『きっと、壊れてる』第1話

477 『きっと、壊れてる』第1話(1/4) sage 2010/05/30(日) 22:00:59 ID:G0u9RHTI
「ただいま」
「おかえりなさい」
同僚達が1週間のストレスを解消するために、街に繰り出す金曜日。
村上浩介はまっすぐ帰宅した。
「疲れたでしょ?もう少しでご飯できるから。」
「あぁ、悪いな」
会話だけ聞いてみれば、新婚の夫婦のようだが、二人は兄妹だった。

駅から徒歩12分の賃貸マンション。
ここに住む以前は風呂・トイレ別ならどこでも良いと思っていた浩介にとって、
静かで日当たりの良いこの部屋は予想以上に心の拠り所になっていた。
率先して不動産屋と交渉しこの部屋を見つけてきた妹に、浩介は心の中で感謝していた。

「茜」
「何?兄さん」
台所で後ろ姿のまま返事をする妹。
「今日の新聞は?」
「あら、ごめんなさい。ポストに入ったままだわ。」
「なら、いいよ。おれが取ってくる。」
そう言い残し浩介は玄関まで歩きながら、茜との関係が本当に夫婦のようだと思い苦笑いした。

昔から物静かで、本を読むのが好きだった茜はフリーのライターとして働いている。
IT関連の企業に勤め、帰宅が遅くなる事が多い浩介にとって、比較的時間の融通が効く茜に家事を任せてしまっているのが現状だった。
近所にも兄妹ではなく、恋人か若夫婦と思われているようだ。

小さい頃から仲が良い。
それが村上兄妹への周囲の認識だった。
高校生にもなれば終日ベッタリというわけではなかったが、一緒に歩く時は茜の手が伸びてきて必ず腕を組んで歩いた。
周りに冷やかされ、恥ずかしくて、一度人前ではくっつかないよう注意したこともあったが、
怒るでもないし、拗ねるわけでもなく、悲しそうに「そう」とだけ言い手を離す茜を見た浩介は酷い罪悪感に襲われ、
翌日には撤回した。
あの時の悲しそうな顔を思い出すたびに、浩介は茜を大切にしようと思う事ができた。

夕食を食べ終わると、二人は共通の趣味である読書を開始した。
「ねぇ、兄さん」
「ん?どうした?」
「江戸川乱歩の『人間椅子』って初めて読んだのだけど、とても気持ち悪いわね。
もし今私が座っているこの椅子に知らない男の人が入っていると思うと、鳥肌が立つわ。」
茜は不安そうな顔を見せながら、立ち上がると浩介の隣に擦り寄り自分が座っていた椅子を睨みつけた。

「いや、そもそも人が入るスペースないだろ、その椅子。」
冷静になだめた後、浩介は自分が読んでいた小説に目を向けたが、茜の声がそれを中断させた。

「そろそろ、今日の分」


478 『きっと、壊れてる』第1話(2/4) sage 2010/05/30(日) 22:02:11 ID:G0u9RHTI
午後2時になり、昼休みに食べた唐揚げ定食の量の多さに後悔しながら、浩介は顧客である都内の私立病院に向かっていた。
浩介が所属する運用チームは、契約している顧客システムの運用改善の提案や、現場で働く者の意見を聞いて設計に反映させるが仕事だ。
今日は某病院の錠剤管理システムに関しての打ち合わせだった。

「お世話になっております。キモウト・ソリューションズの村上です。」
受付を済ませ、担当の薬剤師が来るまで会議室で待っていると、見慣れない若い男性がノックをして入ってきた。
「申し訳ありません。本日担当の者が急に早退してしまいまして、別の人間でも構わないでしょうか?」
男性は入ってくるなり困った事を言い出した。言った本人の申し訳なさそうな顔を見たら、浩介は文句も言えなかった。
「わかりました。では本日は現場の方の意見だけ聞く形にします。」
浩介がそう言うと男性は心底安心したような顔になり、すぐ呼んできますと部屋を出て行った。
やれやれ困ったな、と思いながら懸案管理フォーマットを用意していると、ノックの後女性が入って来た。
「すいません。本日参加させて頂く玉置と申し・・・ま」
目が合った瞬間、浩介は無意識に「美佐」と口に出していた。

