幸せな2人の話 補足・下(終わりA)

364 名前:幸せな2人の話 補足・下(終わりA)[sage] 投稿日:2011/03/22(火) 02:28:46.36 ID:QIcezTTP
俺はこんな沙紀を見たくなんてなかった。
けれど俺には何もできない。
陽たちを救う事もできないし、
沙紀の悲しみを和らげることもできない。
「なあ、辛いんだったら、一緒に泣いてくれないか。
 俺も泣きたいんだ、悲しくてしょうがない。
 だから、こっちに来てくれないかな?」
できる事は一緒にここで泣く位しかないけど、
それでも沙紀にとって少しでも救いになりたい。
「……ありがとう」
沙紀が俺の隣の席へ移る。
体が軋むような痛みを感じる、沙紀は俺の体を強く抱きしめた。
そのまま沈み込むように俺の胸に顔を埋める。
「圭君は……どこにも行かないでね」
俺がここにいる事を確かめるように怯えた声で沙紀が尋ねる。
「ああ、俺はもう沙紀を置いて何処にも行ったりしないよ」
「怖いよ、圭君はいつもいなくなっちゃうから……」
「ごめんな、でも、誰よりも…好きだよ……沙紀……」
「私も……大好き……だよ」
かちり、という鍵の外れる音がして、
俺の体を縛る鎖が落ちた。
「だから……もう…圭君に……お仕置きなんて……言わないわ……。
 ずっと……圭君に……そう言って……欲しかったの…」
沙紀は泣いた、とても弱弱しかった。
その姿を見た俺は目が覚めるようだった。
最後に沙紀に好きだって言えたのは何時だろう?
そうだ、俺はそれが言いにくくて、
沙紀もそう言って欲しいのに言えなかったんだな。
それで、嫉妬した沙紀から逃げて、捕まって。
そういう気楽な関係をずるずると続けてしまったんだっけ。
たった一言で片付くはずだったのに、ずっと。
なんだ、俺達も陽達の事を馬鹿だなんて言えないじゃないか。
「…ごめんな……もう…沙紀から離れたり…なんて……しない」
沙紀は答えない、代わりに押し込むように頭を押し付ける。
そこから先は言葉にならなかった。
俺達は泣いた。
それでも俺たち二人は幸せだった。
だってこうやって自分の気持ちを交し合えたのだから。
けれど、陽や雪風やシルフちゃんはもう泣く事すらできない。
幸せなつもりだから気付く事ができないんだ。
本当はあんなのが幸せなはずないのに。
そう考えると胸の中から悲しみが込み上げてくる。
きっと沙紀も同じなのだろう。


365 名前:幸せな2人の話 補足・下(終わりA)[sage] 投稿日:2011/03/22(火) 02:30:02.30 ID:QIcezTTP
*************************************

「s……ぃ…る…f…、sぇ……t…ぅ…k……a」

体の奥から絞り出すようにして空気を吐き出す。
空気の抜ける音に混じった、微かなノイズが耳に入る。
壊れてしまった喉はもう二度とまともな音を出せないだろう。
それでも何とか、舌を捩じって、口の開きを何度も直して、
それを繰り返す中で、言葉のような音が漏れるようになった。
出せる音はほんの僅かな種類だけ。
それでも何かを伝えられるかもしれないって期待していた。
もしも、それを聞こうとしてくれればの話だったけど。

そうだな、今日だって何も伝える事は出来なかったよ。


366 名前:幸せな2人の話 補足・下(終わりA)[sage] 投稿日:2011/03/22(火) 02:30:42.79 ID:QIcezTTP

「―――――――――――」

「うん、分かってる。 
 お兄ちゃんは今、嬉しいんだよね。
 だって私もそうだもの
 私も、お兄ちゃんも、姉さんもここにいる。
 それが一番私にとって幸せな事」

「―――――――――――」

「うん、私もお兄ちゃんの事、愛してる」

シルフはいつものように嬉しそうに答えた。

「―――――――――――」

「ふふ、兄さんは本当に諦めてくれないんだね。
 どんなに頑張っても、もう声は出ないんじゃないかな?」

「―――――――――――」

「良いよ、そうやって音を出す位は許してあげるよ。
 くすくす、けど、私には兄さんが何を伝えたいのか全然分からないわ。
 ふふ、だって、兄さんはと~っても幸せなんだよ?
 大好きな恋人が幸せで、大切な、……ただの妹も幸せなの。
 それが兄さんの幸せだよね?
 だから、兄さんはもう何もしなくて良いの。
 そうすれば、受け入れればもっと幸せになれるわ、くすくす。
 ね、そうしようよ? 兄さん」

