狂もうと 第9話

301 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/03/16(水) 21:20:28.37 ID:AhoYJT4S
「遅い…遅すぎる…」
腕時計に視線を落とし、小さく呟いた。
周りに居るカップルがちらっと此方へ目を向けてきたが、何事もの無かったようにまたイチャイチャと抱き合う。
他人が隣に居ようが居まいが関係無いようだ…。

「はぁ…(外でいちゃつくなよアホども…)」
ため息を吐き、周りを軽く見渡した。

――俺が今居るのは都内にある大きな駅の前。
噴水が水を吹き、その周りにベンチが備え付けられている。
ここは有名な恋人同士の待ち合わせ場所として数多くのカップルに使われており、今も軽く見渡すだけで十組のカップルがベンチに腰掛け愛を育んでいるのだ。
まぁ、そんな桃色空気が溢れだすこの場所に俺みたいなヤツの方が場違だと言うことは分かっているのだが…実は俺も待ち合わせでこの場所に来ているのだ。
待ち合わせ相手が彼女なら嬉しいのだが、生憎俺には彼女なんて人物は存在しない。
じゃあ、誰を待っているのかと言うと――。



「お待たせ。遅くなってごめんなさいね?」
噴水前の道路に黒塗りの高級車が横付けされると、助手席から見知った女性が姿を現した。
黒い髪に真っ白なワンピースが良く似合っている…。

「遅い…一時間待ったんだけど?」


302 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/03/16(水) 21:31:42.75 ID:AhoYJT4S
眉を潜めベンチから立ち上がると、その女性にゆっくりと近づいた。

「妹の遅刻ぐらい寛大に流せないのかしら?」
黒い髪を人差し指で掻き分け、ニコッと微笑むと俺の腕に手を回してきた。
そう俺が待っていたのは双子の妹になる零菜だ。

「な、なんだよ…」
由奈なら笑って返せるが零菜が悪ふざけすると薄気味悪さが際立つ…。
零菜の手を腕から放し、車の中へと視線を向けた。


「こんにちは、お兄さん」

「こんにちは…えっと…お名前の方は(油ハゲさんですか?似合ってますね)」
笑顔で返し、口に出さず毒づいた。

「私の名前は田島 光作って言うんだ。ちょっとした会社の社長をやっていてね」
ニヤニヤと何を先ほどからニヤついているのだろうか?暑苦しいのだから勘弁してほしい。

「はは…社長さんですか。凄いですね~(光作って…親は未来が見えたんだな。
光を作るような人物になるようにってか?親御さん光作さんは光間違いをしているようですよ…てゆうか社長とか知らないし)」

「それほどでも無いよ」
顔にはそれほどでもあると書いているが…言わない方が良いだろう。

「優哉…貴方に仕事を紹介してあげるわ」
突然零菜が意味不明な言葉を発した。


303 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/03/16(水) 21:32:49.37 ID:AhoYJT4S
いや、意味は分かるのだが突然の出来事に頭が上手く回らないのだ。

「なんで?前に言わなかったっけ?叔父さんの紹介は悪いけど断ってくれy「今度は叔父さん関係ないわよ?私が紹介してあげるって言ってるの」
俺の言葉を遮り、めんどくさそうにため息を吐いた。
ため息を吐きたいのはこっちだ…なぜ零菜の紹介をウケなければいけないのだ?
まぁ、零菜に来いと言われてノコノコ来た俺が言える事ではないのだが零菜の紹介って部分が腑に落ちない。
そもそも本当は零菜と会うつもりなど、まったく無かったのだ。
だが、この数日で由奈の行動が明らかに過激化しているので仕方なく何かの解決に繋がるかもと零菜と話し合いに来たのだ。

「紹介ってなんの仕事を紹介してくれるんだ?」
しかしもう会ってしまったのだ…ここで逃げたら後々何を言われるか分かったもんじゃない…。
話だけ聞いて後々電話で断れば…。

「私についてきて。光作さん…お願いできますか?」
零菜の微笑みに田島の顔が溶けたように緩んだ。

「あぁ、零菜ちゃんのお願いなら全然大丈夫だよ?だから今日こそ…」

「ふふ…光作さんったら。婚約しているのだからもう少し我慢してください。そしたら……ね?」


304 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/03/16(水) 21:37:27.77 ID:AhoYJT4S
零菜が田島の頬に触れる。田島の顔がより一層緩んだ。

