『きっと、壊れてる』第7話

84 きっと、壊れてる第7話(1/8) sage 2010/09/23(木) 02:48:07 ID:MTlO7pBY

また、夢を見ていた。

茜となぜか将棋を指しているシーンだ。
目に映る茜の姿はおそらく中学校2,3年ぐらいだろうか。
しかし、中学生とは言っても今現在の茜の姿にかなり近付いてきている。
綺麗な黒髪は、この頃はまだ肩ぐらいまでしかないが、背は既に現在とほぼ同じぐらいまでになっていた。

『老けている』という表現ではなく、『大人びている』という表現の方が適切なその姿は、
同級生の中でもかなり目立ったのではないだろうか。

なぜ、将棋を指しているのか思い出した。
部活にも入らず、友達と寄り道して遊ぶわけでもなく、
授業が終わると学校からまっすぐ帰るだけの茜に、少しでも気分転換になれば、と俺の方から誘ったのだ。

この頃には既にお互い読書に夢中になっており、気分転換なら読書の話をするのが一番手っ取り早かったのだが、
俺自身が、たまには全然違う事を話題にしたいと思い、将棋を指すという発想に至ったのだと記憶している。

今思えば、年頃の女の子が将棋を指して楽しめるのかどうかが疑問だが、
盤上を見つめるその真剣な眼差しは、夢の中で見てもとても美しかった。

「はい、お兄ちゃんの番」
桂馬の駒を、次に俺が移動しようと思っていた場所に置き、茜が告げた。
俺の攻め手を封じると同時に、その気になれば次手で動かして俺の銀将も取得できる絶好の位置だ。

思えば、まだこの頃、俺への呼びかけは『お兄ちゃん』だった。
『兄さん』となったのが、確か茜が16歳の誕生日を過ぎてからだったので、これより1,2年後だ。

「う~ん、そこに置くかぁ・・・じゃあこれで王手だ!」
このままでは負けてしまうと思った俺は、飛車の駒を茜の王将の平行マスに置いた。

「・・お兄ちゃん、攻めたい気持ちはわかるけど、ここは守らないと駄目。
守り切ればまだお兄ちゃんにチャンスはあるから。見て?王手と言っても、こうすれば私は簡単に守れるし、逃げられるよ。」
茜は実際に駒を動かして解説してくれた。
「・・・」
俺は将棋などの頭を使うゲームでは、恥ずかしい話、茜にほとんど負けてばかりだった。

惨敗した俺が、飽きたようにソファへボスッと音を立て寄りかかると、
茜は俺を見つめながら注意するように口を開いた。

「お兄ちゃん、前にも言ったけど、私は別に塞ぎ込んでいるわけじゃないの」
「ん?」
「学校でも別に孤立しているわけじゃないの。友達もいるから大丈夫。ただ、少し集団行動が苦手だから家にいる時間が多いだけ」
どうやら茜はすべてお見通しだったようだ。

「そうか、なら安心だよ」
「うん。それと・・ありがとう。でも将棋で勝ちたくなったらいつでも言ってね?相手してあげる」
少し悪戯な顔をして、将棋盤と駒を方しはじめる茜を見た俺は、満足したように足を前に投げ出し、『腹が減ったな』と呟いた。

「二人とも、そろそろご飯よ。どちらか楓を起こしてきてくれる?」
台所で晩御飯を作っていた母親が、リビングにいる俺達に声を掛けた。
現実の世界ではもう随分と見ていない、母さんの姿が懐かしい。

楓は小学校が終わり帰宅した後、疲れて自分の部屋で眠ってしまっていた。
自分の部屋と言っても、我が家はそこまで広い家に住んでいるわけでもなく、茜と楓の共同部屋だ。
「わかった、じゃあ俺は母さんを手伝うから、茜は楓を頼む」
「うん」
二手に分かれ、俺は夕飯の準備を手伝った。帰りが遅い父さんを除いた全員分の箸や茶碗を並べた。


