440 魔法少女すーぱーシルフ(下) sage 2010/10/23(土) 02:08:26 ID:U63JI2Ma
お風呂から上がった後、私は自分のベッドに座って体を冷ましていた。
多分、この火照りはお湯の所為だけじゃないと思う。
《ところで、痛みは大丈夫ですか?》
”うん、かなり引いた”
後で聞いたけど、影に傷つけられても命には別条ないそうだ。
ただ痛みは本物だし、一時的に生命力も奪われる。
だから、傷つけられれば辛い事には変わり無い。
”ねぇ、お兄ちゃんの体にもまだ残っているのかな……?”
《恐らくは……》
こんこん、とノックの音が聞こえた、お兄ちゃんだ。
「うん、入って」
「今日は悪かったな、折角のデートを台無しにしてしまって」
「ううん、お兄ちゃんは全然悪くないの」
「その、お詫びにはならないかもしれないけど、これ」
そう言って、お兄ちゃんが大きな袋を私に手渡す。
中にはとても大きなライオンのぬいぐるみが入っていた。
たてがみがふわふわしてて、顔が寛いだ顔をしてて、すごくかわいい。
「かわいい」
「そうか、気に入ってくれたか?」
「うん!!
この子、大事にする、ベッドに置いて一緒に寝る!!
ねえ、お兄ちゃん……」
「ん、なんだ?」
「ありがとう!!」
とても嬉しかったのでつい大きな声で言ってしまった。
お兄ちゃんはそんな私をぼおっとした様子で見ていた。
「……?
どうしたの?」
「いや、どうもしてないぞ?
それよりも喜んでくれて嬉しいよ、本当に」
お兄ちゃんが何かを誤魔化すように笑顔を作る。
441 魔法少女すーぱーシルフ(下) sage 2010/10/23(土) 02:09:39 ID:U63JI2Ma
「それから、ちょっとごめんな」
「え、お兄ちゃん!?」
お兄ちゃんが私の足を掴んだ。
「お前、やっぱり怪我してたのか」
お兄ちゃんがポケットから薬と包帯を取り出す。
それから、私の足に丁寧にそれを巻いてくれる。
「さっきから、少し痛みを我慢するような顔をしていたから気になってたんだ。
昔から変わらないよな、そうやって心配させないように無理するところ」
お兄ちゃん、気付いてたんだ。
「ごめんなさい」
「いや、良いんだ。
きっと、今日、あの変なのが暴れてた時に誰かを助けようとしてたんだろ?
お前がそういう心の優しい子で俺は嬉しいんだからさ」
でも、とお兄ちゃんが言う。
「でも、危ない事はもう絶対にしないでくれよ。
シルフはもっと自分を大切にしてくれ、頼む。
もしシルフが傷ついたら、俺は辛すぎて耐えられないよ」
「……お兄ちゃんこそ、危ない事、絶対にしないでね」
「ん、俺か、ほら、俺はへたれだから大丈夫だ。
今日だってシルフを見つけたら、さっさと逃げるつもりだったんだからさ」
そう言ってお兄ちゃんは、あっはっはと声を立てて笑った。
私は知っている、お兄ちゃんが嘘を付いてるのを。
今日、お兄ちゃんは自分の命を捨ててでも私を守ろうとしてくれた。
お兄ちゃんが守ってくれた時、とっても嬉しかった。
でも、あんなの全然嬉しくなんて、ない。
442 魔法少女すーぱーシルフ(下) sage 2010/10/23(土) 02:10:05 ID:U63JI2Ma
”アル、私……”
《了解です、コールサイン・すーぱーシルフは本日2200付で廃番とします》
”意外とすんなり辞めさせてくれるんだね?”
《我々も人々の幸せの為に戦う組織ですから》
”そう”
《ところで、こちらをどうぞ。
短い間でしたが働き分の褒章が出ますので、選んでください》
突然、私の前に分厚い装丁の施された魔導書のような物が現れる。
《協力者に送られるギフトカタログです》
”カタログ?”
《ええ、ミッションクリア時や倒した敵毎に与えられるポイントでそのカタログの品と交換できるんです。
因みにシルフさんの場合は甲種偵察任務、Gクラス10機、Aクラス1機撃墜で2万と5100Pです。》
”……結婚式の引き出物みたい”
《よく言われるのですが、最近はこういう方が喜ばれるみたいで……》
魔法の癖に、何でこんなに世俗的なんだろう?
