幸せな2人の話 補足・上

280 名前:幸せな2人の話 補足・上[sage] 投稿日:2011/03/16(水) 03:19:27.98 ID:DXeFv0IA [2/14]

もしも、人生で一か所しか喫茶店に入れなくなるとすれば?

そう尋ねられたら俺はこの黒猫亭を迷わず選ぶだろう。
落ち着いた暖色のインテリアで纏められ、
丁寧に入れられた紅茶の良い香りが漂う。
そして、広くもなく狭くもない。
ただソファに腰かけているだけで安らぐ、そんな素晴らしい店だ。

「はい、あーん」

甘い声を出しながら向かいに座った少女がフォークを俺の目の前に突き出した。
俺はフォーク先にあるケーキを貰おうと上体をずらす。
その動きに合わせて、じゃらり、と鈍い金属音が響いた。
けれど、その音に違和感を感じる者はおらず、
俺たちを目に留めようとさえされなかった。

うん、何でかって言うとだな、
目の前のマイ幼馴染が鬼子母神の如き、
素敵スマイルをサーブしてくれているお蔭でな、
他のお客さんが入店をご遠慮されているんだ。
だから、俺達だけの貸切状態。
ウェイターさんは何故か奥に引っ込んだまま帰って来ないしね。

281 名前:幸せな2人の話 補足・上[sage] 投稿日:2011/03/16(水) 03:19:47.28 ID:DXeFv0IA [3/14]
うん、ついでに言うと何でこうなっているかっていうのは、
簡単に言えば俺の浮気が原因らしいんだ。
いや、浮気してないよ。
ちょっと、後輩の悩み事相談に乗ってただけなんだ。
なぜかあの子妙に瞳が潤んでたけど、妙に熱っぽかったけど、
絶対に手を出す気なんてなかったよ、本当に。
俺は沙紀一筋だし、何より命だって惜しいから。
それで今回もいつもの様にとりあえず美術室に隠れていた訳だったんだ。
そうしたらとある先生にフランスに留学でもしてほとぼりを冷ませばって言われて、
言われるままに海外で二週間くらい逃亡してたら本気で沙紀がキレちゃってさ。
ほら、そこのニュースでやってるでしょ?
フランスの某大学が全壊、テロの疑いって。
あれ、俺の幼馴染なんだよねー。
まあ、この程度ならいつもの事だし、
幸い死者は出なかったから問題ないけど。
ただ、一つやばいのは今回は俺が沙紀から逃げきれないって事かな。
いやー、参ったね。
いつもならここら辺で親友と書いてバディと読むナイスガイが助けに来てくれるんだけど、
最近付き合いが悪いっていうか、そもそも、外に出ているのを見た事が無くて。
あれだな、相棒という翼を失った今の俺は正に片翼の妖精。
最早、舞うべき空は無く、
妖精は重力という鎖(とついでに本物の鎖)に縛られる、って訳なんですよ。
あっはっはっはっは……。
あれだね、人間本当にヤバくなるとテンションが上がるって本当なんだねー。


282 名前:幸せな2人の話 補足・上[sage] 投稿日:2011/03/16(水) 03:20:12.60 ID:DXeFv0IA [4/14]
「……けーい君、どうしたのかなー?
 はい、あーーーん、シテ?」
そう言って、つんつん、とフォークに刺したケーキで可愛らしく俺の頬を突く。
うん、頬から流れる赤い何かはストロベリーソースであって、
決してケーキを貫通したフォークのせいじゃないからな。
「あのさ、この後は、やっぱりお仕置きかな?」
まあ、沙紀と俺のこの関係はもう一種の様式美みたいなもので、
いつもなら俺が死なない程度にお仕置きを受けて終わりなのだが。
「うん、可哀想だけど、
 やっぱりこういうけじめって大事だと私思うナー。
 逃げたりなんかしたら、ダメダヨ?」
それから、俺の顔を覗き込む。
人間の持ちうる全ての負の感情を煮込んて濁りきった瞳を避けるように、
思わず目を逸らす。
「いや、そういう訳じゃなくって、
 その前にちょっとだけ寄り道をしたいなー、とかさ?」
「ダーメ」
今回はそれとは別にやりたい、いや、しないといけない事があった。
「ちょっとだけ友達に忘れ物を渡すだけなんだけどなー?」
「ダーメ」
ちらり、と沙紀の横にある小さな箱に目を移す。
沙紀も横目で一瞬それを見る。
「な、頼むよ、逃げたりなんてしないからさ?」
もう一度、沙紀の顔をしっかりと見据えながら頼む。
「……ごめんね、圭君のしたい事はわかるよ。
 でも、それは駄目なの」
沙紀は、空いた俺の口にすっ、と優しくケーキを放り込んだ。

