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『きっと、壊れてる』第16話(1/10) sage New! 2011/02/21(月) 01:03:31.98 ID:GzSQKQNq
次第に現代へと近付いて来る夢も、おそらく今日で最後か。
俺は今、夢想とも現実とも捉えられる実態のない心理世界の中にいる。
茜の膝の上で……否、茜の中で得る睡眠は、ある種モルヒネのような依存性を保持しており、
俺にとっては唯一現実を見ないで済む籠だった。
世の中が廻り続ける中で、もう少しだけ観る事が許された甘美な海の中を泳ぐ。
「おにーちゃん」
大学の夏休みの課題が一段落し、そろそろ晩御飯の準備でも手伝おうかという時だった。
後方よりまだ幼さが残る声で呼ばれた俺は、椅子に寄り掛かったまま振り向いた。
動きやすいように、と母さんが以前購入したオーバーオールを着た楓が、扉の陰からちょこんと上半身を出している。
頭の方を見ると最近やっと肩まで伸びた髪を両サイドで縛っており、左の束の方が少し太くバランスが歪なのが不器用な楓らしかった。
「どうした? また男の子とケンカしたのか?」
楓は小学校6年生となり背が急速に伸び始め、最近は体付きも徐々に女性らしくなってきた。
同級生の男児とケンカし、暴力でも振るわれたら危ないのではないか。
「違うよ。そんな子供みたいな事もうしてない」
馬鹿馬鹿しいといった顔で手を左右に振った楓は、
鼻水を啜りながらこちらに駆け寄り、腕を引っ張った。
ほのかに女性特有の甘い匂いが鼻を擽る。
その香りが回していた扇風機の風邪に遮られると、俺は立ち上がり楓を見下ろした。
「何だよ?」
「おねーちゃん具合が悪いから、薬買ってきて」
「茜が? 風邪か?」
思い起こせば確かに朝、茜は少し体調が悪そうに見えた。
よく着目しなければ気付かないほど僅少な差異だったが、時間経過と共に悪化したのだろうか。
幸い学生の俺達は今、夏休み真只中で次の日を気にする必要はあまりないが、
昨日から今日に掛けて両親が1泊2日の旅行に出掛けており、深夜まで不在だ。
茜が頼れるのは兄である俺か、俺の腕を引っ張る頼りないツインテイルの少女だけだった。
「多分。部屋で横になってる。『兄さんは?』って呆けたみたいに繰り返してるよ」
「そうか、わかった。ひとっ走り行ってくる。楓は出前を頼め、俺カツ丼な。伝染ると面倒だから茜に近付くなよ」
「わかったぁ。おねーちゃんのは?」
「俺がおかゆ作るから、俺とお前のだけ頼んでくれ」
「らじゃー」
普段凛とした人間が病床に着くと、やけに心配になってくる。
風邪薬程度も常備していない母の事を恨みながらも、俺はタンスを開け、上着を取り出した。
「という事で、楓は今日お布団持って来て、お兄ちゃんの部屋で寝るから」
楓は当然といわんばかりの眼差しを俺に向けると、横にあった俺の臭いが染み付いたベッドに、プールへと飛び込むように体を投げた。
「父さんと母さんが今日帰るの深夜になるから、あっちの寝室のベッド使ったらどうだ? 父さんは自動的にリビングのソファになるけどな」
父と母の寝室を指差し、俺は首を傾げた。
楓が最近「1人部屋が欲しい」と喚いていたのも思い出したからだった。
「1人で寝るの怖い」
枕に顔を埋めながら、さりげなく本音を暴露する楓を見た俺は体の力が抜けそうになった。
楓に反抗期という物はないのだろうか、というよりも他の娘さん達よりも成長が遅いのか。
12歳になっても甘ったれなのはさほど変わらない。
「……仕方がない奴だな。じゃあ、ちょっと薬買ってくるからな。すぐ帰るけど火とガスを使う時は……」
「わかってるよぉ~」
泳ぐかのように足をバタバタさせ返事をする楓を見ながら、俺は自室の扉を開け玄関へと向かった。
帰って来る頃には寝ていそうだ。
人のベッドだと妙に寝付きが良い姫君にため息をつき、俺は日が暮れかけている街を駆けた。
95 『きっと、壊れてる』第16話(2/10) sage New! 2011/02/21(月) 01:05:32.50 ID:GzSQKQNq
「よう、どうだ? 喋るのが辛かったら頷くだけで良い」
切れ長の目が開いている。
