ルイズ達が乗り込んだフネは双月の重なる夜空に向けて航行していた。
先程三人が息を切らすまで駆け巡ったラ・ロシェールの明かりが、
闇夜に吸い込まれて行く様に遠ざかっていた。
甲板の上で
ブロントは篭手を外して自分の左手を興味深げに眺めていた。
それをルイズは心配そうに見つめる。
「ねえブロント、傷は大丈夫?」
ルイズが近寄り、ブロントの左手に手を伸ばした。
「触らない方がいい」
ブロントは咄嗟にルイズの手を右手で撥ね除けた。
「な、何よ!心配してあげてるのに!」
自分の使い魔が意外な行動を取ったので、ルイズは頭にくるよりか、内心驚いていた。
「落ち着けって。相棒は別に悪気があった訳じゃねーんだ。実際、今の相棒の左手を迂闊に触らない方がいいぜ」
デルフリンガーはカタカタと鍔を鳴らす。
ルイズはいまいち飲み込めていない様子で首を傾げた。
「ま、見せた方が早いだろな。相棒、ちょっとやってみせろよ」
ブロントはカバンから金貨を一枚取り出すとそれを左手に乗せた。
「こっからよく見とけよ?」
ブロントは鍔を鳴らすデルフリンガーを右手で引き抜いた。
武器を手に持ったことで、ブロントの左手のルーンが反応して光を放つ。
その時、ブロントの左手の金貨がパチン!と音を立てて小さな電流が迸る。
そしてバチバチ!と火花を放つと同時に金貨が真っ二つに割れた。
「と、まあなんだ?使い魔のルーンに雷属性も付いちまった、てとこか?」
ブロントはデルフリンガーを鞘におさめると、手のルーンが消えると共に、
左手から流れ出す雷も収まった。
「何で金貨が割れちゃったの?」
「相棒の雷はさっき打たれた魔法のものよりは弱いんだが、持ったものを分解しちまう。<固定化>の魔法がかかっているものか、俺みたいに『伝説』の域に入る武具じゃないと耐えられねだろな」
ブロントは解説をよく得意気に語るデルフリンガーに任せると、黙って篭手を付け直した。
「それにしてもよ、その雷に耐えられる相棒の篭手はすごいもんだぜ。俺を作った奴みたいにきっとすげえ名工が作ったんだな」
「それほどでもない」
「おい・・・相棒そこは謙虚に行くところじゃないぜ。それじゃまるで俺が―」
デルフリンガーが言葉を言い切る前にブロントが鞘に押し込める。
そんなやり取りをしている二人に船長と話していた
ワルドが寄ってくる。
「明日の昼過ぎには、スカボローの港に到着するそうだ。それと、船長の話では、ニューカッスル付近に陣を配置した王軍は攻囲されて苦戦中のようだ」
ルイズがはっとした顔になった。
「
ウェールズ皇太子は?」
「わからない、まだ死んだと言う噂は聞いてないが」
「とすると、ニューキャッスルの王党派に何とかして接触しないといけないかしら」
「そうだな。反乱軍の包囲を抜けての陣中突破しかあるまいな。まあ、反乱軍も公然とトリステインの貴族に手出しはできんだろう。夜の闇には気をつけないといけないがな」
ルイズは緊張した顔で頷いた。
「そういえば、ワルド。あなたのグリフォンは?」
ワルドは微笑み、口笛を吹くと、フネの下からグリフォンの羽音が聞こえてきた。
そのまま甲板に着陸して、船員達を驚かせた。
そして捕食者の様な目をしたブロントに三回見つめられて、ワルドのグリフォンは背筋に何か冷たいものをひしひしと感じていた。
「おい、どうした?あまり暴れるな」
ワルドはソワソワと動き回る自分のグリフォンを押さえ付けた。
ブロントは舷側に祈る様な形座りこんで、目を深く閉じる。
そこへルイズがやって来て、隣に座る。
「今のうちに休んでおくわ、着いたら起こして」
そう言って、ルイズはすーすーと寝てしまった。
