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Identical ◆sGQmFtcYh2 sage 2010/07/17(土) 13:42:17 ID:/Vt9R0KL
「フンフンフ~ン♪」
3月も終わりに近づいた今日この頃。
俺は春の陽気に踊らされるかの様に鼻歌を歌っていた。
今は自分の部屋を掃除している。髪の毛一本から塵一つまで徹底的に。
それには大きな理由があった。
なんと、あの伴子さんからメールが届いたのだ。しかも[今度いつ会えますか?]のオプション付きで。
その約束が今日。待ち合わせ場所はここ。
何を隠そう、伴子さんから待ち合わせ場所はここにしようと言ってきたのだ。
きっと一人暮らし男性の部屋を見てみたいだけなのだろう。決して深い意味はないはずだ。
それでも俺だって男。あわよくば、と考えたりもする。
だから特にベッド周りを掃除したいのだが―――できないでいた。
ベッドを見るとでっかい置物が乗っている。あれが邪魔をしているのだ。
無理にどかすことはできるかもしれないが、そうすると色々と面倒な事が起きる。
ならば優しくどかせばいいだけの話、ではないのだ。
優しくどかそうとしているのに、さっきからビクともしない。
試しに、もう一度やってみる。
「あの~二奈さん。ベッドを掃除したいので、どいていただくと大変ありがたいのですが……」
「いやー」
くっそ!何てわがままな奴なんだ!
こうなったら強行手段を取るしかない。
「ほらどけよ!掃除できないだろ!」
「キャー!やめてー!チカーン!」
「くっ……!」
痴漢!なんて大声で叫ばれたら、伴子さんとの待ち合わせ場所が警察署になってしまう。それ以前に軽蔑されるだろうが。
「……さっきから何なの?ベッドからどけとか、部屋を無駄に掃除したりしちゃってさ」
雑誌を読んでいた目がこちらに向けられた。
その目の奥には、疑うという言葉が見受けられる。
「べ、別に何でもねぇよ!た、ただ気分転換に掃除をしたくなっただけだ!」
完全に詰みの状態だった。
「怪しい。怪しすぎる。誰?誰が来るの?まさか……あの女?」
二奈がやっとベッドからどいてくれた。さっきまでとは違い、なぜか全然嬉しくなかったが。
「あ、あの女?」
「この前、優二とキスしてた女よ」
「だ、だからそれは違うって言ってるだろ!」
「じゃあ何でここに来るの?キスするような仲じゃないんでしょ?」
まずい。誰かに助けを求めたい。
しかし、こんな時に限って
姉さんも三華も予定が入っていていないのだ。
まぁ、だからデートの日を今日にしたんだけど……
「に、二奈が見たいんだって!俺と顔が似てるって言ったら、見てみたいって言いだして……その……」
我ながら最低の答えだった。どこからどう聞いても嘘にしか聞こえない。
でも二奈はなぜか俺を信じてくれた。
「そうなんだ。それならそうと早く言ってよ」
よかったよかった。これで一件落着―――
「ならウチもここで待ってるね」
「……は?」
「だってウチを見に来るんでしょ?それならウチも同席しないといけないじゃない」
二奈と伴子さんと俺での会話。
なぜか楽しいイメージが湧かない。
486 Identical ◆sGQmFtcYh2 sage 2010/07/17(土) 13:42:59 ID:/Vt9R0KL
「ま、待てって!別に写真とかでいいだろ!?」
「せっかく本人がいるんだから、そっちの方を見てもらう方がいいわよ」
なぜだ?なぜ二奈は俺の気持ちを察することができない?
普通に考えれば、自分がお邪魔虫な事くらい気付くだろ!
「で、でも二奈にも予定とかあるだろ!?バイトとか!」
「バイトは今日ないよ。ウチのシフトと優二のシフトは一緒なんだら分かってるでしょ?」
そうだった。
……考えろ!考えるんだ!他に二奈の考えられる予定は何かないのか!?
「……優二、もしかして……ウチを会わせるの……嫌なの……?」
突然、深刻な声で二奈が呟いた。
「そうだよね……ウチなんかと双子だってばれたら……嫌……だよね……」
そのまま顔を地面に向ける。その両手を顔に被せて。
「ごめんね……優二……ウチなんかと……双子になってしまって……」
ま、まさか泣いているのか!?
