幸せな2人の話 3

525 幸せな2人の話 3 sage 2010/09/03(金) 21:27:28 ID:XpNk3qa7
もう1時なのに、どうしたんだろう?
いつもみたいに待っているのに、いつまでもお兄ちゃんが帰ってきてくれない。
「シルフちゃん、さっきから何回時計を見てるのかな?
 そわそわしすぎよ~?」
姉さんが呆れ顔で紅茶の入ったマグカップを持ってきてくれた。
「だって、お兄ちゃんが連絡も無いのにこんなに遅いなんて、変だよ。」
「大丈夫だって。
 兄さんだって偶には遅くなる時ぐらいあるし、電話が出来ない時もあるわ。」
「でもこのまま帰ってこなくなったら、私は嫌。」
私はお兄ちゃんの顔を見てからじゃないと眠りたくない。
そうしないとお母さん達みたいにいなくなりそうで、怖くなるから。
「どうしても、お兄ちゃんを探しに行っちゃだめなの?」
「何回聞いても絶対にだめだよ。
 こんな時間にシルフちゃんを外に出したら、お姉ちゃんが兄さんに怒られちゃうもの。」
姉さんはちょっと厳しい顔をして答えた。
「分かってるけど。」
私はまた時計を見る、あれからもう10分も経っている。
「もう、シルフちゃんは心配性なんだから。
 あ、ほら、やっと帰ってきたみたいだね。」



526 幸せな2人の話 3 sage 2010/09/03(金) 21:28:00 ID:XpNk3qa7
ばたん、ずりずりという音を立てながらお兄ちゃんが居間に入ってきた。
だらりと力の抜けた女の人を抱えていた。
「おかえり、兄さんいくらなんでも遅すぎだよ~、ってあれ?」
「お兄ちゃん、それに、……母さん?」
「ああ、なんだか知らないが突然帰国して、駅前で飲んでたらしいんだ。
 で、俺を見つけるや否や、頭を酒瓶で殴りやがった。
 だめだ、まだ頭がぐらぐらする。」
大丈夫? お兄ちゃん、と声を掛けようとした時に母さんが突然起き上がって私に向かってきた。
「シルフちゃ~ん。
 ちょっと見ないうちにすっかり綺麗になっちゃって。
 うふふふ、お母さんが男だったら禁断の愛に目覚めちゃうところよ~。」
そう言って、ぎゅうっと抱きしめて、すりすりと頬擦りされる。
暑苦しくて、酒臭い。
うう、姉さんといい、抱き癖のある血筋なのかな?
……なんで、お兄ちゃんはこういう所は母さんや姉さんに似てくれないのだろう。
「ん、どうした、シルフ?
 じーっと、こっちを見て。」
「ううん、なんでもない。」
お兄ちゃんは不思議そうに首を傾げた。
「うんうん、こっちもしっかり成長しているわね~。
 Cかな~、いえいえこの手応えはひょっとしてDかしら~?」
母さんが今度は私の胸を右手でムニムニと揉み出す。
そして母さんの言葉にちょっとだけ姉さんの目が怖くなった気がする。
やめて欲しいけど、あ、ん……、今声を出すと……、泣きたい。


527 幸せな2人の話 3 sage 2010/09/03(金) 21:28:51 ID:XpNk3qa7
「で、今回は何の用だい、母さん。
 あと、いい加減にしないと警察呼ぶからな?」
お兄ちゃんが気まずそうに私から目線を逸らしつつ水を差し出す。
母さんが胸から右手を離しコップを取る。
今の、お兄ちゃんに気付かれていたんだ……、もう、泣いて良いよね?
「う~ん、用って言うほど大した事では、まあ有るんだけどね~。
 その、陽ちゃんにシルフちゃんって、青春を謳歌してたりするのかな~って。
 いや、別にしてなくても母さん的には全然おーけーなんだけど。」
「母さん、まさか子供の素行調査の為に地球を半周してきたのか?」
「いや~、そういうわけじゃなくてね。
 え~と、要はね。勿論、二人ともOKならなんだけどね~」
未だに成すがままにされている私をお兄ちゃんの方に向ける。
「その~、陽ちゃんにシルフちゃん、二人でハッピーサマーウェディングする気とかないかな~、なんちゃって~。」
誤魔化すようにあははは~、っと笑う母さん。
姉さんは母さんと同じ様に笑顔だった。
一方、開いた口の塞がらないお兄ちゃん。
あれ、お兄ちゃんの頭が真っ白になっているのって初めて見たかも。
そして私は、もし体が自由なら頭を抱えたかった。


