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裏切られた人の話 補足 sage 2010/07/19(月) 23:02:33 ID:7DA+A1Ja
壁一面には賞状やら勲章やら写真が並んでいる。
英語や露語、その他良く分からない様々な言語が並んでいる。
けれど、これらは全て一点で共通している、どれもその持主の才覚を称えているということだ。
星司が居なくなってから1ヵ月後、私は最後の希望であるこの研究室に来ていた。
「やあ、お待たせしたね、申し訳ない。思った以上に会議が遅れてね。」
その言葉に振り向く、そこには私にとっての希望となる人が、ってあれ? なんで被害者側の子が居るの?
そこにいたのは私の最後の希望ではなく、なんというか・・・・・・。
・・・・・・まあ、その、つまり、要は、完璧にロリ。
うん、そう、素晴らしいくらいに金髪ロリ。
しかもオプションで丸めがねがついてる、なんていうか、すみません。
540 裏切られた人の話 補足 sage 2010/07/19(月) 23:03:06 ID:7DA+A1Ja
思わず切り抜いた新聞記事と目の前の少女を見比べる。
そこには如何にも才女という美人弁護士(2×)と「勝訴!!」
という紙を嬉しそうに持つ被害者の親戚の少女(1×)の姿が間違いなくあった。
「ん、ああ、その記事か。
それはね、馬鹿な新聞記者が僕と依頼人を取り違えて紹介しやがったのだよ。
しかも、よりによって全国ネットでな。」
そう言って切り抜きを私から引ったくり、びりびりと破く。
「ちなみにだ、その記者は翌日からシベリア支局に栄転となった。
ほら、天気予報の横に有るだろ『本日のシベリア杉』、あれを1人で担当しているそうだ。」
その記事ならば見た事が有る。「本日の本数:○○本」と小さく書いてある記事だ。
今まで何の意味があって載っているのか分からなかったが、この人のせいだったのか。
「まあ、そういうわけで僕が正真正銘の、糸川 エリス、君がお探しの理工学者兼××大学長兼弁護士だ。
弁護士については副業だがね。いや、昔、司法試験も取っておいて正解だったよ。」
立派な革張りの椅子にちょこんと腰掛ける。
その姿は職員の子が遊びに来ているようにしか見えず、欠片ほどの威厳も無い。
541 裏切られた人の話 補足 sage 2010/07/19(月) 23:03:32 ID:7DA+A1Ja
「さて、ここに来たという事は奴隷法絡みの事件だね?」
「ええ、そうです。私の夫がいなくなってしまって・・・。」
私、雪路 紅葉(ゆきみち もみじ)には星司(せいじ)という夫が居た。
それから彼の姉の雪路 夜宙(ゆきみち よぞら)。
1男2女というちょっと奇妙な生活ではあったが楽しい日々だった。
なのに、1ヵ月前に2人が消え去り、私の手元には一枚の紙だけが残った。
『奴隷契約の成立による婚姻関係の解消及び経緯に係る説明書』
その紙には、星司が私の知らない間に有名な財閥系企業群シス・コンティネンタルグループ傘下の金融機関から
突然多額の借金をし、その返済の為に知人に対して自身の売買を申請したこと。
しかし、売買を知った姉の夜星が競売に急遽参加し落札、事なきを得た。
なお、夜宙はNGOの聖姉妹救済協会より資金支援を受けており、現在は星司と共に同協会の保護下にある。
帰還の準備が整い次第住居に戻るとあった。
私はこれを読んで驚愕した、信頼していた星司が私に何も言わずに多額の借金をしていた事、
そして何の相談も無しに奴隷契約を結ぼうとしていた事に。
だが、最後まで読んで安堵した。あの聖姉妹救済協会が味方してくれたのだから。
542 裏切られた人の話 補足 sage 2010/07/19(月) 23:03:52 ID:7DA+A1Ja
聖姉妹救済協会はこの国の奴隷制度に断固として反対しており、
