奇眼藩国

奇眼の猟犬、ひとり往く

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匿名ユーザー

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奇眼の猟犬、ひとり往く

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+ 舞花 > こんばんは~ (1/18-22:07:23)
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+ 舞花 > 早速ですが、藩王様、亡命許可をw (1/18-22:07:53)
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+ ODD EYES > 了承ー (1/18-22:09:24)
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+ 舞花 > あ、脱藩許可でしたw (1/18-22:09:32)
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+ 舞花 > あ、本当ですか?w (1/18-22:09:44)
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(奇眼藩国兵士御用達『憩いの酒場』での会話より)



藩王即答――。

 人のよさげな微笑を浮かべた藩王は、そのまま何事もなかったようにカウンターの内側で、柔らかい布を使い、グラスをキュキュッと磨き上げる。ここは藩王が趣味で開いている酒場、ようするにマスター=藩王である。「この酒場内ではあくまでマスター、礼儀無用!」とのお達しがたびたび藩王の口から言及されるため、一兵卒であってもフランクに藩王に話しかける機会が与えられている。

 どうでもいいが、我が奇眼藩国の藩王にはちょっと変わった趣味が多い。普段の老人姿は特殊メイクであるらしいだの、メイド服姿でジャーマンするのが得意らしいだの、あー、そういえば先日、塔の地下で発見されたという油田の採掘現場らしき痕跡も、じつは藩王の仕業らしい(このあたりは全く噂の域を出ていないのであるが)。そんな藩王ではあるが、意外と藩国内での人望は篤く(笑)、酒場は連日常連の兵士たちで賑わいを見せている。

「うちの藩王様は、ある意味猫よりも猫らしい性格なんじゃないかしら?」
内心ちょっと首をかしげる犬士歩兵の舞花である。

 実のところ、先日行われた大規模動員で、中隊指揮をとった藩王ご自身の首が今危ないという状況なのだ。戦勝パレードがどうのこうのと世間が浮かれる一方で、戦いに参加した兵士たちは尻尾を垂れてひたすら沈黙を守っていた。正直、末端の一兵卒には、あの戦闘がなんだったのかさっぱり理解が出来なかった。ただ、戦闘随行吏族と指揮官たちの異常な混乱ぶりだけは見て取ることができた。少なくとも、南の海でみんなして水泳大会をすることがあの遠征の目的でなかった、それだけは確かなはずだ。そして…。

粛清の嵐がくる――既に兵士たちの間で、密かに情報が駆け巡っていた。

 それなのに、いつものとおり夜になると酒場を切り回し、兵士たちの会話に気軽に付き合い、そして理由も告げずに脱藩すると申し出た兵士に、この返答。いや、こちらが酔っ払って与太話を振っているのでないことを、藩王は十分理解しているのだ。そんな藩王だからこそ、安心して後の処理を任せてよいのだと、決心することができた。感謝を込めて敬礼…おっと、ここは酒場だった、ショットグラスを軽く掲げる。周りで談笑する馴染みの仲間たちに黙って別れを告げながら、最後の酒場の雰囲気を心地よく味わった。



 今回の粛清にて、真っ先に槍玉に挙げられたのは、連隊長を務めたジェントルラット藩王。藩王のみならず、ジェントルラット藩国は臣民含めて全員が抹殺されるだろう。なぜなら、あの悪名高い殲滅部隊「ディンゴコープス」の派遣が決定したというのだから。そして、指揮を執った隊長クラスも全員査問会にかけられ、処刑されるという。軍隊において、失敗の責任は償わねばならない。が、隊長クラス全員処刑、ましてや一藩国全員抹殺というのは、どうなのだ? 明日は我が身…いや、もしかして、同じ戦場に顔を並べた戦友たる藩国を、自らの手で追い立てる羽目になりはしないだろうか。そんな怯えが、すべての藩国の兵士たちの背中の毛をうっすらと逆立てさせていた。

そんな血塗られた帝国を、プリンセス・ポチはお望みなのだろうか?