慌てて二奈に駆け寄ると、嗚咽ともとれる音が聞こえてきた。
「それは違う!俺は二奈と双子で生まれてきた事を自慢に思っているよ!」
「ほんとぉ?」
「本当だって!俺の自慢の妹だって伴子さんに紹介するよ!」
俺はありったけの本音をぶつけたつもりだ。これでもう二度とそんな事を言ってほしくない。
二奈の方は未だに震えていた。
まだ足りなかったか、と思い始めたころ、顔を覆っていた二奈の手が、そのお腹に添えられた。
「ぷ、あははははははははは!そっかそっか~、ウチはそんなにも自慢の妹だったのね~」
「……え?あ、れ?」
「うん、分かったよ。そこまで言うのなら、やっぱりここにいてあげるね!」
二奈の顔は驚くほど笑顔だった。涙の跡なんて一つもない。
最初っから演技だった。
「く、くっそ!騙しやがったな!」
「騙すなんて人聞きが悪い。それに、ほら後ろ。もう来てるよ?」
二奈は俺の背後に向かって指をさしていた。
ぎぎぎ、と、まるで錆びたロボットのように後ろを振り返る。
そこには綺麗な女性が立っていた。
その女性は俺達の方を見ながら、口を手で押さえている。
「ご、ごめんなさい!お邪魔してすいませんでした!」
女性は一気に駆けだした。
きっと誤解したに違いない。それも最悪な誤解を。
「誤解なんです!!だから、待って下さいよーーーーーーー!!!!」
その姿を俺は泣きながら追いかけて行った。
487 Identical ◆sGQmFtcYh2 sage 2010/07/17(土) 13:43:37 ID:/Vt9R0KL
「す、すいません、私ったら……」
説得する事1分くらい、ようやく誤解の解けた伴子さんが部屋に入って来た。
「いいですよ。それよりも道に迷わなかった?」
「大丈夫でした!ちゃんと前日に言われた住所を調べてきたんで……何度も……」
うっわ。何その言い方。惚れてしまいそうなんですけど。
今が3月の終わりなのも含めて、ようやく俺に春がやって来た。
だがその春は一瞬にして氷河期に戻されてしまう。
「そんなことよりも、汚い所で本当にごめんなさいね?」
まるで奥さんみたいな言い方の二奈。
確かに俺の部屋は汚い。アパートのせいもあってか、掃除しても、ものすっごく汚い。
でも二奈に言われるとなんかムカつく。
「ほら、もう伴子さんに会ったからいいだろ?」
「何よ、その言い方。もしかして二人っきりになった途端、伴子さんに……最低……」
「や、やめろよ!変な風に誤解されるだろ!」
俺と二奈が騒いだいるのがおもしろかったのか、伴子さんがくすっと笑った。
「仲いいんですね。まるで夫婦みたいです」
きっと伴子さんは笑いを取ろうとして、そう言ったのだろう。
だから俺は笑った。
「あっはははは!伴子さん、もうサイコ~!」
でも二奈は違った。
「へ?夫婦?ちょ、ちょっと、さ、最高って、ゆ、優二!!」
顔を真っ赤にして俺を叩いてきた。
何だコイツ?何伴子さんの冗談を真に受けてんだ?
それに痛いから叩くな。手にマグカップを持ったまま叩くな。
「でも二奈さんの方が拓朗さんの言っていた同棲してる妹さんなんですね」
伴子さんがベッドを見ながらそう告げた。
そこにはやっぱり二つの枕。
「うわああああぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
咄嗟に枕を蹴り飛ばす。
「な、何の事かな?おお俺には同棲してる妹なんていないよ!あ!外は天気が良さそうだから出かけようよ!」
強引に伴子さんの手を引き、部屋を出る。
この時の俺には、なんの下心もなかった。
ところが俺のかわいくないほうの妹は、この行動に対して、下心アリとみたようだ。
「いきなり女性の手を掴むなんて何考えてんのよ!変態!セクハラ!」
……この氷河期はいつまで続くのだろうか?
はやく終わらないと俺の心は荒んでしまうな。
488 Identical ◆sGQmFtcYh2 sage 2010/07/17(土) 13:44:30 ID:/Vt9R0KL
街の中を三人の人物が歩いていた。
一人は俺。服はもちろん新品だ。
その右側には伴子さん。眼鏡がなんとも似あう御淑やか系美人。
逆側には二奈。なんでここまで付いてくる。いいから早く帰れ。
「それにしても伴子さんは美人だよね?彼氏とかはいないの?」
「え?彼氏……ですか?そういう関係の方は今までに一人もいませんで……」
どことなく、二奈と伴子さんの会話は心臓に悪い気がしていた。
でも今回だけは二奈にGJ!と言おう。
「あ、それで優二達のコンパに参加したのね!」
「こ、コンパって……」
「だってコンパだったんでしょ?お互いに彼氏彼女を探すための飲み会って、他に言い方あったっけ?」
二奈の言葉にはところどころ棘があった。
まるで昼ドラの姑のように、ねちっこく絡みついてくるイバラの棘のよう。
「でもショックだったでしょ?よりにも寄ってメンバーがこいつとか拓朗君みたいなので」
拓朗はともかく、俺を残念な人間みたく言うな。
「そ、そんな事はありません!優二君を一目見たときから……その……」
そのまま俯いて体を震わせる伴子さん。
このタイミング、そしてこの言い回し。
これらから推察される解答は―――こ、告白じゃね!?