兄弟が売買の危機に陥った姉妹にはいかなる事情でも即日、無利子、無期限で融資してくれる、実質は無償贈与だ。
そして、奴隷となった者にだって、買い戻し金の融資や解放運動等の強力なバックアップを行ってくれる。
さらには、周囲の目が気になる被害者達の為に新たな住居・生活まで支援してくれるという大規模NGOだ。
その影響力は政財官に浸透しており、会員の中には国会議員や大企業のトップも少なくない。
当然だが、協会の活動によって今日まで救われた奴隷・奴隷候補の数は計り知れない。
私はもはや星司は救われたもの安堵し、協会からの連絡を待った。
だが、2週間経っても連絡は来ない、いや、一度だけ星司から来た。
その言葉は「紅葉、
姉さんが、助けて・・・。」のみですぐに切られてしまった。
聖姉妹救済協会に連絡を入れたが、被害者保護の名目の元に何も教えてくれなかった。
私はすぐに警察に相談した、けれども、警察は聖姉妹救済協会を信じなさいとしか言わなかった。
弁護士にだって当たってみた、しかし、誰もが聖姉妹救済協会と奴隷法だけはやっても勝てないからと断られた。
そんなときに一枚の新聞記事を図書館で見つけた。
『弁護士 糸川 エリス氏、奴隷法に基く競売の無効判決に成功、我が国初の事例』と。
そして、私は最後の希望として彼女を訪ねた。
543 裏切られた人の話 補足 sage 2010/07/19(月) 23:04:13 ID:7DA+A1Ja
「成程、僕が勝った時と全く同じケースだよ、それは。」
「でしたら、何とかなりますよね?」
「いや、残念だが、そう簡単には行かないんだ。
前僕の使った手は奴隷法の盲点の盲点を付くような方法でね、
それで何とか取引を無効に持っていったんだが、ふん、その1週間後に法改正をされて穴を埋められた。」
「でも、この法律は元々半分死文化しているって聞きましたが?」
「ああ、そのはずなんだがね。僕も調べてみたんだが、どうも奴隷法というはおかしな法律でね。
大まかに言えば、買取を申請した人間には厳格な審査や制限が有るのに、親族に対しての制限はほぼ無いように出来ている。
例えばだが、申請者は申請時以上の金額を法廷に持ち込めないという半ば強制の慣習が有るんだが、
一方で親族にはそんな制限は無いし、それどころか事前に申請者の金額を知る事もできる。
言い換えれば、もしも親族が売買に参加し、十分ま金さえあれば確実に買い戻せるようになっているんだ。
そして穴があれば瞬時に改正される、なんでも今回は与野党一致だったそうだ。」
与野党が一致、官庁で使う鉛筆の本数ですら1ヶ月では纏まらないあの国会が?
「不思議だろう? それから君の旦那さんが借金をしたシス・コンティネンタルグループなんだが、
例の聖姉妹救済協会、ふん、中世の救出教会みたいなご大層な名前だよ全く、そこと関連が深いグループだよ。」
「え、だって、あの協会は奴隷解放を目指していて、なんでその協会が奴隷売買を促進するんですか!?」
544 裏切られた人の話 補足 sage 2010/07/19(月) 23:04:41 ID:7DA+A1Ja
「まあ、落ち着きたまえ。おや、いかんな、僕とした事がお客さんに冷たいものも出さないとは。」
そういって、エリスさんはぱたぱたと冷蔵庫に飲み物を取りに行く。
失礼かもしれないが、お母さんの留守にお手伝いをする子みたいで可愛い。
きっと、サイダーの瓶とかを持って来ておいしそうに飲むんだろうか。
そう思うと、ちょっと頬が緩んでくる。
「いや、お待たせしたね。実は例のシベリア杉の記者からいいお歳暮をもらってね。」
来た来た、そんな嬉しそうな彼女の手には、綺麗なウォッカの瓶が・・・・・・、ウォッカ?
ちなみに瓶のラベルには赤いインク?で「もう楽にして下さい。」と書いてある、本当にお歳暮なのだろうか?