その日の定時後、浩介と美佐は学生時代二人でよく来ていたバーに来ていた。
ハットを被ったオシャレな男性店員が、ボトルやシェーカーを変幻自在に操る見事なパフォーマンスを見せてくれるところが二人とも気に入っていた。
「いつあの病院に?」
「今期から」
お気に入りのカクテル、ディスカバリーを飲みながら、美佐は答えた。
「ちゃんと薬剤師になったんだな」
「ちゃんとって何よ!もう」
「だって、美佐は平日も休日もおれと会ってばかりだっただろ?」
「勉強のできる人は効率が良いんです。でも浩介もしすてむえんじにあ?って言うの?それになったんだね!
てっきり小説家にでもなってるのかと思った。ていうかあれ理系の人がやるもんじゃないの?」
「あの業種は意外に文系も多いんだよ。」
「そっかー、でも浩介のスーツ姿萌えた!」

笑いながら美佐は浩介の肩を叩き、学生時代から何一つ変わらない笑顔を見せた。
二人は昔付き合っていた。
大学・学部も全く違い、接点のない二人が出会った場所は、区立の図書館だった。
休みの日に資料を集めていた美佐が上の方の段に手が届かず、近くで本を読んでいた長身の浩介に声を掛けたのがきっかけだった。
浩介は今でも「わざわざ人を呼ばなくても脚立を使えば良かったのに」と思っているが本人には言っていなかった。

「でも驚いちゃった。急に『玉置さんパソコン詳しい?SEさんが来てるからちょっと話してきて!』って言われてさ。行ってみたら浩介がいるし」
「おれもびっくりしたよ。」
「4年振りかな?」
「もうそんなに経つのか。」
「そう、4年振り。・・・・茜ちゃんは元気?」
「・・・・・あぁ、元気にしてる。」
一人の女性の名前が出た時点で、学生時代に戻っていた二人は現実に帰ってきた。
「あのね、浩介が勘違いしてるかわからないけど。」
「ん?」
「私は浩介の事、嫌いになったわけじゃなかったんだからね?」
「・・・知ってるよ。」
「・・・」
その後、世間話を小1時間した二人は店を出て別れた。
別れ際美佐が放った言葉は「またね」だった。



479 『きっと、壊れてる』第1話(3/4) sage 2010/05/30(日) 22:03:21 ID:G0u9RHTI

「兄さん、今日は香水の良い匂いがするわね」
帰宅して浩介が茜から掛けられた第一声がこれだった。
茜が無表情に似合わず選んできたウサギのキャラがついた靴ベラを所定の位置に戻すと、歩きながら浩介は言った。
「あぁ、美佐に偶然会ったんだ。それで今日は飲んできた。多分その時匂いがついたんだろ。」
「美佐さん?」
茜は「そう」とだけ呟き、浩介の着替えを手伝った。
浩介は美佐と別れた時の事は茜には言っていない。
これからも言うつもりはないし、茜には言えなかった。
「ご飯は食べてきたんでしょ?ならすぐお風呂に入っちゃって。」
「今日は面倒だな」
「ダメ。入ってきて。」
「・・・」

有無を言わせない茜の命令に「逆らえない」と悟った浩介は、湯船に浸かりながら美佐との交際時代を思い出していた。
長身で男前だがおとなしく団体行動が苦手な浩介は、高校時代に思春期特有の性欲ゆえに好きでもない女の子と試しに何人かと付き合った以外は
男女の付き合いというものをした事がなかった。逆に美佐は明るく性格も良いため、モテていたようだ。(自称)
そんな二人の付き合いは、美佐が浩介を引っ張るという形が定例化していた。
どこへ行く、何を食べる、何がしたい、すべて美佐が決めてきた。
浩介は優しく美佐の意見を受け入れるだけだったが、美佐は物足りない等の感情もまったくなく、二人はうまく回っていた。
明るく知的な美佐に浩介は惹かれていたし、美佐もまた周りに流されず芯が強い浩介に心底惚れていた。
「あいつ変わってなかったな」
そう思い、思い出の続きを辿ろうとした時、脱衣所の方に人影が現れた。
「兄さん」
「ん~?」
「着替えここに置いておくから。」
「あぁ、ありがとう」
「・・・美佐さんと何話したの?」
不意な質問に浩介は困惑した。内容にではなく茜の声のトーンが怒っている時の物だったからだ。
「昔の事だよ。」
「昔って?付き合っていた時の話?」
「うん、付き合っていた頃の話」
「そう」
言いながら茜は脱衣所を出て行った。