「れ、零菜ちゃん…」
ゴクッと唾を飲み込み、お返しとでも言わんばかりに田島が零菜の頬へと手を伸ばした。



「ん?なんだね?」
何故か分からない…何故か分からないが、無意識のうちに田島の手が零菜に触れる瞬間、田島の腕を掴んでいた――。

「いや…妹の立場を分かってやってもらえないですか?こんな場所で男と…なんて事が世間に知れ渡ったら業界的にも大問題ですし、当主である父の面汚しにも繋がるので」
思ってもないことをベラベラと口にだす。

田島も“父の面汚し”と言う言葉に反応したのだろう…一瞬で顔が青ざめた。

「そ、そうだな。年上の私がしっかりしなくてはな…」

「ふふ…慌てなくても、どうせ結婚するのですから。私は貴方のモノですよ」
田島の耳に口を近づけそう呟くと、先ほどの鬱陶しい田島の顔がまた再発した。
しかし、零菜な本当にコイツの事が好きなのだろうか?
疑問しか頭に浮かばない…。


「光作さんも忙しいんだから、早く乗りなさい」
それだけ言うと零菜はさっさと助手席に戻ってしまった…。
明らかに俺と田島の扱いが全然違う。

零菜は本当に惚れているようだ…。


305 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/03/16(水) 21:37:58.50 ID:AhoYJT4S
「はぁ…もうどうにでもなれよ…」
頭を掻き再度大きなため息を吐き捨てると、車の後部座席へと乗り込んだ――。




※※※※※※※※


「……何してるのよお兄ちゃん」
携帯に耳を当てながら、独り言を呟く。
今私が居るのは会社にある社員食堂…社員達が昼になると昼食を食べに訪れる食堂だ。
まぁ、殆どの人は家から弁当を持参している人が多いので、この食堂を使う人は数少ない。
だから、私の独り言は食堂に響くのだ…。
周りで食事をしている同僚が数人此方へ目を向けてきた。
軽く頭を下げて、また携帯に視線を落とす。

「はぁ…イライラする……あっ…」

また独り言…。

最近私は独り言がやたら多くなっていた。

とくに物事が私の思い通りにならない時は、一人で声を荒げる時だってある。
まぁ、私が感情的になるのはお兄ちゃんの事しかあり得ないのだけど…。
今私が電話をしているのも、兄が居るはずの私の家。

「……」
本来ならお兄ちゃんが数秒で出てくれるのだが……何故か何度かけても電話の呼び出し音しか聞こえてこない。

「早く出てよッ」
苛立ちが高まり、親指を口にもっていく。
これも私の悪い癖だ…苛立つと親指の爪を噛む癖がある。


306 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/03/16(水) 21:38:31.17 ID:AhoYJT4S
だから私の左親指の爪は、歪に欠けているのだ。
お兄ちゃんから辞めなさいって言われてるけど…今はそんなことまで頭が回らない。

これで何度目だろうか?
目の前にあるラーメンが完全に伸びてしまっている。
お兄ちゃんと電話しながら昼食をとるのが日課なのに…。
こんな事なら早くお兄ちゃんの携帯買いに行っとけばよかった。

「……まさか…」
ふと脳裏に姉である零菜の顔が浮かんだ。
数日前、突然私とお兄ちゃんの前に姿を現した零菜。
何を考えているのか分からないけど、お兄ちゃんと私を引き離そうとしているのが分かった。
昔からなんでもそつなくこなす零菜…見た目も相まって家族や親戚からは常にチヤホヤされていたのを覚えている。
だから双子と言うだけでいつもお兄ちゃんは零菜と比べられ非難を受け続けていた…。
篠崎家からお兄ちゃんを追い出したのは他の誰でも無い零菜なのだ。
お兄ちゃんが家を出ていった当初私は零菜を強く恨んだが、今となってはあの家から引き離してくれた零菜に感謝しているぐらいだ。
だけど…もしまたお兄ちゃんをどうにかしようと思ってるなら……私は潰しにかかるだろう。
私が家族だと思ってるいるのは兄ちゃんだけなのだから…。