眠ってはいないようだ。
「大丈夫。さっき少し寝たら楽になった」
茜はいつもよりさらにか細い声を出すと、俺の方を一瞥した。
「楓は?」
「薬買いに行く時予想した通り、俺のベッドで勝手に寝てる。この2段ベッドが寝心地悪いんじゃないのか?」
普段は「眠れない」とぼやき、夜遅くまで漫画を読んでいる楓が、
俺のベッドだとあっさり眠りにつく事がいつも不思議だった。
「ふふっ、あの子らしい。ゴホッ……ゴホッ……」
茜は仰向けに寝た状態のまま咳きこんだ、口元からひゅうと呼吸音が聞こえた。
「おかゆ、作ってきた」
俺は持って来たお盆を近くにあった楓の学習机の上に置くと、
鍋からおかゆを少量、茜の茶碗へと取り分けた。
毎度思う事だが、食欲を微塵も誘う事がない料理だ。
病人には丁度良いのかもしれない。
「ありがとう。梅干しこの間買っておいて良かった」
真っ白な表面の上に存在感を主張する梅干しが気に入ったようだ。
茜は、体を起こすと俺から茶碗を受け取り、蓮華で小鳥の餌かと思うほど少量の米を掬う。
そして息を何度か吹きかけた後、口の中に入れた。
「美味しい」
「おかゆに美味しいも何もないだろ」
「あるわ」
せいぜい具が美味しいとかその程度のレベルだろうと思っていた俺は、
茜が言うと妙に説得力があると感じ、押し黙った。
そして、茜が思ったよりも元気そうなため、この後どうするか考える。
PCを触りたいが、物音で楓を起こすのが可哀想なので自室はあまり居る気になれない。
とはいえ、このままこの部屋で過ごすのもおかしな話だ。
リビングでテレビでも見るのが適当か。
「兄さん、お願いがあるの」
「何だ? おかわりか? 病人特権だ、何でも言えよ」
「うん、ありがとう。お湯とタオルを持って来て欲しいの」
何でもない頼みだが、普段自分の事は何でもやってしまう茜にしては珍しい。
俺は快く承ると、とても全部は食べられそうにないおかゆが入った鍋を回収し、洗面所へと向かった。
呆気にとられるとはまさに今の状況の事だろう。
「兄さん、体を拭いて」
自分の目と耳を同時に疑うのは、生まれて初めてだった。
お湯を溜めた風呂桶と、体を拭くタオルを持ち俺が部屋に入ると、
茜はこちらに背を向け、水色のパジャマを脱ぎ綺麗に折りたたんだ後、枕の横に置いた。
下着は付けていない。
カーテンを閉め切った薄暗い部屋に茜の白い上半身が露わになった。
「お、おい……冗談言うなよ」
半裸の茜は、俺が拭きやすいように少し前屈みになっている。
「何でもしてくれるんでしょう? 楓は寝ているし、兄さんしかいないのよ」
後ろ姿から茜の表情は読み取れない。
ただその冷静な声は、茜が本気である事を示している。
肩甲骨が美しく浮き出ている、そしてその白い肌に映えた真黒の髪は、生きているように艶やかさを保っていた。
「じゃ……じゃあ、拭くわ」
あまり拒絶するのも、意識しているようで不格好だ。
病人の体を拭くだけだと自分に言い聞かせると、俺はタオルをお湯に付け、よく絞った。
水分が残っていると、風邪を悪化させるかもしれない。
俺は力強くタオルを絞ると、割れ物を扱う様に茜の背中に押し当てた。
96 『きっと、壊れてる』第16話(3/10) sage New! 2011/02/21(月) 01:07:32.99 ID:GzSQKQNq
茜のきめ細かい白い肌を間近で見ると、傷一つない宝石を連想させる。
細胞の一つ一つがこの美しい体を造り上げているのだと思うと、
生物の神秘さえ感じた。
「……兄さんが高校1年の時の夏に、駅前の喫茶店で仲良さそうに喋っていた女の子は誰?」
肩峰から右肘にかけて拭き終わった時だった。
茜の唐突な質問に、俺は思わず体を拭く手を止めた。
「えっ? なんだよ、急に」
「別に。黙っているのも退屈でしょう? ただの世間話」
タオルを一端お湯に付け、再び絞る。
「……クラスの女子だ。何回か遊んだ事がある」
確か、友達でいた方が楽しさそうだと理由で、付き合うまでには至らなかった子だ。
それがどうしたというのか。
「知っているわ」
「じゃあ聞くなよ。というか、なんで知ってんだよそんな事」
「……当時、兄さんと同じクラスに佐藤さんっていたでしょう? 街で偶然会った時、色々教えてくれたのよ」
