三つの鎖 21

592 三つの鎖 21 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2010/06/11(金) 02:17:12 ID:7WdzBCDU
三つの鎖 21

 仕事に疲れた体を引きずり、私は自宅に向かった。夜の涼しい空気が気持ちいい。
 もう若くないと実感する。昔はこの程度平気だったのに。
 家に入るとリビングの電気がついていた。珍しい。誠一さんは今日も帰ってきてないと思うし、この時間だと梓ちゃんも幸一君も寝ているはずなのに。
 リビングに入ると、梓ちゃんと幸一君がいた。
 幸一君はソファーの上でタオルケットをかぶせられ寝ていた。梓ちゃんはそんな幸一君の傍に座り、寝顔を見つめていた。
 梓ちゃんは幸せそうに幸一君を見つめている。嬉しそうにくすくす笑って幸一君のほっぺたをつついている。
 ほほえましい光景のはずなのに、寒気を感じた。
 「梓ちゃん」
 私の声に梓ちゃんは振り向いた。
 「お母さん。おかえり」
 梓ちゃんはキッチンまで駆け足で歩き、飲み物を入れて差し出してくれた。
 私はさんは礼を言って受け取り、口にした。私の好きなアイスティー。
 「幸一君はどうしたの?」
 「疲れてソファーで寝ちゃった。起こすのも可哀そうだからこのまま寝させてあげようと思って」
 珍しい事もあるものだ。幸一君は自己管理がしっかりしているからソファーで寝てしまうなんて事は滅多にない。
 「今日、久しぶりに市民体育館の練習に参加したんだって。ものすごく疲れたって言ってたわ」
 幸一君は退院して以来、市民体育館の柔道の練習は休んでいた。その後も肩を怪我したらしく、しばらく休むって言っていたのに。自己管理をしっかりする幸一君らしくない。
 いえ、珍しいというより不審だ。
 「梓ちゃんもそろそろ寝なさいよ」
 はーい、という梓ちゃんの返事を背に私はリビングを出た。
 シャワーを浴びて階段を上る前にリビングを見ると、梓ちゃんはまだいた。幸せそうに幸一君の寝顔を見つめていた。
 私はベッドに横になった。誠一さんがいないせいで広く感じるベッド。
 誠一さんがかかりきりの事件。幸一君の恋人のお父さんが殺された。
 そのニュースを私は梓ちゃんと一緒に見た。
 その時の梓ちゃんの表情。底冷えする光を放つ梓ちゃんの瞳。
 思い出したくもない。吐き気がするほどの恐怖を感じた。
 私はため息をついて布団をかぶった。
 仕事に疲れているせいか、私の意識はすぐに眠りに落ちた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 気を失った兄さんをここまで運ぶのは大変だった。
 兄さんは細身だけど大きい。体重もそれなりにある。かなりの重労働だった。
 でも兄さんの寝顔を見ると、疲れも一気に吹き飛ぶ。
 可愛い寝顔。少し寝苦しそうにしているけど、見ているだけで幸せになれる。
 タオルケットからはみ出た兄さんの手をつかむ。微かに汗ばんだひんやりとした冷たい手。
 大きくて男らしい手。握っているだけで頬が熱くなる。
 少しだけ悩んで私は兄さんの指を口に含んだ。
 兄さんの汗の味。頭がくらくらする。
 寝苦しそうに身じろぎする兄さん。
 私は夢中になって兄さんの指を舐めた。兄さんの指先はすでに私の唾液でべとべとになっている。
 兄さんが薄らと目を開ける。その表情が一変する。驚いたように私を見た。
 「あ、梓!?」
 慌てて指を抜く兄さん。
 「な、何をしているんだ?」
 兄さんは脅えたように私を見た。その表情がとても可愛い。
 私は兄さんの頬に触れた。微かに震える兄さん。私が噛みちぎった傷跡を指でなぞる。
 兄さんは私の手を掴んでゆっくりと頬から離させた。
 「梓。一体何が?」
