奇眼藩国

スコップ

最終更新:

Bot(ページ名リンク)

- view
だれでも歓迎! 編集

スコップ

(絵師・舞花)

 奇眼の歴史は戦いの歴史である。
 有史より延々と続く戦いは、最早避けられるようなものではなかった。
 但し、この過程で奇眼の兵が傷つけた人間の数、皆無。
 人的被害はすべて、奇眼の国民に入った。
 それも特に、体力に劣る老人や子供。
 貴重な経験と、無限の未来。
 これらが双方から同時に、毎年少しずつ削り取られていった。
 奇眼の歴史は戦いの歴史である。

 敵は、雪であった。

/*/

 雪に対する家屋の立場には、ふたつのパターンが考えられる。
 落雪型と無落雪型。
 傾斜を急にして積もった雪を悉く落とすか、逆に平らにしておき、何らかの方法で熱を供給して溶かすか。
 策を講じなければ、いくら奇眼の森に育つ木々が丈夫とはいえ、柱はその重量に耐え切れない。
 当然のことである。
 史実に残る原初の記述から、その悪戦苦闘の様子は伝えられる。
 豪雪地帯に国を構えるとは、つまりそういうことである。
 否、どこに国を構えたところで、問題というものはいくらでも出てくるものであろう。
 奇眼もその例に漏れなかったという話。
 ただ単に、それだけのことだ。

 さて。
 落雪型の屋根というものは、言い換えれば兇器である。
 家は生活するためのものだから、生きていくために熱を発する。
 だから雪は解けて、再び凍る。
 屋根の周縁につららが生じる。
 重い雪に、鋭利な氷。
 断頭台であった。
 いつ重みに耐えられず落ちるか分からない。
 そのとき下を人が通っているかどうかは、単なる確率論。
 悲鳴すら掻き消す真っ白な棺桶に、無数の涙が流された。

 歴史的には、結果として考案されたのが無落雪型である。
 幸運にも奇眼は温泉に恵まれた地であった。
 地熱を利用した暖房設備を応用し、屋根の融雪という概念が広まった。
 が。
 限界値があった。
 供給可能な熱量を遥かに超える量の氷が、地に降りる。
 溶けた水から順に凍られては、なす術は無く。
 家屋の倒壊事故は、毎日のようにシュトラウス・ニュースの片隅を埋めた。

/*/

 恒常的な軍の派遣を決定したのは、三代前の藩王。
 名をヴォルフガングと云う。
「――最早、流す血も涙も残っていない。ひととせを通じ、民が笑っていられる国を」
 即時、歩兵師団に通達が言い渡された。
 携行するスコップのデザインコンペが連日のように行われた。
 結果として生まれたのは、分解型の小型スコップ。
 高い携行性は迅速な対処につながり、落とされるはずの命がいくつも救われた。
 その瞬間、彼らは確かに英雄であり。
 後にシュトラウス・ブランドとして名を馳せるこの相棒たちは、今もなお進化を続けている。

 さて、スコップはときに、究極の兵器と謳われる。
 弾切れしない、ジャムらない、塹壕戦最強…。
 果たして奇眼の歩兵は、実際にその名に恥じぬ戦果を残す。
 3キロタイムトライアルがデフォルトで雪上を意味する過酷な訓練を乗り切った機動力と。
 日々の救命活動で呼吸の如く身についたスコップ捌きで。
 彼らは幾多の戦場を駆け抜けた。
 その腰を飾る彼らの相棒は、奇眼の名とともに語り草となったという。

/*/

 奇眼の歴史は戦いの歴史である。
 その傍らには常に、何よりも信頼する相棒の姿があった。
(文士・木曽池春海

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
添付ファイル
記事メニュー
ウィキ募集バナー