佐藤……確か大人しいタイプの女子だった気がするが、意外に噂話好きなのか。
それよりも茜と知り合いだったとは知らなかった。
「じゃあ次、去年の学園祭で一緒に校内を回っていた子は誰?」
口調を変えず茜は淡々と言葉を続ける。
兄の男女関係に興味があるのか、ただの暇潰しなのか。
「……名前は忘れた。クラスも別でほとんど話した事のない子だった」
声を掛けられた時、特に用事もなかった為一緒に行動する事にしたのを微かに憶えている。
だが、結局彼女とはその日以来喋っていない。
何のために自分に声を掛けたのかは、もう知る由もない。
「賀集由里果さんと言うのよ。図書委員で一緒になった事があるの」
「だから、知ってんなら聞くなって」
質問の主旨がわからず、俺は苛立ちを声にした。
茜は聞いているのか、微動だにしないまま背中を預けている。
「あまり気にしないで? ただの世間話だから……ゴホッ! ゴホッ!」
「おい……大丈夫か?」
薄い背中が弱々しく揺れた。
透き通る様なきめ細かい肌が、震えている。
俺には冷房が効いていないこの部屋は暑くてたまらないが、茜は寒いのか。
「……大丈夫。薬を飲んだからかしら、大分楽にはなってるから」
「なら、いいけど。辛いようならすぐ言えよ?」
「うん。それよりも汗をかいたから念入りに拭いて」
「……あぁ」
微妙な空気が二人を包み、時間がゆっくりと流れている。
楓に見られでもしたら面倒な事になると思いながらも、
茜の肌に吸い寄せられ、じっくりと手を動かす自分が俺は不思議だった。
「ねぇ、兄さん。背中はもういいわ。今度は前をお願い」
「怒るぞ、茜」
予想を超越する茜の言葉に驚愕し、怒気を含めた声で叫んだ。
風邪で寝込んでいる妹の上半身を隅から隅まで拭く兄など聞いた事がない。
「別に前も後ろも同じでしょう。私はそんなに凹凸もないから」
冗談のつもりなのか、全くと言っていいほど笑えないセリフを吐くと、
茜は体を反転させ振り向き、上半身の前面を俺の前にすべてさらけ出した。
「おい!」
「五月蠅いから大声を出さないで」
薄暗い部屋の中に無表情の茜の瞳が一点光っているように見える。
どういうつもりなのか、そもそも体を起こせるほどに回復しているのなら、
タオルで上半身を拭くぐらい自分でできるのではないかと疑問が生じた。
97 『きっと、壊れてる』第16話(4/10) sage New! 2011/02/21(月) 01:09:33.59 ID:GzSQKQNq
「シャレにならないだろ?」
「えぇ、本気だもの。早くして、寒いのよ」
めずらしく我儘を言い、心なしかこちらを睨む半裸の妹に俺は驚いた。
茜は滅多に主張しない代わりに、一度自分の主張を示すとテコでも動かない。
1秒でも早く茜の体を拭き終わる事が、この場から離れる唯一の手段だった。
「……わかったよ……じゃ、じゃあ拭くから」
思わず声が嗄れた俺は、茜の顔の下に自然と目線が向いてしまう事に気付く。
二つの白いなだらかな砂丘の上に、それぞれ薄赤色した頂が付いていた。
視線をどこへやったらいいのかわからず、ベッドの脇にあったセイウチのぬいぐるみを見た。
「ふふっ、別に横を向いたまま拭かなくてもいいじゃない。この子よりはスタイル良いと思うのだけど」
セイウチを頭から掴むと、茜は自分の背面へとそれを隠した。
逃げ道を隠され、俺にはもう視線を預ける先が見当たらなかった。
「ちゃ、茶かすなよ」
「でも不思議ね、小さい頃はよく二人でお風呂に入ったのにね」
「……ははっ、懐かしいな。茜は風呂嫌いだったもんな。毎度風呂の時間になると隠れているのを探して、連れて行ったっけ」
気を利かしてくれたのか、茜が子供の頃の話を振ると、俺は懐かしさで少しだけ羞恥心が薄くなった。
幼き茜の姿と視線の前の茜が両方の瞳に重なって映し出される。
「ふふっ、そうね。当時の私はお風呂と海は繋がっていて、栓を開けると鮫が出てくると思っていたからね」
郷愁の記憶に想いを馳せ、目の前の妹を正々堂々と直視する。
楓や異性の同級生には感じない、得体の知れない感情が自分の中で湧き上がってくるのを俺は必死で抑えた。
「……兄さんは……私に対して、いつもどこか遠慮しているのね」