283 名前:幸せな2人の話 補足・上[sage] 投稿日:2011/03/16(水) 03:22:04.85 ID:DXeFv0IA [5/14]
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ではこちらをお確かめください、
とそれを渡しつつも店員さんは怪訝そうな顔をしている。

「おかげで助かったよ、二人とも。
 こんな注文でも作ってくれる店を教えてくれて」
「ちょっと割高だけどな」
「気にはならないさ。
 そこはこの前貰った賞の賞金があるから大丈夫だよ。
 給料3ヵ月分とは行かないけど」
「ね、良いお店でしょ。
 ここは職人さんの腕が良いから、
 どんなオーダーだって聞いてくれるんだよ。
 私達もここで作ったの」
ほら、と沙紀が自慢げに薬指に光る指輪を見せる。
因みに俺達のも特注品で、厳密には俺の方だけがなんだが、
リングの内側に指の先へ向かって細かな棘が入っている。
だから抜けないんだ、これ、抜こうとすると肉が削げる。
肉は削げるんだけど、抜けない……。
うん、まあ、その、これも一つの愛の形だよな。
大丈夫、俺、頑張る、男の子だから泣かない。
「だからね、陽君の注文ぐらい朝飯前だよ」
「とはいえ、注文した時はえっ? って顔をされたな」
そう言って陽が苦笑する。
「ま、それは仕方ないだろ。
 いくら特注品とはいってもこんな注文を受けたのは多分初めてだろうし」
俺は視線を陽の手に落とした。
あいつの手の平に載っている作成途中のそれは一見すると普通の指輪だ。
けれど、これほど異様な指輪もそうそう無い代物だった。
寸分違わずに揃えて作られたそのエンゲージリングは、
3つで一組になっているのだから。

284 名前:幸せな2人の話 補足・上[sage] 投稿日:2011/03/16(水) 03:22:31.71 ID:DXeFv0IA [6/14]
「でも良いじゃない。
 それが陽君が選んだ未来なんでしょ?」
「ああ、そうだ。
 俺は決めたんだ、これが俺が真剣に考えて出した二人への答えだ」
「ふふ、良ければ聞かせてくれないかな? その答え」
「もちろんだ、是非聞いてくれ。
 沙紀と圭のお蔭なんだからな」
陽は俺達を胸を張り、息を吸う。
そして、その先の言葉を堂々と言い切った。
「俺はシルフと結婚して、雪風と不倫する!!」
途端、時間が凍った。
30かそこらの瞳が一斉にこちらへ集中する。
音の消えた店内でクラシックのBGMだけが機械的に流れる。
ちゃきん、という金属音が沈黙を破る。
もちろん、刀の鯉口を切った我が幼馴染だ。
「あのねー、うん、陽君の言いたい事は分かるよー。
 分かるけどねー、もうちょっと別の言い方が出来ないかなー?
 言葉ってとーっても大事なんだよー。
 私ね、不倫とか、浮気とかそういう不誠実な言葉が嫌いで、
 つい耳にしちゃうとお口ごと叩き切りたくなっちゃうんだー、うふふふふ」
「お、おう、悪い、悪気は無いんだ」
陽が引きつった笑みを顔に張り付けながら答える。
「当たり前だよー、悪気なんてあったらー、
 ・・・・・・ナマスニスルゾ、オマエ?」
幽鬼の如き表情を浮かべて、陽の顔に刀の切先を突きつける。
瞳は腐った血のように濁っていた。
というか、このままだと沙紀が思い出しヤンをしかねない。
勘弁してくれ、矛先は俺なんだぞ。





