幸せな2人の話 8

297 幸せな2人の話 8 sage 2010/10/08(金) 21:39:32 ID:OGZSO7HA
みんみんと蝉がどこかで甲高く鳴いている。
太陽に蒸し返された草の匂いが充満する。
そんな原っぱしかない坂をだらだらとどこかへ延びる小道を二人の子供が歩いていた。
黒い髪の少年がはぁはぁ、と息を切らしながら歩く。
その少し後ろを白い少女が静かに後をついて歩く。
「はぁはぁ、シルフ~、疲れてないか~」
「うん、大丈夫」
少女が静かに答える。
少年は、俺も元気だぞ~、と息も絶え絶えに少女に言って足を高く挙げながら歩く。
一休みしたかったのだが、妹の手前で情けない所は見せられないと強がる。
そんな少年の様子を少女はいつもの様に無表情なまま見ていた。
でも、別につまらなかった訳じゃ無かった。
こうやって少年と一緒に居る事が少女にとっては何よりも嬉しい事だった。
少年はいつも、少女を楽しませてくれたし、ほっとする気持ちにさせてくれた。
でも、それでもいつも無表情だった、泣きも笑いもしない。
少女は知っていた、そうしている事が正解なんだと。
昔、笑えば何様のつもりなんだと怒られたから。
昔、泣けば邪魔なだけなのに煩い奴だと怒られたから。
黙ってても白くて陰気臭い子供だと影口を言われるけど、その方がましだった。



298 幸せな2人の話 8 sage 2010/10/08(金) 21:39:55 ID:OGZSO7HA
道が途切れていた。
その先には、白いドーム状の建物がある。
少女の腕を握って少年が元気良く駆け出した。
重厚な扉を小さな腕に力を入れて開く。
ドームの中は小さな劇場の跡地だった。
もう椅子はないけど、ドームの真ん中には丸い舞台。
舞台の周りには、小道具だっただろう物や布が規則正しく置かれている。
天井はもうなくなっていて、そこから舞台の上へ光が差し込む。
そこから上を見上げれば、青い空と入道雲が覗いている。
建物の中はまるで別世界のような不思議な場所に見えた。
「きれい……」
「だろ、夜になるとたくさん星だって見られるんだぞ。
 ここは、俺と雪風だけしか知らない秘密の場所なんだ」
少年が得意げに胸を張る。
「でも、私に教えちゃったよ?」
少女には分からなかった、どうして大事な事なら自分なんかに教えるのか。
自分みたいに要らない子供なんかに。
「良いんだよ、シルフは俺の妹なんだから。
 大事な人には大事な秘密を教えて良いんだ!!」
「大事……」
その言葉に少女の胸が温かくなった。
「だから、これからは俺と雪風と、シルフだけの三人だからな。
 絶対に誰にも言うなよ」
そう言って少年が人差し指を立てて、しー、というジェスチャーをする。
「うん、私と姉さんと、それからお兄ちゃんの三人だけの秘密」
少女も人差し指を立てて少年の真似をした、笑いながら。


299 幸せな2人の話 8 sage 2010/10/08(金) 21:40:16 ID:OGZSO7HA
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手を握ったまま私達は歩き続けた。
町を抜けて坂を上る、そして道路の横に伸びる小道を抜ける。
私にはお兄ちゃんが何処に行きたいのかもう分かっていた。
だって、その先にあるのはあそこしかないのだから。
そこは未だに人に知られていないのだろう、白い劇場はあの頃と何も変わっていなかった。
「ここに来るのも10年ぶりか。
 ここで遊んでいるのがばれて叱られてからずっと来ていなかったからな」
懐かしそうにお兄ちゃんが言い、扉に開き、私たちは中に入る。
「うん」
ここは私にとって複雑な場所だ。
お兄ちゃんと一緒に初めて笑えた場所。
お兄ちゃんにきっと捨てられると思って泣いた場所。
お兄ちゃんの側に居ても良いって泣いた場所。
「どうして、ここに来たの?」
でも、お兄ちゃんはその質問には答えてくれなかった。
手を握ったままお兄ちゃんが私のほうを振り向く。
「シルフは可愛いな」
「え! あ、あ、うあ、あの、か、可愛くなんかないよ、白くて暗くて気持ち悪くて、
 幽霊みたいだって、皆きっと思ってる、私、可愛くなんか、無い」
「そういうことを言うやつは見る目が無いか、妬んでるかだ。
 白い髪も肌もお前の名前通りまるで妖精みたいで、
 さっきの笑っているところなんかは「お兄ちゃん!!」
「どうしてなの、今日のお兄ちゃんはやっぱり変だよ!?」
その質問にもお兄ちゃんは答えてくれない。
その代わり私に質問をする。
「今日は、楽しかったか?」
さっきここに来る前にされた質問をお兄ちゃんがもう一度繰り返す。
私にはその理由が分からなかった。
「え、う、うん、凄く楽しかったよ」
「そうか……」
お兄ちゃんは何か難しそうな顔をしていた。


