に月を眺めた。
「・・・ねぇ、そ、その・・・」
ルイズは何か言い難そうで、言葉に詰まった。
ブロントは何も言わず、しばしの沈黙が続いた。
「・・・ワルドに結婚申し込まれちゃったんだけど・・・」
「婚約者がそうするのは至極当然」
「うん・・・そうだよね。わたしどうしたらいいと思う?受けたほうがいいかな?」
ブロントは鎧をガチャリを鳴らしてルイズに体を向ける。
「お前それで良いのか?」
「・・・よくわからないわ。ブロントはワルドの事どう思う?」
「奴は少し汚いが、それはお前の気を惹くために必死な証拠。だが会ったばかりの俺が言う事じゃにい」
「そっか・・・ワルドの事は昔から憧れていたし、強いし、わたしよりもずっと凄いメイジだわ。そんな人がわたしみたいな『ゼロ』でも必要だと言ってくれている、でも・・・」
「お前は今の自分の殻をやぶり新しい一歩を踏み出すのが恐いのか?」
「そうかもしれない・・・結婚してしまうと、今わたしの側にいる人達がいなくなってしまいそうで、怖いわ。自分が知らない所へと足を踏み入れるって、こんなにも不安になるものなのかしら。冒険者っていつもこんな不安に立ち向かっているなんて、凄いね」
「それほどでもない」
ブロントは強がるでもなく、さも当たり前な口調で言う。
「あんたのその精神の強さにはちょっと憧れるわ。・・・ねえ、ブロント。もしも、これはあくまで、もしもの事だからね。もしもわたしがワルドと結婚しても、ブロントはわたしの側からいなくなったりしない?」
ブロントは目の前のルイズの事を見つめ、しっかりとした口調で言う。
「俺は真のナイトなんだが、ただ使い魔だから仕方なく守っているんじゃない。守りたいと思って守ってしまう者がナイト。この俺がお前の側を離れる事を知らない」
「ありがと、ブロント」
ルイズはブロントの力強い言葉を聞いて、何かとても安心した。
ルイズは皆がいる酒場へと歩き出そうとしていた。
その時・・・・・。
「おいィ!」
ブロントが叫んだ。ルイズは振り向いた。
先程まで輝いていた月が巨大な何かに隠れて見えない。
月明かりをバックに、巨大な影の輪郭が動いた。ルイズは目をこらしてよく見ると、
その巨大な影は、岩で出来たゴーレムだった。
そのゴーレムの肩に、長い髪をたなびかせた人物が座っていた。
「フーケ!?」
ルイズが怒鳴った。肩に座った人物が、嬉しそうな声で言った。
「感激だねえ、覚えててくれたのかい。いい雰囲気の所を邪魔しちまったようだね」
「あんた、牢屋に入っていたんじゃなかったの!」
「そこも静かでいい所だったんだけど、おせっかいな人がいてね。素敵なバカンスに招待してくれたお友達に会いたいだろうって、出してくれたのさ」
フーケは茶化した。暗くて良く見えなかったが、フーケの隣に黒マントを着た貴族が立っている。
その貴族がフーケを脱獄させたのだろうか?