285 名前:幸せな2人の話 補足・上[sage] 投稿日:2011/03/16(水) 03:23:10.11 ID:DXeFv0IA [7/14]
俺はこの状況を打破するため、全力でドロップキックを陽にかました。
ぐへっ、という声を上げて陽が吹っ飛びゴロゴロと床を転がる。
それを見た沙紀がまあ許すか、とでもいうように刀を鞘に戻した。
そして、時間が再び動き出す。
「この馬鹿!!
 結婚前からシルフちゃんを未亡人にする所だったじゃねえか!?」
「すまん、反省してる……」
「あのな、陽、それをそのまま言ったりしないよな?
 そんな事したら間違いなく、雪風に笑顔で刺されて、
 あの子に涙目で首を圧し折られるぞ?」
「大丈夫だ、俺のシルフと雪風はそんな事、絶対にしない」
陽が元気に立ち上がり、自信満々に答える。
それを聞いた俺はなんだか頭が痛くなってきた。
頭を押さえてるあたり沙紀も同様なのだろう。
「それで、どうしてこういう結論になったのか聞かせてくれないかな?
 ……もちろん、言葉をオブラードに包んでね、五重くらいにネ」
「あ、ああ、言葉は大事だからな、本当に悪かった。
 ちゃんと話すよ。
 沙紀達に言われてからずっと悩んだんだ。
 俺たちが一番幸せになる方法を
 それで俺達の今までの事も何回も思い返したよ。
 それで、その、すごく自惚れてるけど、
 二人ともずっと俺と一緒に居られる事が幸せなんだとしか思えなくなってきた。
 だから、より離れられなくなる為により深い関係を結びたい。
 そして、それさえ叶うのならばどんな形でも構わないって、
 シルフも雪風も思っていたし、これからもそう思い続けるだろうなって」
少し躊躇ってから、ぼそりと陽が付け加えた。
「そう考えてみると色々と今までの俺たちの関係も変わって見えたよ。
 多分、俺達がずっと普通に見える兄妹で居られたのも、
 家族だからじゃなくて、
 そうすれば俺と一緒に居られるからだったのかも知れないな……」
そう言った時、少しだけ陽の顔は寂しそうだった。
それから、その寂しさを振り切るようにして、また言葉を続ける。 
「それに俺は二人の為だけにこんな事を言う訳じゃない。
 半分以上は自分の為だ。
 俺は二人の事が誰よりも好きだ。
 俺にはシルフが居ないと俺は何もできないし、何も楽しくない。
 シルフと一緒に居て、シルフの為に頑張って、
 そうしている時が俺にとって幸せな時なんだ。
 それに雪風だって、あいつは血の繋がった妹だが、
 俺にとって理想のパートナーそのもので、
 どんな時でも雪風さえ居てくれれば安心できる。
 そういう女の子なんだ。
 俺は雪風に甘えているのが一番安らぐんだ。
 雪風以外の誰かじゃ絶対に、例えシルフであっても、
 あんなに心地良い気持にはなれないよ。
 だからそんな子は誰にも渡したくなんてない、
 絶対に俺だけのものにしたい」