「お、俺も実は一目伴子さんを見たときから―――」
「ねぇ二人とも知ってる?一目惚れで付き合うカップルってすぐに別れるんだって」
二奈の言葉に俺も伴子さんも言いかけた言葉を飲み込んだ。
「理由はね、一目惚れは一時の錯覚だからだよ。流行ものに乗っかるのと同じ現象なんだって。飽きたらすぐにぽいってやつ?」
それは決して軽口なんかではない。
そう思えるほど、今の二奈には雰囲気があった。
「まぁ二人に限ってそんなことはないと思うけど、もしそんな口説き文句を言ってくる奴がいたら、追い返した方が身のためだよ」
それからの二奈は鼻歌を歌いながら、俺達の先頭を歩んで行った。
自分ではアドバイスしたつもりなんだろう。
そうでなければ、いきなりの好ムードをぶち壊して、鼻歌なんか歌うはずないよな?
「……とにかく歩こっか」
「……えぇ」
後ろから二奈を睨みつつも、伴子さんと肩を並べてのデート開始だ。
最初の目的地は映画館。
489 Identical ◆sGQmFtcYh2 sage 2010/07/17(土) 13:45:35 ID:/Vt9R0KL
全米が震撼したラブロマンス。全米チャート4週連続1位。
お決まりの謳い文句が書かれた恋愛映画。
今日観に来た映画はこれだ。
内容は、相思相愛だった主人公とヒロインは、主人公を愛しすぎた恋敵によって引き裂かれてしまう。絶望の淵に立たされた二人だったが、最後は見事恋敵の魔の手から逃れ、永遠に二人で生きて行く、といった何ともハードなものだった。
「私もこれ観たかったんです!」
嬉しそうな伴子さんの前にチケットを出す。前々から買っておいたのだ。
「ウチもこれ観たかったんだ!」
嬉しそうな二奈が俺の財布をひったくる。前々から買っておいた俺のチケットが奪われる。
「おい!なにすんだよ!自分の分は自分でだせよ!」
「いいじゃないケチ!そんな細かい事いってるから、彼女ができないんじゃない!」
「ぐっ……!」
伴子さんの手前、あまり格好悪いところは見せたくない。
仕方なく二奈に手渡ったチケットを諦める。
「……すいません。チケット一枚お願いできますか?」
そして店員から残りの座席を訊かれたとき、二奈が俺のチケットを奪った本当の目的が分かった。
「お、おい!お前の分もおごってやるから、そのチケット交換してくれ!」
「い、や♪だって伴子さんの横に優二が座るなんて危険でしょ?」
「な、なにもするわけないだろ!?」
「分かんないわよ。雰囲気に呑まれて、ってなるかもしれないじゃない。だからウチが守ってあげないと」
二奈は完全に俺を信用していなかった。俺が暗闇に便乗して手をだすかも、と考えている。
「それじゃいこ、伴子さん!」
「は、はい……」
そのまま伴子さんと手を繋ぎ、映画館の中に消えて行った。
映画を観た率直な感想。
全然おもしろくなかった。いっそアクションにすればよかった。
でも最後の方に出てきた二人は号泣していた。
「も、ものすごく感動しました!!特に最後の、二人で恋敵から逃げるシーンは近年稀にみる名場面に入ると思います!」
伴子さんの方は映画に大満足したらしい。それなら結果的に俺も大満足だ。
二奈の方はもうあまりの泣きっぷりに言葉が出ないようだ。
「……うっ……うっ……ぐずっ……」
「ど、どうしたんだよ?そんなに泣くほどか?」
「だ、だっで……ヒロインに……感情移入しちゃって……うっ……」
そうか?別に二奈とは顔も境遇も全然違ったと思うんだけど。
「でも二奈さんが教えてくれた裏設定は、なんとも深いものがありましたね」
「裏設定?」
「じつは主人公とヒロインは兄妹だそうです」
……え?一応寝ないで全部見たけど、それを匂わすようなシーンなんかあったっけ?