白い仮面を被っているので、顔がわからないが、男のようだった。
「真っ向正面からってのは、あたいの趣味じゃないけど。そういう注文だから仕方ないさ!」
フーケの巨大ゴーレムの拳がうなり、ベランダの手すりに打ち下ろした。
岩でできたゴーレムは、硬い一枚岩から削りだした手すりを難なく破壊する。
「ここらは硬い良い岩しかないからね。この前みたいな軟らかい土のゴーレムで相手できなくて、本当に残念よ!」
フーケがたっぷりと皮肉って見せる。ゴーレムの第二の拳が振り下ろされるよりも早く、ブロントはルイズを抱きかかえると、駆け出した。
部屋を抜け、一階へと階段を駆け下りた。
下りた先の一階も、修羅場だった。玄関から現れた傭兵の一隊が酒場で飲んでいたギーシュ達を襲ったらしい。
ギーシュ達はテーブルを横に立てて、それを盾にして、ギーシュ、キュルケ、
タバサにワルドは魔法で応戦しているが、
ラ・ロシェール中の傭兵が集まっているのか多勢に無勢で手に負えないようだ。
傭兵達もメイジとの戦いに慣れているのか、暗闇を背にして魔法の射程の外から矢を射かけてきた。
時間がかかる強めの魔法を唱えようと立ち上がろうものなら、矢の餌食となるだろう。
ブロントはテーブルを盾にしたギーシュ達の下に、ルイズを抱えたまま、駆け寄って滑り込む。
「あら、ブロントさん。気が変わって騒ぎに参加しに来てくれたのかしら?でも、残念ながらお酒はテーブルと一緒にひっくり返しちゃってもうないわよ。文句があったら無粋なやつらに言ってね」
キュルケはブロントの姿を見て安心したのか、冗談の一つをも言ってみせた。
「それにしても参ったね」
ワルドの言葉にキュルケが頷く。
「この前の連中は、ただの物盗りじゃなかったわね」
「捕まった筈のフーケがいるって事は、アルビオンの貴族派が関与している可能性が高いな」
吹きさらしの先にはフーケのゴーレムの足が見えていた。
キュルケは杖を弄りながら呟いた。
「・・・やつらはちびちびとこちらの精神力を消耗させて、魔法が使えなくなったら突撃してくるつもりね、さて、どうしたものかしら」
ワルドが手を挙げ一行の注目を集める。
「いいか諸君、このような任務は、半数が目的地にたどり着けば、成功とされる」
こんな時でも優雅に本をひろげていたタバサが本を閉じて、ワルドの方を向いた。
自分と、キュルケと、ギーシュを杖で指して「囮」と呟いた。
それからタバサは、ワルドとルイズとブロントを指して「桟橋へ」と呟いた。
「いつ行動に出る?」
ワルドがタバサに尋ねた。
「今すぐ」
とタバサは呟いた。
「聞いてのとおりだ。裏口に回るぞ」
「え?え?ええ!」
ルイズが驚いた声をあげた。
「今から彼女達が敵をひきつける。せいぜい派手に暴れて、目立ってもらう。その隙に、僕らは裏口から出て桟橋に向かう。以上だ」
ルイズはブロントの顔を見た。ブロントは何も言わずに頷く。
「わかったわ。ツェルプストー、こんな所つまらない所で死ぬんじゃないわよ」
「あんたもね、ヴァリエール。そのアルビオンの用事とやらを済ませたら今度こそあの時の決着をつけさせてもらうわ。さ、早く行きなさいな」
キュルケはパシッっとルイズの背中を叩いて行くようにと促す。
「うむむ、ここは何を出すべきなのか。『矛役』で一気にたたみかけるか。いや、ゴーレムが持たないか?どうなのかな」
ギーシュはブロントに教えてもらった事をあれやこれやと思い出して、どうするべきか悩んで、緊張で手が震えていた。
それに去り際のブロントが気づき、足を止めてギーシュに言葉をかける。
「ここは攻撃を二人に任せてしまうのがパーティリーダーの醍醐味。お前ははしっこから目立つ『戦士』でも出すんだな」
「・・・つまり囮役である僕達が動くための更に囮になるゴーレムを作れ、て事かい?」
ブロントは鎧をガチャと鳴らしながら頷き、カバンから壜を取り出すとそれをギーシュに渡した。
「これをおごってやろう」
「な、なんだいこれは?」
壜には危険物を示すものなのか、赤い異国の文字の注意書きが書かれていた。
ギーシュは蓋の上から嗅いで見ると、文字通りにきな臭かった。
「こ、これはまさか!」
ブロントはポンポンとギーシュの肩を叩いて、にやりとして見せた。
「汚い『忍者』にぶち込んで使うのが一般的に常識」
ブロントはそういい残すと、ルイズの後を追った。
矢がひゅんひゅんと飛んできたが、ブロントがそれらを全部盾で叩き落とした。