私は頭を抑えながら魔導書?を開いてみた。
フライパンセット5P、石鹸詰め合わせ1P、等々。
”何だか内容も引き出物みたい……”
《そちらは低ポイント用ですからね。
高ポイントになると魔法を使用する権利なんてものもありますよ》
”魔法、例えばだけど、その、好きな人と結ばれる魔法みたいなのは、無いの?”
《はい、一応あるのですが、256頁です》
私は慌ててそのページを見る、あった、意中の人と赤い糸を結ぶ魔法。
26000Pだから、ちょっと足りないけど。
《ただ、その魔法は色々と使用に条件がありまして、実際には使いづらいんです》
”条件?”
《ええ、それは魅了の禁呪を相手に掛けるのですが、
相手にとっては無理やり誰かを好きにさせられるという事で、人権問題になるんです。
だから、使用には相手に現在恋人等が居ない事、使用者が相手を純粋に想っている事、等要件が煩雑なんです》
”それって、もう殆ど両想いじゃないと使えないっていう事?”
《平たく言えばそうなります。
ですので、実質的にこの魔法の意味がないかと。
一応、これでも治安維持任務に特別の功績のあった人への褒章で特例中の特例なんです。
我々の世界では違法に禁呪を使用した場合は終身刑以上の刑罰が確定しますから》
”私は、その、別に……”
《あ、大丈夫ですよ。
ちょっと要件をチェックしてみますね》
アルが演算を開始する。
443 魔法少女すーぱーシルフ(下) sage 2010/10/23(土) 02:23:26 ID:U63JI2Ma
《残念ですが、1件だけ足りていません。
お兄さんからの好意が要件水準を満たしていません、あと一歩なんですが》
”え、でもお兄ちゃんは私に好きって言ってくれた事が何回もあるよ?”
《それなのですが、お二人が義理とは言え兄妹なので家族としての”好き”と判断せざるを得ないものでして。
例えば、彼女にしたいとか、付き合いたいのようなもっと直接的なものでないと……》
”そうなんだ……”
《申し訳ありません、お力になれず》
”いいの、やっぱり魔法になんて頼らないで私がしないといけない事だから”
「どうしたんだ、シルフ。
そんな落ち込んだような顔をして?」
お兄ちゃんが心配そうに私の顔を覗き込む。
「ううん、何でもないの」
そんな私の頭をお兄ちゃんがわしゃわしゃと優しく撫でてくれる。
それが心地良くて思わず目を細めた。
お兄ちゃんが私の髪の毛先をそっと摘まむ。
「そういえば、シルフみたいな綺麗な髪だったな。
今日のあのすーぱーシルフって子にまた会えたりするのかな?」
ふと、お兄ちゃんが思い出したようにそう呟いた。
「やっぱり、気になるの?」
そう尋ねると、お兄ちゃんはしまったという様子をしてから、気まずそうな顔になった。
「いや、その実はな、……雪風には言わないでくれよ。
何でか知らないんだが、あの子に会ってから、どうもあの子の事が頭から離れないんだ。
まあ今日は色々とあったからな、疲れているんだろう。
いや、別に一目惚れだとか、そういう意味では全然ないんだ。
俺は誰よりもシルフの恋人でいたいからな、……それが俺の本当の気持ちだ」
お兄ちゃんの言った最後の部分は、よく聞こえてなかった。
”すーぱーシルフに一目惚れ⇒好き ∧ すーぱーシルフ=私”
私の頭の中ではこの図式がぐるぐると回っていたから。
突然、ぽんっ、と頭の上の電球が灯った。
私の頭の中で一つのアイディアが生まれた。
「ねえ、お兄ちゃんはもしもあの子が恋人になったら嬉しいって少しは思う?」
《あの、シルフさん、それはいくらなんでも強引過ぎるかと……。
それから、お兄さんの言葉の最後の部分聞いてらっしゃいましたか?》
”黙って、大事な所なの!!”
「え、いきなり何を言い出すんだよ!?」
「いいから、早く答えて!!」
「真面目にか?」
「正直に答えて。
そうしてくれなかったら、お兄ちゃんでも許せないかも知れないから……」
私がそう念を押すと、お兄ちゃんは覚悟を決めた顔をして答えた。
444
幸せな2人の話 8 sage 2010/10/23(土) 02:25:11 ID:U63JI2Ma
「……嬉しいよ」
”アル!?”