300 幸せな2人の話 8 sage 2010/10/08(金) 21:40:48 ID:OGZSO7HA
「……シルフは俺が変だって言ってただろ?
 ずっとお前の事を見てたんだ。
 ほら、いつものシルフってあんまり笑わないからさ。
 今日みたいに笑うのが凄く珍しかったんだ。
 いや違うな、懐かしかった、なのかな?」
「私、笑ってたの?」
「ああ、とても楽しそうに笑ってたよ、凄く綺麗だった。
 俺が最後に見たのがいつだったか思い出せないくらいにね」
その言葉が私に不安を呼び覚ます。
忘れてた、お兄ちゃんは明るい子の方が好きだったんだ。
「やっぱり、……いつも笑っている方が良いの?」
「そんな事はないよ、シルフはシルフのままで良い」
ぽんぽんと私の頭にお兄ちゃんの手が優しく触れる。
でもな、と言ってお兄ちゃんが乾いた声で笑う。
「お前もちゃんと今日みたいに笑ってくれるんだって思ったら、
 今まで俺は何をしていたのかなって考えちゃってさ」
気恥ずかしそうに視線を逸らした。
ぽつりと、お兄ちゃんが言葉をこぼすように尋ねる。
「シルフは、恋人として、男性として俺なんかの事が好きだっていう事で良いのか?」
心臓にずきりとした痛み。
それは一番お兄ちゃんに聞かれたくないとても怖い質問だった。
「うん」
それでも、勇気を振り絞って答える。
ここで言わないときっと取り返しがつかなくなるから。
お兄ちゃんは私の言葉を聞いて、真剣な面持ちになった。
「実は、俺はお前の気持ちにずっと前から気付いていたんだ。
 でも、お前がそういうことを俺に伝えないなら、今のままで良いんだろうって思っていた。
 それでシルフの事をちゃんと大事にしている事になるんだって、自分に言訳をしてな。
 だから、俺は今までずっとシルフのお兄ちゃんとしての距離を保ち続けていた」
「そうだったの……」
後悔した。
やっぱりお兄ちゃんに言わなくちゃいけなかったんだ、私の気持ちを。
姉さんの言う事は正しかったんだ。


301 幸せな2人の話 8 sage 2010/10/08(金) 21:41:13 ID:OGZSO7HA
「けど、この前雪風に言われたんだ。
 それは俺がただ自分に都合の良いように振舞っているだけだって。
 初めは否定したよ、でも考えていくうちに分からなくなってしまったよ。
 雪風と俺のどっちの考えが正しいのかをな。
 でも、今日のシルフを見てはっきりと分かったよ。
 間違っていたのは、俺だ」
「お兄ちゃん?」
「それに俺自身の事も良く分かった。
 俺はシルフのお兄ちゃんとして寂しそうなお前に接するよりも、
 幸せそうな顔や今日みたいな嬉しそうな顔を見ているほうがずっと心地良い。
 そうだな、俺も幸せな気持ちになれたよ。
 俺はきっとシルフが、、、」
そこから先を言おうとしたお兄ちゃんは慌てて口を閉じた。
その代わりに、どうして今更、と小さく呟いたんだと思う。
ははは、と乾いた声で寂しそうにまたお兄ちゃんが笑顔で笑う。
でも、それは私の好きなお兄ちゃんの笑顔なんかじゃない。
それから、その曖昧な笑みのままお兄ちゃんが溜息を漏らした。
「ったく、結局あんな変な気の回し方は俺もシルフも望む事じゃなかったんだな。
 こんなのが本当の幸せの訳がないって、そりゃそうだよ。
 そうだな、俺はずっと前から間違っていた、本当に雪風の言うとおりだったんだ」
「そんな事、ないよ」
そう、お兄ちゃんは間違ってなんていない、私に勇気が足りなかっただけ。
そんなのはお兄ちゃんが背負わなければいけないような事じゃない。
「シルフはいつも俺の言う事に賛成してくれるよな。
 でも、それはお前の本心じゃないだろ?」
「全部、私の本当の気持ちだよ」
「シルフ、本当の事を話すんだ」
お兄ちゃんの命令調の言葉に体が凍りつく、怖くて嘘がつけなくなる。
「……ごめんなさい、本当はお兄ちゃんと違う事を考えていた時もあると思う。
 でも怖かったから、嘘をついていたの。
 その、そういう訳じゃないけど、お兄ちゃんと違う事を言ったら、
 お兄ちゃんが、私の事を、要らなくなるかもって。
 そしたら、お兄ちゃんの側に居られなくなるかもって思っちゃって、
 私は、お兄ちゃんと居たかったから、だから」
声が震えて、その続きが出てこない。
続きを言おうと苦悶していると、お兄ちゃんが頭を優しく撫でてくれた。
とても悲しそうな顔をしていた。