もう少しで茜の上半身を拭き終わる頃か。
いつの間にか俯いている茜は、前触れもない独り言のように呟いた。
「遠慮なんてしてないよ」
「してる。私がどれだけ我儘を言っても、許してくれる。楓には本気で叱るのに」
楓はハッキリ言って叱りやすい。
行動が単調なので、叱り方が明確なのだ。
逆に茜の行動は謎を含み、心理的にどう考えているのかが俺には理解できないため、
注意するにも躊躇してしまうのが理由の一つだ。
そして、最大の理由は俺自身認めたくない、認めてはいけないものだった。
「それは、楓と違ってお前は怒られるような事をしないからだろう?」
「ううん、違う」
それ以上は言及しないで欲しい。
きっと、ボロが出てしまうから。
「ここで……さっきの続き。今、兄さんには好きな人がいるの?」
胸が破裂しそうな程締め付けられるのは、茜の裸を見ているからではなく、
茜の顔がすぐそこにあるからだ。
「茜」
「何?」
「もう拭き終わった」
俺は今どんな顔をしているのか。
きっと両親の喧嘩を目の当たりにしているような、
行き場のないもどかしさを顔全体で表現しているに違いない。
「……悲しそうな顔」
俺の頬を撫でる茜の手を握り締め、このまま許される事のない駆け落ちでもしようかと考えた。
当然そんな事をする勇ましさもなければ甲斐性もない。
この異常な感情は俺の心の最深層に封じ込め、日々を平凡に生きるのがすべての意味で適切な判断なのだと、自分に言い聞かせた。
「そんな事ないよ」
無理やり笑顔を作り、茜に笑いかけた。
顔の筋肉が抵抗し、口角を下げようとする。
それでも笑う事が俺の責任だと思った。
98 『きっと、壊れてる』第16話(5/10) sage New! 2011/02/21(月) 01:11:34.36 ID:GzSQKQNq
「私がこの世界で一番兄さんの事、詳しいのよ」
そんな努力も虚しく、茜は真剣な顔付きで「馬鹿にしないで」と俺を叱る様に語尾を強めた。
すべてお見通しという意味か。
それはそうだろう。
思えば俺の異端な癖も知っているのは茜一人、匙を投げる事無く慰め、
一緒に痛みを分かち合ってくれるのもこの世で茜一人だ。
このまま打ち明けてしまえば楽になれるのか。
君に恋をし、気恥ずかしくて顔を直視できない。
嫌われたくなくて、会話するにも無難な事しか話せない、と。
「茜? 居るの?」
その時、後方にある扉が静かに開いた。
扉の方向とは逆を向いている俺の背中の毛が、全身を駆け巡るかのように逆立った。
慌てるように振り向く。
暗がりでよく顔が見えない、いやそもそも見る必要はない。
この状況は家族の誰に見られたとて反応は同じだ。
「茜? ……浩介! あなた何をしているの!」
穏やかな母の表情が、暗礁に乗り上げたように一瞬にしてパニックに陥る。
腕を掴まれ、ベッドから引きづり降ろされた俺は、無言のまま振り返り茜を見た。
スタンドの光に照らされた茜は微笑み、深い眼差しを俺に向けたままだった─。
時計の針が進むチッチッという音が、俺の心臓の音と重なっている。
重苦しいという言葉がこれ以上相応しい場面はなかった。
食卓の向かいには父と母。
隣に茜がいる事が俺にとっての唯一の救いになっていた。
「で、浩介は夜中に風邪をひいて寝込んでいる妹の薄暗い部屋で、何をしていたの?」
眠っている楓を除く全員、4人分のお茶を入れ各々の前にそれを置くと、母は天井を見上げながら話を切り出した。
おそらく、状況が整理できていないのだろう。
それはそうだ、俺が逆の立場だったら声すら発せないかもしれない。
半ば無理やり体を拭かされた、とありのまま話せば、俺はもちろん茜もおそらく叱られる事になるだろう。
兄妹とは言え、無理やり男に体を拭かせる女が何処にいるのだ、お前は頭がおかしいのか、と追及されるに決まっている。
実際に風邪をひいている茜に、すべてを被らせるのか。
いや、ここは俺がすべて被れば良い。
性の対象と見ていた、という誤解だけは解かなければいけないが、
茜以外の家族からしばらく白い目で見られる程度だ、構いはしない。
「……茜は歩けない程、衰弱していた。けど、汗をかいていて、あのまま放っておいたら間違いなく悪化すると思ったんだよ」
