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幸せな2人の話 2 sage 2010/08/27(金) 22:29:01 ID:kZN2DQHc
私と
姉さんは向かい合わせに座っていた。
卓の上にはふんわりと焼かれたオムレツが二つ。
卵の焼けるおいしそうな匂いがする。
「はい、シルフちゃん、上手に焼けたでしょ?」
「うん。」
「どう、かな?」
「とってもおいしい。」
「ふふん、そうでしょ。
姉さんだってね、別にサボっている訳じゃないんだよ。
まあ、偶に失敗するけど。」
「その失敗が致命的だけどね。」
「あれ、やっぱりまだ怒ってたりするかな?」
姉さんが恐る恐る尋ねる。
「大丈夫、まだ我慢できるから。」
「ありがと~、私優しいシルフちゃんってだ~い好き!!」
「でも、次は我慢できないから、絶対。」
姉さんの笑顔が凍る。
「だ、大丈夫よ!!
姉さん、同じ失敗は繰り返さない人だから、
今日のオムレツだっておいしいでしょ、あははは。」
姉さんの目が泳いでいた、やっぱり不安だ。
確かに今日姉さんの作ったオムレツはとってもおいしい。
でも少しだけ不思議な風味がしている、何だろう?
「あら、シルフちゃん気付いた?
ちょっとだけブランデーを卵に垂らしてあるの。」
確かに卵にお酒を混ぜるとふっくらするけど、ブランデーは変わっていると思う。
「うん、ブランデーなのは兄さんが好きな匂いだからだよ。
今日は兄さんは居ないけど、いつもの癖で入れちゃったんだ。
兄さんはね、あの匂いを嗅ぐと気分が落ち着くんだって。
だから兄さんったらお酒も飲めないくせにすごく高いブランデーを机に隠してるんだよ。
本当はお茶に入れるくらいしかできないくせ癖に。
変わってるよね、くすくす。」
姉さんはいつも楽しそうにお兄ちゃんの事を話す。
そして、その話に出てくるお兄ちゃんは私の知らない事ばかりだ。
443 幸せな2人の話 2 sage 2010/08/27(金) 22:29:27 ID:kZN2DQHc
「姉さんはお兄ちゃんの事を良く知ってるね……。」
「う~ん、生まれてからずっと兄さん一緒だからなのかな。
それでついつい甘やかしちゃっうのかもね~。」
私は10歳の時にここへ来たから、姉さんの半分ぐらいしかお兄ちゃんを知らない。
でも、それが姉さんと私の違いだとは思わない。
姉さんとお兄ちゃんはもっと深いところで通じ合っている。
きっと、私みたいにお兄ちゃんの事で悩んだりはしない。
本音を言うと私は姉さんが羨ましい。
今朝だってそうだ、姉さんならお兄ちゃんの喜ぶ物を簡単に選べる。
私みたいに、本当は気に入らないものを食べさせてるのに気付かないなんて間抜けな事はしない。
私もお兄ちゃんの本当の妹だったら姉さんみたいになれたのかな?
多分、無理だよね。
「でも、あんまり兄さんの我侭を聞いてあげちゃうのも考え物かな。
シルフちゃんもね、兄さんの言う事を全部聞いてたらパンクしちゃうよ?」
「大丈夫、私はお兄ちゃんに喜んでもらいたいの。」
「もう、本当にシルフちゃんは真面目なんだから。
兄さんってね、色々と拘りが有るように見えて、実は何にも気にしてないんだよ。
ほら、私達が何を作っても結局はおいしそうに食べるでしょ?」
「でも、お兄ちゃんがもっと喜んでくれた方が私も嬉しいから。」
そう私が言うと姉さんが困った顔をしながら笑った。
「ん~、シルフちゃんは純真だね~。
でも良い、シルフちゃん?
兄さんみたいなタイプには気をつけたほうが良いんだからね。
ああいう人は貢がせるだけ貢がせる癖に、意外と薄情だったりするんだから。
きっと愛人とかが出来た途端に用済みになったシルフちゃんをポイッてしちゃって……、」
ないしょの話をする時のように姉さんが楽しげに顔を近づける。
「……お兄ちゃんはそんな事しない。」
もちろん、姉さんは冗談を言っているというのは私にだって分かる。
「う~ん、情が深いように見えても、兄さんって意外と飽きやすいから。
知ってる? 兄さんってやっぱり昔ね~、」
「黙って。」
でもお兄ちゃんを悪く言う冗談なんて私は大嫌いだ。
444 幸せな2人の話 2 sage 2010/08/27(金) 22:30:09 ID:kZN2DQHc
「それ以上お兄ちゃんの悪口を言うなら、姉さんでも許さない。」
そっと手を握り、腰を少しだけ捻る、これでいつでも出せる。
「ごめんね、姉さんも言い過ぎたわ。
でも、痛いのは許してくれないかな?