 その疑問に答えが出た者たちは、時を同じくして行動を開始しているはずだ。
生贄が「ディンゴコープス」の牙に引き裂かれる前にたどり着けば、間に合うかもしれない。

 正直、躊躇はあった。脱藩した身といえど、これからの自分の取る行動が天領に露見すれば、奇眼藩国がジェントルラットと同じ粛清にあうのは間違いない。しかし、さんざん口の中でうなり声を上げて悩んだ挙句、決意したのだ。そして、藩王もそれを是としてくれた。あとは藩王と仲間たちの裁量を信じて任せよう。



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「728-728…ナニワ、ナニワ~♪」

 こういう場面で緊張感のある格好良い台詞が出てこないのが、舞花というキャラクターの弱点ではある。支度をしながら、脳に刷り込まれたお馴染みののキャッチフレーズをつい口ずさんでしまう。リュックに詰めているのは、ナニワアームズ商藩国の通販番組でちょっとしたブームの変装セット一式。本来帝国では手に入らないはずの代物。これを手渡してくれた友の、そのときの半ベソの顔が突然浮かんで、思わず歌が止まる。

「バッカ! 私ってば。これからあの子たちにひどい迷惑かけようっていうのに…」
 舌を噛んで、あとは黙々と荷物をまとめる。酒場の従業員控え室からこっそりくすねてきた藩王の特殊メイク用キット。猫目のカラーコンタクト。猫耳バンド。またたび・スプレー、マスタード・スプレーetc. まあ、ジェントルラットでこの扮装が役に立つかどうかは正直わからないのだが。最後にしばらく考えた末、やはりこれだけは置いていけないと、リュックのいちばん取り出しやすい位置に愛用のスコップを差し込む。奇眼藩国歩兵にとって、スコップはあらゆる兵器に勝る万能の価値を持つのである。いざというとき、命を救ってくれるのは必ずこいつだ。そう、魂に刻み込まれている。

「結局、バトルメード見習いにしかなれなかったのかぁ…ちょっと残念だよね~」

 これが最後とバトルメードの制服に身を包み、愛用の歩兵ライフルを肩にひっそりと寮を出る。
北国の冬。早朝。空はまだ暗く星が瞬いている。冷たい空気を胸のいちばん深いところまで吸い込む。冷気が肺に差し込む。むせる。声を押し殺す。目の端に涙がにじむ。

「くはっ、もうっ、胸痛い…! あ~、ホントに、私の、バカ、考えなしっ!」

 気配を察して、2匹の犬士が何事かと走り寄ってくる。相手が誰かはこちらも承知。先日リンクゲート探しの任務で偶然救出した、あの迷い犬たちだ。まだ幼犬の域を出ない、真っ白もふもふグレートピレネーズの「ブラン」。顔は怖いが面倒見のよい犬ぞり隊長、ハスキーの「銀」。あの一件以来すっかり懐かれてしまい、しょっちゅうジャレついてくるようになっていた。もっとも先日の水泳大会では、初めて飛び込んだ海でパニックを起こした2匹にしがみつかれ、ひどい目にあったけど(笑)。

「しぃ~、静かにしてぇ。皆を起こしちゃまずいのよ」
こんな時間に珍しいねと、さっそくじゃれつこうとする2匹を押しとどめ、声を潜めて寮から離れた場所に誘導する。犬士たちは、どういうことかと耳を傾げてちょっと戸惑い顔。

「君たちも知っているでしょ? こないだの作戦の件で、うちの大将がピンチになっているのを」

2匹の顔がさっと引き締まる。我が藩王は犬士たちにも人気があるのだ。なにしろ、リンクゲート探しの任務で、期待された成果を挙げることもできず、あげく塔の(ごく)一部を破壊して、尻尾しおしおで引き上げてきた兵士たちに対して、「いやいや、よくぞ、この迷い犬士2匹を保護して帰りました! 犬士に勝る資源はありませんからね」そうきっぱり言い切り、表彰まで行った藩王の、その人柄を犬士たちは高く評価していたのである。まして救助された当の犬士たちにしてみれば、もう崇敬の対象だったりする。