酒場から厨房に出て、ルイズ達が通用口にたどり着くと、酒場の方から耳を劈くような派手な爆発音が聞こえてきた。
「うまく、目立ってくれているようだな」
ワルドは出口のドアに身を寄せ、外の様子を探った。
「誰もいないようだ。よし、桟橋はこっちだ」
ワルドが先頭をゆく。ルイズが続き、ブロントがしんがりを受け持った。
そうして三人はラ・ロシェールの街へと躍り出た。
裏口の方へルイズ達が向かった事を確かめると、ギーシュはキュルケを呼び止めた。
「僕がゴーレムでやつらの注意を惹いて、魔法を詠唱するための隙を作る」
ギーシュはテーブルの影で造花の杖を振ってゴーレムを生成した。手には目立つ肉厚な刃を持つ大きな斧、
体の要所には厚い装甲が、だが敏捷性を損なわれぬよう、間接部は剥き出しの帯鎧姿をしたゴーレムを三体だ。
「ねえ、ギーシュ。ゴーレムで囮はいい考えだけど、流石にあの数を一気に蹴散らすにはあたしの炎だけじゃ追いつかないわよ。油か何かでまとめて燃やせればいいのだけど」
キュルケの言葉に何か閃いたのか、タバサがギーシュの袖を引っ張る。
「なんだね?」
「薔薇」
ギーシュが持った造花の杖を指差し、それを振る仕草をタバサはしてみせた。
「花びら。たくさん」
「花びら?」
タバサはポツリとギーシュに命じた。
「錬金」
「ああ、なるほど、そういうことか!」
ギーシュは造花の薔薇を振ると、大量の赤い薔薇の花びらが宙を舞い、それを生成したゴーレムに纏わせた。
ゴーレムの鎧に赤いアクセントがついて、まさに<ウォリアー>と呼ぶに相応しい姿になった。
「では、行くぞ!」
テーブルの影から巨大な斧を持ったウォリアーの三体が飛び出る。
それぞれが傭兵達に向かって駆けながら、派手に斧を振り回して、辺りに赤い花びらを散らす。
傭兵達も突然、朱色染まるゴーレムが三体も登場した事にたじろぎながらも、矢で応戦する。
柔らかい青銅に、鋼鉄の鏃が突き刺さるたびに、まるで血が噴出するかの如く花びらが傭兵達に舞い落ちる。
針鼠のように無数の矢が刺さったウォリアー達は、よろめきながらも、己の姿を誇示するかの様に斧を振り回し続ける。
「ギーシュ、それ位で十分よ」
「よし」
ギーシュが杖を振るって<錬金>をかけると、酒場の玄関に散らばった花びらが一斉にぬらっとした油に変化した。キュルケが続けざま杖を構える。
「舞台の飾りつけが出来上がったところで、主演女優の出番よ!」
キュルケは色気たっぷりの仕草で呪文を詠唱し、花が敷き詰められた場所に向かって、杖を振る。
キュルケの魔法で油が引火して、『女神の杵』亭の入り口辺りでギーシュのウォリアーを飲み込むように一気に炎が燃え盛る。
そこへタバサが魔法で風を起こし、立ち上る炎が油にまみれた傭兵達へと燃え移る。
そして炎に巻かれた傭兵達はのた打ち回り、体についた炎を消そうと大騒ぎになった。
巨大ゴーレムの肩の上、フーケは舌打ちをした。
隣に立った仮面の貴族にフーケは呟いた。
「金で集まった程度の連中は互いに連携がとれなくて使えないねえ。騒いでいるだけじゃ、下手に炎を広げちまうってのにさ」
「あれでよい」
「あれじゃあ、あいつらをやっつけることなんかできないじゃないさ。それともあんたは人が焼けるところを見る趣味でもあるのかい?」
「さあな、炎も悪くは無いかもしれないな」
マントの男は笑ってみせる。
それを聞いてフーケは顔をしかめる。
「とにかく、傭兵どもが奴らを倒さずとも、かまわぬ。奴らを分散さえできれば、もう傭兵どもは用済みだ。むしろここで数が減った方が払う金貨が少なく済んで良いだろう?」
「・・・盗人だったあたいが言える口じゃないけどさ、あんた、やり方汚いよ」
「綺麗事でだけで大儀が成せるものなら見てみたいものだね」
仮面の男が耳を澄ますようにして立ち上がると、フーケに告げた。
「よし、俺はラ・ヴァリエールの娘を追う」
「あたいはどうすんのさ」
フーケは呆れた声で言った。
「好きにしろ。残った連中は煮ようが焼こうが、お前の勝手だ。合流は例の酒場で」
男はひらりとゴーレムの肩から飛び降りると、暗闇に消えた。
「何が『合流は例の酒場で』だ、一銭にもならないというのに、いけ好かない貴族連中に付き合う程、あたいも酔狂じゃないさ」
フーケは苦々しげに呟いた。
「適当にあしらったら、何かうまい方法見つけてずらかるとするかね」
下で男達の悲鳴があがる。炎にあぶりだされた傭兵達がゴーレムの足元で転げまわる。
赤々と燃える炎と夜に響き渡る悲鳴がフーケを苛立たせる。