85 きっと、壊れてる第7話(2/8) sage 2010/09/23(木) 02:48:53 ID:MTlO7pBY
「ん~眠い」
「遅くまで漫画を読んでいるからよ。今日は早く寝なさい」
数分後、まるで母娘のように茜が楓の手を引き、リビングへと戻ってきた。
楓はその小さい手で目を擦りながら、だらしなく欠伸をしている。
Tシャツにキュロットスカートを穿いている。どうやら、帰ってから着替えずにそのまま眠ってしまったようだ。

「ふわぁ・・・おねーちゃんも読む?おもしろいよ」
楓は海賊を志す少年が仲間たちと冒険を繰り広げる漫画を好み、よく読んでいた。
昨夜も夢中になって、寝るのが遅くなったようだ。

「私はいいよ。漫画って、絵もセリフも見ないといけないから、疲れるの」
そういえば、茜が漫画を読んでいる姿をほとんど見た事がない。そういう理由だったのか。
「へんなの~」
さっきまで寝ていたのが嘘のような顔を見せた楓が、茜の腕に抱きつく。
「ちょっと、歩きにくいから離れて楓」
「おねーちゃん良い匂いするから好き~」
楓はさらに茜の体にギュッと抱きつくと、自分の顔を擦り寄せた。
「もう、変な所触らないの」
注意しながらも、茜は楓の頭を撫で、『少し髪が伸びたわね』と独り言をこぼしている。
よく茜が楓の髪を結ったりしてあげているのを、俺は見かける事があった。
二人とももう少し成長すれば、一緒に服などを買いに行く事もあるだろう、と姉妹の仲の良さに少し微笑ましくもなった。
「はははっ、仲が良いなぁ茜と楓は」
「本当はね、お兄ちゃんに一番くっつきたいけど、恥ずかしくてできないのよ、ね?楓」
「おっ、おねーちゃん!」
「フフフッごめんなさい。さぁご飯を食べましょう」

そういえば、昔はよく俺の背中や膝の上に乗っかってきていた楓が、
最近あまり近付いてこないような気がしていたが、そう言う事か。
小学生といえど、女の子はもう異性に照れる年頃だという事か。

茜が桜ぐらいの頃はどうだったか・・ベタベタまではいかないが、俺の服や腕を掴んで離さなかった気がする。
すっかり立派な長女へと成長した茜から考えると意外だった。

「?? おにーちゃん、誰かと遊んでたの?」
夕食中、ソファの近くにある小さいガラスのテーブルの上に、半分片された将棋盤を見て、楓が不思議そうな声を上げた。

「ん~?・・あぁ、さっき茜と将棋指してたんだよ」
「おねーちゃんと!?なんで楓も起こしてくれなかったの!?」

一瞬で楽しい夕食の時間が止まった。
楓の突然の剣幕に、俺は唖然とした。

「なんでって・・せっかく寝てるのに起こすのは可哀想だろう?それに楓は将棋わからないじゃないか」
仲間外れにでもされたと思ったのだろうか、俺は必死に楓をなだめようとした。
確かに、前に茜と二人で近所のコンビニに行った時、家に帰ると残っていた楓が拗ねていた事はあった。
その時は、特に気にもしていなかったのだが。
食事中に怒鳴る程、嫌なものなのか。

「前に楓を仲間外れにはしないって約束したのに!嘘つきっ!」
やはりそういう理由のようだ。
「楓!!いい加減にしなさいよ!!」
「グスッ・・うえーーーーん!!」
母さんに怒鳴られ、泣きだした楓に俺は気の効いた事が言えなかった。

母さんの得意料理である、さわらの西京漬けを丁寧に箸で一口サイズに小分けし、口へ運ぶ。
重たい空気の中、茜だけは何事もなかったかのように、黙々と食事を続けていた。



86 『きっと、壊れてる』第7話(3/8) sage 2010/09/23(木) 02:50:44 ID:MTlO7pBY
楓が泣き疲れて眠ってしまった夜10時頃、俺は風呂に入ろうと思い、脱衣所へと向かった。
ドアを開けると、そこには上下水色のパジャマを着て、洗面台で歯を磨いている茜の姿があった。

「少し待っててね、すぐ終わるから」
鏡越しにこちらにそう言うと、茜は歯磨きを続行した。
「いや、ゆっくりでいいよ」
俺は別に茜がいる前で服を脱いでも構わないのだが、以前茜に注意された事があった。
思春期の女の子だ。いくら兄とはいえ男の裸を見たくないのだろう。
俺は茜が歯を磨き終わるまで、その場でおとなしく待つ事にした。