姉さんじゃ、シルフちゃんには勝てないし、それに兄さんとの約束も破っちゃうよ?」
姉さんは真剣な顔で私に言う。
その姉さんの言葉にどきりとした。
兄さんとの約束、どうしても仕方がない時にしか他の人を傷つけたりしない事。
もうずっと昔、お兄ちゃんが私を守ってくれた時にした大切な約束だったから。
「……っ、じゃあ、もう言わないで。」
「分かったわ、兄さんの悪口はもう言わない。
もちろん、シルフちゃんを捨てたりもしない、これで大丈夫かな?」
姉さんの訂正を聞いて、私はゆっくりと拳から力を抜いた。
言葉を暴力でねじ伏せる、最低の行為だと思う。
けれど、私は人を黙らせるにはこういう方法しか分からない。
「ごめんなさい、姉さん。」
「ううん、私も言い過ぎたわ。
そうだよね、兄さんの悪口なんて言っちゃいけないものね。
でも、もうちょっと優しく注意してくれると姉さん嬉しい、かな?」
「ごめんなさい。」
私の謝る様子を見ながら姉さんか軽く頬を緩める。
「でも、本当に可哀想だよね、シルフも。
こんなに兄さんに尽くしてあげてるのに、兄さんは全然振り向いてくれないし。」
「姉さん!?」
思わず声が裏返りそうになる。
「だって、シルフちゃんは兄さんの事大好きでしょ。
ずうっと見ていたんだから分かるよ、いつも嬉しそうに兄さんの面倒を見てあげてるの。
でもね、兄さんって鈍いから、はっきり言わないと分からないよ。
一度言ってみなよ、大好きって。
兄さんきっと、あうあう言いながら顔を真っ赤にするんじゃないかな?」
「止めて。」
「恋は消極的になったら負けだよ、まずは言葉にしなくっちゃ。
そうすればきっと、」
「姉さん、言わないで、お願いだから。」
私は顔を下に向けた。
ずっと内緒にしていたのに、姉さんに気付かれているなんて思ってなかった。
でも、気付いていたのならそのまま知らないふりをしていてくれれば良かったのに。
どうして姉さんはこうやって口に出しちゃうんだろう。
やっぱり姉さんには分かってもらえないのかな、私にとってお兄ちゃんへの想いを知られる事がどれだけ怖いか。
お兄ちゃんの本当の妹の姉さんには分からないのだと思う。
445 幸せな2人の話 2 sage 2010/08/27(金) 22:30:30 ID:kZN2DQHc
「ご、ごめんね、シルフちゃん。
別にお姉ちゃん、シルフちゃんを困らせようなんて思っていないの。
大丈夫よ、もう聞いたりしないわ。」
姉さんがうろたえた様子で私を慰めようとする。
「ううん、私こそごめんなさい。
多分、姉さんの言ってる事は正しいと思う。
だけど、私は、……今のままで良いの、ありがとう。」
「良いのよ、シルフちゃんの気持ちを考えなかったお姉ちゃんが悪かったわ。」
優しげに姉さんが笑う。
その笑顔を見ると罪悪感で胸が痛くなる。
「ごめんなさい……。」
「謝ったりなんてしなくていいよ、シルフちゃんはいい子なんだから。」
「姉さんはそう思うの?」
「うん、シルフちゃんはいい子だよ。」
はっきりと、もう一度繰り返す。
「良い子は、暴力なんて振るわないよ。」
「ううん、良い子だと思うよ。さっきだって私を黙らせたければ出来たよね。
でも、いくら嫌でも自分の為には暴力は振るわない。
ちゃんと兄さんとの約束を守れているよ。
約束を守れる子は良い子だよ。」
そういって、姉さんがぎゅ~っと私を抱きしめて、よしよしと頭を撫でてくれる。
姉さんはお兄ちゃん以外の事は適当でいい加減。
でも、とっても優しい。
「姉さん。」
「なぁ~に、シルフちゃん?」
「暑苦しいから、止めて。」
ちょっと苦手だけど。
446 幸せな2人の話 2 sage 2010/08/27(金) 22:30:53 ID:kZN2DQHc
俺と圭は卓を囲っていた。
網の上にはジリジリとやける脂ぎった肉。
ニンニクと肉のこげる臭いが充満している。
「おい陽、そのミノ焼けたぞ。」