「ええいもう!ったく、頼りにならない連中ね!」
フーケは地面の岩を<錬金>で土にすると、それをゴーレムで掴み、炎が点いてのた打ち回る傭兵達に土を投げ、被せた。
フーケは下に向かって怒鳴った。
「潰されたくなきゃ、どいてな!」
ゴーレムがずしん!と地響きを立てて、入り口に近づく。
拳を振り上げて、入り口にそれを叩きつけた。
酒場の中からキュルケとタバサは炎を操り、傭兵達を外へと追い出していた。
「見た?わかった?あたし達の炎の威力を!火傷したくなかったらおうちにお帰りなさいよね!おっほっほ!」
キュルケは勝ち誇って、笑い声を上げた。
「君は実に楽しそうだね、まだフーケのゴーレムがいるって言うのに」
ギーシュはテーブルの影から立ち上がった時、
轟音と共に、建物の入り口がなくなった。
「あっちゃあ、前の時もきつかったのに、今度は岩のゴーレムだなんてね」
キュルケは舌をペロッと突き出す。
「なんだい、あの白い使い魔はいないのかい?あの時の礼が返せないなんて残念ね。まああんた達で我慢してやるさ、かかってきな!」
フーケは巨大ゴーレムの腕を振らせ、宿の入り口の残骸をベキベキと音を立てながら薙ぎ払う。
「どうする?岩でできていて何か前よりも頑丈そうだけど」
キュルケはタバサの方を見た。
タバサは、両手を広げると、首を振った。
「スペル・チェインが無いと無理」
そう呟いて、タバサはギーシュの方を見た。
「え?僕かい?そう言われても、昨日教えられたもので、ぼくらでできる連携なんてあったかなあ」
その時ギーシュは手に持っていた壜の事を思い出した。
「待てよ、これを使えば・・・ふむ、二人とも、聞いてくれ」
ギーシュはキュルケとタバサに連携の手順を簡潔に伝えた。
「あたしはそれぐらいの魔法を唱える力はまだ残っているけど、一番動いてもらう事になるタバサはどうかしら、行ける?」
タバサはこくりと頷く。
「そ、じゃ、ギーシュ合図頼んだわよ」
「わかっているさ!」
ギーシュは杖を振り、新たに三体のゴーレムを生成する。
先程の『ウォリアー』型とは違い、片刃の短い短剣を二刀とも逆手に持ち、動き易さを考慮に入れ、非常に軽装な姿をしていた。
敢えて酸化させたのか、青銅の表面は暗く黒ずんでいて、まるで闇に溶け込む暗殺者のようだった。
「『ニンジャ』と言って、汚れ仕事をする者達がブロントさんの国ではいるらしいが。とにかく、こいつにこの物騒なものを持って貰うとするよ」
ギーシュは生成した『ニンジャ』の一体にブロントから渡された壜を埋め込んだ。
「よし!いくぞ!」
ギーシュが号令をかけると、三体のニンジャは時間差をおいて一体ずつフーケのゴーレムへと向かって行く。
それと同時にキュルケが牽制用の小さな炎の玉をフーケ向けてばら撒く。
タバサはすでに杖を構えていて、呪文を唱えていた。
「ラグーズ・ウォータル・デル・ウィンデ」
タバサは氷の粒を帯びた竜巻の魔法<アイス・ストーム>を巨大ゴーレムの足に纏わりつかせ、じわじわと岩の表面を凍らせていく。
フーケはキュルケの炎の玉を払いながら、闇に紛れて巨大ゴーレムに飛び移ろうと跳ね回るギーシュのニンジャに目を光らせた。
「へえ、氷でゴーレムの足を鈍らせ、炎であたいの注意を逸らし、その間ゴーレムで本体を直接狙うだなんて。学院のお子ちゃまにしちゃいい作戦を思いついたものね」
経験の乏しい子供のメイジ達だとばかり思っていたフーケは素直に感心する。
「だけど、トライアングルの土メイジにとっちゃ、ゴーレムの位置なんて目を隠したって判るもんさ!」
フーケは自分のゴーレムの右腕に取り付いたニンジャを左の拳で叩き潰し、
背中に飛び移ろうとしたもう一体のニンジャを錬金でただの土に変える。
「後はこの足元の一体を踏み潰せば、あんたらのせっかく考えた作戦も詰んじまうね」
フーケは巨大ゴーレムの足を上げよう、と思ったが、がくんと揺れ巨大ゴーレムがバランスを崩す。
フーケの予想以上にタバサの<アイス・ストーム>の冷気が強く、
巨大ゴーレムの右足の稼働部はもうすでにガチガチに凍りつき、『硬化』していた。
「キュルケ!今だ!僕のゴーレムを!」
「行くわよ!」
ギーシュの合図を受けて、キュルケが残る最後の一体のニンジャに向けて炎の玉を放つ。
巨大ゴーレムの凍りついた足から数メイル離れた位置でキュルケの炎を受けたニンジャは燃え盛るも一瞬、仕込まれた「発火薬」に引火し、眩い閃光に包まれる。
スガーーン!