《……可です》
「いや、確かに嬉しいけど、それはあんな子が恋人になったら男は誰でも嬉しいだろうって事で。
別に特別にあの子を探して告白しようとか、そういう意味じゃないから勘違いをしないでくれ。
って、すいません、シルフさん?
あの、何でガッツポーズをとっていらっしゃるのですか?」
「お兄ちゃん」
「は、はい!!
何でしょうか!?」
「私、頑張る」
「えっと、何を?」
「頑張る」
「そうか、が、頑張れ。
ただ、さっきも言ったけど危ない事はしないでくれよ?」
「大丈夫、危なくなんてないから」
うん、大丈夫。
今度からは最高速で接近してそのまま首を落として、抵抗する間も与えずにぐちゃぐちゃに潰せば、安全。
危なくなんてないから、お兄ちゃんとの約束は破っていない、大丈夫。
《え~と、では、契約続行という事で宜しいでしょうか?》
”うん、あと900P分頑張る”
《そうですか、それは何よりです。
では、暫らくですがよろしくお願いします、シルフさん》
”うん、お願い”
そこで、アルの表面に車輪の回るような光の模様が浮き上がる。
”緊急事態のサイン?”
《ええ、どうやらそのようです。
……ただ、情報どおりなら今までに例のない位の脅威です。
本国の大隊クラスでないと恐らくは対応不可と推測されます。
ですので偵察のみで結構です、決して今日の様な無茶はしないで下さい》
445 魔法少女すーぱーシルフ(下) sage 2010/10/23(土) 02:26:35 ID:U63JI2Ma
”うん、分かった。
もう今日みたいな事は絶対しない”
私は目を閉じて心に念じる。
”すーぱーシルフ、インゲージ!!”
けれど、何も起こらなかった。
”あれ、どうしたんだろう、変身できないの?”
《ちょっと待っていてください、確認します。
先程の戦闘時にお兄さんがアクティベートの呪文を唱えましたよね?
そのせいで、すーぱーシルフは複座型として登録されたみたいなんです》
”複座型?”
《ええ、つまり格闘戦はシルフさんがして、お兄さんが呪文を唱えるという事です。
そして、変身の起動権もお兄さんに譲渡されているようですね。
それから複座型の都合上、現地での変身が必須なんです》
”じゃあ、お兄ちゃんと一緒に現場へ行かないといけないって事?”
《はい、ご理解頂けますでしょうか?》
”大丈夫、お兄ちゃんは私がお願いすれば、ちゃんと一緒に来てくれるから”
《そうですか、それなら良いのですが。
あと蛇足ですが、シルフさんの変身前後の記憶はお兄さんから抜けますけど、
そこに居たという事までは忘れませんので注意し下さい、つまり、あの》
緊急事態だというのに、なぜかアルは歯切れが悪い。
”それより早く行こう。
場所は何処なの?
お兄ちゃんにお願いしないと”
《その、大変申し上げにくいのですが、N町のラブホテル街の中心部です》
”え、それって……”
《つまり、お兄さんとご一緒にそちらの方に出向いていただかないと……》
顔が一気に熱くなった。
お風呂から出た時よりも、ずっと熱い。
「ど、どうしたんだシルフ!?
顔が真っ赤になっているぞ、やっぱり病気か!?」
「な、なんでもないの。
お、お兄ちゃんが、私と、私とラ、ラブ……。
「え、ラブ?」
「ち、違うの、何でもないの!!」
「そ、そうか」
446 魔法少女すーぱーシルフ(下) sage 2010/10/23(土) 02:27:10 ID:U63JI2Ma
同時刻、N町ラブホテル街
一人の少女がホテル街をゆらゆらと歩く。
瞳はどろり、とこの世のものではないような濁り。
その手には血の様に真っ赤な刀が握られている。
「ふふ、けーくんたら照れ屋さんなんだから。
ホテルに逃げたっていう事はそういう事だよねー。
でも、ちゃーんとさっきのお仕置きは受けてもらわないと、ふふふ」
けー君どーこー、とかくれんぼを楽しむ鬼のように声を掛ける。
本当はもう沙紀は彼が何処にいるのか本能で大体は分かっている。
「その前にちょっと出てきてくれないかなー?」
けれど、すぐに会いには行けなくなった、やる事が出来たから。
路地裏の暗がりを切り裂くかのような鋭い目で睨み付ける。
”くすくす、よくわかったね”
ゆらりと少年ぐらいの大きさの人影が路地裏に浮かぶ。
一つ普通の人影と違うのは闇を切り取ったように真っ黒な点だ。
「ええ、うちは居合い道場だけど、昔からそういう類も代々相手にしてきたの。
それに今日の騒ぎもあなたの仕業ね、やられたわ。
でも、今はこの桜花があるからあなたじゃ相手にはならない」
そう言って、すうっと赤い刀を向ける。
”ははは、君が強いのはよく分かるよ、だから話し合いをしようじゃないか?”