慌しい船員達の声と眩しい光で、ブロントは目を開けて立ち上がる。ブロントに寄りかかって眠っていたルイズが「うあ」と言って倒れる。
「アルビオンが見えたぞ!」
鐘楼の上に立った見張りの船員が、大声を上げた。
「おいィ!?」
ブロントは上を見上げると息をのんで、驚いた。
上空の雲の切れ間から、黒々と大陸が覗いていた。
ブロントはヴァナ・ディールで、上空に浮かぶ人工島のトゥー・リアを訪れた事はあったが、
ヴァナ・ディールのクォン大陸とミンダルシア大陸の両大陸を合わせた程の大きさを誇る浮遊大陸は見た事がなかった。
「あれが浮遊大陸アルビオンよ」
ルイズはぶつけた頭をさすりながらブロントに言った。
「ああやって、空中を浮遊して、主に大洋の上をさ迷っているわ。でも、こうして月に何度か、ハルケギニアの上にやってくる。大きさはトリステインの国土ほどもあるわ。大陸の下半分がいつも白い雲で覆われているから通称『白の国』とも」
その時、鐘楼に上った見張りの船員が、大声をあげた。
「右舷上方の雲中より、フネが接近します!」
ブロントは言われた方を向いた。舷側に開いた穴から大砲が突き出ている黒くタールで塗られたフネが一隻近づいてくる。
ルイズは眉をひそめる。
「いやだわ。反乱勢・・・、貴族派の軍艦かしら」
後甲板で、風の魔法でフネを支えるワルドと並んで操船の指揮をとっていた船長は、船員に怒鳴る。
「おい!あれは一体どこのフネだ!?」
そこへ副長が駆け寄ってきて、青ざめた顔で船長に告げる。
「あの船は旗を掲げておりません!」
船長の顔も、みるみるうちに青ざめる。
「空賊か!」
「間違いありません!内乱の混乱に乗じて、活動が活発になっていると聞き及びますから」
「逃げろ!取り舵いっぱい!」
船長はフネを大きく傾けて、空賊から遠ざけようとした。しかし、機動力に勝る空賊の黒船がぴったりと併走し、脅しの一発を、ルイズ達が乗り込んだフネの針路めがけて放った。
放たれた砲弾はフネの前面擦れ擦れを通り過ぎると、そのまま雲の彼方へ消えていく。
黒船のマストに、停船を求める旗信号があがる。
船長は助けを求めるように、隣に立ったワルドを見つめる。
「魔法はこのフネを浮かべるために打ち止めだよ。あのフネに従うんだな」
船長は苦虫を噛み潰したような顔をして命令した。
「裏帆を打て。停船だ」
ルイズ達が乗るフネの横にぴったりと幅を寄せた空賊のフネの舷側には弓や銃を持った男達が並び、こちらに狙いを定めた。
鉤のついたロープが放たれ、ルイズ達の乗ったフネの舷縁に引っかかる。
手に斧や曲刀などの得物を持った屈強な男達がロープを伝ってやってくる。
ブロントはルイズの前に立ちはだかり、剣に手をかけた状態でじっとその場を見守っていた。
乗り込んできた水兵達だけが相手ならブロント難なく打ちのめせる自信はブロントにあったが、逃げ場の無い上空で何門もの大砲に狙われていては迂闊に手を出す事はできなかった。
それに先程襲ってきた仮面のメイジがいるかもしれない。
それらを相手にしながらルイズを守り通す事は少しばかり難しそうだった。
「ブロント・・・」
ブロントの背中に寄り添うルイズが不安そうに呟く。
乗り込んできた空賊達の中に、派手な格好の空賊が一人いた。
元は白かったらしいが、汗と油で汚れて真っ黒になったシャツの胸をはだけ、
そこから日焼けした胸が覗いている。
ぼさぼさの長い黒髪は、赤い布で乱雑にまとめられ、顔中に無精ひげが生えている。
その左目には黒い眼帯が巻いてあった。
その堂々たる風貌や、周りの空賊の態度から察するにその男が空賊の頭らしい。
「船長はどこでえ」