528 幸せな2人の話 3 sage 2010/09/03(金) 21:29:22 ID:XpNk3qa7
「母さん、たちの悪い冗談なら止めてくれよ。」
一番早くショックから立ち直ったのはお兄ちゃんの様だ。
「ジョークじゃないよ~。
 お母さん真の剣と書いて、しんけんと読む位マジだよ~。」
「突っ込まないからな。
 本気ならそれなりに訳があるんだろうな?
 ……お兄ちゃん今から家庭内暴力に走りたくなってきたんだが。」
「うう、シルフちゃ~ん、お兄ちゃんがぐれちゃったよ~。」
母さんがわざとらしく泣きながら私にほお擦りする、すごく酒臭い。
「母さんいい加減離して。
 あと、私もお兄ちゃんと同じ気持ちなんだけど?」
「シルフちゃんまで!!」
私にも拒否されたのが相当ショックだったのか、今は姉さんによしよしと慰められている。
姉さんに甘えられて満足した母さんが詳細を語る。
「どういうわけかって言うとね―――。」
―――母さんの話を纏めるとこういう話だった。
以前言ったとおり、私のお父さんとお兄ちゃんの父さんは親友だった。
当時留学生だったお母さんと駆け落ち同然で結ばれたお父さんは高校を卒業してすぐに働かなければいけなかった。
お兄ちゃんの父さんは、ただの高校卒業生の身である私のお父さん達が家庭を維持する為にいろいろな手伝いをしてくれて、
時にはアルバイトをしてお金を工面してくれたりもしたそうだ。
もっとも、私やお兄ちゃん達が生まれた頃には、二人ともすっかり別の道に進んでいてめったに会える機会は無かったそうだが。
そして、ある時に二人はこんな約束をした。
お兄ちゃんと私が大きくなったら、二人を結婚させてお父さん達は本当に家族になろうと。
けれど、私のお父さんとお母さんの死のせいでその約束は果たされなかった。


529 幸せな2人の話 3 sage 2010/09/03(金) 21:29:48 ID:XpNk3qa7
「というわけでね、まあ酒の席で本人達もどこまで本気だったか分からないし。
 シルフちゃんのお父さんも亡くなっちゃったから、別に強制なんて全くしないよ。
 でも、一応本人達には話しだけでも聞いてもらおうかなって。
 ……特にシルフちゃんには知っておいて欲しかったの。
 本当はお父さんから話したかったらしいけど、今電話もまともに出来ない場所だし。
 だから、母さんが伝えにきたって訳。」
お母さんはそう言うと、再び私達に尋ねる。
「そういうわけなんだけど、陽ちゃん、シルフちゃん。
 結婚する気、あるかな?」
私はまだ気持ちの整理が付いていなかった。

分からない、私はどうすればいいのだろう?
もし、ここでYESと答えれば、ずうっと心にあった私の夢が実現するのかもしれない。
でも、それをお兄ちゃんがNOと答えてしまえば、話は無かった事にされる。
そして、お兄ちゃんに自分の本心を知られてしまった私だけが残る。
そうしたら、私とお兄ちゃんの関係は変わってしまう。
私の想いを知ったお兄ちゃんは今までのように接してくれるのだろうか。
無理だと思う、きっと私は家族と他人の中間のような位置にまで遠ざけられる。
そうすれば、私はもう二度と妹としてのあの心地よい場所には戻れない。
それだけは嫌だ、私は何があってもずっとここに居続けたい、例え、お兄ちゃんの足枷になったとしても。
それならば正解はNOだ。
でも、それは私はお兄ちゃんを異性として拒絶した事になる。
それは永遠に私は妹のままという事、私の願いを捨てる事。
何回も描いていた、ウェディングドレスを着る私、お兄ちゃんと行ってきますのキスをする私。
そして、お兄ちゃんとぎゅうって抱っこしあう私。
お兄ちゃんの側に居るのに、全部叶わなくなる。
そんなの、嫌だ。