307 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/03/16(水) 21:39:06.78 ID:AhoYJT4S
まぁ、お兄ちゃんにも零菜を絶対に家に入れるなって強く言い聞かせたから大丈夫だと思うけど…。

「ってもう昼休憩時間無いじゃない……はぁ、お兄ちゃんには帰ってから説教すればいっか…」
零菜の顔を頭から消し去ると、仕方なく携帯を閉じラーメンをそのまま残して食堂を後にした。




※※※※※※※※


「零菜…お前は何を考えているんだよ?てゆうか此処どこだ?」
一時間ほど車を走らせ、到着した場所は市内にあるマンション前。
見る限りかなり家賃が高そうなマンションだ。

「何を考えているかって?別に特別な事は考えていないわよ。此処の最上階に私の部屋があるの。」
助手席から降りてくると、マンションを見上げて手をかざした。

「スゲーなおまえ…」
零菜と同じようにマンションを見上げてみる。
悔しいが、零菜が少し羨ましく思ってしまった。
多分このマンションの最上階なら軽く町を見渡せるはず…。
たまに由奈と引っ越すなら町を見渡せる場所が良いなと冗談混じりに話すことがあるのだが、零菜は当たり前の様に町を見渡しているのだろう。
見ているモノが既に違うのだ…。


308 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/03/16(水) 21:39:42.69 ID:AhoYJT4S
「零菜ちゃん…これからどうするの?」
田島が運転席から降りてくると、俺を押し退け零菜の隣に並んだ。
ぶつかった肩を押さえて田島を睨むが、俺に眼中が無いようだ。

「そうですね…今日は兄と話があるので光作さんはお仕事に戻ってください」

「いや、会社は社員が働いているから全然問題ないよ?零菜ちゃんさえよければ、私も零菜ちゃんの家にy「ごめんなさい…ほら、私には同居人がいますから。それに父から結婚するまで絶対に異性を部屋に入れるなとキツく言われているので」
零菜が深々と田島に頭を下げる。

「そうですか…そうですよね。いや…ははっ、申し訳ない。それではまた此方から電話するよ」

「はい、待ってます」

渋々運転席に戻ると、零菜に手を振りマンションの駐車場から出ていった。

「はぁ……んで?こんな場所まで連れてきていったい何の用だよ?」
田島の車を零菜が見送るのを待った後、零菜の背後に近づき話しかけた。
田島の車に手を振っていた零菜が此方へ振り向き、俺の顔に視線を向けてくる。
零菜の目…やはりこの目は慣れない…。
俺の場合は尚更だ。

「な、なんだよ…」
一歩後退りし、何を言われるのかと身構える。


309 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/03/16(水) 21:42:14.64 ID:AhoYJT4S
「私の部屋に行きましょう…話はそれからでも良いでしょ?」
それだけ言うと、そのまま俺の横を通り過ぎてマンションの入口へと入っていってしまった。
この場所に留まる訳にもいかず、急いで零菜の後を追いかける。

オートロックの鍵を開け、エレベーターに乗り込む。
最上階である30階まで到着するのに、俺の精神力は大幅に削られていった。
エレベーターの密室で零菜と無言のまま数分も一緒に居たのだ…胃に穴が空かなかっただけでも儲けものかもしれない。

そんな感じで精神的苦痛を味わいながらやっとの思いで零菜の部屋がある最上階へと到着した。
エレベーターを出て通路を歩いていくと、篠崎 零菜とかかれた表札が視界に入ってきた。
今更ながら本当にこんな場所に住んでいるんだと再度感心する。

「そう言えば…お前同居人が居るって言ってなかったから?」
先ほど田島が部屋へ上がり込もうとしている時そんなことを言っていた気がする。

「優哉の話はしてあるから大丈夫よ。はい、どうぞ」
玄関の鍵を開け、中へ入るように急かす。
同居人って…零菜の仕事仲間だろうか?だとすると有名なモデルさん……。

「何をにやけてるのよ変態…」

「だ、誰が変態だ!」


310 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/03/16(水) 21:42:44.73 ID:AhoYJT4S
俺に冷たい視線を投げ掛ける零菜から逃げるように部屋へと入らせてもらった。
あまり零菜の前で変な事を考えない方がいいかもしれない…。