「はい、お待たせ」
茜は黄色の歯ブラシをコップに入れ、元の場所に戻すと、こちらを振り向いた。

「なぁ」
「??何?」
「楓はさっき、なんであんなに怒ってたんだ?」
深い意味はなく、素朴な疑問だった。
俺には楓が『仲間外れにされた』と感じた理由が、よくわからなかったからだ。

「??仲間外れにされたからじゃないの?そう言ってたじゃない」
茜はそう言うと、まだ俺との話が続くと思ったのか、鏡の前に戻り髪を梳かし始めた。
「でも、そんな事言ってたらキリないじゃん。学校の友達と遊ぶのにも、楓を連れて行かなきゃいけなくなる」
楓は確かに大事な妹だが、正直そこまで面倒を見ないといけないと思うと、息が詰まった。

「それは大丈夫。・・・多分、私の時だけだから」
「えっ?」
茜が言った言葉に、俺は少なからず動揺した。
茜と俺が何かする時にだけ、楓は仲間外れにされたくない、という事か。
茜と楓は意外に仲が悪いのだろうか。いや、そんな風には見えない。

俺が考えていた事を読み取ってくれたのか、茜が言葉を続けた。
「楓は私の事慕ってくれてる。でもそれは姉として」
「姉と妹の関係以外に何があるんだ?」
「フフッ、お兄ちゃんはそんな事考えなくてもいいの、女の子には色々あるのよ」

そう言うと、茜はもう会話は終わった、と言わんばかりに櫛を洗面台の所定の位置に戻し、脱衣所から出て行った。
俺には茜の言っている事がよくわからなかった。
茜に同じ俺の妹としてヤキモチを焼いているという事だろうか・・・。
シャワーを浴びている間、ずっとその事を考えていた。

結果、やはり先程の考えが一番有力だと思った。
楓はまだ10歳。多感な時期だ。出来るだけ気遣ってやろう。俺はそう思った。

体を拭き、パジャマ替わりのTシャツとハーフパンツを穿いた俺が、脱衣所のドアを開けると、
さっきまで眠ったはずの楓が俯きながら廊下に立っていた。
「ん?どうした?楓」
俺が声を掛けると、楓は顔を上げて今にも泣きそうな顔で俺に近付き、口を開いた。
「・・・さい」
「?」
「ごめんなさい、お兄ちゃん。ワガママ言って」
楓は俺の目をしっかりと見つめ、確かにそう言った。
俺にも経験があるから理解できるが、自分に非があるとわかっていても、中々こういう風に素直には謝ることができない。
俺は楓のその素直さに、心が温かくなった。
「楓は素直で偉いな。茜と母さんにもちゃんと謝れたのか?」
俺がそう言うと、楓はコクッと頷いた。
「そっか。じゃあ今日は遅いからもう寝よう」
俺はそう言いながら、楓の頭を撫でると、部屋まで送っていた。

夜はまだ少し冷える、春の日の思い出だった。



87 『きっと、壊れてる』第7話(4/8) sage 2010/09/23(木) 02:51:30 ID:MTlO7pBY

「こうすけぇ、起きてよ~」

体が揺すられている。
匂いが違う。ここは・・・。

浩介は目を開け、体を起こした。
目の前に美佐の顔があった。どうやら仰向けに寝ていた浩介に馬乗りになっているらしい。
美佐も起きてからさほど経っていないのか、寝る時の格好である薄いピンクのタンクトップに、水色の短パン姿だった。
周囲を見渡すと、カーテンの間から光が差し込んでいるのが目に入った。
自分と美佐がいるのがセミダブルのベッド、部屋の隅には化粧台とテレビを置いている組み立て式の台。
学生時代からほとんど変わっていない、同年代の女性と比べると、かなり殺風景な美佐の部屋だった。

そういえば、昨日は週末という事もあり美佐と飲んでいたが、
飲み過ぎてしまい、近くにある美佐の家にそのまま泊めてもらったのだ、と浩介は思い出した。
目の前にある美佐の顔に焦点を合わすと、ヤレヤレといった顔で美佐が口を開いた。