「あの、それって?」
「ん、ただの水だよ、シベリアのおいしい水。
Volka、ロシア語で命の水、ちなみにラテン語で命の水はAqua Vitaeとなる。
さらにAqua Vitaを英語に持っていくとElixirとなる、万能薬だよ。なんともご利益のありそうな名前だろう?
個人的な持論だが、僕はウォッカこそが数多の錬金術師が求めたElixirだと固く信じている。
ロシア人を見たまえ、あっちの放射線漏れ対策マニュアルにはなんて書いてあるか知っているかい?
まずウォッカを飲め、そして全部忘れろ、だ。
さらに軍用レーションにだってウォッカがある、何でも飲むと機関銃が当たっても大丈夫になるらしい。
いや流石は米国と世界を二分にした大国のテクノロジーだよ、すばらしい。」
そう言って、トクトクと楽しそうに氷の入った二つのグラスにウォッカを注ぐ。
待て、私にもそれを飲ます気なのか?
「あの、私は『普通』の水で良いです。」
「普通の? 割り水があったかな、うん、確か。
あまり使わないからどこにあるか忘れたけど。
ったく、人の飲物を勝手に割って嫌がらせをする馬鹿が居ないからな・・・・・・。」
いえ、その人多分健康を気遣ってくれたんだと思いますよ?
またぱたぱたと冷蔵庫に飲み物を取りに行くエリスさん。
ちらりと見えた表情は寂しげだった。
545 裏切られた人の話 補足 sage 2010/07/19(月) 23:05:08 ID:7DA+A1Ja
「さて、飲み物も出た。話を続けようか。」
つまみは無い、グッと一息にウォッカを飲み干す、叩きつけるようにグラスを置く。
その動作一つ一つが実におやじ臭い、と思う。
結局、普通の水は無かったらしく、私のグラスの中身は水道水だ。
これからこの弁護士で大丈夫なのだろうか。いや、他に当てなんて無いけど。
「件の聖姉妹救済協会だがね、あそこの関連議員をよく見てみたまえ、
一度として奴隷法廃止法案を出した者はいない。それどころか改正には常に賛成している。
他にもね、会員が兄弟を買い戻したなんていう話はざらなんだが、まあそこは良い。
ところが、そこから開放奴隷になったという話は全くと言って良い位無い、いや、実に面白いだろう。
そしてさらに調べて見るとだがね、この協会を作ったのは×××首相なんだよ。」
×××首相、だがそれはおかしい、だってこの法案を作ったのは・・・
「そう、わが国最年少にして初の女性首相、偉大なる×××首相だ。
そして奴隷購入者第一号も×××首相で対象は彼女の弟となっている。
どうかな、そうやって奴隷法に聖姉妹救済協会を繋げて見たまえ。
協会の関連企業が人身売買の原因として借金を作らせ、協会が姉妹に金を与える、
そして、姉妹はその金で奴隷法に基き兄弟を買い上げる、
協会が保護と称して彼女らを周囲から切り離す、金は企業への返済を通じて協会に戻る。
すると、兄弟が買い上げられるだけで他は何も変化していない、という訳だ。
まるで姉妹が兄弟を奴隷にする、そうゆう巫戯けた目的のシステムに見えてこないかね?」
鋭い視線が私を射さす。
そこに座っているのは酔いどれつるぺた幼女などではなく、確かに非凡の才女だった。
「まあこれは余談だが、×××首相の経歴は実に凄いよ。
何の地盤もスポンサーも持たないたった一人の若者が、政党を乗っ取り、
裏で表で次々と政敵を排除し、議員初当選と共に首相にまで上り詰め、斜陽だった我が国を救う。
そして、その圧倒的な支持を背景に力ずくで奴隷法を成立させた。
この間にどれだけの時間が掛かったと思う? 彼女が被選挙権を得てからたったの2年だよ。
それだけのカリスマと能力を持った彼女は奴隷法成立と共に姿を消した、完全にね。
そして、残されたシステムは彼女の同志達によって未だに機能し続けている、これがこの国の下らない現状さ。」
呆然とする。
なぜその人はそれだけの才能を持ちながら、こんな壮大で馬鹿げたシステムを作り出したのか、
何よりもそんなものにどうして星司が巻き込まれなくてはならないのか、私には理解ができない。
「あの、それで・・・、星司・・・・は無事・・・ですよね?」
震える声で尋ねる。
「まあ体は無事だろうね、きっと。
残念ながら、うん、申し訳ないが、今はそれ以上教えられないな。
被害者の行く末は大体同じだからな、それも色々調べた事があってね。
僕は予想が付くけど、今知っていてもきっと心が折れるだけだよ。」
辛そうな顔をしていた。
546 裏切られた人の話 補足 sage 2010/07/19(月) 23:05:52 ID:7DA+A1Ja
エリスさんがグラスにさらにウォッカを注ごうとする、最初の嬉々とした表情は無く悲しそうに。
濡れていたせいか、つるりとグラスがエリスさんの手から落ちる。
落ちたグラスに当たって机にあった写真立てが倒れる。
その写真にはエリスさんと年上の男性が二人で肩を組み表彰状を持って笑っていた、受賞式だろうか?