予想より、声を張れる事が出来た。
こういう時、もぞもぞと喋る方が逆に疑いを深める事になる。
父と母の思考を読み、言い訳を考える。
「楓にやってもらえばいいじゃない」
「あいつは既に寝てたから。それに伝染りでもしたら面倒だろ。俺は融通効くし」
今も実際に眠っているのだから筋が通る言い訳だ。
今回ばかりは楓の自由気ままな家での過ごし方に感謝した。
「……茜は意識あったの?」
「えぇ、あったわ」
「なのに浩介に体を拭いてもらう事にしたの?」
「えぇ」
どうやら、茜は俺の策を理解してくれたようだ。
それでいい。破滅の美などと格好を付けるつもりは更々ないが、軽蔑される人間など少ない方が良いに決まっている。
「呆れた。浩介、あんたちょっと茜にベッタリ過ぎよ。あなた達は兄妹なの。世間ではあんな事、兄妹が……いえ、恋人でもマナー違反よ」
正論だ。あくまで看病だと割り切れる程、人間の欲は生易しい物ではない。
99 『きっと、壊れてる』第16話(6/10) sage New! 2011/02/21(月) 01:14:20.13 ID:GzSQKQNq
「茜も。もう良い歳なんだから体を見せるのは、将来愛した人だけになさい」
「俺も軽率だったよ。もう二度としないと誓う」
母の文言が説教の終わりへと向かっている事に気付いた。
ものの5分程度か、意外にも早く終わった事に安堵し、俺はまだ熱いお茶が入ったカップに手を伸ばした。
「じゃあ、この件はもう良いわね? 茜は早く寝なさいよ」
父と母の顔の険しさが緩和され、家族会議の幕が降ろされようとしていた時だった。
「一つ、いいかしら」
席に座ったままの茜は、病人とは思えない程に背筋を伸ばしていた。
俺らが他に言うべき事はない。
反省した態度を見せればこの場から逃れる事が出来るのに、これ以上何を言うのか。
「何だ? 言ってみろ」
空気が再び張りつめた。
無理もない。俺ですら茜の雰囲気に異質さを感じていた。
具合が悪いのではなかったのか、茜は数秒間無言のまま両親を見つめると、
その綺麗な形をした口からゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「私、父さんと母さんが好きよ。尊敬しているし、この家に生まれて本当に良かったと思ってる」
「何だ? いきなり」
父が呆気にとられた顔をしているのも気にせず、茜は続けた。
「感情表現が苦手な私でも兄さんや楓と同じように接してくれて、いつも感謝してる。本当にありがとう」
「……当たり前だろう。自分の子を差別するような人間が存在するのなら、その人間がおかしい」
寡黙な父が照れくさそうに、けれど本気の言葉で答えている。
もし俺が父の立場だったら、娘にこんな事を言われれば涙を流して喜ぶかもしれない。
「ただね、そんな父さんと母さんだからこそ……許せないのよ」
人間が唱える言葉という物は不思議だ。
舌をうねらせ、喉から声という伝達機能を出すだけで、場の空気を幾度もなく反転させる事が出来る。
「……何がだ?」
見た事もない父の形相に恐れおののいた俺は、何か爆発物に着火させようとしている茜を止めようと横を向いた。
しかし、一瞬でそれは無駄な行動に終わる。
黙っていろ。
そう言いたいのか、まるで俺がここで止めに入るのを予想していたかのように茜は冷たく無機質な瞳で俺を迎え撃った。
「私の邪魔をしないで」
「邪魔?」
茜の気持ちが昂っている。
映画のワンシーンのように茜の横顔や仕草は美しかった。
せめて、心の中だけでも男として茜より先に言おうと思った。
「せっかくだから、父さんと母さんにも聞いてほしくて」
「茜……あなた……」
……俺は茜を愛している。
「私は兄さんを男性として愛しているわ」
茜の瞳は深く、黒く、吸い込まれそうだった。
いや、俺は既に茜に取り込まれていて、内側から自分を傍観しているだけなのかもしれない。
もう二度と退出する事のない茜の瞳の中に、自分の魂を持って──。
楓が眠っているため部屋に閉じこもるわけにもいかず、街灯が寂しく光る暗い道を当てもなく彷徨った。
閑散としており、昼とは違った印象を持つ地元の商店街を抜けて、大きな公園に出る。
何をしたらいのかわからず、俺はベンチに座り両手で顔を覆った。