「ああ。」
「旨いな。」
「ああ。」
言葉少なに肉を口に運ぶ、盛り下がっているわけではない、寧ろ俺たちのテンションは高い。
圭が思い出したようにふと漏らした。
「なあ、どうして焼肉をすると口数が減るんだろうな?」
「ふん、考えるまでも無いな。
なぜ言葉数が少ないのか、それは焼肉だからだ、単純だがそれが正解だ。
火で肉を焼く、我々の祖先が初めて手にした最も原始的な調理法。
焼く前には何をするか、狩だ。
狩とは闘争だ、血を流し、流され、奪い、奪われる。
敗者は肉となり、勝者は食す権利を得る。
つまり肉を焼くとは、勝利するということなのだ。
我々の肉体は、肉を焼くという行為に戦いを想起し、勝利に躍動する。
だから、人は肉を焼く臭いに興奮する。
だが、それだけではただの野生動物だ。
我々には理性がある。
火は原始であると同時に、知性の原初でもある。
人は火によって、自然を征服し、火によって文明を興した。
そして、文明を作る中で感覚では捉えられない人を超越した何か、つまり神を見出した。
神とは理性の中に居られる、理性の始まりとは何か、当然火だ。
だから、神との交信に火を使う、故に捧げ物として肉を焼いた。
だが、そこには過去の狩のような勝利者としての傲慢さはない。
自分たちの力の限界を知り、我らの矮小な限界の先に居られる神に救いを求める。
そこにあるのは、闘争ではない、神の意のままに流される弱者としての祈りだ。
だから、人は焼肉の前に口を噤むのだ。
祈りと闘争、肉を焼く臭いは二つの相反する感情を呼び起こす。
我々はその狭間に落ち込んで、自分は獣なのか知性なのか正体を見失う。
本来の自分とは何かを見つけようと自己の内面でもがく。
だから、人は焼肉をすると喋れない。
焼肉とは単なる食事ではない。
そこには信仰と哲学の深遠が拡がっている、……という訳なんだ。」
「あっそ、最後の一枚貰うぞ。」
「それ、俺のタンなんだけど。」
気にもせずに圭が肉を口に入れ、咀嚼し、飲み下す。
俺のタン……。
447 幸せな2人の話 2 sage 2010/08/27(金) 22:32:45 ID:kZN2DQHc
「で、本日の議題だが。
俺はどうやればこの先生きのこれるんだ?」
肉を平らげた圭がいかにも軽そうに切り出す。
もっとも口調ほど明るい問題ではない、というよりもかなり切実だ。
「謝れ、そして諦めろ。」
俺は即答した。
新藤 圭(しんどう けい)は俺の幼馴染だ。
けれど、ちょうどシルフが来たぐらいの頃に空路家は隣町に引っ越したので疎遠だったが。
それが去年、大学に入った所で偶然の再会を遂げ今は昔のように一緒に飯を食う仲だ。
「そんな事言わないで、もっと考えてくれよ。」
「気色悪いから捨てられた子犬のような目で俺を見つめるな。
どう考えても沙紀に謝るしかないだろう。
もう逃げ道も潰されちまった以上、大人しく出頭するのが一番だ。」
「けど、お前だって分かってるだろ。
謝りに沙紀の前に一度出たら、間違いなくお仕置きという名の魔女裁判だぞ。」
さて、なぜ圭が命の危険を感じているかというと俺達のもう一人の幼馴染のせいだ。
そいつは(自称)新林 沙紀(にいばやし さき)、本名を神田 沙紀という。
この町にある居合い道場の一人娘で、その実力は父である師範をも遥かに凌ぐ。
物腰は上品で、まさに今は無き大和撫子そのものという少女だ、見た目は。
だが、彼女には二つ欠点がある。
一つは、いつも刀を持ち歩いているという事だ。
本人は居合いの練習用と言っているが、あんな赤くて禍々しい練習刀があるものか。
もう一つ、良く恋は盲目というが沙紀の場合は盲目の剣鬼という感じなんだ。
つまり、圭に好意を持つ女性なら年齢、人種、国籍、宗教関係無く平等に叩き切ろうとするという悪い癖がある。
まあこれだけならちょっと嫉妬深い幼馴染かな、ぐらいで済むのだがそうはいかない。