荒々しい仕草と口調で、辺りを見回す。
「わたしだが」
震えながら、それでも乗組員と乗客の命を預かる船長は己の責務を全うするため手をあげる。
頭はどすどすと船長に歩みより、その頬にぴたぴたと抜いた曲刀で叩く。
「フネの名前と、積荷は?」
「トリステインの『マリー・ガラント』号。積荷は硫黄だ」
空賊たちの間から歓声があがると、頭はにやっと笑い、船長の帽子を取り上げ、自分が被った。
「フネごと全部買った!料金はてめえらの命だ!」
船長が屈辱で震える。それから頭は、甲板に佇むメイジのマントを羽織ったルイズとワルドに気づいた。
「おや、貴族の客まで乗せているのか」
ルイズに近づいた所、二メイルはある白い甲冑をきた大柄の男が間に割り入った。
「こりゃあまた立派な従者だな。だが、もったいないな。お前のかわいい主人には高い身代金がつきそうだが、お前じゃ払うって奴もいねえだろ。どうだ、おれのフネで働かねえか?もっとも向こう五年は甲板磨きだがな!」
空賊の男達は下卑た笑い声をあげた。
ブロントは鼻で笑うと手のひらを広げて首を振った。
「はっ!こいつは驚いた。こんな状況だってのに肝が据わってるぜ。ま、仲間になりたくねえって言うのなら無理にはいわねえさ。せいぜいお前の主人ともに買い取ってくれる殊勝な奴が現れる事を祈っておくんだな!」
頭は大声で笑った。そしてルイズ達を指差して言った。
「てめえら。こいつらも運びな。身代金がたんまり貰えるだろうぜ」
空賊のフネに捕らえられたルイズ達は、船倉に閉じ込められた。
ブロントはデルフリンガーを取り上げられ、ワルドとルイズは杖を取り上げられた。
杖がなくては簡単な魔法すら唱えられないので、鍵をかけられただけでワルドとルイズは手足が出なくなってしまった。
もっとも、ブロントなら扉を素手で打ち壊せるのかもしれないが、
その先逃げ道の無い空を浮かぶ空賊のフネの中で暴れても仕方がなかったので、
ブロントは陸地に着くまでは大人しくしているつもりらしい。
閉じ込められた船倉は弾薬庫として使われているのか、火薬樽やら束ねた火縄やら、酒樽に詰まった火打石が雑然と置かれている。
重そうな砲弾が、部屋の隅にうず高く積まれている。
ルイズは船倉の隅に腰掛けた時、ついふとした気の緩みからか、お腹をかわいく、くーと鳴らした。
「・・・ッ!いや、これは・・・その!」
ルイズがあたふたと慌てる。
「そういえば、ラ・ロシェールからろくに何も食べて無いな。贅沢は言わないが、連中が人質に食事をだすぐらいの常識を持ち合わせてくれている事を願いたいな」
ワルドも一晩中フネを魔法で支える事に精神力を使い果たし、空腹感を感じていた。
「こういう時の食事は塩漬けの干し肉を戻しただけの水に近いスープと相場は決まっているがね」
ワルドは苦笑いをする。
その二人の様子を見ていたブロントは、何か思いついたのか、
船倉の酒樽から火打石を拾いあげて、一つ一つ手にとって見る。
ブロントは形が比較的均等で丸いものを見つけると、軽く指で擦って磨き
船倉の扉を叩いた。
「なんだ?」
扉の向こうから看守が尋ねてくる。
ワルドとルイズはじっとブロントの様子を黙って見つめている
「水と鍋を貸して欲しいのだが。あと火があれば『石のスープ』作るんだが」
「腹が減ったんで石でも煮て食うってか?こいつはまた変わった貴族様を捕まえちまったようだな!心配すんな、そのうちスープの一杯でもでるだろうよ」
ガハハハと扉の向こうから看守の笑い声が響く。
「お前、水で煮るだけでうまいスープが作れるという石を知らないのかよ?」
「そんなマジックアイテム、聞いた事無いね」