530 幸せな2人の話 3 sage 2010/09/03(金) 21:30:26 ID:XpNk3qa7
でも、私は「まあ、ふざけた理由じゃないから多少安心したよ。
       その上での、NOだ。」
煩悶する私を尻目にお兄ちゃんが答える。
「そして、シルフの答えも当然NO。
 ったく、どう断ればいいか悩んじゃってるじゃないか。
 シルフは今の家族関係を壊されるのが心配なんだよ。
 大丈夫だぞ、俺達は十分に家族だろ、俺は全然気にしないからな。
 俺達の関係は何があっても変わらないんだ、だからはっきりと断わってやれ。」
そう言ってお兄ちゃんが笑いかける。
何でかは分からないけど、母さんの表情が険しくなった。
違うよ、私はそんな事で悩んでなんかいないの、お兄ちゃん。
でも、私はお兄ちゃんと居られるなら……。
「うん……、私の答えも……「ストーーーーップ!!」」
姉さんの大声、そのせいで私のか細い返事がかき消された。
「兄さん、いくらなんでも身勝手すぎると思うよ。
 少しはシルフちゃんの話を聞いてあげるべきじゃないのかしら?
 ねぇ、シルフちゃんはどうしたいのかはっきり言ってあげたら?」
「私は……。」
答えを出せない私に姉さんが優しく目線を合わせる。
そして、微笑みながら言った。
「そうだよね。
 いきなりこんな事言われても心の整理がつかないよね。
 あのねシルフちゃん、お母さん、それならこういうのはどうかな?
 例えば、お試し期間っていうことで少しの間、恋人になってみるの。」


531 幸せな2人の話 3 sage 2010/09/03(金) 21:30:58 ID:XpNk3qa7
そこでぱんっと母さんが自分の手を叩く。
「あら、さすがお姉ちゃんね、良い事を思いつくわ~。
 うん、お母さんもそれがいいと思うわ。
 確かに、ずうっと家族だったんだから、いきなりって言うのは性急よね~。
 まずは恋人として3ヶ月過ごしてみなさい、それからもう一度二人の意思を確認するわ。
 明日には母さん出国しちゃうけど、3ヵ月後にちゃんと電話するからね。
 うん、これは命令よ。
 もし従わなかったら、……え~っと、仕送りを無くすわ。」
「おい、二人とも俺の意思は?」
「「却下」」
二人の声が重なった。
その様子にお兄ちゃんが困った顔をして答える。
「本気なんだな、母さん。
 分かったよ、はぁ、雪風も母さんも本当にそっくりだな。
 偶に何を考えているのか分からなくなる時があるよ。」
「あら、兄さん、他人の考えって全然分からないのが普通なんだよ?」
「本当にね、雪風の言うとおりよ。
 母さん、たまににあなたの育て方を間違えたと思う時があるわ。
 あなたは今からでも他人の気持ちを理解する事を学ばないと。」
「へいへい、育ちが良いと苦労しますね~。」
お兄ちゃんは苦笑いをしていた。
姉さんと母さんは笑っていなかった。


532 幸せな2人の話 3 sage 2010/09/03(金) 21:31:39 ID:XpNk3qa7
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シルフと陽が眠った後も、まだ雪風はキッチンに残っていた。
「はい、お母さん。」
雪風がほっかほかのラーメンを差し出す。
「ありがと~、雪風ちゃん。
 やっぱり良く分かっているわね~。
 最後の〆はこれじゃないと。」
ずるずる、べちゃ(?)、と行儀悪く啜る。
そんな母親をにこにこと雪風が見守る。
「それにしても今日は助かったわ~。
 全くもう、陽君は何でもかんでも一人合点するんだから。
 本当に、雪風ちゃんだけには先に教えておいて正解だったわ。」
「う~ん、流石に私もお母さんから教えてもらったときはびっくりしたんだけどね~。
 ところで、久しぶりのシルフちゃんはどうだった、少し変わったでしょ?」
「そうね、あの子は昔から心配な所があったけど、今はある程度安心、かな。
 少なくとも積極的に敵を見つけて、それを排除しようとはしなくなったのね。
 そういう意味では昔よりもずっと安定してきたと思うわ。
 きっとあの子はここに居場所を見出してくれたのね。
 これも雪風ちゃんに、それから陽君のおかげよ。」
「そうかしら、それならきっと兄さんのおかげだと思うよ?」
「ただ、私が本当に心配なのはそのお兄さんの方かな。
 あの子は昔から気持ち悪いくらいに勘が良い癖に、
 人の事を理解しようとはしていないなって思うところがあったから。
 そういうのってとても一人よがりで、自分も他人も傷付けるから怖いの。
 雪風ちゃんもそういう風に思う時って無かった?」
彼女は表情を曇らせながら言った。
「どうかな、私にはいつも賑やかで、優しい兄さんだったから。」
雪風は困ったように答える。



