幸せな2人の話 7

237 幸せな2人の話 7 sage 2010/10/01(金) 21:16:11 ID:TrkRZWJm
あの日、家に帰ってきたお兄ちゃんに、ぎゅうって抱きしめられた。
私は混乱した。
訳が分からなくて、暖かくて、お兄ちゃんの匂いがして、嬉し過ぎて。
あの時、私には何を考えて、思えば良いのか分からなかった。
今になると全部夢だったんのじゃないかとも思う、でもあの時のお兄ちゃんは間違いなく本物。
あの日からお兄ちゃんは変わった。
お兄ちゃんはいつも私の側に居てくれた。
けれど、お兄ちゃんはどこか一定のところまでしか私の側に来てくれない。
私はお兄ちゃんにもっと近くに居て欲しいのに、そんな事を思う瞬間があった。
多分それがお兄ちゃんの家族に対する間合いだったのだと思う。
私はその距離を縮めたいといつも思っていたのに、踏み出す勇気が無くていつもお兄ちゃんに近づけなかった。
だから、お兄ちゃんが近いのに遠かった。
でもあの日からのお兄ちゃんと私の距離はとても近い。
それは比喩だけではなく、実際の意味でもそう。
この前、ちょっとだけ私は勇気を出した。
勇気を出して、座っていたお兄ちゃんの横に座って擦り付けるようにお兄ちゃんにくっついた。
それから、お兄ちゃんにこうして居たいってお願いした。
そうしたらお兄ちゃんは笑いながら私にそっと寄り添うようにして体を預けててくれた。
その時のお兄ちゃんの重さが心地よかった。
そうやって、少しずつ勇気を出してお兄ちゃんに私は触れるようになった。
その度にお兄ちゃんが近付いていく気がして、嬉しくなる。


238 幸せな2人の話 7 sage 2010/10/01(金) 21:17:54 ID:TrkRZWJm
私とお兄ちゃんは一緒にテレビを見ている。
私はお兄ちゃんの前に座っていてお兄ちゃんの手が私の前に回されている。
お兄ちゃんと体がくっついている背中が少し暑い。
でも、それが暖かくてとても気持ちいい。
テレビに写る雄のライオンがごろごろと喉を鳴らして寝転がっていた、かわいい。
私はちょっとだけライオンに対抗してお兄ちゃんの胸に頭を擦り付けてみる、ごろごろ。
お兄ちゃんは笑いながら私の頭を撫でてくれた。
姉さん、どうしてさっきから私の事を見ているの?」
「べぇっつにぃ~。
 シルフちゃんはいつもお姉ちゃんが抱きついても嫌がるのに、
 兄さんだと嬉しそうに頭をすりすりするんだな~って思っただけだよ~?」
向かいに座っている姉さんはそっぽを向いたまま、拗ねた様子で私に言った。
「す、すりすりなんてしてないよ」
思わず声が裏返る。
「ふ~ん、それに最近のシルフちゃんって何だかお兄ちゃんにべたべただよね~?」
今度はジト目で睨みつけられる。
「こ、恋人だから、変じゃないの」
「はいはい、そこまでそこまで。
 ったく、シルフをからかうんじゃないぞ」
「あ~、兄さんまで敵に回るんだ。
 いいよ、いいよ、私はベットの上で一人寂しく慰めるもん。
 シルフちゃ~ん、シルフちゃ~んって切なく喘ぎながら」
それだけは本当に止めて欲しい。
「やめんか、年頃の娘さんが喘ぐとか言うな」
「くすくす、勿論冗談だよ。
 私はシルフちゃんじゃなくていつも……」
姉さんがくすり、と笑って私の方に顔を向ける、でもその視線は私ではなくもっと上に向けられている。
私を抱いているお兄ちゃんの腕の力が強まった気がした。
「ふふ、それもただの冗談、だよ。
 さ、邪魔者はお風呂にでも入りますか~。
 い~い? 二人もいつまでもそうしてないでちゃんとお風呂に入らなきゃダメなんだからね?」
そう注意してから、姉さんは部屋から出て行った。
その後で、お兄ちゃんがほっと溜息を吐いた。
「ったく、雪風の奴。
 シルフも偶には雪風にやり返してやっても良いんだぞ?」
「うん、頑張る」
そう答えながら、私はまたお兄ちゃんに体を預けた。
こうやっているととても安心できる。
「なあ、シルフ」
「何、お兄ちゃん?」
私は体をずらしてお兄ちゃんの方を向いた。
お兄ちゃんはなんだか考え事をしているような様子だった。
「明日は暇か?」
「え、うん」
「それだったら、明日デートしないか?」