286 名前:幸せな2人の話 補足・上[sage] 投稿日:2011/03/16(水) 03:24:08.16 ID:DXeFv0IA [8/14]
「だから、俺はシルフも雪風も自分のものにするんだ!!」
陽の真剣な表情を見ればそれがあいつの偽りの無い本心だと確信できる。
尤も、その内容は余りにも身勝手で、
まともな人間ならば狂っていると陽を非難せざるを得ないだろう。
「陽君の言った事って、
 家族としても恋人としても最低だね」
陽にそう言った沙紀は本気で咎める様子でもなく、
むしろ、俺からは嬉しさを隠しきれないようにすら見えた。
「間違ってるかな?」
「そんなのは間違ってる、って俺たちが言っても曲げないんだろ?」
「ああ」
「なら、それが一番正しい答えだよ。
 だって、雪風やあの子の事を一番良く知っている陽君が、
 誰よりも悩んで出した答えなんだもの」
「俺もそう思うよ。
 絶対に上手くいくさ」
「ありがとうな、二人とも」
陽は手に持っていた3つの指輪を大切そうに店員に渡して店の出口に向かう。
そんな陽に沙紀が声を掛けた。
「ねえ、陽君、最後にもう一つ教えてくれないかな。
 私たちが来た時にあったあの絵っていったい何処なの?」
「ああ、あれは俺達が小さい時に見つけた劇場跡だよ。
 俺と雪風とシルフだけの秘密の場所で、いろんな思い出があるんだ。
 おれの大事な人が初めて笑ってくれたのも、
 自分がその人の事を愛してるって気づけたのも、あそこで。
 それから、もう一人の大事な人と二人で見つけた場所でもあるんだ。 
 だから、俺はあそこでプロポーズをしたいって思う」


雪風とシルフの二人に”誰よりも愛している、ずっと一緒に居てくれ”って。


俺たちにそう答える陽は、照れくさそうに笑っていた。


287 名前:幸せな2人の話 補足・上[sage] 投稿日:2011/03/16(水) 03:57:33.40 ID:DXeFv0IA [9/14]
***************************************

沙紀があの指輪の入った箱を撫でる。
何故ここにあるのかというと店から連絡があったからだ。
もう完成してから随分経つのにずっと取りに来ない、
連絡をしようとしても電話が繋がらないから俺達から渡してくれないか、と。
何かがおかしいと思った。
けれど、俺の浮気疑惑が直後に浮かんでしまい。
そのまま有耶無耶になってしまっていた。

「……陽の言っていた事は、
 雪風とシルフちゃんには許せない答えだったのか?」
「うーん、違うと思うな。
 陽君に愛されて結ばれるっていうのなら、
 あの子も雪風もどんな条件だって受け入れるもの」
「でも、それは二人に聞いた訳じゃないだろ?」
「でも、もし満足できなかったら、
 どうして二人は今、陽君を共有してるの?
 結果的には何も変わっていないよ」
「あ……」
驚きの声を上げる俺を見て、
沙紀は悲しそうな顔になった。
「……ごめんね、圭君には内緒にしてたけど、
 私、雪風に一回電話で問い詰めたの。
 そうしたら本当の事を話してくれたわ。
 陽君は事故じゃなくて、
 あの子が手を掛けたんだって雪風は言ってた」
それから、沙紀は彼女が聞いた全部を話してくれた。
雪風がシルフちゃんに何をしたのか、どうしてシルフちゃんは陽を襲ったのか。
それから雪風はどうしてこんな事をしたのか。
そして、全てを聞き終えた後で、
最後にもうこれ以上関わらないで欲しいと沙紀は言われたらしい。
”私達は私達だけで幸せなのだから”邪魔をしないで、と。
「雪風は私や圭君に調べまわされるのが嫌みたい」
「……それで、陽の答えの事は、何か言っていたのか?」
「”兄さんは私をずっと妹にするつもりだったの、そんなのは許さない。”
 そう言ってたよ」
「それじゃあ、あいつは……」
「多分、言えなかったんだね、陽君……」
沙紀が居た堪れない様子で視線を俺からティーカップに移す。
まるで後ろめたい事を隠そうとするように見えた。
「じゃ、じゃあ、今すぐにでも伝えに行こう。
 あの時の陽は二人に渡したかった物があった事をさ。
 そうすれば、陽の本当の気持ちを知れば全部解決するだろ」
「でも、もう雪風もあの子も聞こうとなんてしくれないよ?
 多分、きっと私達と会おうともしてくれないと思う」