「この写真は、何かの記念ですか?」
「僕と助手、宗一というんだが、の初めての受賞の時だよ?」
「そうですか、ふふふ、楽しそうですね。」
「ああ・・・、楽しかったよ、あの時はね、本当に。
僕はそれが続くものだって思ってたよ。
だがね、その馬鹿者は、君の旦那さんと同じで買われたんだ、姉妹に。
まあ、僕の場合は、僕が持ちかけたから自業自得だがね。
どうしてもアイツが欲しくてね、アイツの窮状に付け込もうとしたんだ。
全く、悪魔から契約を勧められるどころか、自分から悪魔を呼び出し、挙句に自滅したんだからな。
いや、実に愚かだったよ、3年前の僕は。」
「その姉妹の方もやはり協会を頼って・・・?」
「違う、そいつの妹は自力で奴隷法の意味を理解し全てを計画し実行したんだ、誰にも頼らずにね。
その後協会の本性を嗅ぎつけ、上手く取り入って今はその保護下に入って消えた。
便利だったんだろうね、保護下に入ってしまえば協会の持つ記録以外では消息を追えなくなるからな。
僕がこんな事しているのもその為さ、まずは協会を取り払わないと本命にも近づけないって訳だよ。」
「宗一さんは、今は、その・・・」
「うん、声を聞いた限りは元気だったよ、昨日も電話が来たんだ。
『俺は夜澄だけのモノになれて、夜澄だけと居られて幸せで、夜澄以外のものなんか何も要らないし、
夜澄だけと愛し合って、夜澄だけを考えて、夜澄だけを幸せにしたいんだ。
だから、お前なんて邪魔だし、気持ち悪いだけだからもう俺に関わらなくていいぞ、というか関わるな。』ってね。
とても幸せそうにな、まるで上手に調整された機械みたいに一音一字一句まで幸そうな声でな。
その間中、ずっと人形女の衣擦れの音と、アイツの妹の事だ、くすくす、くすくすという幸せそうな笑い声が後ろで続いていたよ。
あれがアイツの幸せらしい。ふん、こうなっては実際救いようも無いね。」
「じゃあ、エリスさんは宗一さんを助ける為に頑張っているんですね?」
547 裏切られた人の話 補足 sage 2010/07/19(月) 23:06:45 ID:7DA+A1Ja
「は? 助ける? どうやってだい?」
エリスさんは即座に否定する。
「え、だって、宗一さんを取り戻せれば助けたって事じゃないんですか?」
「取り戻せても、アイツは僕を押しのけて人形女の所に戻って行くだろうさ。
今のアイツはね、人形女の人形でいるのが幸せなんだよ、悲しい事にね。
ああ、違うね。結果として、アイツは初めからずっと人形女の為の人形だったんだろうな。
何もかもが遅すぎたって事だ、きっと僕がアイツと出会った時点でさえな。
はっ、参ったね。こうして言葉に出すと益々救いようが無くなるじゃないか。」
それは私ではなく、エリスさんが自分に向けた言葉なのだろう。
私には、彼女の言っている意味が良く分からなかった。
「でも、さっきエリスさんは協会を倒すって・・・・・・?」
「上手くやれば協会は倒せるかもね、運が良ければ奴隷法も潰せて、そしたらアイツにも会えるかもしれない。
でも僕にはアイツを助ける事は出来ないよ。
僕は、分かっているんだ。
僕が人形女に勝つことなんて出来ない事も、もう僕が好きだったアイツを取り戻せない事もね。」
十二分に分かっているんだけどね、と寂しそうに自嘲する。
「なのにね、考えてしまうんだよ、人形女が居なければ僕とアイツが歩めただろう未来を。
とても魅力的なんだ、その中の僕は幸せで、孤独なんかじゃなくて、アイツと同じ夢を見る。
……それが僕にとって有ったかもしれないハッピーエンドなんだよ。
だから考えてしまうんだ、人形女を押しのけてアイツを僕のモノにする方法を、何度も何度も何度も。」