「やっと、起きた。薄情者、女の部屋に上がり込んでおいて、ソッコー寝やがって」
浩介の胸を軽く叩くと、美佐は浩介の首に腕を回し、チュッと唇にキスをした。

「悪い」
「許さない」
美佐は少しも怒っていなさそうな顔でそう言うと、生理現象でそびえ立っていた浩介の股間に手を伸ばし、掴んだ。
「何?これ」
「何って・・朝だからしょうがないだろ」
「おもしろ~い」
美佐は、浩介の上に乗り、向かい合っている体勢にも関わらず、
パンツを剥ぎ取り、器用にむき出しの男性器を掴んだ手を上下に動かした。
「美佐、朝から・・」
「別にそんな法律ないでしょ?」
澄ました顔で、浩介を見下ろす美佐を見て、浩介は自分が興奮していくのを感じた。征服されている感覚がなぜか嬉しかった。
人間の普段は死んでいる心理の側面を、心理学用語で『シャドウ』と言う事を、ふと浩介は思い出した。
美佐にならそういう側面を見せても構わない、浩介はそう思った。

「おっスイッチ入った顔になったな、じゃあサービス」
美佐はそう言うと、浩介の上から降り、浩介の顔の方に自分の尻を向けると、男性器を口に含んだ。

生温かい美佐の口の中で、意思をもっているかのように浩介の物はさらに大きく、そして固くなった。
「・・・ちゅっ・・くちゅ・・なんか・・・先っちょ濡れてる」
「恥ずかしいから実況しないでくれよ」
「ずちゅ・・ずちゅ・・そう言われると・・したくなっちゃな・・すごい・・固い・・」
美佐は右手で男性器の位置を固定し、頭を上下に動かして浩介の快感を高めていく。

「れろれろっ・・・ちゅっ・・ちゅっ・・はむっ」
5分程経っただろうか、舌を使い、掃除をするように亀頭回りを舐め取る美佐に浩介は視覚的にも、感覚的にも興奮した。
「美佐、ごめんもうイくかも」
「ん~?・・ちゅっ・・くちゅ・・もうイっちゃうの?可愛い」
美佐は完全に攻めを楽しんでいた。
その妖艶な笑みは、浩介の肉欲を加速させる。

「いいよ?・・ぐちゅ・・のん・・であげるから・ずちゅ・・いっぱい出して?・・・んんんんーーー!!!!!」
最後に可憐な少女のような笑みを見せた美佐の口の中に、浩介は大量の精を解き放った。

先程まで見ていた夢を、浩介はもう思い出せなかった。


88 『きっと、壊れてる』第7話(5/8) sage 2010/09/23(木) 02:52:34 ID:MTlO7pBY
ベッドの中で二人、昼過ぎまでまどろんでいた。
「今何時だ?」
「ちょうど12時。お昼ご飯、食べるでしょう?」
「食べる。丼物が食べたい」
「食べるね~お兄さん。わかった、ちょっと待ってて」
そう言いながら、美佐はベッドから出ると、キッチンへと向かった。
美佐の残り香が浩介の鼻にフワッと入ってくる。

良い匂いだった。
茜の香りが高原のような爽やかで、心が落ち着く香りなら、
美佐のそれは花畑のような華やかで楽しくなる香りだった。

キッチンへ立つ美佐の後ろ姿をボーっと見ていた時、浩介は重要な事を思い出した。

今日から楓が浩介達の家へ居候する。

浩介の脳裏に、先日の楓との会話が甦ってきた。

********************************************************************
「夏休みが終わるまで居候させてほしい」
これが楓が俺達の家を訪ねてきた理由だった。

楓は今高校3年、受験生だ。
予備校に通っていて、その予備校が来週から夏期講習に入る。
その予備校は実家より俺らの家からの方が距離的に近い。
追い込みの時期だから、できるだけ移動の時間を減らしたい。
以上が俺達が住む家に、居候させてほしい理由だった。
両親の許可も既に取ってあるらしい。

