484 名前:
Heartspeaks 膝上にSis(1/2)[sage] 投稿日:2011/03/31(木) 20:33:01.18 ID:qdUu/rn0
「ただいま」
鳩子がドアを閉める音に、鷹司が居間から顔をのぞかせた。
「おー、お帰り」
足早に玄関まで出てくると、笑顔で妹を迎え入れる。
「合格、おめでとう」
「……ありがとう」
「お母さんは?」
「さっき買い物行った。喜んでたぞー。……紅茶でいいか?」
「うん」
「一緒に受けた子はどうだったよ」
「7人中3人」
「そうか。じゃあ外でパーッと騒ぐ訳にもいかんわな」
「友達でお祝い会兼残念会、そのうちするけどね」
(それに今日は家がいいの。お兄ちゃんの顔を見るのが何よりのお祝いなの。喜びや肉欲を分かち合いたいの。
第一報もお兄ちゃんの携帯に入れたかったけど、血涙呑んで家電にかけたさ! 自重の日々は終わりなきエンドレス!)
斜め向かいのソファに座って紅茶を啜る。いつもの位置だった。
「鳩子なら受かるとは思ってたけどな。最後の方は根詰めてたから別の意味で心配だったよ」
「そう?」
(ううぅ~やっぱりお兄ちゃん優しいよ。嫁になって一生ついていきたい。死んでも憑いていきたい。
けど受かると思ってたってマジで? 私が一番信じられないんだけど。毎晩悶えてばっかりで全然勉強しなかったよ?
受験ナメてますね私。もう受からなかった人に土下座だね。そこをお兄ちゃんが後ろから思いっきり凌辱だね。ふひ、ふひひ)
「やー。合格祝いに何か買ってやらないとなぁ」
「え、そんな、いいよ」
「遠慮すんなよ。鳩子の好きな物でいいぞ。辞書とか万年筆とかそういうのは大人がくれるだろうし」
鳩子は目を伏せて紅茶を一口飲むと、ためらいがちに切り出した。
「えっと……。物、じゃないけど」
「ん?」
「今、お願いしても、いい……?」
「お、おう。どうしたいきなり?」
「凄く……変なお願いなんだけど」
「何だ? 言ってみ」
いつの間にか鳩子は立ち上がっていた。胸の前で両手を固く握り、言葉を絞り出す。
「……抱っこ……してほしい……」
485 名前:Heartspeaks 膝上にSis(2/2)[sage] 投稿日:2011/03/31(木) 20:33:48.58 ID:qdUu/rn0
「……へ?」
「ううん、今のなし! 取り消し。空耳。春の幻。ごめんキモいこと言って。なんでもないから」
「いや、アリだぞ?」
一瞬あっけに取られた鷹司だったが、すぐに微笑んでそう答えた。
「うわ懐かしい。10年ぶりくらいか? 眠たいときや弱ってるときはよくせがんできたよなー」
ソファに浅く掛け直して膝を揃え、てしてしと軽く叩く。
「ほら。おいで」
「いいの……?」
「ああ」
鳩子は恐る恐る近付くと、鷹司の膝へと横向きに、慎重に腰を下ろした。
(きゃーっ!! きゃーっ!! ウギャーーッ!!! やっちゃった、私やっちゃったよ!!!
膝の上! お兄ちゃんの膝の上!! 膝膝膝膝膝膝ピザピザピザピザ! じゃあこれは? 膝っ! 引っ掛からないよーだ!
ああ……ここは天国? それともヘブン? 勇気汁を振り絞った甲斐がありました……。私もう死んでもいい……。
つーか今死にそうです! 鼻血出ちゃう!! 鼻血とか耳血とかぶちまけて飛んじゃいますうぅぅ!!
お兄ちゃんの全身を返り血に染めるは妹の本懐! 我が生涯に一片の悔いなし!! えっちょっと待って悔いなら沢山……ぐふっ)
「平気だと思ってても、気が抜けたらドッと来るよな」
膝に座った妹の身体を、鷹司は静かに引き寄せた。肩に凭れかからせ、その髪に軽く手を添える。
「お疲れさん。頑張ったな」
(だだだ抱っこキターーー!!! なでなでキタアアァァーーーーッ!!!
ちょ、ほんと死んじゃう!! 脳みそ沸騰しちゃう!! 鼻脳とか耳脳とかぶちまけて全て溶かし無残に飛び散っちゃうーっ!!
お兄ちゃんの全身を返り脳に染めて、幸せの絶頂で鳩子は逝きます……。生まれ変わってもまたお兄ちゃんの妹になりたい……。
というわけでお父さんお母さんナルハヤでヨロ。ほら最近は40代前半もそう珍しくないっていうし……ぐふっ)
(……お兄ちゃん、私がこんなこと頼んだのは、受験疲れのせいだと思ってるんだよね。
計画通りだけど。騙されてくれなきゃ困るけど。実は私疲れてないの。空気と水とお兄ちゃんだけで500年くらい動けるの。
このお願いはずっと前から決めてたこと。志望校合格したらお兄ちゃんに抱っこしてもらうって。自分へのご褒美なのです。
ろくに勉強してないけど受かったからご褒美。ひどいね! ニンジン泥棒だね! お兄ちゃんのおにんじんおいしいよぉ!!
むしろお願い自体が清水の舞台からスカイハイ過ぎて入試よりよっぽど緊張しました! もう死ぬかと!! 今も死にそうだけど!!
ああこのままお兄ちゃんの膝に寄生しちゃいたい! 人面疽? いや……そうだ、膝小僧! 私お兄ちゃんの膝小僧になる!
今は娘だけど立派な小僧になってみせます! 卒業旅行はモロッコだ!!)
しばらく石のように動かなかった鳩子が、鷹司の腕をすり抜け、音もなく立ち上がる。
「いいのか?」
「うん。……ごめんね、変なこと頼んで」
「全然」
鷹司は首を振った。
「合格祝い、考えとけよ? 今のは別にお祝いじゃないから。普通だから」
「! ……わかった。ありがと」
鳩子はそう言って笑った。着替えてくるねと告げて、軽い足取りで居間を出て行く。
「……あんな笑顔も、久しぶりに見たな」
冷めた紅茶を、鷹司は美味そうに飲み干した。
終
最終更新:2011年04月29日 14:53