288 名前:幸せな2人の話 補足・上[sage] 投稿日:2011/03/16(水) 03:57:57.96 ID:DXeFv0IA [10/14]
「だったら、無理にでも押しかけよう」
「駄目、そんなことしたら絶対あの子と喧嘩になるよ」
「大丈夫だ。
 シルフちゃんは確かにかなり怖いが、
 沙紀と俺だったらどうにか抑えつけられる」
「でも、私達も無傷じゃ済まないと思わないかな?
 あの子、陽君の為だったら何も躊躇しないのは知ってるでしょ?」
様子がおかしい、こんなに煮え切らない態度を取っている沙紀なんて初めてだ。
いつもだったら雪風との電話の直後に、駆け出しているだろう。
なのに、沙紀は今日までずっと雪風の事を俺にさえ隠していた。
そして、この言い振りからは恐らく本当に何もしていないに違いない。
「沙紀、どうしたんだよ?
 いつものお前らしくないだろ?」
「だって、そんな事しても無駄だよ……」
「無駄って!?」
思わず声が荒がる。
それに怯えたように、小さな声で沙紀が返事をする。
俯いている彼女の表情は分からなかった。
「ごめんなさい。
 でも、私は意味も無い事で怪我をしたくないし、
 圭君を傷付けたりしたくないの……」
「いつからそんなに冷たくなったんだよ!?
 俺の幼馴染の沙紀は、正義感が強くて、お節介焼きで、
 困っている奴を見捨てられなくて、一途過ぎて、
 こんな冷たい事は絶対に言わなかったじゃないか!?」  
「それは、圭君の買い被り過ぎだよ……」
「そんな訳ない、俺の知ってる沙紀は「私だって、本当は何とかしてあげたいよ」
沙紀は俯いたまま、答えた。
「でも、今更、陽君の腕も声も戻らないよ、何も変わらないじゃない?」
「だからって、何も知らないままだったら、
 陽が報われないじゃないか!?」
「それでも知った方が良い事なの?
 陽君はちゃんと二人へ答える事が出来た筈で、
 そうすればもっと二人が望んでいた未来があって、
 それを二人とも自分の手で壊しちゃったって教えてもらう事が幸せなのかな?
 それに、それを知らされた二人を見て、陽君は嬉しいの?」
「え?」
「二人とも好きな人を取り戻せない位に壊して、それが幸せだって本気で思えるのかな。
 きっと、陽君を無理に繋ぎとめるか失うかの選択しか無いって考えちゃったんだと思う。
 そして、その選択を自らでやり遂げたって信じているから、だから、
 自分達は幸せなんだって、思い込もうとしているんだと思う。
 なのに、そんなのは全部無意味だったって私達に言われたら、
 そしたら、雪風とあの子はどうすれば良いの?」
「それは……」
「私には分からないわ。
 ねえ、圭君、教えて。
 私はどうすれば良いのか本当に分からないの。
 どうしようか?」
沙紀が顔を上げて救いを求めるように俺を見つめる。
考えても考えても分からない、苦しい、助けて。
そういう苦痛を伴った顔をしていた。
「……ごめん」
「私も、ごめんね」
俺も沙紀もそれ以上に何かを言う事はできなかった。