 「気を失った兄さんを私がここまで運んだの。本当は部屋まで運びたかったけど、階段を運ぶのは無理だから」
 「気絶…?」
 兄さんははっとしたように起き上った。
 「春子は!?」
 その言葉を聞いたとたん、さっきまで幸せだった気持ちは吹き飛んだ。
 「あの女の話をしないで!!」
 兄さんは呆然と私を見た。
 「何であの女の話をするの!?そんなにあの女の事が気になるの!?」
 「梓。落ち着いて」


593 三つの鎖 21 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2010/06/11(金) 02:18:45 ID:7WdzBCDU
 兄さんは私の両肩にそっと手を載せた。私は兄さんの手を振り払った。
 「あの女は兄さんを脅していたんでしょ!?何でそんな女の心配をするの!?」
 何で兄さんは春子の心配をするの。兄さんを脅迫していた最低な女を。
 怒りと憎しみに頭がくらくらする。
 「何なら二度と心配する必要が無いようにしてあげようか!?」
 私は兄さんを睨みつけた。兄さんの表情は変わらないけど、微かに瞳の色が揺れた。動揺している証拠。
 それが腹立たしい。兄さんはあの女の事を心配しているんだ。あの女に脅されているのに。目の前に私がいるのに。
 「そんなにあの女の事が心配なんだ」
 私は兄さんの頬を両手で包んだ。ひんやりとした兄さんの頬。
 「許せない。許せないよ。本当に許せない」
 あの女が兄さんに心配されるなんて。兄さんの心を占めるなんて。
 許せない。絶対に。
 私は兄さんを睨みつけた。兄さんは目線を逸らさなかった。
 「春子を、いつか許してあげて欲しい」
 兄さんの言葉に私は唇をかみしめた。
 「あの女の話はしないでって言っているでしょ!?」
 兄さんは悲しそうな表情をした。それが堪らなく苛立たしい。
 そんなにあの女が大事なんだ。
 私は兄さんに背を向けた。あの女をもっと痛みつけてやらないと気が済まない。
 「梓」
 兄さんの声と同時に肩に何かが引っ掛かる感触。
 振り向くと、兄さんが私の肩を掴んでいた。
 「お願いだ。暴力だけはやめて」
 兄さんは真剣な表情で私を見た。
 「離して!!」
 私は兄さんの手を振りほどいた。
 それなのに、兄さんは私の袖を掴む。
 必死な表情で私を見下ろす兄さん。
 「お願い」
 兄さんの懇願が腹立たしい。そんなにあの女が大事なの。兄さんを脅して汚したあの女が。
 「兄さんが私にキスしてくれたら考えてもいいわ」
 微かに眉をひそめる兄さん。
 どうせ兄さんはこの案を飲む事なんてできない。
 「できないでしょ?だったら離して」
 兄さんは私を見た。何かを決意したかのような真剣な瞳。
 私の顎に兄さんの手が触れる。
 顎を持ち上げられ、兄さんの顔が近付く。
 頬に熱い感触。
 兄さんの顔が離れる。
 「これでいい?」
 兄さんはそっぽを向いた。
 頬に口づけされたことに、やっと気がついた。
 頭に血が上る。口づけされた頬が熱い。
 「そ、そんなのダメよ。夏美にしているみたいにしてくれないと、キスじゃないわ」
 混乱して変な事を言っているのが自分でも分かった。
 歯を食いしばる兄さん。そして意を決したように私を見つめた。
 再び兄さんの手が私の顎に添えられる。
 「目を閉じて」
 兄さんの顔が近い。恥ずかしさも手伝って、私は言われたとおりに目を閉じた。
 唇に柔らかい感触。
 「んっ、ちゅっ」
 啄ばむように口づけされる。
 口づけされたところが熱い。
 「んっ!?」
 ぬるっとした熱い何かが口腔に入り込む。
 兄さんの味がした。
 「んっ!?んんっ!?」
 熱い何かが私の口腔をゆっくりとはいずる。歯を、舌を、唇を、ゆっくりと舐めまわす。
 頭に血が上る。兄さんの舌が私の舌を舐めまわすたびに、電気が走るように体が震える。