「よかったわね夏で。野宿しても凍死する心配はないわ」
「何でそんなに余裕なんだ、お前は」
遠足でもしているつもりなのか、珍しく茜は微笑んでいる。
「お前、風邪引いているんだろう。こんな所にいちゃだめだ」
顔色は良さそうだが、再発が怖い。
100 『きっと、壊れてる』第16話(7/10) sage New! 2011/02/21(月) 01:16:20.48 ID:GzSQKQNq
「大丈夫。兄さんを放って自分だけ寝ているわけにもいかないし」
「……そんな事はどうでも良いよ」
「でも野宿は嫌ね。今夜だけでもどこかへ泊まりましょう」
家を飛び出した時と同じ様に、暗い空の下を当てもなく、ゆっくりと歩いた。
あんな事があった直後にもかかわらず……いや、あんな事があった直後だからこそなのか、
俺の腕には茜の腕がしっかりと組まれ、人の体温の暖かさを俺に伝えていた。
大学の友人の家にでもしばらく泊めてもらおうかと考えたが、
茜の事を考えるとそういうわけにもいかない。俺はどうするべきなのか。
「あの……さ」
「さっきの、本気か?」
もしかしたら、茜のたちの悪い冗談なのかもしれない。
「冗談だと思う?」
そんなわけはない。愚問に自分でも呆れ果てた。
「いや」
「ふふっ、でしょう? さぁ、行きましょう」
「何処へ?」
「二人っきりになれる所。今後の事も話し合わないと」
俺の腕を引き、茜は軽やかな足取りを見せた。
俺はこの時初めて、茜の風邪が仮病だという事に気付いた。
シャワー室に視線を移すと、裸体である茜の影が生々しく動いていた。
俺はダブルベットの端っこに腰を掛けると、そのまま背中をベッドの方に投げ出した。
鼻を擽る寝具の匂いと、目の前に広がる白い天井模様が、いつもと違う事に違和感を覚える。
それは自分と茜との関係が変った事を示しているかのようだった。
「お待たせ」
髪を濡らした茜が、脱衣所から出てきた。黒いワンピースが妙に艶めかしい。
ホテルに備え付きの趣味の悪い浴衣ではなく、自分の服をもう一度着直したようだ。
「待っていたのかな、俺は」
寝転んだまま、茜の方へ顔を向け自虐的な笑みを浮かべると、俺はそのまま目を閉じた。
この現実が今も自分達にとって、どれほどの不利益を被るかはわからない。
拒否しようと思えば、茜の手を解き、駆け、今まで自分が存在していた世界へと戻る事が出来たのかもしれない。
しかし、今ここにいるという事は、俺自身が茜との関係に変化を望んでいたという事に違いなかった。
「兄さん」
吐息がかかる風を鼻に感じて目を開けると、茜の瞳が俺の視界一杯に広がっていた。
ダブルベッドの上で寝転がり向かい合う二人の間には、もう何も障壁はない。
少し舌の先を伸ばせば、茜の小振りの唇へと届く距離だ。
「こんな時でもクールなんだな」
皮肉ではなく、純粋にそう感じ、思わず笑みが零れた。
あまり変化のない表情でも手に取るように茜の感情がわかる。
「そんな事ないわ。心臓が破裂しそう」
手を俺の体の後ろ側に回し、茜は体を押し付けてきた。
痩せている割に、体中に当たる肉感が心地良い。
「兄さん」
吐息なのか、問いかけなのかわからない程小さい、茜の声がした。
「違う女性と、キスはしたことあるの?」
「……あるよ」
以前交際した女性と何度かした事がある。
色気の欠片もない、学生らしいキスだった。
「兄さん」
少し声がか細くなった気がした。
俺の胸に顔を埋める茜の頭からは、目眩がするほどの良い匂いがする。
「違う女性の、胸やお尻は触った事あるの?」
「……あるよ」
カラオケ店で、キスの勢いで触った事がある。
女性の肉体の柔らかさに驚いたのを今でも覚えている。
101 『きっと、壊れてる』第16話(8/10) sage New! 2011/02/21(月) 01:18:22.21 ID:GzSQKQNq
「……じゃあ、それ以上の事はしたことがあるの?」
「……ないよ」
茜の真意はわからない。
ただ今夜だけはすべて赤裸々に話そうと思った。
「……そう」
一言呟くと、茜は俺の身体から手を離し、自分の着ているワンピースを脱ぐと、
几帳面に畳んだ後、枕元にそれを置いた。
電気スタンドの淡い光が、白い下着姿の茜の美しさを演出した。