「本当に大きいな…」
部屋の中へと入ると、廊下を進み奥にあるリビングへと通された。
まぁ、ぱっと見流石金持ち…って感じの部屋だ。
流石にシャンデリアとかはぶら下がっていないが、リビングに到着するまで六つの扉があった。
何処が部屋で何処が風呂かなんて分からないが、一人暮らしするには持て余す程の部屋だと言うことは一目瞭然。
同居人が居るらしいがそれでも使われていない部屋は多そうだ。

「そこのソファーに座って」
零菜が指差す大きなテレビの前にある四人掛けのソファーに腰掛けた。

「んで…同居している人はどこ?」
リビングに居ない所を見ると、先ほど見た部屋のどれかに居ると思うのだが…。
零菜もリビングに居ない事を不思議に思ったのかキョロキョロと周りを見渡し居ない事を確認すると、リビングから出ていった。

「……てゆうか同居人関係無いんだった…」
零菜の話を聞くだけなんだから、別に同居人と顔を会わせる必要なんて無いんだ。
それを伝えようとソファーから立ち上がる……。


311 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/03/16(水) 21:43:10.74 ID:AhoYJT4S

「ん?なんだっ、うぉッ!!?」
背後から聞こえた物音に気を取られ中腰のまま後ろに振り返る――振り返った瞬間、後ろから何かに飛び付かれた。

「な、なんだ!?このっ放せよ!」
俺の背中にのし掛かかり、首に腕が巻き付く。

「ふっふっふ……静かにしろ…お前が騒げばあの小娘がどうなるか…」

「ぐっ!?」
耳元で囁く悪魔の言葉に背筋が凍りついた。

零菜はムカつく…だけど…だけど俺の妹なのだ。

「零菜逃げろ!!」
リビングの外に居るであろう零菜に聞こえるように叫んだ。

零菜には絶対に危害を加えさせない。

「はぁ…はぁ…兄ちゃんいいヤツだなぁ?後ろからヤっちゃうよ?マジで?」

「え゛?」
今度は違う意味で背筋が凍りついた。
コイツ何考えてるんだ?頭がおかしいのか?
いや、それよりコイツ…かなり軽い。
それに背中に感じる大きさから察するに、子供なみの小柄体系。

てゆうか子供?
声もやたら幼い感じだが…。

「あら…もう仲良くなったのね?」
リビングの扉から姿を現した零菜が、小さく微笑み此方へ歩み寄ってきた。

「仲良くなった?何を……はっ?」

「貴方の背中に引っ付いてる子…その子が同居人よ?」


312 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/03/16(水) 21:43:58.73 ID:AhoYJT4S
零菜が首を傾げ俺の後ろに視線を向けた。
つられて俺も零菜の視線を追うように後ろを振り向く…。



「よう、ビビりくん」
満面の笑みで人差し指を伸ばして俺の頬をつつくと、勢いよく飛び降り俺の前へと場所を移動した。
零菜とは違う大きなオレンジ色の瞳……日焼けした肌に元気を全面に押し出した短い髪の毛…ボーイッシュって言葉がそのまま当てはまる女の子が俺の前に立っていた。

「キミが…零菜の同居人?」

「そうだよ?零菜から僕の事聞いてねーの?僕はあんたの事知ってるよ、零菜のお兄ちゃんだろ?」
ぱちくりとした目が興味津々といった感じで輝いている。

「あぁ…そうだけど。おい、零菜…事情をだな…」
女の子から目を放し、麗奈に分かりやすく疑問の視線を送ってやった。
こんな小さな子が同居人?
間違いなく訳ありなのだろうが……何故か物凄く嫌な予感がする…。

「この子は降崎 空(ふざき そら)。学校の休みを使って私の家に遊びに来ているの」
俺の不安を知ってか知らずか、零菜が女の子の自己紹介をはじめた。

名前は降崎 空 他県の中学校に通う13才中学一年生。
好きな食べ物はちらし寿司。
嫌いな食べ物は納豆。
趣味は演歌を聞く事。


313 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/03/16(水) 21:44:32.48 ID:AhoYJT4S
聞いてもいない事を次々と話す空に軽く頭が痛くなってきた。