 兄さんの手が背中に回される。その手が私を強く抱きしめた。


594 三つの鎖 21 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2010/06/11(金) 02:19:49 ID:7WdzBCDU
 「んっ、ちゅっ、じゅるっ」
 逃げる事も身をよじることもできない。兄さんの舌はゆっくりと、少しずつ激しく私の口腔を舐めまわす。
 気がつくと私も兄さんの舌を必死で舐めまわしていた。舌と舌が絡み合う感触が堪らなく心地よい。
 あまりの快感に息をするのも忘れる。
 「ぷはっ!」
 私は息苦しさを覚えて唇を離した。
 下半身ががくがくする。腰が抜けそうなほどの快感。
 再び顎に添えられた兄さんの手が私の顔を上に向ける。すぐ目の前に兄さんの顔がある。
 顔から火が出そうなほど恥ずかしい。
 「に、兄さん、わたし」
 私の言葉は兄さんの唇に封じられた。兄さんの柔らかい唇の感触に頭がぼうっとする。
 再び舌が入り込む。兄さんの熱い舌が私の口腔を蹂躙する。
 「んっ!?んんっ!?」
 兄さんの舌が私の舌に激しくからみつく。
 その度に電気が走るような快感が背中を走る。
 体が震える。そんな私を兄さんのもう片方の腕が強く抱きしめる。
 密着した兄さんの体の感触。鍛え上げられた逞しい体。
 「んっ!!んーっ!!」
 兄さんの舌が私の口腔を激しく動く。口の中を滅茶苦茶にされる感触。
 目の前が真っ白になる。初めて経験するすさまじい快感。
 兄さんの舌がゆっくりと私の口から出ていく。唇と唇が離れる。唾液が糸のように引く。
 「これでいい?」
 私はその場にへたり込んだ。あまりの快感に、足に力が入らない。
 思えば私から兄さんにキスをした事はあっても、兄さんからしてくれた事は無い。
 知らなかった。好きな人にキスされるのがこんなに気持ちいいなんて。
 同時に強い悲しみを感じた。兄さんが私にキスをしてくれたのは春子のため。私のためじゃない。
 それでも嬉しい。
 「梓」
 兄さんが私の名前を呼ぶ。体が震えるほどの悦びを感じる。名前を呼ばれただけなのに。
 「わ、分かったわ」
 私はぼんやりと頷いた。
 「でもあの女が兄さんにちょっかいをかけた時は別よ」
 これだけは譲れない。もう、指をくわえて兄さんを穢されるのは我慢できない。
 兄さんは黙ってうなずいた。憎たらしいほど落ち着いている。
 あんなにすごいキスをしたのに、なんでこんなに落ち着いているの。
 そんなに慣れているの。それとも私とキスしても何とも思わないの。
 色々な事で頭がぐちゃぐちゃになる。
 「梓。立てる?」
 兄さんの声に立ち上がろうとして失敗した。信じられない。キスされただけなのに。
 私の背中とひざの裏に兄さんの腕が回される。何も言わずに兄さんは私を抱きかかえた。お姫様だっこで。
 兄さんは何も言わずにリビングを出て、ゆっくりと階段を上った。
 たくましい兄さんの腕の感触に何も考えられない。
 私の部屋のベッドに兄さんはゆっくりとおろしてくれた。
 「おやすみ」
 「…うん」
 何とか私は言葉を返した。
 兄さんは部屋を出て行った。
 私は枕を抱きしめた。唇を指でなぞる。
 兄さんの唇の感触が蘇った。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 僕は部屋に戻ってベッドに座った。
 肩が微かに痛む。今日は柔道の稽古に参加し、梓に路上で投げられた。完治していないのに無理をしすぎたのかもしれない。
 僕は唇をなぞった。梓に口づけした感触がかすかに残っている。
 快感に震える梓。経験した事ない悦びに戸惑う表情。
 梓にキスされた時は嫌悪と恐怖しか感じなかったのに、さっきのキスでは奇妙な罪悪感を感じた。