別に他人でもあるまいし、泊まらせるのはまったく構わなかったが、俺には疑問がいくつかあった。

まず、楓は俺達が家を出た理由を知っているのか、という点だ。
俺は少なくとも教えていない。
荷物をまとめる俺を不思議そうな顔で見る楓に、理由など言えるはずがなかった。

当時は黙っていたものの、楓がある程度成長した時に、俺達の住所と家を出た理由を両親が伝えたのだろうか。
少なくとも、住所は教えてもらっていなければ、ここを訪問してきた説明がつかない。
そうすると楓は知っている、という結論になるが、わざわざ『予備校に近くなる』程度の理由で、
禁忌を犯した兄と姉の元へ居候しようとするだろうか。可能性は低いだろう。

すると、やはり楓は『何も知らない』のか。
だが何も知らない楓に、両親があんな形で家を出た俺達を頼らせるワケがないと思った。
それに、正月も盆も帰らない兄と姉に、何も違和感を覚えないのは不自然だ。

楓は何事もなかったかのように、昔のまま俺達に接している。
正直、わからない事だらけだった。
楓に直接聞くわけにもいかず、俺はとりあえず居候を許可した。
ただ、『両親に確認を取ってから』、『絶対に夏休みの間だけ』、最後に『週に1日は実家へ戻ること』という条件を付けた。
最後の条件は、茜だけではなく、楓さえも両親の元から奪い去るわけにはいかないと思ったからだ。

両親への確認は茜に取ってもらう事にした。
本当は茜との関係が健全になった今、俺が直接出向くべきなのかもしれない。
正直に言うと、もう少しだけ時間が欲しかった。

茜は、普段から定期的に母さんと連絡を取り合っているようだし、特に嫌な顔もせず引き受けてくれた。
その情報は、母さんから父さんへと必ず伝わるだろう。

もう少しだけ、待っていてください。
俺は心の中で両親にそう語りかけた。
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89 『きっと、壊れてる』第7話(6/8) sage 2010/09/23(木) 02:53:10 ID:MTlO7pBY
「はい、牛丼一丁お待ちっ!」
約20分後、どこで買ってきたのか、専門のチェーン店のような容器に入った牛丼が、浩介の前に出された。
「すごいな、本格的だ。・・・・うん、おいしい」
「でしょー?」
「お世辞じゃなくて本当においしいよ。美佐昔は料理あまり得意じゃなかったよな?」
「うん、練習したの。外食ばかりだと栄養も偏るし、お金も掛るからね。といっても、まだレパートリーは少ないんだ」

嬉しそうに自分の得意な料理について話す美佐を見て、皆成長し前に進んでいるんだな、と浩介は思った。
そして、10代の頃から家事全般を高水準でこなしていた茜に対して、今まで以上に感謝をして、
これからは少しでも茜が楽になるように家事を手伝おうと、心に決めたのだった。

「そういえば、茜ちゃんは料理上手なんでしょ?」
「あぁ、俺が家事をほとんどしないからな。家の中の事はアイツに任せっきりだ」
「ちょっとは手伝いなさいよねぇ。仕事は?何してんだっけ?」
「フリーのライターだよ」
「おー、かっこいいねぇ。バリバリ働いてるの?」
「いや、本人としては餓死しない程度に稼げれば満足だそうだ。今は無理に仕事入れなくても、俺がいるしなぁ」
「なるほどぉ・・とすると、時間は比較的自由に使える、か・・」
美佐は一瞬何かを考え込むような顔をした。
「美佐?」
「ん~?いやね、普通の仕事してる人はさ、毎朝早く起きて仕事行って夜に帰るじゃない?
私としては『拘束時間長すぎじゃない?』って思うわけさぁ」
「確かに、出かける準備の時間とか移動時間含めると長いよなぁ」
「でしょ?税金も勤労もない国に生まれたかったわぁ」

以前付き合っていた頃も、真面目な話をしてお互いを高め合い、笑い合い、そして愛し合った。
そして4年の時を経て、再び美佐と同じように過ごしている。
浩介は他愛もない話をして美佐と過ごす時間が最高に楽しかった。