そしてその白い下着をも躊躇なく脱ぎ捨て、生まれたままの姿になる。
人生で見た事がないほど傷一つない美しい体だった。
しかし、再び抱きついてくるのかと思いきや、茜は壁際にあったソファまで歩き腰を下ろした。
「兄さん」
座ったまま足をソファに上げ一瞬躊躇すると、茜はそのまま左右に足を広げた。
「舐めて」
無表情でそう言い放つ茜の瞳に、俺は身動きが取れなかった。
初めて見る女性の秘部は、肉の色と陰毛とが絡み合い混沌とした様子だ。
「舐めなさい。兄さんは自らの意思で私の此処を舌で突き、汁を啜るの」
命令される事でしか存在を維持できない屍のように、俺は起き上がり茜の前まで歩き、そして跪く。
茜の股間の割れ目は、ひくひくと俺を手招いているかのように呼吸していた。
恐る恐る舌を口から出し、そのまま先端で突く。
……少し酸味の強い味がした。
以前同級生の男が、臭いが強くてとても舐められたものではない、となぜか自慢気に話しているのを聞いた事がある。
確かに良い匂いでないが、拒絶するほどのものでもない。
俺は、一舐め毎に味を確かめながら、犬のように妹の秘部を夢中で舐めた。
舌の根元が痺れ、休憩がてら顔を上げると、俺が弄り始めてからも一言も声を発さなかった茜の顔が視界に映る。
茜は無表情のままこちらを見降ろし、そしてゆっくりと手を伸ばして俺の髪を撫でた。
「疲れたの?」
「舌の感覚が、狂ってきた」
茜の愛液だろうか、蜘蛛の巣のようにねっとりと俺の舌に纏わりつく、糸のような液体は。
味は最早わからない。
不思議な義務感だけが俺の口周辺にある筋肉を動かしていた。
「兄さん……体が寒くなってきたの。抱いて」
茜の言う『抱いて』という言葉は、ただ俺の両腕で抱き締める事を指してはいなかった。
俺は茜の頭と両足を横から両腕で持ち上げると、ベッドまで運びそっと降ろした。
乳房を肉の細胞一つ一つ確かめるように触る。
初めて茜の口から「ンッ」と嬌声が漏れた。
本能なのだろう。
早く挿れたい、と俺の下半身が悲鳴を上げている。
未体験にもかかわらず、茜の膣はきっと気持ちが良いと確信していた。
俺が我慢できずに茜の体を自分の方へ引き寄せると、シーツを右手で掴んだまま、茜が口を開いた。
「私達、契りを結ぶのね」
「契り?」
大層な単語が出てきて、俺は思わず笑いそうになった。
しかし、茜の目が少しも笑っていない事に気付き、顔を引き締める。
「そう、契り。私は一時の感情になんて流されない」
「知ってるよ」
「ここでこうしてあなたと目合っているのは、私とあなたが選択した世界。帰る事はできないわ」
父さんや母さん、それに楓の顔が俺達の周りを囲んでいるホテルの白い壁に浮かび上がった気がした。
俺は今取り返しのつかない事を、茜の言うように自分の意思で行おうとしているのだ。
体は既存の物と同じでも、精神は別人となり、実の妹を抱く。
その覚悟を茜は俺に求めているという事が理解できた。
102 『きっと、壊れてる』第16話(9/10) sage New! 2011/02/21(月) 01:20:22.35 ID:GzSQKQNq
「ふふっ、怖くなった? 今ならまだ、なかった事にしてあげる」
これが高校生の創る表情なのか。
茜はすべてを計算し尽くしたような妖艶な笑みを浮かべると、両手を俺の首の後ろに回した。
「どうするの?」
「……もう帰る場所なんてねえよ」
茜に揺れている心の隙間を突かれ、半ばヤケになった俺は自分の下半身をぶっきらぼうに茜の膣へと押し込んだ。
腰を動かすと、茜の膣の内側と自分の棒の外側が摩擦で擦れ、快感を生み出す。
しばらくぎこちない腰の反復運動を繰り返すと、茜にとっても今日が初めてだったという事に俺は気付いた。
「悪い、挿れた時痛かったか?」
慌てて茜の顔を覗き込む。
「痛かった。今もすごく痛いわ」
茜の表情にあまり感情の推移は感じられなかった。
実際の女性はあまり声を出さず表情も変えない物なのだな、と首を傾げ続きを始める。
「……んっ……んっ」
腰の動きにも慣れ始め、血が今まで以上に下半身に集まって来ると、少なからず茜の様子にも変化が生じた。
吐息が上で腰を振る俺の耳にまで届き、腕を掴む小さい掌は徐々に掴む力を強めていく。