289 名前:幸せな2人の話 補足・上[sage] 投稿日:2011/03/16(水) 03:58:18.35 ID:DXeFv0IA [11/14]
沈黙が漂う中でぼんやりとあいつらの姿を思い出していた。
思えば思うほど分からなくなった、
あいつらはいつも一緒で分かり合っているように見えた。
一体、どうしてこんな事になるまで追い詰められたのだろう。
「どうして、こんな事になっちゃたんだろうな?」
「どうして、だろうね」
沙紀が音も無くティーカップを口元に運ぶ。
こくりと喉を鳴らしてお茶を飲みこむ。
それから、言い辛そうにまた口を開いた。
「ただ、一つだけ分かるのは、
 ……雪風を最後に追い詰めたのはあの絵だったみたい。
 あの場所はあの子が雪風から兄さんを奪った場所だって、言ってたから。
 その時の雪風の声、すごく悔しそうだった」
「けど、陽はそんな積りじゃなかったんだよな?」
「だからって、それは陽君じゃないと分からないよ」
「そうだけど……」
「そう、だからだよ。
 難しいよね、どんなに仲が良くても、
 同じ場所に居ても、思う事って少しだけ違うから」
「じゃあ、雪風や陽でさえ、
 あんなにお互いの事を信頼していて分かり合っていたのに、
 それでも駄目だったって沙紀は思うのか?」
「うん、私はそう思うよ。
 だって、二人は別人なんだもの。
 でも、そういうのに陽君は鈍感だからね。
 いつも雪風がそっと支えてくれていたから。
 それで、雪風なら何も言わないでも、
 自分の事を分かって貰えるって甘えてたんだと思うの。 
 それで、あの絵だってちゃんと雪風なら分かってくれる。
 そう信じて疑わなかったんじゃないかな?」

290 名前:幸せな2人の話 補足・上[sage] 投稿日:2011/03/16(水) 03:58:59.72 ID:DXeFv0IA [12/14]
つまり、もしも陽が雪風の気持ちを汲み取って上げられれば、
いや、大体あんな絵なんかに頼らないでちゃんと自分の言葉で直接雪風に言えば、
それだけでこんな事にはならなかったはずなのに。
陽はいつもそうだ、難しい事ばかり考えすぎて、
大事なものを見落としてばかりじゃないか。
「……あいつ、やっぱり大馬鹿だよ。
 なんで、ちゃんと二人に言えば良かっただけじゃないか。
 どうしてそれが出来なかったんだよ?」
「ううん、陽君は馬鹿なんかじゃないわ。
 きっと、怖かったんだと思うよ。
「怖かった?」
「自分の気持ちをあの子と雪風に言うのが、
 もしも、二人に拒否されたら怖いって」
拒否されるのが怖い、それはあいつには余りにも似合わなさ過ぎる。
あの店先で堂々と不倫を宣言するような奴で、
それでなくたって、あいつは良くも悪くも自分のする事を信じていた。
その陽が自分の気持ちを伝えるのが怖かった?
「圭君、好きな人に、
 自分の想いを伝えるのってとっても勇気がいる事なの。
 絶対に大丈夫だって自信があるのに、それでも言葉を紡げない。
 きっとたくさん悩んだんだって私は思うよ。
 だから、陽君もそうするしかできなかったの」


291 名前:幸せな2人の話 補足・上[sage] 投稿日:2011/03/16(水) 03:59:27.74 ID:DXeFv0IA [13/14]
俺の顔に浮かぶ疑問を読み取ったのだろう、
沙紀は困り顔で笑いながら教えてくれた。
「そういう事なのか。
 何となく、分かったよ」
「それに、もし陽君が馬鹿ならあの子も、雪風だって馬鹿だよ」
沙紀の声のトーンが少しだけ上がった。
口調もここに居ない二人を責めるように早まる。
「あの子も、雪風も陽君の心を何でも知ってるつもりで、
 自分たちは陽君にとって何の価値もないって勝手に思い込んで、
 それを陽君に確かめようともしないで陽君を失う事に怯えて……」
そこまで言って言葉が途切れる。
やり場の無い怒りがあって、
けれど、それをどこにも吐き出せない。
沙紀は辛そうだった。
「……あの子も雪風も、
 それで、陽君を失う位だったら、
 全部壊して陽君を縛り付けようって思ったんだね? 
 それが幸せなんだって自分を自分で騙してる。
 その気持ちって、理解は出来るけど私には絶対に共感できないよ。
 だって……そんな事しても…幸せに……なれない……よね」
それ以上、俺に見られたくなかったのだろう。
沙紀は顔を伏せてしまった。
沙紀が今何を考えているのかは分からない、
けれど、どうして泣いているのかは分かる。


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最終更新:2011年03月26日 11:24
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