「なんとかして、藩王を助けたいのよ。それには、宰相のご機嫌を取れるような手柄とか、あるいは注意をそらせられるような情報とか、何かあれば、ね? それで、私考えたのよ。奇眼藩国は、にゃんにゃん共和国に国境を接する唯一の国でしょ。どうにかしてナニワアーム藩国辺りに潜入して、情報収集できないかなって。例えば、噂の新型I=Dの設計図とか…」

リュックの隙間から、ナニワ変装セットの一部をちらりと見せる。
大それた、危険な行為。そんなことを藩王様が許すはずはない。犬士たちの低いうなり声。

「うん、だからこれは、私の独断行為。軍務規定違反にあたるわね」
「それでも…どうしても、やるつもり。だって藩王が処刑されちゃったら、結局のところ、うちの藩国つぶされちゃうもの。だったら、命かけてチャンス掴むしかないじゃない?」

「くふん、きゅう~ん」心底困った様子で、幼いブランが鳴き声を上げる。
舞花の身を案じているのと、軍規違反者の逃亡を見逃す行為への躊躇と。思わず、そのもふもふの体をぎゅっと抱きしめる。

「ごめんね。でも、私は大丈夫。必ず帰ってくるから、ね?」
「君たちは連れて行けないよ、わかっているでしょ? 猫の国だものね」

その姿勢のまま、傍らで沈黙している銀に向かって
「迷惑ついでに、頼まれてくれるかな。じつは表向きには、先日の任務で失敗したリンクゲート探しに行ってきますって書き置きしてきたんだ。だからさ、君たちも協力してリンクゲート探しに出掛けてたってことにしてくれない? 今日一日だけでいいからさ。実際のところ、私よりも君たちのほうが、犬士としての感覚ははるかにすぐれているわけだし。それに、首尾よくどこかにつながるリンクゲートを発見できれば、ひょっとして藩王の助けになるかもしれないし」

2匹の犬士の長い沈黙…。

辛抱強く時間の経過を待ったあと、立ち上がってゆっくり歩き出す。少し間をおいて…やがて犬士たちが走って追いつく。しばらく並んで、黙々と歩く。道の分岐。犬士たちに方向の指示を与え、大きく一度うなずいてから、右手を振り上げ、前へ。命令に従って、犬士たちが全速力で走っていく。その姿が見えなくなるまで、見送る。それから…。

向きを変えて、本当の出発。

朝になれば、兵士たちの行き来があらかた痕跡を消してくれるだろう。本当はどこに向かったのか、あの子たちは何も知らなくていい。もし問い詰められた時は、自分の見たままを猜疑の目を向ける者たちに語ればいい。犬士の証言は鋼より重い。嘘がないのだから。

しっかりとした足取りで歩きながら、ふと目線を上げる。森の向こうにそびえる塔が目に入る。藩国の名の由来である「奇眼の塔」。長い年月をかけ、増築を重ねた奇怪なシルエット。その根元には蓄えられた藩国の英知が眠る。あの塔で多くの仲間にめぐりあった。多くのことを学んだ。藩国の掲げる玉条は「正義の貫徹」「弱者の保護」そして「星詠みの探求」。

奇眼の尊ぶその精神の命ずるままに、今は前に突き進もう。もう、この塔を見上げる機会はないかもしれないが。願わくば、あの塔に集う者たちに、そしてこの厳しい北国でたくましく生きる全ての命に、星神の加護のあらんことを。





(格好つけておいて、ホントのホントの話、彼女の心の一番奥深いところを揺さぶったのは、「もう一度、スイトピー様に会うために逃げよう」という、その藩王の率直さだったりする。けっ! すでに一度会って話をすることができただけでも十分じゃないかと毒づきながらも、わかりすぎるほどわかってしまう、その気持ち…。彼らにその想いあるかぎり、見捨てるわけにはいかないじゃない? なにしろ奇眼藩国の国是には、「正義の貫徹」「弱者の保護」「星詠みの探求」とともに、もうひとつ「萌え全肯定」というのが明文化されているのだからw)

(文士・舞花)

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