533 幸せな2人の話 3 sage 2010/09/03(金) 21:32:03 ID:XpNk3qa7
「そう、なら良いんだけど。
 ただ私は、今のままだと陽君みたいな子は大事なものを知らないうちに見失って、
 それでも本人はそれが大事だったって事さえ気付けないような人になると思うわ。
 特にあの子は中途半端に何でも出来るような子だから、余計に怖くてね。」
「私はそんな事無いと思うな。
 兄さんは何でもやれば出来る子だもの。」
「本当は、もし2人の育ち方次第では、許婚の約束があったていう話をするだけのつもりだったの。
 でも、今日会ってみて思ったわ、やっぱり二人ともまだまだ色々欠けているって。
 だから、悪いけど雪風ちゃんにはこれからも二人を見守って欲しいの。」
「ふふ、まるで私が兄さん達のお姉ちゃんみたいだね。
 それで、今日のお母さんの見立てでは二人はどうだったの?」
「そうね、多分、シルフちゃんと陽君に欠けているものは二つともぴったりだと思うわ。
 シルフちゃんには陽君が必要で、陽君にもシルフちゃんが必要。
 ただ、陽君は自分ではその事に全く気付いてないみたいだけど。」
「そうなんだ。」
この時、雪風が少しだけ不機嫌になった。
それは実の母親でも気付けない位も僅かな変化であったが。


534 幸せな2人の話 3 sage 2010/09/03(金) 21:33:57 ID:XpNk3qa7
「でも、何だかんだ言っても2人とも私にとっては自慢の息子に娘なんだけどね~。
 お父さん達の約束もあるし、変にどこかの馬の骨にやるよりもこうした方が良いって私達は思ってもいるの。
 もちろん、ふたりともがOKならだけど、うん、それについては意外と好感触かもしれないわ。
 ああいう組み合わせってね、一度燃え上がるともう消えないものなのよ~、ふっふっふ。
 ま、なんにせよ信頼しているわよ、雪風お姉ちゃ~ん♪」
「くす、あらあら、それじゃあ雪風お姉ちゃんには何も足りてない物は何も無いって言うのかしら?」
「そうねえ~。」
そう言って雪風の胸元を何となく見る、とても質素でコンパクト、所謂省エネだ。
その後で自分の豊満なそれと比べる。
あれ、シルフちゃんの方が本当の子供だっけ? と思った。
「……ふふ、母さん。
 何を思っているのかな~、ちゃあんと雪風の目を見て喋って欲しいな~?」
雪風はニコニコと笑いながら母に問いかけた。
彼女の瞳孔は最大限に開かれている。
「いや~、雪風ちゃんまでグレたの~!?
 助けて~、陽く~ん、シルフちゃ~ん!!」
もっとも、その声は当人達には全く届く筈もなかったが。


535 幸せな2人の話 3 sage 2010/09/03(金) 21:34:36 ID:XpNk3qa7
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部屋に戻ってから、私は大きな溜息を吐いた。
まだ体が熱くて、胸が鳴っている。
自分が嬉しいのか、それとも悲しいのかだって今の私には分からない。
たった3ヶ月だけど私はお兄ちゃんの恋人になる、それはずっと私の夢だった。
だからとっても嬉しいけど、こんな形になるなら私の願いなんて叶って欲しくなかった。
それから悲しい事はもう一つある。
さっきのお兄ちゃんの返事がそう、とても悲しかった。
少しくらいは悩んでくれても良かったのに、と思う。
確かに私は妹のままでもお兄ちゃんとずっと一緒に居られるならそれで良いって思ってる。
けれど、お兄ちゃんが私の気持ちに気付いてくれてて、いつか私を選んでくれる時が来るかもって本当は期待していた。
それなのにお兄ちゃんは私達の関係はいつまでも変わらないって言っていた、お兄ちゃんはすごく鈍感だと思う。
ずうっと私は好きだったのにお兄ちゃんにとって今の私は妹なんだ……。
やっぱり姉さんの言うとおり、ちゃんと言わないとお兄ちゃんには伝わらないの?
でも、こんなに大好きなんだから伝わってくれても良いよね。


536 幸せな2人の話 3 sage 2010/09/03(金) 21:35:14 ID:XpNk3qa7
ううん、そんな事を悩んでいる時間なんて無い。
もっとお兄ちゃんの好きなご飯を作って、お兄ちゃんがして欲しい事をしてあげないと。
お兄ちゃんにお嫁さんにしたいって、ちゃんと認めてもらわないと。

そこで一つ私は不思議に思った。
考えてみたら、恋人ってどうすれば良いのか私は知らない。
本や映画だと一緒にご飯を食べたり、お出かけをしたり、遊んだりしているけど。
それっていつも私達がしている事と同じだと思う。
でも、私とお兄ちゃんは恋人じゃ無かった、じゃあ何が違うんだろう?
分からないけど、がんばらなくっちゃ。
そうしないともう戻れなくなっちゃうから。

うん、がんばろう。


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最終更新:2010年09月05日 21:29
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