「俺のいたロバん・アカイエの料理なんだが。その味を知らないなんて、勿体無い実にもったいないな」
「何!?ロバ・アル・カリイエからのマジックアイテムだと!?」
煮るだけでスープを作れるマジックアイテムと聞き、好奇心がむくむくと湧いたのか、看守が話しに食いついてくる。
「・・・・・・今日の担当は飯がまずいウェッジの野郎だったけな。奴のスープ飲まされるぐらいなら・・・ちょっと待ってろ」
仲間に相談しに言ったのか、看守はその場を離れた。
「ブロント、一体?変な事するつもりじゃないでしょうね?」
ルイズが不安そうに尋ねる。
「俺はただスープを作りたいだけなんだが」
「そ、そう」
数分後、船倉の扉の前で複数の足音がばたばたとして、扉が開く。
そこには曲刀をぎらつかせた男達が立っていた。
バンダナを目深に被った痩せぎすの男がブロントを指差す。
「火薬が置かれているそこに火を持って来ることはできねえ。だからそこの男、そのマジックアイテムを持って俺らについてきな。変な真似したら切り刻んで空から投げ捨てるからな」
そうしてブロントは空賊の男達にフネの厨房まで連れて行かれる。
再び扉の鍵を閉められて船倉に残されたルイズとワルドは顔を見合わせる。
「君の使い魔、大丈夫かな」
「え、ええ。大丈夫よ・・・多分」
ルイズは胸に下げたリンクパールを指でさする。
フネの厨房は狭く、三、四人も入れば身動きが出来ないほどの大きさだった。
そこには小さな釜戸が設けられていて、換気用の小さな窓が取り付けられているが、
中は蒸すように暑い。
棚の上には大鍋やら皿が乱雑に積んである。
「おい、ウェッジ!連れてきたぜ、こいつに『石のスープ』とやら作らせな!」
痩せぎすの看守の男はブロントの背中をバンバンと叩くと、他の仲間とともに厨房の外でまった。
「煮るだけでスープが作れる石がそれか?見た目はただの石みてえだな。おもしれえ、この鍋に水を沸かせてあるからやってみな」
厨房の中で汗を流している太った男がブロントに大鍋の前の場所をゆずった。
ブロントは手にした火打石を大鍋にぼちゃんと落とすと、そのままぐつぐつと煮立てた。
ブロントはゆっくりと鍋をかき回して、水のスープを匙で掬ってみせる。
「そろそろいい頃なんだが。味を見るべき」
「おい、その石が毒かもしれねえだろ。てめえで味をみな」
そう言われてブロントは自分でそれを煤って味見してみせる。
「これで中々うまいんだが。少し塩を入れるともっと旨くなるのは確定的明らか」
「塩か?ああ、サン・マロンの輸送船からとったものがまだ確かここらに少しあったな・・・」
太った男が厨房の棚を漁ると、そこから岩塩の一欠けらを取り出しブロントに渡した。
ブロントは岩塩を鍋に落とすと、ゆっくりとかき混ぜた。
「どうだ? 良くなったか?」
太った男は興味津々に鍋の中を覗き込む。
ブロントはまた匙で味を見ると、考え込むように首を傾げる。
「かなりマシになったが。隠し味が足りにい。オニオンかポポトが少しあればもっといいんだが・・・」
太った男は厨房の扉を開けて、痩せぎすの男に詰め寄った。
「おい、ビッグス。おめえたしか以前にオニオンの袋をくすねてたよな。そいつもってこい」
「おい、何でお前がそれ知っているんだよ。あれはお前が担当の日の不味い飯を我慢して食うために取っておいてあるんだぜ」
太った男は痩せぎすの男を指差した。
「いいから、とっととオニオンを数個もってこい、じゃなきゃお頭にお前が食いもんがめてたってバラすぞ。あとよ、隠し味に何かイモみてえなもんがあると味がよくなるらしい、誰かが持ってるだろうから探してこい」