雪風に優しく抱き留められた。
まるで、そうしないと俺が溶けて無くなるかのように。


367 名前:幸せな2人の話 補足・下(終わりA)[sage] 投稿日:2011/03/22(火) 02:31:41.27 ID:QIcezTTP
毎日がこの繰り返しだった。
それが今日で何度目だったのか?
いや、そもそもあの日から何日たったのかも分からない。

……もう一度だけ、どんな奇跡でもいいから、
声を取り戻せないかな?
それが駄目なら、体が動いてくれないか?
そうすれば、伝えたい事もしたい事も、たくさんあるのに。

例えば、俺の胸元に顔を埋めるようにして、
満足そうな顔で眠っている大切な人に

「最近、俺のあげた櫛を大事そうに見ながらよく笑っているよな。
 困っているとき程笑う癖、やっぱり直らないのか。
 いつも言えなかったけど、
 その癖は直した方が良いってずっと思っていたんだ。
 そうしないとお前が悩んでいるんだって誰も気付けないからさ。
 でも、今何をして欲しいのかは分かるよ」

それで、その櫛で雪風の髪を梳いてあげたい。
雪風は昔から俺に頼みごとのできない奴だから。

例えば、俺に背中からぴったりと体を付け、
心地良さそうな寝息を立てている大切な人に

「お前は素直すぎるよ。
 シルフはシルフなんだから、
 心まで俺や雪風に合わせようなんてしちゃ駄目なんだ。
 だから、自分を騙して、信じ込んだりなんてしないでくれ。
 ……本当に幸せなんだったら、
 どうして今、俺の体が壊れそうになる位に強く抱きしめるんだ?
 そんな事をしなくても大丈夫だよ。
 絶対に何処にも行かないって約束しただろ。 
 シルフは俺の大事なお嫁さんなんだぞ」

それから、頭を撫でてあげたい。
シルフ、いつも物足りなそうに頭を俺に擦り付けるから。

それから、あと……、それも……
ああ、駄目だ。
たった一度だけの奇跡じゃ足りないな。
他にもまだまだたくさんあるんだ。
なのに、どうして思い通りになってくれないんだよ?



368 名前:幸せな2人の話 補足・下(終わりA)[sage] 投稿日:2011/03/22(火) 02:32:43.54 ID:QIcezTTP
誰よりも近くに居るのに想いが伝えられない。
ほんのちょっとだけで良いのに体一つ思い通りに動いてくれない。
たったそれだけの事なのにそれが日を追う毎に辛く、重くなっていった。
それでその辛さに段々耐えられなくなってきているんだと思う。
……最近、よく夢を見るんだ。
その夢はいつも同じ夢で寸分も違わない。
俺も、シルフも雪風もまだずっと小さかった時の事でさ。
三人で夜にあの場所に行くんだ。
それで、先に扉の前に着いた雪風は笑ってて、
シルフはおどおどしながら俺の方を見ていて。
二人とも少し遅れて歩いている俺に手を振っていてくれる。
それを何度も見るんだ。
俺もそこに早く行きたいんだけど、
二人へ近づくにつれて、
このまま行ってしまったら心が折れて戻れないような気がして、
心だけをそこに置いてきてしまうんじゃないかって怖くなるんだ。
それで迷っているうちに目が覚めてしまう。

けど、もしまた同じ夢を見たら、
今度は少しだけ行ってみようかなって思う。
大丈夫、だよな?
別に行ったからってただの夢なんだ。
ちゃんと俺はここに居るんだ。
シルフや雪風との約束を忘れていないから大丈夫だよな?
俺はもうどこにも行かない。
だから、目が覚めるまで、ちょっとだけ夢を見るだけなんだ。

ゆっくりと瞼を閉じて、
それから、眠りに落ちる前にもう一度、
二人に伝えたかった事を思い出した。



シルフ セツカ イママデモ コレカラモ アイシテル




369 名前:幸せな2人の話 補足・下(終わりA)[sage] 投稿日:2011/03/22(火) 02:33:24.83 ID:QIcezTTP
*************************************

満点の星空が眩しい位に明るい。
そして、光の中で白い劇場は浮かび上がるように建っていた。
その扉の前で二人は待ってくれていた。
黒い髪の少女は笑っていて、
白い髪の少女は少しだけ不安そうに少年の方を見つめていた。
少年は立ち止まったままポケットに手を入れた。
その中にはちゃんと大事な指輪が入っている。
それに満足した少年は二人に向けて駆け出した。

きっと少年は幸せなんだろう。
だって、伝えたい想いも、渡したい物も、


夢の中なら叶うのだから。


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2011年03月26日 11:41
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。