302 幸せな2人の話 8 sage 2010/10/08(金) 21:41:42 ID:OGZSO7HA
「泣くくらいに辛かったんだよな?」
「……うん」
「ごめんな、シルフ。
 今までお前をずっと苦しめた、そして傷つけた。
 そういう風に怯えてるお前の事なんて振り返らなかったんだ。
 まあ呆れただろ。
 無神経で、いい加減で、自分勝手。
 お前の好きだったお兄ちゃんはそんなもんだ。
 だから、もうシルフは俺に付き合わなくていい」
「それは、どういう事?」
「ここに来たのはそういうことだよ。
 悪いが、俺じゃシルフの良いお兄ちゃんにも大事な恋人にもなれないって事さ。
 だからもう、あの時の優しいお兄ちゃんの背中なんて追いかけるのは止めよう。
 そんなのは何処にも居なかったんだ。
 それで、シルフが自由になってしまうのが一番良い。
 こんな恋人ごっこもこれでおしまいだ、俺にはシルフの恋人である資格なんて無いよ。
 ま、お兄ちゃんでいる資格も今更無いだろうけどな」
さ、帰ろう、とお兄ちゃんが私にだって分かるくらい無理に明るい作り笑いをしながら手を伸ばす。
その手を握って、お兄ちゃんと私はただの形だけの兄妹になってしまおう。
そういう意味の握手をお兄ちゃんはきっと私に今望んでいる。
でも、そこには私の望む居場所なんて無い、そんなのは嫌だ。
私はそんなお兄ちゃんのお願いなんて、絶対に聞かない。
だから、その手を取らずに叩いた。
叩かれたお兄ちゃんは驚いて固まっていた。
「……私はそんなの嫌だよ。
 お兄ちゃんはさっきまで何を聞いてたの?」
お兄ちゃんを叩くなんてこれが初めてだった、手じゃなくて胸がすごく痛い。
「だってさ、シルフも迷惑だろ、俺みたいなのがいたら?」
その言葉が頭に来た。
やっぱりお兄ちゃんは鈍い、信じられないくらいに鈍感だよ!!!