『運命』浩介は脳裏に浮かんだその言葉に、我ながらロマンチストだなと苦笑いした。
そして、次に浮かんだのは・・茜だった。
『宿命』茜と自分の関係を例えるなら、この言葉が一番ふさわしいと浩介は思った。

もし生まれ変わる事があるのなら、約束する。
その時こそ一緒になろう。

浩介は相手のいない約束をして、かけがえないこの時間、『運命』の大切さを噛み締めた。

美佐と会話しながら、ゆっくりと牛丼を食べ終わった浩介は、ふと携帯電話を手に取った。
メールが1件届いている。
茜からだった。
普段同じ家に住んでいる事もあり、あまり茜とメールしない浩介は、何かあったのかとメール本文を開いた。

内容は今日から楓が住むのに必要な物をいくつか買っていいか、という内容だった。
いつもは特別高い買い物をする以外、こんな連絡はしてこない。
なんで今日に限って、と思った浩介だったが、件名を見てその答えがわかった。


From:茜
Sub :今美佐さんの家?

楓が今日からしばらく泊まるけど、生活用品買ってもいいわよね?


そういえば昨日は、先に寝てて構わないという連絡はいれたが、いつ帰るかは言っていなかったと浩介は思い出した。
連絡もなく、家にも帰っていない事を心配しているのだろう。
浩介はすぐに美佐の家にいる事ともうすぐ帰る旨を返信した。
引け目を感じる事もなく、素直に美佐と一緒にいる事を茜に伝える事が出来た。
『茜は大事な妹』もう少しでそう言い切れる気がした。


90 『きっと、壊れてる』第7話(7/8) sage 2010/09/23(木) 02:53:40 ID:MTlO7pBY
その日は水曜日だった。
1週間の内で一番疲れる日は?と聞かれたら、かなりの人数がこの水曜日を挙げるのではないだろうか。
明日も明後日も仕事、または学校。
当日を含めて、3日間我慢すればいいのだから、先が見えている。
けれどすぐに終わりが訪れるわけでもない状況が、今の巧の心境に酷似していた。

巧は黒髪の美女と初めて会った場所で、あの日と同じように隅田川が悠々と流れているのを見つめていた。
昨夜、雨が降ったためか、川の色が普段より黒く感じる。
川沿いのテラスにあるベンチに座っている巧は、先程自動販売機で買った缶コーラを自分の隣に置いた。

「時間ぴったりだね」
「・・・」

巧の前には、黒髪の美女が立っていた。服装もこの前と同じ、シンプルな黒いワンピースだ。
時刻は午後3時。巧の言う通り、約束通りの時間だった。

「この間は御苦労様」
黒髪の美女は川の方を向いたまま、ななめ後ろにいる巧には目もくれず、言葉を発した。

「本当に苦労したよ。あの人・・・なんか掴み所がないし」
巧は美佐と対面した時の事を思い出した。
昼行燈という表現が正しいのかはわからないが、飄々とした人物である事は確かだった。
そして、最後に一瞬だけ見せた冷徹な目。
巧の中で警笛が鳴っていた。
できれば、玉置美佐とはもう二度と関わり合いたくないと思っていた。

「そう、会話はしたの?」
「したよ・・完全に見下されてたけどな。もっと言えば好戦的だったよ」
「好戦的?」
「あぁ」
「そう、あの人・・・意外に優しいのね」
「優しい?」
「優しいじゃない。あの人は『もう二度と首突っ込むな』って警告してくれたのよ?理解できなかった?」
「・・・」
「・・・まぁいいわ」
黒髪の美女はそう言うと、立っているのに疲れたのか、巧と同じベンチに腰を掛けた。
巧との間には、もう一人ぐらい座れそうなスペースが空いていた。

「あぁ・・そういえば、電話でも話したけど念のためもう一度言っておく。『相手が悪かったね』だって」
「・・・」
「あの人はなんかヤバい気がする。普通じゃない。いや・・根拠はないけどそんな気がする」
「あなたに言われなくてもそんな事わかってるわ」
黒髪の美女は少しだけ不愉快そうな声を出した。

「なぁ」
「何?」
「そろそろ教えてくれないか?名前。何て呼べばいいんだよ」
「名前?別に好きなように呼んだらいいわ」
黒髪の美女は興味がないように、そう言い捨てると、長い髪をかき上げた。
「好きなようにって・・・」
「別に呼称なんて何でもいいのよ。判別できれば」
「・・・わかった」