目を瞑り、苦しそうに言葉を吐き出す。
「何度も、失敗する。どんな方法を考えても、どんなに有利な状況を想定しても、
いつも最後にはアイツの横で笑う人形女が居て、僕は絶対そこに居ない。
もう分かっている事なんだ、僕にハッピーエンドなんて無いって。
それでも、僕は、アイツと同じ夢を見たい、未来を歩みたい、幸せが欲しい。
僕は宗一が欲しい、そして僕だけの、僕の為のハッピーエンドが欲しいんだ。
だから、可能性が無いと分かっていてもこんな事をしてしまう。
今でもアイツを取り戻せればその先にハッピーエンドが有るんだ、って見え透いた嘘を自分についている。
そうでもしないと自分を保てなってしまったんだよ。
・・・・・・正直に言って辛くてしょうがないよ、僕は嘘が上手くないんだ。」
「でも、信じればきっと奇跡だって起きるかもしれないじゃないですか。」
548 裏切られた人の話 補足 sage 2010/07/19(月) 23:07:10 ID:7DA+A1Ja
エリスさんは、論外だというように笑う。
「はは、奇跡か。奇跡、最低の響きだね。
良いかい、奇跡って言うのは所詮極小の可能性が実現する事に過ぎないのさ。
つまり、起こりうる事が起こりうる範囲の内でしか起こらないという事だよ?
僕はその可能性の片鱗すら見つけられなくてね。いつもあの人形女の存在が邪魔をするんだ。
初めから無い可能性に全てを賭ける、その先にあるのは奇跡じゃなくて、狂気さ。
僕には良く分かるよ、僕は狂っている。」
「狂っている、エリスさんがですか?」
「くっくっく、そうだよ僕はね、もうとっくに狂っているんだよ。
アイツを逃してしまった日からさ。
狂人が狂人から狂人を奪おうとする、そういう話なんだよこれは。
どうだね実に馬鹿らしい話じゃないか? くっくっく。」
エリスさんは椅子を後ろに回した、笑い声に混じって小さく嗚咽の音がする。
誰かの名前を呟くのが聞こえた気がした。
「宗一さんはエリスさんの・・・・・・、大事な人だったんですね・・・。」
「だったというのは止めてくれ!! ずっと大事なんだ!!」
エリスさんが私から背を向けたまま上ずった声で叫んだ。
「その、あの、すいませんでした。」
「ん、すまん、すまん、八つ当たりとは僕らしくもないな、ふふふ。」
「いいえ、私が無神経でした。」
「君は悪くないさ。ふん、いかんね、こんな大恐慌と世界大戦が一辺に来たみたいな辛気臭い話は。
君もこんな与太話を聞くためにここに来たわけでは無いものな、では! 景気良くご商談と行こうか!!」
静寂を打ち破るようにエリスさんがぱんっと元気良く手を叩き、くるりと元気良く椅子を回転させる。
「大事な話なので初めに言って置くが、僕は奴隷法関連で8件勝利したが、12件では負けている。
さらに、その8件でハッピーエンドになった者は1人も居ない。その場で姉妹によって命を落とした者、
結局は姉妹に連れ去られた者や自らの意思で姉妹の元に戻って行った者、後は依頼人もヤンでいたりとそんな事ばかりだ。
まあ、奇跡でも起きれば君はハッピーエンド第1号になれるかも知れないね。それでも、僕を頼るかね?」
549 裏切られた人の話 補足 sage 2010/07/19(月) 23:07:31 ID:7DA+A1Ja
私は迷わなかった。
きっと私にも彼女にもバッドエンドしか待っていないのかもしれない。
それでも、私は、私の、いや私と星司の運命を彼女に託したい。
だが、一つ気になる事があった、その、お財布の具合が・・・、
弁護士って雇ったこと無いけど、毎食もやし定食ABCでどうにかなる金額じゃないよね?