圭が馬鹿みたいにモテるのだ、お前どこのギャルゲーの主人公だよと突っ込みたくなるぐらいに。
言うなれば俺は主人公の親友といったポジションだな。
448 幸せな2人の話 2 sage 2010/08/27(金) 22:33:14 ID:kZN2DQHc
もっとも、今までに沙紀の刀の錆になった女性は幸いまだ居ない。
ぎりぎりの所で圭が助けるからだ、ちなみに俺と雪風もよく巻き添えを食らう。
当然だが沙紀は怒る、しかも助けられた女性も余計燃え上がるという悪循環だ。
おかげで、一年の半分以上こいつは沙紀に命を脅かされているんじゃないかと思う。
で、今回例によって圭の命が風前の灯なのも沙紀の目を盗んで告白して来た後輩を彼女が膾にしようとしたのを庇った事が原因だ。
さっき雪風にメールで聞いたところによれば、沙紀は虚ろな目で校舎を一部屋一部屋廻っていたそうだ。
大学とここでは相当の距離がある、これで暫らくは安全か。
「陽の所は良いよな、2人も可愛い子が居るのに平和で。」
「お前の所に比べりゃ、大体日本はどこでも平和だよ。
それに、うちはただの兄妹だぞ。
まあ、お前みたいに色恋がどうのってのはお互い無いから気楽なのかもな。」
「お前、本当にそうなのか?
実はお前と雪風がかなり怪しいって噂が拡がっているんだぞ?
あ、シルフちゃんとの方も無い訳じゃないから安心して良いぞ?」
圭が訝しげに聞いてきやがった。
というか安心って何だ、安心って?
「んな訳あるか、馬鹿!!
しかもよりによって雪風の方がメインかよ、うちはそんなアブノーマルな家庭じゃねえ!!」
「普通の家の兄貴は家事でも何でも全部妹にさせたりはしないと思うが?」
「あ~、そこは少し痛いところだな。
まあ、それについては悪いとは思うんだが面倒くさくてずるずると。」
「……お前、絶対碌な死に方しないと思うぞ。」
「そうか?
まあ、お前の場合は絶対に無残な死に方と決まっているだろうけどな。」
2人でいずれ沙紀に見つかった後の圭の末路を考える。
いかん、俺まで鬱になってきた。
449 幸せな2人の話 2 sage 2010/08/27(金) 22:34:26 ID:kZN2DQHc
「ま、まあ、雪風は血が繋がってるから別としてもシルフちゃんもなのか?
ほら、シルフちゃんってなんかどこか儚げでちょっと不安定っていうか。
それに、見た目も白くて可愛いしな。
何ていうの、ああいう弱々しい子ってつい守ってやりたくなったりしないか?」
「お前だけにはシルフは絶対にやらん、沙紀の餌食になんて絶対にさせないからな。」
「大丈夫だって、俺にその気は無い。
何よりあの子は俺になんて興味ないんだしな。」
圭が意味ありげな視線を俺に向ける。
「大体だな、お前は勘違いしてる。
シルフは相当強いぞ。」
「ん、そういえば、シルフちゃんはあの悪名高い女子武道部に入っているんだっけ。
でもまあ、それでもチンピラや痴漢を撃退できるとか程度だろ、沙紀に比べれば可愛いもんだ。」
「いや、そういうレベルじゃない。
多分得物無しなら沙紀よりも強いと思うぞ。」
「マジか!?」
圭が驚いて目を見開く。
「マジだ、これは修学旅行中の沖縄での話なんだが。
あいつの班がガラの悪い兵隊に絡まれた訳でな。
まあ、3名ほど海兵隊員から傷痍軍人に転職なさったみたいだ。
向こうも女子高生にやられたとは大っぴらに言えなくて、有耶無耶にはできたんだが。」
現実離れした話のはずなのに、圭はこの話には全く驚く素振りすら見せなかった。
お前の妹は元特殊部隊のコックかよ!!、というような定番の突っ込みを俺としては期待したんだが。
「そうか、じゃあシルフちゃんの強さは大体3海兵隊以上か。
ちなみに沙紀は刀付きなら8海兵隊ぐらいだったぞ。」
代わりに良く分からない単位で沙紀の強さを冷静に説明しだした。
いや、何となく分かるんだが、分かりたくない。
そこに至るまでに何があったんだ、お前ら。