「分かった…分かったから空ちゃん…ちょっと零菜と話をさせてもらっていいかな?」
機嫌良く話を進める空ちゃんの話を遮る。
まず話を整理しないと…。

「…兄ちゃん…僕が女って分かるの?」
空ちゃんが驚いたように目を見開き、俺を見上げている。

「え?分かるよ。どっからどうみても女の子でしょ」
流石に女の子を男と見間違えるほど目は腐っていない。
不思議な事を聞く子だ…。

「ふふ…よかったわね空。それじゃ話をしましょうか?まず貴方の仕事の話だけど――」
それから二時間ほど零菜と話し合いをした。
大半は俺の仕事の事でなんでも零菜の仕事を手伝ってほしいそうだ。
仕事を紹介してくれると言っていたので就職先でも紹介してくれるのかと思っていたのだが…ただのバイトのようだ。

そして最後に空の話をされた…。

「――って事なのよ…他言無用だからお願いね……って優哉?」

「……」

「おい零菜……兄ちゃん気絶してんじゃねーか?」



まぁ、結果から言うと……妹がもう一人できました。


314 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/03/16(水) 21:44:57.90 ID:AhoYJT4S
なんでも父が他の女とやらかしたようで、その子供なのだと…。

「ふ~ん…あの父がねぇ…」
世間体をなにより気にするあの堅物が不倫…。
しかも子供を作らせていたなんて…。

「優哉…嬉しそうね?笑ってるわよ貴方」
零菜に顔を指差し指摘された。
自分でも笑っている事に気がつかなかった…父自ら篠崎家に亀裂を入れた事に喜びを隠せなかったのだ。

「ははっ、僕が妹になるのがそんなに嬉しいのか?ったく本当にしょうがねー兄ちゃんだなぁ」
俺の笑みを勘違いした空ちゃんが俺の尻を力強くバシバシッと叩く。

「あぁ…そうだね。嬉しいよ」
空ちゃんの頭を軽く撫でた後、零菜に目を向ける。
俺の視線に目を反らす事なく零菜が見返してくる…がその目は少し苛立ちを見せていた。

「その目辞めなさい…私に何か言いたい事でもあるの?」

「いや、流石双子だなって……なんか知らないけどお前の感情が手に取るように分かるよ」
不出来な父の自慢が零菜なのだ。
零菜には俺の考えが読める…だから今俺が考えている事も零菜に伝わるはず。

「私の感情が分かる?ふふ…まぁいいわ…別に貴方に何を思われても蚊に刺された程度だから…父が不出来なら息子も……ね?」


315 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/03/16(水) 21:45:22.71 ID:AhoYJT4S
「……」
やっぱり零菜と口喧嘩をするものでは無い…。
最終的には目を反らしたのはやはり俺のほうだった。




「ふふ――そんな貴方でも……そんな不出来な兄でも私は愛しているのよ?」

「はっ?おまえ何突然言ってッ…」
睨み付けるように反らした目を再度零菜に向ける。

その瞬間身体が金縛りにあったように動かなくなった――。


なんだコイツ?
今まで感じた事のないような生暖かいものを感じる。
唐突に発せられたあり得ない零菜の言葉に引っかかるのではなく、零菜の生暖かい目にすべての意識を持っていかれたのだ。

「も、もう今日は帰るわ…由奈が帰って来る前に帰らなきゃ」
動かない身体を無理矢理動かしソファーから立ち上がると、零菜の横を通り抜け足早に部屋を後にした。


316 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/03/16(水) 21:45:50.73 ID:AhoYJT4S
エレベーターに乗り込み、早く閉じるようにボタンを連打する。
こんなことをしても閉じるスピードが早まる訳では無いが、零菜の目の届かない場所に移動しろと俺の中にある警戒音が酷く鳴り響いているのだ

開いた扉の奥から見える零菜の顔……目を反らしたくても反らせなかった…。
歪んだ零菜の笑顔が目を反らすこと許さない…。


「はぁ…はぁッ…なんだ…これ」
おかしい…今まで零菜と会話していてもこんなことにならなかったのに…。
頬を伝う汗…間違いなく冷や汗だ。

エレベーターが閉まりゆっくりと下に降りていく。
零菜の顔が見えなくなった瞬間、俺はその場に倒れ込んだ。


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最終更新:2011年04月02日 11:29
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