痩せぎすの男は舌打ちしながらその場を離れると、オニオンを数個と他の仲間が隠し持っていたジャガイモを持ってきた。
『石のスープ』を作っていると聞いて興味を持った他の空賊も何人か厨房前に集まって扉を開いて覗いている。
「これらも入れて、どうだ?石のスープって一体どんな味なんだろうな・・・」
太った男はくんくんと嗅ぎながら鍋の中を覗く。
ブロントが匙でスープの味を見る。
「かなりいい出来なんだが。ガーリック一片とソーセージ数切れ手に入れたら高確率で一番最強のスープになる。小麦粉もあると最高なんだが・・・」
「そうか。おい、てめえらもただ見物してねえで探してこい」
そんな調子で船中から少しずつ集めた野菜、肉、香料が鍋の中でぐつぐつと煮えて、とても旨そうな匂いが漂ってきた。
厨房の前に人だかりが出来ていた。誰も行った事が無い、遠く東方のロバ・アル・カリイエからのマジックアイテムで作られたスープと聞いて、面白いものが見れると思い、互いに押し合いながら見物している。
「てめえら、何かこそこそしていると聞いてみれば、こんなとこで何やってんだ?」
「あっ!お、お頭!?」
何と空賊の頭は船員達が不振な動きをしていると副長から聞き、それを自ら確かめにきた。
事の発端となった痩せぎすの男をその場にいた空賊の仲間達がお頭の方へと押し出す。
痩せぎすの男は萎縮した態度で頭に説明する。
「いや、お頭。それがですね、先程捕まえたこの男がロバ・アル・カリイエからのマジックアイテムを持っていまして。何でもその石を煮るだけで旨いスープができるってんで。今日はウェッジが担当の日でしたから、どうせならと・・・」
「確かにあの臭いスープを飲むぐらいなら、マンティコアの小便のがまだマシに思えるな!」
男達は一斉に笑う。
厨房から木匙が飛んできて、痩せぎすの男の頭に当たる。男達は更にどっと笑う。
頭が厨房の中にはいってみると、そこには色々な具材が入った、確かに旨そうなスープぐつぐつと音を立てて煮えていた。
「こいつが、石を煮ただけでできた『石のスープ』ってか?確かにすげえマジックアイテムみたいだな。悪いが、その石はいただくぜ」
頭はにやりとして手をだしてブロントに催促する。その時周りの男達の目も鋭く変わり、各々が武器に手をかける。
「これはもう『石のスープ』じゃにい―」
ブロントは鍋から匙で石を掬いだして、厨房に転がっていた布巾で軽く石をふき取ると。
空賊の頭の手に石を置いた。
「―ただの『知恵のスープ』なんだが」
ブロントはとんとんと自分の頭を指で叩く。
頭は渡された石を確かめて見ると、それがただの火打石だとすぐわかった。
男達が船をこそこそと動き回っていた事を考え直してみれば、
何が起こったのか、大体想像がついた。
「おい、てめえら、こいつにしてやられたな!皆が大事に取って置いて隠してたものをこんな方法で引っ張り出すなんざ、確かにこいつは『知恵のスープ』だな!」
頭は手に湿った火打石を持ったまま、愉快そうに笑った。
「気に入ったぜ!おい、ウェッジ、俺の部屋にこのスープを四人分用意しておきな。ビッグス、おめえは貴族の二人を俺の部屋に連れてこい」
船倉にいた二人は男達に空賊の船長室まで連れられた。
痩せぎすの男が船長室の扉を開くと、そこには豪華なディナーテーブルがあり、一番上座に頭が座って、その周りにガラの悪い空賊の連中がニヤニヤと笑っている。
そしてテーブルの向かいにブロントは何事もない、といった態度で座っている。
ルイズが思わず叫ぶ。
「ブロント!無事だったの?」
ブロントは何も言わずに頷く。
「ま、そこに座れ。取り合えず貴族らしくテーブルで飯は食わせてやるよ」