「二人は兄妹だから公然と愛し合えない。それを逆手に取った恋敵の攻防がなんとも腹立たしかったです!」
「……でも……ぐずっ……やっぱり最後は……二人が結ばれる……運命なんだよね……!」
盛り上がっている二人をさし置いて、俺はアイスを買った。
ん~、冷たくておいしい。
490 Identical ◆sGQmFtcYh2 sage 2010/07/17(土) 13:46:14 ID:/Vt9R0KL
映画の後は食事。
俺の知る限りで一番良いレストランを予約したのだ。
それは二奈の大好きな店でもあり、二人で何度か行った事もあった。
「次はどこに行きましょうか?」
「レストランを予約してあるから、そこに行こうかと」
きっと伴子さんも喜んでくれる。そう確信していた。
そのレストランには月に一回、専属のマジシャンが来て手品を披露するのだ。
その中でも一番人気は、そのとき店の中にいた一組みのカップルを選び、マジシャンを含めた三人で手品をおこなうというものであった。
ちなみに二奈はいっつもこれに選ばれるのを期待していた。
まぁプロのマジシャンと一緒に手品をする機会なんてのは、一生に一度あるかないかだろう。気持ちも分かる。
「それで、そのレストランはどこにあるんですか?」
「もうすぐ着くよ」
後10分ほど歩けばたどり着く距離だ。
二奈の方もどうやらそれに気がついたらしい。
「……ねぇ、もしかしてレストランって言うのは……」
二奈の顔が見る見る険しくなっていく。
「あぁ、たまに行くあのレストラン。それでお前に一つ頼みがあるんだけど……」
俺の取った予約は2名。
今から人数の変更は無理だ。だからといって、こればっかりは二奈に譲る気はない。
「ここらへんで、もう帰ってくれないか?」
さすがの二奈も、もう我がままを言わないはずだ。
だがその考えは間違っていた事に気付かされる。
「嫌っ!」
「嫌、じゃないだろ?予約だって2名で予約を取ってるんだし、今さら人数の変更なんか……」
この前の教訓を思い出して、できるだけ優しく言ったつもりだった。だが、
「嫌っ!それだけは絶っ対に嫌っっ!!」
二奈は意思を曲げなかった。
「何が嫌なんだよ?今度またお前にもおごってやるから今日だけは―――」
「嫌!あの店だけはやめて!あの店だけは行かないで!!」
「何でだよ?理由は?」
「理由は……だって……もし……」
訳を訊ねると、二奈はそのまま無言になってしまった。
二奈は常々こんなに我がままは言わない子だ。その二奈がここまで頑なに認めようとしないのは変だ。
そんなとき、意外なところから声がかけられた。
「もしかして二奈さんが言っているお店って、この先にあるフランス料理店ですか?」
二奈の体がびくっと震える。
「あれ?伴子さんも知ってるんですか?」
「はい。いま女の子たちの間で人気のレストランになってますからね」
伴子さんはそう言うと、目を細めて二奈の顔を見つめた。
「そうですか……初めてお会いしたときから薄々とは感じていたんですけど……やっぱりそうだったんですね……」
伴子さんは何かに感づいたようだ。俺にはそれが何なのか分からなかったが。
二奈の方はというと、まるでこれから叱られる子供のように怯えきった表情をしている。
「優二さん、私からのお願い……訊いてくれますか……?」
今日初めてのお願い。その言葉の裏には、お願いではなく、命令とでも言いたげなものが隠れていた。
「そのレストラン、私とではなくて二奈さんと一緒に行ってあげて下さい」
491 Identical ◆sGQmFtcYh2 sage 2010/07/17(土) 13:47:28 ID:/Vt9R0KL
伴子さんは最後に、「今日は有難うございました!」とお礼を告げ、有無を言わす前に帰ってしまった。
残されたのは俺と二奈。
いきなりの展開に思考の方がついて行かない。
「……どうする?」
二奈に意見を訊いても何も答えない。ただ体を震わせているだけ。
あれほど言い渋った理由が伴子さんに気付かれたんだ。
無理はないのかもしれない。
「……しょうがないな」
「!」
二奈の手を握る。そしてそのままの状態で前に進む。
「ゆ、優二!?あ、あの……」
「せっかく2名で予約したんだ。この前にした約束の分も含めて、いまから一緒に行くぞ」
口ではそう言ったが本心は別にある。
(レストランに連れて行けば二奈の気も紛れるだろう)
何がそんなに怖いのか知る由もなかったが、こんな二奈は見たくない。そう思った。