因みにAが中華風もやし炒め、Bが和風餡かけもやし、Cが洋風もやしスープだ。
「ん、その顔は金の事かね? ふふふ、いや君は実に運が良いよ。
実はだね、僕は名前に『夜』が付く女が大っ嫌いでね。
そういう女は採算度外視でこの世から消してやりたくなるんだ。
実際、僕がつぶした8件の姉妹共にはみんな『夜』の字が入っていたんだからな、縁起が良いだろう?
持ち合わせが無いならいっそ只でも全く構わんよ。大事なのは君の意向だけさ。
さて、雪路 紅葉さんだったっけ、君はどうするのかな? くっくっく。」
エリスさんが笑う。
本当にいやらしく笑う、あの時代劇に出てくるお代官様のように。
これって負けフラグだったりしないよね・・・・・・、じゃなくって!!
「お、お願いします!!」
「うん、実に良い返事だ。さあ、では共に頑張ろうじゃないか、被害者のMさん。」
エリスさんはそこで、物思いに耽っている様に顎に指を当て黙った。
暫らく間をおいてからエリスさんが言葉を繋げる。
「ああ、それからだが、さっきは僕は全てを諦めているように聞こえたかもしれないが違うからな?
こうやって一歩ずつ協会と法の足元を崩してゆく。そして、君のような仲間を増やす。
思いのほかだが、着実に賛同者は増えているんだ。
そして、その一歩がいつか僕にとってのゴール、アイツにたどり着く。
例え、それが僕にとってどんなに悲しい結末であろうとも、ね。」
ぎこちなくエリスさんが笑った。
彼女の深く青い瞳が私を見据える。
「君も諦めるな、抗え、奇跡が起きればハッピーエンドだって迎えられるさ。
君には奇跡を起こすだけの余地は有るよ、きっと。」
その青は、苦悩、悲しみ、絶望、願い、優しさ、正負の色んな感情が混ざり合った複雑な色だった。
550 名無しさん@ピンキー sage 2010/07/19(月) 23:07:53 ID:7DA+A1Ja
エリスさんの手が私へ向けられる。
「さあ、まだ1ヶ月目なら希望は有る、急ぐとしようか。
敵は余りにも巨大で僕達は砂粒のように矮小だ。
僕達に出来る事は1秒でも早く行動し、こっそりと不意打ちを当てるだけなんだからな。
うん、そうだな、こんな所でのろのろしていたら君も僕もアラサーの仲間入りをしてしまうぞ?」
アラサー? 目の前に居る彼女は、どう見ても、その・・・・・・。
ああ、それってアラウンド・サーティーn「30だ」の方。
「おい、サーティーだからな、30だからな?
今13だと思っただろ、言っておくが僕は君より年上だからな、オトナの色香だからな?」
エリスさんが拗ねて、この話は無かった事にしようかと手を引っ込める。
私は彼女の小さな手を慌てて握った。
最終更新:2010年07月30日 20:56