声のトーンは最後に戻っていたから大丈夫だ、と考えながらも浩介は美佐の事は考えるのをやめた。



480 『きっと、壊れてる』第1話(4/4) sage 2010/05/30(日) 22:05:06 ID:G0u9RHTI
翌朝、揺すられて目が覚めるとそこには茜の姿がった。
新調したのだろうか、昨日まで付けていたエプロンの柄が白からピンクへ変わっていた。
「おはよう、兄さん」
「ん、おはよう」
そう言うと浩介は起き上がりアクビをした。
「大きなアクビ」
そう言うと茜はめずらしく微笑みながら兄の手を引っ張り、テーブルのある部屋へと連れて行ってくれた。
昨日の事はもう怒ってないみたいだな、と浩介は安心しながら茜の作ってくれたベーコンエッグを食べていた時、茜がお茶を出しながら言った。
「兄さん今日は早く帰ってきてね」
「ん、わかってる。」
当然と言わんばかりの発言に信用したのか、茜は頷きながら台所に帰って行った。
今日は浩介の誕生日だった。
会社を定時で上がり、まっすぐ帰宅すると茜がご馳走を作って待っていてくれた。
浩介の好物であるチーズ入りハンバーグ、カツオの刺身、栄養も考えてくれてサラダもちゃんと用意してある。
極めつけはショートケーキだ。浩介は茜の作るショートケーキが大好きだった。
「お誕生日おめでとう。兄さん」
「ありがとう」
二人だけでの誕生日会。「毎年妹と二人っきりで誕生日会を行っている」など同僚には恥ずかしくて言えないが、
このいつもと違う家の中の雰囲気、茜の料理、いつもよりもう少しだけ優しい茜の態度が浩介には最高のプレゼントだった。
「兄さんももう四捨五入で30ね」
「お前だって来年だろ」
「フフ、そうだったわね。」
お酒が入っているからか、少しお茶目な顔をしながら茜は浩介の足に手を置いて体を密着させる。
「今日はお誕生日だから、私が尽くしてあげる。」
「今日もするのか」
「あら、今日の分は今日の分よ」「わかった」
いつからだろうか、俺と茜は体を重ねていた。きっかけは茜の告白だった気がする。
悪びれもなく「兄さん、愛してるわ」と親の前で言い放った茜の顔はとても凛として美しかった。
成績も良いし、家事もできる、美人、欠点は他人と最低限のコミュニケーションしか取れない所か。
いや『取れない』のではなく『取らない』だけなのかもしれない。
とにかく家に居られなくなった俺らは俺の大学進学と同時に家を出た。
学費だけは親が出してくれる事になり、とても安心したのを覚えている。
父さん、母さん元気でやっているだろうか。
別に親が憎くて、家を出たわけではない。親も俺らが憎くて家を追い出したのではない。
茜もたまに母さんと連絡を取り合っているようだ。
兄と妹が体を重ねる事がそんなに悪い事なのかどうかは、おれには判断できない。
美佐と付き合っていた頃も当然ように茜と身体を重ねていた。
ただ、美佐とシた日の夜は茜の攻めも激しかった。
昔は正常な観念を持っていたような気もするが、今はただ茜の体に溺れるだけだった。
きっと俺は壊れてる。

「ジュブ、ジュブ、ハァハァ兄さん気持ち良い?」
「あぁ、気持ち良いよ」
「私も・・アンッ、腰動かさないで」
「でも・・・」
「今日は私が尽くすの、兄さんは何もしなくて良いわ」
浩介の上に跨り茜は必死に腰を動かす。
贅肉のない茜のスレンダーな身体が上下に動く。
「ンッンッンッ、ハァ兄さん今日はいつもより興奮しているのね」
「そうかな」
「うん、ンッいつもより・・ンッ大きい」
「茜、もうそろそろ」
「うん私ももう少しでイきそう、兄さんイく時は中に出して」
ンッンッと茜は腰の回転を速めて浩介の身体に抱きつく。
茜はお尻を思い切り鷲掴みにされるのと、耳たぶを甘噛みされるのが好きだった。
「茜!本当にイく!」
「うん、きて~! アンッ アンッ アンッ ンッ~~~~~~~~~~~~~~~~!」

二人が並んで息を切らし、余韻に浸っている頃浩介の携帯に新着メールが届いた。
件名:またあの頃に戻りたい


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最終更新:2010年06月06日 20:32
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