耳を劈く音を立ててぶつかりあう青銅の破片が飛び散り、爆音を辺りに轟かせ、周りの空気をびりびりと震わせ、『振動』させる。
「何てもの仕込ませてるんだい!おっとと・・・」
突然の爆音に耳を痛めたせいでふらついたとフーケは思っていた。
しかし、巨大ゴーレムの肩にしっかり掴まっても、フーケの視界が下がってゆく。
なんと、フーケの岩でできたゴーレムの両足が崩れていた。
冷気で固められ硬化したゴーレムの足が、震える音の振動によって波紋状にひびが入り、バキバキと音を立てながら、『分解』していた。
「ちっ、なんて見事な連携だい・・・・・・」
フーケは舌打ち、苦々しく呟く。
巨大ゴーレムの上半身を何とか動かし、倒れぬように両腕で体を支える。
「風を!」
ギーシュの合図を基にタバサは杖を振る。
放たれた風の刃<エアー・カッター>が凍りつき、分解してゆくゴーレムの足を掠めるように駆け抜けた。
<エアーカッター>に伴う風により、凍りついた部分が冷やされ、分解の速度を更に加速させた。
そして、勢いを失わず、風の刃が巨大ゴーレムの胴体へと食い込み、『切断』により切れ目をいれる。
「キュルケ!最後に決めてくれよ!」
「ええ!フィナーレはあたしで飾らせてもらうわ!」
キュルケはすでに詠唱を済ませたトライアングルクラスの炎のスペルを杖を振って放つ。
灼熱の業火球がフーケとそのゴーレムを襲う。
「やれやれ、ガキだと思ってあたいが舐めすぎていたようね。ま、ここまで素敵な演出をしてくれたんだ、この『フーケ』、ここで潔く幕を閉じるとするさ」
フーケはため息を吐き、杖を握る。
そして、そのままキュルケの炎に包まれる。
巨大ゴーレムの胴体についた『切断』の切れ目にも容赦なく炎が流れ込み、内側と外側から熱せられた岩肌のゴーレムは燃え盛る炎の中、赤くドロドロに『溶解』していく。
「これで流石にあの盗賊のフーケも終わりね」
キュルケはゴーレムと共に燃え盛る人影を少し寂しそうに見つめて呟いた。
「あのフーケに勝ったて言うのに、何か浮かないようだね?」
ギーシュが不思議そうに尋ねる。
「盛り上がる舞台も終わってしまえば寂しいものよ。それに戦での人の死と言うものは知ってはいるつもりだけど、やっぱり慣れるものじゃないわ」
「そうだな、それはぼくも同感だ。それよりこの場から離れてどっかに潜んで休もう」
「ええ、気持ちとしては早くブロントさん達を追いたいけど、あたしはもう灯りをつけるための精神力すら残って無いわ。タバサはどう?」
タバサは首を横に振る。三人共に魔法を消耗しきったらしい。
「流石に迷惑をかけたこの宿に泊まるわけにはいかないわよね。あーあ、安宿のベッドで寝るなんて肌が荒れて困るわ」
三人は燃え盛るゴーレムを後にし、騒ぎが届いてない宿を探しに夜更けのラ・ロシェールへと躍り出た。
その頃、ルイズ達は桟橋へと走った。とある建物の間の階段にワルドは駆け込むと、そこを上り始めた。
長い階段を上ると、丘の上に出た。現れた光景を見てブロントは一種の既視感を覚えた。
そこには巨大な大樹が聳え立っていた。
ヴァナ・ディールのウィンダス連邦国を象徴する星の大樹のように、
丘の上に立つ建造物を飲み込むように根を張り、夜空の彼方までその頂上は伸びていた。
そして四方八方に伸ばしている枝にブロントが良く知る飛行船の様な形状をしたものが幾つかぶら下がっている。
先を行くワルドが大樹の根元へと駆け寄ると、中はブロントが知る星の大樹のように人が通るほどの空洞が設けられていた。