239 幸せな2人の話 7 sage 2010/10/01(金) 21:18:44 ID:TrkRZWJm
お兄ちゃんの言っている言葉の意味が分かるのに分からなかった。
デート、ってあの恋人同士がするお出かけの事だと思う。
でも私はお兄ちゃんに片思いしてるだけで、ずっと恋人になれなくて。
あれ、でも今は期間限定で恋人だから、ええっと……。
「嫌だったら別に良いんだ。
 なんていうかな、俺達も一応、恋人同士って事なんだしな。
 偶にはそれらしい事とかしてみないかな、と思うんだが」
今までお兄ちゃんが自分から恋人なんて言ってくれることは無かった。
じゃあ、お兄ちゃんも今は私の事を恋人って思ってくれている事なのかな。
お兄ちゃんの恋人、そう考えるだけで心臓が鳴って、息が乱れる。
「嫌じゃない!!
 する、私もお兄ちゃんとデート、したい」
胸の高鳴りを抑えて、必死に言葉を返した。
「なら、例えば行きたい所とかあるか?」
「ライオン、私、ライオンが見たい」
とっさに画面を見て答える。
ライオンがわふっ、って大きなあくびをしていた。
何だか馬鹿にされた気分。
「ライオンかぁ。
 くす、お前は本当に動物が好きだな」
兄さんがわしゃわしゃと私の頭を撫でる、顔が火照る。
「じゃあ、しっかりと探さないとな、ライオンのたくさん居る動物園」
「うん、楽しみにしてる」
立ち上がる前に、お兄ちゃんがぎゅっと力を込めて私を抱いてくれた。
それは、きっと家族にする物とは違う抱擁。
体中が暖かくて、ふわふわとした。

ぼんやりとした頭で考える。
やっぱりお兄ちゃんは変わったと思う。
私はお兄ちゃんの妹になってから今日まで幸せだった。
けれど、今日の幸せが明日も続いてくれるだろうかといつも不安だった。
でも、きっと明日の私は今日の私よりももっと幸せになれる、そう信じられる。
そんな嬉しい事があるなんて、私は思っていなかった。


240 幸せな2人の話 7 sage 2010/10/01(金) 21:19:35 ID:TrkRZWJm
*********************************

私は一人で廃墟に居た、壁が丸い建物でドーム上の天井には骨組みしか残っていない。
天井がかつてあった所からたくさんの星が覗いている。
ここは今日の朝お兄ちゃんが秘密の場所だよと言って連れてきてくれた所だ。
その時に元々は小さな劇場だったと教えてもらった。
そこを教えてもらったのがとても嬉しかった。
嬉しかったから姉さんに言った、すると姉さんはとても怒って私にとても嫌な事を言った。
その嫌な事を言うのを何回お願いしても止めてくれなかった。
だから私は姉さんを叩いた、それをお兄ちゃんに見られた。
きっと今までと一緒だと思った、誰かを叩くと追い出される、いつもの事だ。
でも、今は嫌だった。
折角お兄ちゃんに出会えたのに。
お兄ちゃんは何処にも居なくならないって約束してくれたのに。
だから逃げた。
けれど逃げたところで行く当てもなく、結局ここに居る。
誰かの足音がする、お兄ちゃんがいた。
私はまた逃げようとして薄いガラス張りのドアを開けようとした。
でも、古びた金具が壊れてそれが私の方へ倒れてくる。
きっとガラスが砕けて私はずたずたになる、もう、それでもいいやと思って目を閉じた。
じゃりじゃりとガラスの降る音、でも私は痛くなかった。
代わりに、お兄ちゃんの呻き声が聞こえた。
私はお兄ちゃんに押しのけられていて、お兄ちゃんの背中がずたずたになっていた。
訳が分からなかった、どうして私なんか守ったのって聞いた。
お兄ちゃんは呻きながら笑った。
だってシルフは家族だから一緒にいないと駄目だろうって笑った。
私は泣いた、泣きながらお兄ちゃんを抱きしめた。
私はやっと居場所を見つけ直せた。
私はここに居て良いんだ。

夢を見た、決して楽しい夢ではないけど私にとって大切な夢。
「私は、ここに居て良い。
 だって、お兄ちゃんが言ってくれたんだもの」
そう呟いた。


241 幸せな2人の話 7 sage 2010/10/01(金) 21:20:45 ID:TrkRZWJm
*********************************

今日は朝からずっと騒がしかった。
姉さんがお兄ちゃん好みの服装を選ぶといって私を着せ替え人形にして。
その後はずっと姉さんにお化粧を手伝ってもらって。
鞄に入れてた凍った麦茶を取り上げられて。
それから麦茶と入れ替わりに昨日コンビニで買ってきたというものをこっそり入れようとした姉さんを追い出して。
……あれ? 姉さんのほうが張り切っているような気がするのだけど。