俺は思わず半開きになった茜の口に自分の舌をねじ込んだ。
ジュルジュルと音を立てて茜の舌を吸うと、お返しと言わんばかりに茜も俺の舌を吸う。
何もかもが初めてのはずなのに、俺達はお互いの希望が手に取るようにわかっていた。
「んっ……兄さん。ありがとう」
吐息に織り交ぜ、なぜか茜は感謝の言葉を呟いた。
それに続く様に自然と表情も緩む。
「別に感謝されるような事なんてしてないだろ」
それを証拠に俺は今も腰を動かし続ける。
体が火照り、もう自分では制御できない程、俺の下半身は茜を求めていた。
「……ハァッ……ハァ……兄さん、気持ち良い?」
余程、俺は夢中になっている顔をしているのか。
辛そうに顔を歪めながらも、俺の頬を撫でると、茜は少しだけ微笑む。
「……んっんっ」
漏れた声を聞き逃さず、俺は茜が少しでも艶やかな反応をする角度で、自分の肉棒を突いた。
挿入した時に比べれば、茜も幾分かは気持ちが良さそうだ。
しかし、俺の方が限界に近かった。
より快感を得る為に茜の腰を両手で固定し、腰の回転を早める。
「茜、俺イきそうなんだ」
「膣に出して。私ピルを飲んでいるから」
どこへ出したらいいのか判断がつかなかった俺に、茜は心を読んだように的確に指示を出した。
ピルに副作用の危険がある事ぐらいは俺も知っている。
そんな物をいつ手に入れ、いつ飲んだのだと疑問がいくらでも捻り出される。
それでも、茜が膣に出せと言うのなら、そこへ出そうと思った。
「うっ……」
階段から一気に滑り落ちたような浮揚感と、森羅万象のあらゆる快感を俺の体の中に集めたような刺激が、
腹の上から尿道を通り、茜の膣へと飛び込んで行った。
俺が思わず震えると、右手でシーツを目一杯掴んだ茜も、目を瞑り声を振り絞っているのがわかった。
「やぁっ……クッ……くぅぅぅぅっぅぅ! ……ハァ……ハァ」
ラブホテルの一室、見慣れない光景の中で、俺と茜は禁忌を破り、獣のように息を荒げ、
事が終わってもなお、お互いを離すまいとしてどちらからともなく、体を抱き締めた。
「素敵な夜ね」
俺の腕の中で近年一番の笑顔を見せた茜は、
本当に血の繋がらない最愛の女性のように俺の目には映った──。
103 『きっと、壊れてる』第16話(10/10) sage New! 2011/02/21(月) 01:22:23.20 ID:GzSQKQNq
実家を離れてから約6年間住んでいる、見慣れた自室の風景が視界に広がっている。
早朝、浩介は目覚めると、枕が少し湿っている事に気付いた。
指で目の周りを擦ると少し濡れている。
何の夢をみていたかは既に忘れていたが、茜と楓がそれぞれ笑っていたのを断片的に覚えていた。
楓の笑顔が心からの笑顔ではないと考えると、まだ涙腺の奥から涙が溢れそうだった。
「おはよう」
扉の方から声がして、浩介は体を起こした。
エプロンを身に着けた茜が部屋の入口に立ち、こちらを覗いている。
「おはよう……楓は?」
「朝ご飯を食べてるわ」
まだ家にいるようだ。
ここ1週間楓とはろくに話をしていない。
捕まえるなら今か。
「楓、ちょっといいか?」
即座に着替えた浩介は、まだ食卓で朝食を食べていた楓に声を掛けた。
「何? あんまり時間ないんだけど?」
茜の手前、仮の姿で接する楓だったが、声からして不機嫌だ。
やはり、この間の夜の事が気に食わないのか、目も親の敵を見るように不快感が前面に押し出されていた。
「そろそろ、夏休みも終わりだろ。今日ぐらい3人で夕飯食べないか?」
「……考えておく」
楓はそう言うと、そして浩介の耳元で「玉置美佐とはもうすぐ終わり」と囁き、
風を切るかのように玄関へと駆けて行った。
「そろそろ、夏も終わりなのね」
コーヒーが入ったマグカップを片手に、キッチンから出てきた茜は呟いた。
「寂しいか? 楓も帰っちゃうもんな」
この夏に楓が起こした行動は、すべて自分の胸の内に留めておこう。
無駄に家族の間で波風を立てる必要はない。
浩介は兄として、楓の成長を見守る腹を決めていた。
「いいえ、嬉しいの。暑いのってどうしても苦手だわ」
どこからかチリンと風鈴の音色が聞こえた気がした。
第17話へ続く
最終更新:2012年05月12日 16:20