中には無数の階段が設けられていて、それぞれが大樹の枝一本一本へと繋がっている様だった。
ワルドが目当ての階段を見つけると、一行は駆け上った。
そして途中の踊り場で、何者かが上から舞い降りた。
白い仮面を被った男が不敵な笑みを浮かべながらルイズとブロントの間に立ちはだかる。
ブロントは仮面の男に言葉を発せさせる間も無くデルフリンガーを抜き放つが、仮面の男は剣の間合いの外へと身を翻して距離を取る。
「ルイズ!こっちへ!」
先頭に位置していたワルドが杖を構え、ルイズを呼び寄せる。
ブロントは階段を小飛びに駆け上がり、距離を詰めるが、仮面の男は<フライ>の魔法を使ってそれよりも早くブロントから一定の距離を保つ。
仮面の男が階段の不安定な手すりに器用に立つと、杖を振った。
その瞬間、辺りの空気が冷え始め、男の頭上には小さな雲ができあがっていた。
「相棒!やばい、紫電の雲(ライトニング・クラウド)だ!」
デルフリンガーが叫ぶと同時にブロントは反射的に盾を構えた。
ばつん!と閃光を光らせ、男の頭上から眩い数条の雷光がブロントを目掛けてほとばしる。
金属製の盾が襲い来る稲妻を引き寄せ、バチバチと音を立てる。
しかし、電撃の勢いは止まらず、そのままブロントの左手へと流れ込む。
「おいィイイイ!?」
左腕に電流が走り、ブロントの腕が痺れ、盾とデルフフリンガーを落としてしまう。
帯電した盾がバリバリと音を立てながら分解し始め、元の金属ごとにバラバラに階段下へと音を響かせながら転がっていく。
「いい加減にしろよてめーぶっ殺すぞ!」
普段寛大なブロントが鬼の様な形相になって吼える。
仮面の男は軽く笑うと、落ちたデルフリンガーに向けて風の魔法を放ち、ブロントから遠ざける。
仮面の男はブロントが剣を拾いに行くとばかり思っていたが、その予想を裏切り、ブロントは男に跳び寄り、素手で仮面の男の襟を右手で掴む。
「おい・・・盾が壊れたんだわ・・・修理代払ってもらおうか?」
掴まれた男は慌てた様子も見せず、また新たに呪文を詠唱し始めた。
「ヨミヨミですよ?お前の作戦は」
とスキだらけの相手にブロントは電撃がまだほとばしる雷属性の左を男に叩き込む、
「ギガトンパンチ!!」
ブロントの左手が男のアゴを捕らえ、砕く。
だが、打ち込んだはずの拳が突き抜けるような手ごたえを残して、
仮面の男は煙のように消し飛んだ。
「おでれーた!<ライトニング・クラウド>だけじゃなく、分身を作り出す<偏在>まで使う『風』系統のメイジかよ!どっちも高度な魔法だぜ、こいつはとんでもねぇ使い手に狙われたもんだな!」
階段の端っこに転がるデルフリンガーが叫ぶ。
「ブロント!」
「大丈夫かい、使い魔くん?」
ルイズとワルドが階段の上から駆け寄る。
ブロントは左手からパチパチと火花を放つ左手でデルフリンガーを拾い上げる。
「お、おい、相棒!ちょっと待った、俺に触る―お、何だこりゃ?まさか今ので雷をその左手のルーンに宿らせたのか?おめ、魔法拳だなんて随分とおもしろそうな事してんな」
ワルドがブロントの様子を不思議そうに確かめる。
「しかし、<ライトニング・クラウド>は、本来なら、命を奪うほどの呪文だぞ・・・盾だけですむなんて、よくわからんが、『ガンダールヴ』のルーンにはそんな力もあるのか」
ブロントは黙って唇をぎりっと噛みながら、階段下に散らばった盾の金属片を拾い集める。