 夏美ちゃんを裏切っているという罪悪感とは違う。血のつながった妹に口づけする背徳の行為。
 僕は頭を振った。思い出すだけで頭がおかしくなりそうだった。
 窓から春子の家を見る。春子の部屋の電気はついていた。


595 三つの鎖 21 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2010/06/11(金) 02:21:23 ID:7WdzBCDU
 携帯電話を取り出し電話帳から春子のそれを選択する。
 呼び出し音はしばらく続いた。
 「春子?」
 『…幸一君?』
 春子の声は震えていた。
 「大丈夫?」
 『…うん』
 元気のない春子の声。
 「あの後大丈夫だった?」
 『うん。あの後、梓ちゃんは気絶した幸一君を運んだだけでお姉ちゃんの事は見向きもしなかったから』
 お姉ちゃんには触らせもしなかったと春子は悲しそうに言った。
 僕は春子に手短に話した。春子が僕にちょっかいをかけなければ、春子には何もしないと約束したと。しばらく梓のいる前では僕と話さない方がいいと。
 梓にキスした事は話さなかった。
 春子はしばらく無言だったけど、消え入りそうな声で承諾した。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 通話が切れても私は携帯電話を耳に押し当てた状態で固まっていた。
 もちろん、幸一君の声はもう聞こえない。
 私は頭をふりかぶって携帯電話を机の上に置いた。
 梓ちゃんとしばらく話さない方がいいと幸一君は言った。私に何もしないと梓ちゃんが約束したと。
 どうやって約束したかは幸一君は言わなかったけど、私は知っている。盗聴器で二人の会話を聞いていたから。
 梓ちゃんの快楽に酔いしれる息遣い。唾液を呑み込む音。
 胸に醜い感情が荒れ狂う。頭がおかしくなりそうな嫉妬。
 私はのろのろと鞄に手を伸ばした。
 この鞄は幸一君の物。中には道着が入っている。手にすると、まだしけっているのが分かる。
 あの後、梓ちゃんは幸一君を引きずって家に入った。この鞄は放置された。
 私は道着を抱きしめ顔をうずめた。幸一君の匂いが鼻につく。
 大きく息を吸う。幸一君の匂いで胸がいっぱいになる。
 頭がくらくらする。息が荒くなる。
 幸一君に会いたい。話したい。触りたい。抱きしめたい。キスしたい。犯したい。犯されたい。
 好き。幸一君が大好き。誰にも渡したくない。
 抱きつかれて恥ずかしがる幸一君。私の料理を食べておいしいと言ってくれるその声。梓ちゃんに冷たくされて泣く表情。真剣にお料理する幸一君の横顔。
 ケダモノのように私を犯す幸一君。優しく抱いてくれる幸一君。
 好き。何もかもが好き。
 頬に傷跡の残る幸一君。梓ちゃんがつけた傷。
 「…幸一君にはお姉ちゃんの助けが必要だよね」
 梓ちゃんと幸一君の関係がおかしかったころ、私は幸一君の傍にいた。落ち込んでいたり悲しんでいる幸一君の傍にずっといた。
 今もそう。幸一君は梓ちゃんとの関係に苦しんでいる。昔と同じように。
 可哀そうな幸一君。なんて報われないのだろう。
 それにしても何でお姉ちゃんに助けを求めてくれないのかな。お姉ちゃん、幸一君のためなら何だってしてあげるのに。今までだって何度も助けてあげたのに。
 恥ずかしいのかな。気兼ねしているのかな。遠慮しなくていいのに。
 幸一君は恥ずかしがり屋さんだからね。自分からは言いづらいのかな。
 しょうがないなあ。待っていてね幸一君。
 お姉ちゃんが助けてあげるから。


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最終更新:2010年06月30日 18:57
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