「話し合い、物の怪なんかが何を話せるって言うの?」
”ふふ、僕らは分かり合えるさ。
僕は、まあ闇の魔法使いっていう奴さ、末永くよろしくね。
さっき君の負の感情を取り込んだときに実に素晴らしかった。
だから君と組みたい、その代わりに君の願いを好きなだけ叶えてあげよう。
僕は最上級の存在、何でも出来るんだ。
そうだねお近付きに一つ叶えよう、言ってごらん?”
447 魔法少女すーぱーシルフ(下) sage 2010/10/23(土) 02:27:29 ID:U63JI2Ma
「そうなんだー。
実はね、今けー君を惑わしてる雌豚を探しているんだー。
でも、もう面倒だからけー君に関わる雌豚を全部始末してしまいたいの、デキルヨネ?」
”いいね、いいね、実に僕好みの願い事だ。
一体何人を消せば良いのかな、10人?、20人?”
「そうだねー、概算でざっと33億人かナー?」
”いやいや、ちょっと待って、それ人類の半分だよね!?”
「うん、けー君はとーーーーっても素敵な男の子だもん。
けー君を見て好きにならない女なんて、この地球に私の友達の2人しか知らないヨ?
だから、それ以外の雌豚を綺麗にしちゃいたいなー、ナンテ」
”いや、僕はそこまでしたくなんてないから!!
人類種の天敵になんて流石になりたくないよ!?”
そう言って逃げようとする黒い影の首を沙紀の腕が掴む
「逃がさないヨー」
”え、どうして僕を素手で掴めるの!?
ありえないから、僕は精神生命体だよ!?”
「いちいち、煩いなー。
出来ナイッテ言ウナラ、私ガスルカラチカラダケ貸シテヨ?」
そう言って深々と赤く、禍々しい刀を影の胸に突き立てる。
”うわ、ドス黒くて赤い何かが侵食して来る!?
ちょっと待って、僕が取り込まれてるよ!?
助けて、これ本当に洒落にならないから、誰かー!!”
448 魔法少女すーぱーシルフ(下) sage 2010/10/23(土) 02:28:08 ID:U63JI2Ma
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「けーくーん、どーこー?
二度と外せない首輪を付けてあげるから出て来ようねー?
ふふ、早く出てこないと……、まずは一億人ぐらいサクッと逝っちゃうよ」
《新たなる敵、謎の魔法狂戦士しんかー沙紀》
”……誰だか分からないけど、よく知ってる人のような気がする”
「あはははは、もう、私の計画台無しだよ~。
シルフちゃんはへたれで役に立たないし。
どうでも良いから早く撃たれて、消えてくれないかな~?」
《マスター、警告、フレンドリー・ファイヤです。
彼女は敵ではありません、友軍です》
「あはははは、そんなの知らないわ。
雪風の敵はすーぱーシルフとか言う泥棒猫だけだよ~」
《敵か味方か、第2の魔法少女めいぶ雪風》
”……明らかに私の方が狙われている気がするんだけど”
「行くな圭、行ったら死ぬんだぞ!!」
「だが、俺が行けば皆も、お前だって助かる」
「一人の命の上にある、一億人の命なんて!!」
「もう良いんだ陽、さ、離してくれ」
「ふざけるな、俺はお前の手を絶対に離さない!!」
「陽……」
《二人の絆は魔法だって、運命だって乗り越えて見せる》
”……キャスト不足だからって、新林さんをヒロインポジションにするの?”
「次回、魔法少女すーぱーシルフ第2話『キモウトとかが舞う迷惑な空』」
最終更新:2010年10月24日 22:07