「山川様ですね。どうぞこちらです」
さすが何回か来ている事もあって、入るなり席に案内された。
だがいつもならものすごく幸せそうな顔をする二奈の様子が、未だに晴れていない。
「おい、元気だせよ。せっかく人が奢ってやってんのに」
「う、うん。ごめんね……」
痛々しい笑顔の二奈。
暗い雰囲気のまま食べる食事はあまりおいしく感じられなかった。
そしてコースも終盤に差し掛かった頃、例の時間がやって来る。
「みなさん、ボンジュール!」
マジックショーの始まりだ。
二奈はこの時になって、ようやくいつもの笑顔に戻っていた。
「では今日のカップルを選んでいきましょうかね~」
その言葉に二奈が手を握りしめて、必死に祈りの態勢に入る。
それは二奈だけじゃなく、他のカップルもそうだったけど。
「う~んそれでは……」
俺はいつもこれに選ばれるのが嫌だった。
みんなの注目を浴びるような格好になるし、なにより俺と二奈はただの兄妹だったからだ。
でも今日ばかりは俺たちを選んでほしい。
たまには二奈にもいい思いをさせてあげたい。
急にそう思えた。
「そこの端にいる美男美女のカップルにしましょう!」
マジシャンの手が向けられた方向。その先にいたのは紛れもなく、俺たちだった。
492 Identical ◆sGQmFtcYh2 sage 2010/07/17(土) 13:48:05 ID:/Vt9R0KL
「えっ!?ウチら!?」
驚くのも無理はない。なんせ来店以来、初めての出来事だったのだから。
「そうです!あなた方ですよ!」
二奈は動揺がそのまま顔に出ていた。
大きな目はさらにいっそう大きく、口は半開きな状態。決してお世辞にも美人とは言えない表情だ。
そんな二奈をマジシャンの一言が地獄に突き落とした。
「あれ?でもよく見ると、二人とも顔が似てますね?もしかしてカップルじゃなくて兄妹だったのですか?」
このマジックはカップルを選ぶのが暗黙の了解になっていた。
だからなのだろう。二奈が今にも泣き出しそうになっている。
「すいませんでした。……それでは他のカップルを選びましょうか」
その言葉がどれほど二奈にとってショックだったのかは、態度を見れば一目瞭然だ。
まるで人形のように全身の力が抜け、そのまま座り込みそうになった。
そうに、というのは実際は座り込んでないからだ。
いや、二奈の方はそうしたかったのかもしれない。
だが俺の手がそれを阻止していた。
「待って下さい!俺たちは兄妹なんかじゃありません!」
あまりの声量に店全体が一気に静寂する。
「確かに顔は似ているかもしれませんが、俺たちはれっきとした恋人同士です!」
そのまま一歩一歩、前に立っているマジシャンに近づいて行く。もちろん、さっき掴んだ二奈の手首を離さないままで。
「だからお願いします!俺達にして下さい!」
マジシャンの前までたどり着くと、そこで思いっきり頭を下げた。
後から二奈に何て言われようと構わない。兄妹で恋人なんて気持ち悪い、と言われようが構わない。
それでも二奈にこの手品をさせてあげたかった。
「……いや~、最近の若者にしては男気がありますね!!」
「え?」
「もちろんですとも!!本日のメインパートナーはあなた達お二人です!!」
店内から拍手喝采が巻き起る。
どうやら俺たちをカップルだと信じてくれたみたいだった。
「あ、有難うございます!!やったな、二―――」
奈!と続くはずだった言葉が途切れる。
横に振りむいた瞬間、二奈が崩れ落ちてしまったからだ。
「ありがとう……優二……ヒッグ……嬉しいよ……ヒッグ……もう死んでもいいくらい……ヒッグ……嬉しいよ……!」
「おやおや、彼女さんを泣かせるなんて、男としてダメですよ?」
「お、俺のせいですか!?」
「誰が見てもあなたのせいですよ」
マジシャンがにやにやと笑う。
後ろを振り返るとみんなも笑っていた。
けれど決してその笑いは不快感を感じさせるものではなかった。
「お、おい!泣きやめよ!いちいち大げさなんだよ!」
「だっで……だっで……うぅ……」
どうしてこいつはただ選ばれただけなのに、こんなに泣けるんだ?
それに二奈が泣きやむまで時間がかかりそうだ。その間、おれはずっと視姦される羽目になるのか……
結局、二奈はこの店を出るまで涙を止める事はしなかった。
ただ、それからの二奈は今までに見た事もないくらい幸せそうな顔をしていたのが唯一の救いだった。
最終更新:2010年07月30日 20:52