頭はそう促しながら大きな水晶がはめられた杖をいじっている、どうやらメイジらしかった。
ブロントの隣の席を見てみると、確かに皿に入ったスープらしいものがルイズとワルドのためにも用意されているのがわかった。
言われたままルイズとワルドはテーブルの席に付くが、二人とも食事には手を出さない。
「安心しな、それはそいつが作ったもんだ。質問は食いながらといこうじゃないか」
そういって頭がスープに口を付けると同時にブロントも口を付ける。
毒が入ってないとわかったルイズはそれを見て色々な具が入ってるスープに匙をつけた。
ごちゃごちゃにモノがはいってどの味が主役なのかはわからなかったが、
各具材が持つクセをうまく互いに消しあって、混ざり合った香料が肉や野菜の味を最大限に引き立てていた。
具の一つ一つが何かと食べながら考えるのも少し楽しかった。
入っている食材はどれもがほんの少量で、それ単体で食すには足りないが、
こうして一つのスープとなって見ると、どの食材も欠かすことが出来ない味となっていた。
乱雑な作りのように見えたが、実に隙が無い、完成された料理だった。
「こいつあ、うめえぜ。このフネにあるもんでこんなもんできるなんてよ。おい、お前本当に俺の仲間にならねえか?ウェッジの代わりに厨房勤めてくれるのなら文句言う奴はいねえぜ?」
ブロントは首を横に振る。
「だろうな。言ってみただけさ」
頭が笑うと、周りの男達も釣られて楽しそうに笑う。
「さてと、ここから本題だ。トリステインの貴族様方、名乗りな」
「大使としての扱いを要求するわ」
ルイズは匙を置くと、毅然とした態度で言った。
「大使?そういや、お前の従者が厨房で面白い事やっている間、俺の部下に聞かせたところ、王党派だとか言ったらしいな」
「ええ、言ったわ」
「何しに行くんだ?あいつらは明日にでも消えちまうぜ」
「あんたらに言う事じゃないわ」
頭は、歌うような楽しげな声でルイズに言った。
「貴族派につく気はないか?あいつらは、メイジを欲しがっている。たんまり礼金を弾んでくれるだろうさ。もちろん紹介した俺の懐にもな」
「死んでもイヤよ」
頭は顔を曇らせ、杖を握り締める。
ルイズが震えているのにブロントは気づき、そっと肩に手をやる。
すると不思議とルイズの震えは止まり、キッと男の目を真っ直ぐに睨み返す。
「もう一度言う、貴族派につく気は無いか?」
ルイズは腕を腰に当て、胸を張って言った。
「くどいわ、その杖を振るのなら振ってみなさいよ。でもわたしとわたしの使い魔は首だけになってもあんたに噛み付いてやるわ」
頭は笑った、大声で笑った。
「トリステインの貴族は、気ばかり強くって、どうしようもないな。まあ、どこぞの国の恥知らずどもより、何百倍もマシだがね」
頭はナプキンで丁寧に口元を拭き、しゃんと背筋を伸ばして立ち上がった。
「失礼した。貴族に名乗らせるなら、こちらから名乗らなくてはな」
周りにいた空賊達もニヤニヤ笑いをおさめ、一斉に直立した。
頭はぼさぼさの黒髪をはいだ。なんとそれはカツラであった。
眼帯を取り外し、作り物のひげもべりべりとはがした。
そこに現れたのは、凛々しい金髪の若者であった。
「私はアルビオン王立空軍大将、本国艦隊司令官・・・といっても、すでに本艦の『イーグル』号しか残っていない名ばかりの艦隊だがね。その肩書きよりもこちらを名乗った方がいいか」
若者は居住まいをただし、威風堂々名乗った。
「アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」
ルイズは口をあんぐり開けた。
ブロントは相手が敵ではないとわかり一人堂々と食事に戻る。