そんなごたごたが一段落してからやっと私達は出発できた。
今、私とお兄ちゃんは動物園のライオンのスペースに来ている。
立派なたてがみのライオンが大きなあくびをする。
暑さのせいなのか、とてもやる気がなさそうにずっとごろごろしている、やっぱりかわいい。
「お兄ちゃん!! ほら、あくびしてる!!」
「あ、ああ。そうだな、オスのライオンって基本的に暇そうだよな……」
「? お兄ちゃん、どうしたの?」
今日のお兄ちゃんはなんとなくぼおっとしているような気がする。
「いや、本当にシルフはライオンが好きなんだなって思ってな。
 好きか、ライオン?」
「うん、大好き!!
 ふわふわしてて、大きくて、ごろごろしててかわいいから。
 あの子なんか家で飼いたいなって思う」
そう言って、私は隅っこの日陰でごろごろしている少し毛の白い子を指差した。
居間であの子がやっぱりごろごろしながらあくびをする所を想像する、すごく良い。
「ああ、そうだな、そりゃ無理だな……、
 ありゃアンゴラライオンといって輸入こそ禁止されていないがワシントン条約で取引が規制されているな。
 さらに、輸入した後に特定動物飼育の許可を都道府県知事から取らなくちゃならない。
 許可を取るためには施設規模、施設管理、動物管理の要件を満たす必要があって、基本的には動物園クラスの施設でなければ無理だ。
 ついでにあのライオンが一日に6kgの生肉を食べるとして、月のえさ代が大体60万円だな。
 何より一番の問題は、居間でごろごろされると掃除の邪魔になって雪風がライオンさんにブチ切れる可能性が……、」
お兄ちゃんがライオンをぼんやりと見ながら、教科書を読み上げるようにぼんやりと喋る。
「お兄ちゃん……、姉さんが許してくれない事ぐらい私にだって分かるよ。
 でも私、お兄ちゃんって夢が無いと思う」
「え、あ、そうだよな、分かって言ってるんだよな。
 ごめんなシルフ、夢を台無しにするようなこと言っちまって」
私の言葉にはっとしたようにこちらを向いて、お兄ちゃんが謝った。
今日のお兄ちゃんはちょっと変だと思う。


242 幸せな2人の話 7 sage 2010/10/01(金) 21:21:07 ID:TrkRZWJm
「えっと、ううん、私こそごめんね、お兄ちゃん。 
 私、ずっとライオンを見てたから退屈だったでしょ?」
「いや、動物ってのは何をするか分からないから俺も見てて結構楽しいぞ。
 それに、今日はデートなんだからシルフが楽しんでくれて何よりだよ」
そう言ってお兄ちゃんが笑う。
その笑顔とデートって言葉に顔が熱くなる。
「そうだな、ライオンは飼えないとしてもあれはどうだ?」
兄さんは近くにあった露店に向かって歩く、私も付いていく。
そして一番大きいライオンのぬいぐるみをひょこっと持ち上げる。
たてがみがふわふわしてて、顔が寛いだ顔をしてて、すごくかわいい。
「まあ、シルフぐらいの歳でぬいぐるみってのは無いかな?」
「そんな事無い、欲しい」
「そうか、なら」
そう言ってお兄ちゃんが店員さんにお金を手渡してぬいぐるみを受け取る。
そして、ライオンの入った大きな袋を私に手渡してくれた。
「ほれ、大切にしてくれよ?」
「うん!! 大事にする、ベッドに置いて一緒に寝る!! 
 ねえ、お兄ちゃん……」
「ん、なんだ?」
「ありがとう!!」
とても嬉しかったのでつい大きな声で言ってしまった。
お兄ちゃんはそんな私をびっくりした様子で見ていた。
「……?
 どうしたの?」
「いや、どうもしてないぞ?
 それよりも喜んでくれて嬉しいよ、本当に」
そしてお兄ちゃんが何かを誤魔化す様に笑った。
うん、やっぱり今日のお兄ちゃんは変だ。



243 幸せな2人の話 7 sage 2010/10/01(金) 21:21:32 ID:TrkRZWJm
********************************************

動物園を出た後に私達は雑貨店を巡って、映画を見て、食事をした。
もちろん、ライオンさんも一緒。
私にとって間違いなく人生最高の一日だった。
いや、ひょっとしたら生涯最高の一日なのかもしれない。
きっと、お兄ちゃんとのたった三ヶ月の関係はそのまま終わってしまうのだから。
こんなにお兄ちゃんに近づけたのにまた私達は仲の良い兄妹に戻らないといけないのかな?
そんな事を思ってしまうと、こんなに楽しいのに気持ちが沈んでくる。
嫌だな、そんなの。
「シルフは今日のデート、楽しかったか?」
帰りの列車の中でお兄ちゃんが私に尋ねた。
夕日に染まる車内はガラガラで私達しか居ない。
「うん、凄く楽しかった」
「じゃあ、どうしてそんなに寂しそうな顔をしてるんだ?」
「うん、あと少ししたらもうお兄ちゃんの恋人じゃなくなっちゃうのかな、って思って……」
「それが寂しかったのか?」
「うん」
それから私達は黙って椅子に座っていた。
列車は私達が出会った時に住んでいた街の手前まで差し掛かる。
次は×××駅と懐かしい駅名が告げられる、その車内放送が流れた時にお兄ちゃんが言った。
「ここで一緒に降りてくれないか?
 どうしてもシルフと行きたい所があるんだ」
本当は、そこに行かないで終わりにするつもりだったんだけど、と付け足して。
いつもからは想像もつかないくらいにお兄ちゃんの顔は固かった。
「うん、私はお兄ちゃんとならどこにでも行くよ」
ぎゅっ、とお兄ちゃんが無言で私の手を握る。
そして私達は手を繋いだまま駅のホームへ降りた。
お兄ちゃんの手は柔らくて暖かかった。


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2010年10月04日 01:00
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。