「でも、シルフちゃんって沙紀みたいに大暴れしてるところって見た事無いな。」
「お前の行動指針は沙紀が基本かよ、相当毒されてるぞ。
まあ、シルフは基本とても良い子だよ、素直だしな。
その時だって同級生を守るためにやったんだ。
でも、感謝されるどころか恐がられて余計にクラスとの溝が広がっちまった。
ったく、やってられない話だよ。」
圭が真剣な表情で何かを考えている。
そして暫らく間をおいてから口を開いた。
450 幸せな2人の話 2 sage 2010/08/27(金) 22:34:50 ID:kZN2DQHc
「なあ、例えば刀を持った沙紀とシルフちゃんが戦ったらどっちが勝つかな?」
「知るか、絶対にシルフを沙紀と戦わせたりしないからな?」
……とは言え、ちょっと面白そうなので想像してみる。
以前、女子武道部の試合の応援に言ったところ、部員がこんな事を言っていた。
部長は間合いに入れれば2秒以内に急所への打撃、間接技、投げの何れかでどんな相手でも躊躇なく確実に潰すのがエグイんです、と。
それが本当ならばシルフ必殺の間合いである1m以内に入れれば沙紀を潰せる。
一方、沙紀の間合いは刀とあの異常な速さの踏み込みから判断して3m弱、もっともシルフを相手にして切返しの時間を取れるとは思えない。
つまり、シルフが沙紀の最初の居合いを回避できるか否かで勝負は決まる。
「多分、最初「うーん、あの子に懐まで入られちゃったらちょっと辛いから、初めに一閃できるかが鍵だよね?」
後ろを振り向くと入口に、腰まで伸ばした黒髪を束ねた和装の美少女が居た、……沙紀だ。
「な、どうしてここが分かった!?」
圭の声が震えている。
「簡単だよー。
圭君がいないなーと思って学校を出たら、お肉の焼ける匂いと一緒に圭君のとーっても良い匂いが町中にしていたんだよ?
これで気付かないほうがおかしいと思うなー、うふふ?」
例によって虚ろな瞳で音も無くこちらに歩いてくる、その姿は何度見ても怖い。
まずい、それどころじゃない。
さっきの会話を聞かれていたらシルフがやばい。
こいつは圭と係わった女なら誰彼構わずざくざく斬り掛かる奴なんだぞ!!
451 幸せな2人の話 2 sage 2010/08/27(金) 22:36:00 ID:kZN2DQHc
「別に大丈夫だからね、うふふふ。
私は、圭君と私の仲を引き裂く雌豚しか斬らない主義なの。
シルフちゃんや雪風は私が安心できる大切な友達だもん、斬ったりはしないよ?」
ライオンから我が子を守るお母さんインパラの心境で立ちはだかった俺に沙紀が笑いかける。
「あ、ああ、そうか、それなら良いんだ。
うん、久しぶりだな沙紀。
この前圭んとこに泊り込んで以来だな。」
「久しぶりー。
実はね、陽君が帰ってから、すごく切れるドイツ製の包丁セットをいっぱい買ったんだよ。
今度遊びに来たら、イッパイゴ馳走シテアゲルカラネー、ハンバーグトカ、サシミトカ。」
沙紀の目がどんどんと濁っていく。
「いや、遠慮しておくよ、あまりプライベートに割り込むのはいけないよな。
これからは夕飯前には帰る事にするよ。」
「ウンウン、ワタシソウイウオ気遣イノ出来ル陽君ハ好キダナー。」
「ああ、そうだな圭、今日は俺のおごりだったよな。
支払いをしてこないと。」
沙紀に道を譲り、俺はレジを目指す。
その去り際に圭と目が会った。
その僅かな瞬間に俺たちの心が通じ合う。
悪いな、俺にはお前を救えない。
それに、シルフでもやっぱり無理だ。
―――気にするな。
それより、最期の肉、本当に旨かったよ、ありがとう。
笑う圭の顔はとても穏やかだった。
俺は会計を済ませて店を出た。
後ろは振り向かない、そこには俺が出来る事など何も無いのだから。
煙に燻されすぎたのだろう、目から涙が止まらない。
その涙を拭こうとした時、ゴンッという鈍い音と共に後ろから殴られた。
最終更新:2010年08月30日 04:37