ワルドは興味深そうに、皇太子を見つめた。
ウェールズは、にっこりと笑みを浮かべる。
「アルビオン王国へようこそ。大使殿。さて、御用の向きをうかがおうか」
あまりの事にルイズは口がきけなかった。ぼけっと。呆けたように立ち尽くす。
「その顔は、どうして空賊風情に身をやつしているのだ?といった顔だね。いや、金持ちの反乱軍には続々と補給物資が各方面から送り込まれる。敵の補給路を断つのは戦の基本。しかしながら、堂々と王軍の軍艦旗を掲げたのでは、あっという間に反乱軍のフネに囲まれてしまうだろう。ささやかながらの抵抗を行うにも、空賊を装うのも、いたしかたない」
ウェールズはイタズラっぽく笑って、言った。
「大使殿には、誠に失礼をした。この状況で外国に我々の味方をしてくれる王党派の貴族がいるなどとは、夢にも思わなくてね。きみたちを試すような真似をしてすまない」
目的の皇太子が目の前だというのに、心の準備が出来ていなかったルイズはぽかんと口を開くばかり。
「
アンリエッタ姫殿下より、密書を言付かって参りました」
ワルドがルイズに代わる様に、頭を下げて言った。
「ふむ、姫殿下とな。きみは?」
「トリステイン王国魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵」
ワルドは続けてルイズ達を紹介した。
「そしてこちらが姫殿下より大使の大任をおおせつかったラ・ヴァリエール嬢とその使い魔・・・」
「ブロントだ」
ブロントは口を拭きながら立ち上がる。
「面白い人物だとは思っていたが、まさか君が使い魔だったとは驚いたな。時間が許す限り色々話を聞きたい所だが・・・おっとすまない、話がそれたな。して、その密書とやらは?」
ルイズは慌てて、『一番安全だろう』という事でブロントに預けてあった手紙をカバンから出してもらった。
その手紙を持ってルイズは恭しくウェールズに近づいたが、途中で立ち止まる。それから、ちょっと躊躇うように、聞いた。
「そ、その、失礼ですが、ほんとに皇太子さま?」
ウェールズは笑った。
「まあ、さっきまでの事を考えれば無理はない。こちらもきみたちを疑ったのだから、そちらも私を疑って当然だな。よろしい、証拠をお見せしよう」
ウェールズは、ルイズの指に光る、水のルビーを見つめていった。
自分の薬指に光る指輪を外すと、ルイズの水のルビーに近づけた。
二つの宝石は、共鳴しあい、虹色の光を振りまいた。
「この指輪は、アルビオン王家に伝わる、風のルビーだ。きみが嵌めているのは、アンリエッタが嵌めていた、水のルビーだ。そうだね?」
ルイズは頷いた。
「水と風は、虹を作る。王家の間にかかる虹さ」
「大変、失礼をば致しました」
ルイズは一礼して、手紙をウェールズに手渡す。
ウェールズは、愛しそうに手紙を見つめると、花押に接吻した。それから慎重に封蝋をはがし、丸めた羊皮紙をひろげた。
真剣な顔で読んでいたが、そのうちに顔を上げた。
「姫は結婚するのか?あの、愛らしいアンリエッタが。私の可愛い・・・・・・、従妹は」
ワルドは無言で頭を下げ、肯定の意を表した。
ウェールズは再び手紙に視線を落とす、最後の一行をまで読むと、微笑んだ。
「了解した。姫は、あの手紙を返して欲しいとこの私に告げている。何より大切な、姫から貰った手紙だが、姫の望みは私の望みだ。そのようにしよう」
ルイズの顔が輝いた。
「しかしながら、今、手元にはない。ニューカッスルの城にあるんだ。この空賊船に持ち込むわけにはいかぬのでね。多少、面倒だが、ニューカッスルまで足労願いたい」
最終更新:2009年08月18日 11:32