「こいつあ見事に分解されちまったな。あーあ、いい盾だったのによ。だから相棒、前に言っただろ、金はかかるけど<固定化>の魔法をかけてもらっとけってー」
ブロントはデルフリンガーを鞘に納め黙らせた。
散らばった盾の破片をカバンの仕舞うと、ブロントはぼそりと呟いた。
「恥知らずな風使いががいた・・・」
左手をググッっと握り締めるとバチッと火花を放つ。
「さあ、先を急ごう!先程のが<偏在>であればまたいつ襲ってくるかわからないからな」
ワルドはルイズの手を握り、階段を駆け上っていく。
三人が一本の枝の先にたどり着くと、そこには一艘のフネが停泊していた。
突然ワルド達が現れたことに、甲板で寝転んでいた船員が起き上がった。
「な、なんでぇ?おめえら?」
「船長を呼べ」
ワルドは、すらりと杖を引き抜いた。
「き、貴族!ちょ、ちょっと待ってな」
船員がすっ飛んで船長を呼びにいった。
しばらくして、船長であると示す帽子を被った初老の男を連れ戻ってくる。
「こんな夜更けになんの御用ですかい?」
「アルビオンへ、今すぐ出航してもらう」
「そいつは無茶だ、アルビオンがここラ・ロシェールに最も近づくのは明日の朝だ。今出航したって積み込んである風石が足りませんや!今出航しても地面に墜落するだけさ」
「風石が足りぬ分は、僕が魔法で補う。僕は『風』のスクウェアだ」
船長はしばらく船員と顔を見合わせた。それからワルドの方を向いて頷く。
「ならば結構ですが、こっちも寝ていた所を起こされてまだ寝ぼけているんでね。こう、黄金に光るものを見せて貰えば野郎どももしゃっきりと目が覚めると思うんだが・・・」
船長はこすずるそうな笑顔を浮かべて、指を摘んで摺り寄せて見せる。
「いいだろう、積荷の運賃と同額を出そう」
商談が成立したので、船長は矢継ぎ早に命令を下した。
「ようし!野郎ども!出航だ!もやいを放て!」
船長の怒号に反応して、長年この船長の下で熟練された船員達は飛び起き、瞬く間の内にフネを繋ぎ止めていたもやい綱を解き放ち、帆を張る。
大樹の枝から解き放たれたフネは一瞬空中に沈んだが、
風石の力により宙に浮かぶ。帆と舷側に付けられた羽が風を受けると、徐々にフネはアルビオンに向けて前進する。
ワルド達がアルビオンに向けてフネを出航させた頃、
『女神の杵』亭前の焼け焦げた土の中から数十メイル離れた街の物影で、
地面がぼこりと盛り上がり、そこから煤塗れた人物が地面から這い出る。
「ぺっ、ぺっ。これじゃあ『土くれ』じゃなくて『土まみれ』のフーケかね」
キュルケの炎が当たる瞬間、素早く地面に錬金をかけ、掘り起こしたフーケは咄嗟に地面の中に逃げていた。
錬金で掘り返した土を使い炎の熱を防ぎつつ、じっと地面の中から土伝いに外の様子を伺い、キュルケ達が離れた事を確認して地面を錬金で掘り進み、出てきた。
「いくら土のメイジだからって、土竜の真似をする事になるなんてね」
フーケは顔についた土汚れや煤をローブの袖で拭き取っていた。
「だけど、これでめでたくお尋ね者の盗賊フーケは死んだって事にできるんだ。連中には多少感謝しなくちゃね。あの薄気味悪いレコン・キスタとやらも流石に死んだメイジには用は無いだろうさね」
フーケは一人でそう呟き、苦笑いする。
「さて、適当に『土くれのフーケ』が死んだって噂を広めたら、久しぶりにここアルビオンのあの子の所にでも帰ってやるかね」
バサッと煤で汚れたローブをその場に脱ぎ捨てると、フーケは自慢の緑の髪をかきあげて、闇夜の中へと消えていった。
最終更新:2009年08月17日 20:15