「後もう一つ聞いてもいいか?」
「・・・」
「『村上浩介』って誰なんだ?・・・えーっと・・あんた、とはどういう関係なんだ?」
「・・・あなた、本当にわかってないのね」
「え?」
黒髪の美女はため息をつきながら、この日初めて巧と目を合わせた。


91 『きっと、壊れてる』第7話(8/8) sage 2010/09/23(木) 02:54:45 ID:MTlO7pBY
「お使いをするだけならともかく、事情を知るという事はあなたも関係者になるのよ?
何かあった時、知らなかったでは済まされない。玉置美佐はそういう警告をしてくれたのよ」
「・・・」
「後1度お使いをしてくれれば、1日だけデートでも何でもしてあげる。それで満足しなさい。
そして私とあなたの関係は終わり、その方があなたの為にもいいわ」
黒髪の美女はまくしたてる様に、喋った。
しかし巧は気付いていた。黒髪の美女は焦っている。
言っている事と、頼んでいる事が確実に矛盾していた。

「・・・とりあえず後1回のお使いって?」
巧は先程から気になっていた事は一旦忘れ、黒髪の美女が言う最後のお使いの内容を聞いてみる事にした。

「これをまた、玉置美佐に届けてほしいの」
黒髪の美女は口が開いたままのバッグを肩から降ろすと、中からA3サイズの茶色い封筒を取り出した。
受け取ってみると、手にかかる重さと封筒の薄さから、紙類しか入っていない事がわかった。
正直、中身より黒髪の美女が発した言葉の方に巧は気を引かれた。
「え・・・またあの人に?」
「えぇ、これで駄目なら違う手を考えるから。あなたはどちらにせよ最後だから安心して?」

巧は、なんでそこまで『村上浩介』と『玉置美佐』の邪魔がしたいんだ?、と言いかけたが、思いとどまった。
また小言を言われるのは目に見えていたし、これ以上は不味いと思ったからだ。

「それで、実際に行動に移す日はまだ待ってほしいの」
「しばらく様子を見るって事か?」
「そう、内心もう嫌になっているかもしれないし、私もリスクのある事はできるだけ避けたいから」
「・・・わかった。腹を決めたら連絡してくれ。それまでこれは預かっておく」
「えぇ、よろしくね」
「・・・」
「どうしたの?もう行っていいわよ」
「・・・あぁ、じゃあな」
巧はそう言うと、ベンチから立ち上がり、早歩きでその場を去った。

これ以上は本当に不味いと思ったからだ。
これ以上あの場所にいて、黒髪の美女に小馬鹿にされるような事があったら、
本気で襲いかかってしまいそうな衝動に駆られたからだ。
ここが、外で良かった。
巧は本気でそう思った。

あの生意気な女を自分に服従させ、凌辱したい。
あの小さな口に自分の男性器を咥えさせ、嗚咽を漏らさせたい。
半泣きのあの女の後ろから突っ込んで、激しく突きたい。

巧の中に、自分でも嫌悪するほどの下衆な発想が蠢いていた。

彼女は最後のお使いが終われば、1日オレに付き合うと約束した。
『体も許す』とは一言も言っていないが、こちらも『健全なデートです』等とは一言も言っていない。
正直に言えば、彼女があそこまで高圧的でなければ、ここまで付き合う事はなかった。
きっと前回のお使いすら投げ出して、いつものオレの、つまらない日常に戻っていた。

ここで彼女に言われっぱなしで終わってしまったら、オレの人生は一生つまらなくなる。そんな気がした。
男の意地か、小さいプライド。
どちらにするかはオレ次第だ。

おそらく、オレの頭はイカれてる。
      • でもきっとあの女を一度は手に入れる。そう決めたんだ。

巧は黒髪の美女の方を一度も振り返らずに、歩き続けた。
少しだけ視界に入った川はやはり黒ずんでいて、しばらくは何色にも染まらない鈍行な輝きを放っていた。

第8話へ続く


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最終更新:2010年09月26日 21:40
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