303 幸せな2人の話 8 sage 2010/10/08(金) 21:43:49 ID:OGZSO7HA
「勝手に私の気持ちを決め付けないでよ!!
 私はお兄ちゃんの側に居たいの!!
 お兄ちゃんが居ないのに、どうしたら笑えるの!?
 お兄ちゃんが、無神経、いい加減、自分勝手、そんなの全部知ってる!!
 私はあの日から、ずっとお兄ちゃんの妹だったんだよ!?
 それで良いの!!
 お兄ちゃんに完璧である事なんて私は全然望んでない!!
 私は、無神経で、自分勝手で、いい加減だけど、それでも優しい今のお兄ちゃんと居たい!!
 お兄ちゃんはお兄ちゃんで良い!!」
今までずっと言えなかった気持ちが胸から溢れ出してきて、それが苦しすぎて、私は叫んだ。 
「お兄ちゃんはお兄ちゃんのままでいい!!
 私がいるから、お兄ちゃんを否定する人なんて私が皆否定するから!!」
だからずっと私と居てよ、そう叫んだ。
「お兄ちゃんが居なくなっちゃうなんて、そんなの嫌だよ」
お兄ちゃんはただ茫然としていた。
それから、ふっと目が覚めたようにお兄ちゃんの目に色が戻ってきた。
「俺も、シルフの側に居て良いんだな?」
「だから良い悪いじゃない、私は兄さんに側に居て欲しいって言ってるの!!
 それに姉さんだっているんだよ、なのに、どうしてそうやって一人で悩もうとするの!?」
「そうだよな、シルフも、そして雪風も俺にいるんだ。
 俺は一人で悩む必要なんてないんだよな」
「うん!!」
「本当は、雪風に言われてからずっと怖かったんだ。
 俺は間違っているって、頭では分かっちまってたから。
 それでもシルフは許してくれるんだな?
 俺も、俺のままで本当に良いんだよな?
 ありがとう、それから今までごめんな、シルフ。
 ごめんなさい、あんなに事を酷い事をして、本当にごめんなさい」
お兄ちゃんが自分の手を顔に当てる、嗚咽が聞こえる。
私はお兄ちゃんの頭をそっと私の胸で抱きとめた。
私の中で泣くお兄ちゃんの体はいつもよりずっと小さく感じた。
お兄ちゃんが私の両手で抱きとめられるほど小さい、それがとても嬉しかった。


304 幸せな2人の話 8 sage 2010/10/08(金) 21:44:30 ID:OGZSO7HA
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いつまでも、私はお兄ちゃんを抱き締め続けている。
このまま、ずっとこの時間だけが続けば良いのに。
丸い空を見上げるとたくさんの星が煌々と燃えていて、綺麗だった。
「もう大丈夫だよ」
お兄ちゃんが顔を上げる。
「ありがとう、シルフ、やっと楽になれたよ」
「ううん、お兄ちゃんの事が分かって、私も嬉しかった」
「それから、もう一つ、頼む」
「うん、何でも言って、お兄ちゃん」
「……俺にはお前の本当の気持ちで答えて欲しい事がもう一つある」
私から体を離して、お兄ちゃんが私に向き合う。
その顔には不安と緊張が入り乱れていた。
そんなお兄ちゃんなんて見た事が無かった。
「シルフ」
「は、はい」
お兄ちゃんがゆっくりと噛み砕くように言葉を発する。
「俺と結婚して下さい。
 馬鹿だけど、やっと俺は分かりました。
 シルフの事がずっと好きでした、これからもずっと愛し続けます。
 そして、ずっと一緒に居たい、俺にはシルフが必要なんです。
 だから、俺と結婚して下さい」

お兄ちゃんのあまりに真剣過ぎる姿に思わず笑ってしまいそうになった。
だって、余りにもその言葉のせいで私は幸せになりすぎたのだから。
だって、それは私がいつも願うだけしか出来なかった、都合の良い夢そのものだから。
だって、いままでも、これからも私の気持ちは一つだけなんだから。
だって、私はずっとお兄ちゃんの側に居るのだから。
だって、お兄ちゃんが例え望まなくてもずっとそうするのだから。

私は、私の本当の気持ちをお兄ちゃんに答えた。
答える私は笑っていた、きっと今まで笑えなかった分も一緒に。
でもおかしいよね、涙も一緒に流れているんだよ?
おもしろいよね?
私、泣きながら笑っているんだ!!
私は泣きながらお兄ちゃんと抱き合う。
お兄ちゃんも私を力強く抱き締めてくれる。
そして、何度も何度も私の名前を呼ぶ、愛してるって私に言ってくれる。
あれ、お兄ちゃんも泣きながら笑ってるの?
そうなんだ、私と一緒なんだね。
お兄ちゃんがこんなに泣き虫なんだって、知らなかったよ。


305 幸せな2人の話 8 sage 2010/10/08(金) 21:45:02 ID:OGZSO7HA
私は幸せだ。
本当は幸せなんかじゃない、そんな言葉では表せないもっと大きすぎる何かだ。
でも私にはそんなのを何て言えば良いのかなんて全然分からない!!
だから、私は幸せなんだ!!



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最終更新:2010年10月24日 21:54
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