412 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/05/06(金) 13:50:07.51 ID:N/WxE+YY
一週間ほど前に友達である杉原 薫ちゃんから電話がかかってきた。
内容は「土曜日に隣の市にある遊園地に行こう」と遊びの誘いだった。
普段から二人で会う事がよくあったので、OKと二つ返事で返し恵ちゃんと遊ぶ事にした。
由奈には友達と遊びに行くとだけ伝えて待ち合わせ場所である最寄り駅に足を運んだのだが…。
「あ、あのね!優くん驚くのは分かるけど!あまり過剰な反応は…」
待ち合わせ場所に先に来ていた薫ちゃん…数少ない友達である薫ちゃんが周りをキョロキョロと気にしながら俺に何かを説明しようとしている。
「ぁ…あ…おまっ…なにしッ…」
だが俺は薫ちゃんの言葉をすべて聞き流し大きくパニックを起こしていた。
いや、思考が完全にストップしたと言ったほうが適切だろう。
汗が溢れだし理解不能な状況に意味の無い笑みがこぼれ落ちた。
「どうも、優哉くんでいいかな?」
薫ちゃんの隣に立つ女性が俺に向かって笑顔を浮かべて軽く頭を下げた。
――優哉くん?何を言っているのだろうか?いや…何を考えているのだろうか?
「驚くのも無理ないよね…私も初めて会った時夢かと思ったから…」
違う…そう言う意味じゃない。
413 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/05/06(金) 13:50:33.75 ID:N/WxE+YY
薫ちゃんが言う“驚く”とはまったく違う意味で俺は驚いている。
と言うかショックで気を失いそうだ。
「薫ちゃんから話は聞いています。一応自己紹介しますね?」
薫ちゃんの斜め後ろに立っていた女性が薫ちゃんの横へと並ぶ。
「篠崎 零菜です。職業はモデルをしてます」
聞き慣れた声と名前がその女性の口から発せられた。
目の前に居る女性は間違いなく俺の妹であり篠崎零菜だ。
「ど、どうも…」
なんて返せばいいのか分からない。
零菜が此方にずっと笑顔を向けている。
皆が喜んで受け返す笑顔…だが俺はひきつったままの表情で受け止める事しかできなかった。
「ここじゃなんだから…遊園地もまだ早いしちょっとお茶しよっか?」
「ぇ…あ、あぁそうだね」
そうだ…まず状況を把握しなければ。
俺と他人のフリをするのは…何となく想像がつくから別にどうでもいい。
何故此処に零菜が居て薫ちゃんと親しそうに話しいるのか…それが一番気になる。
――歩きだす二人の後を追って俺も同じように二人の後ろを歩き出す。
駅前から数分歩いた場所に小さなオープンカフェが姿を現した。
414 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/05/06(金) 13:51:05.97 ID:N/WxE+YY
大学時代からよく訪れていた行き付けのカフェで薫ちゃんも何度となく足を運んでいる行き馴れた場所でもある。
いつもなら外のテーブルを選ぶのだが、今日は零菜が居るからだろう…。
薫ちゃんは外のテーブルに見向きもせず店内へと入っていった。
店内に入ると眠たくなるような音楽が耳に流れこんできた。
木造建築のカフェで、忙しない外の世界とは違いこの店の中はゆっくりと時間が流れている。
癒しの穴場と言われるほど落ち着ける場所なのだが…。
「優哉くん座ったら?」
奥にあるテーブルに先に腰掛けている零菜が隣の椅子をポンッと手で叩いて俺の席を指定してきた。
…コイツの存在のせいでまったく落ち着けない。
これほど緊張感を与える人間も珍しいのではないのだろうか?
「……失礼します」
仕方なく零菜の隣へと腰掛ける。
俺が座るのを確認すると薫ちゃんも椅子に腰掛けた。
「いらっしゃい。今日は女の子二人も連れてるんだね」
エプロン姿の髭面店長が奥から姿を現した。
「勘弁してくださいよ…はぁ」
この店長…俺と薫ちゃんが来る度に早く恋人同志になれと横から口うるさく話しかけてくるのだ。
416 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/05/06(金) 13:51:57.62 ID:N/WxE+YY
大学時代からの常連と言うだけで別にプライベートで親しくしている訳では無いのだが、親友感覚で接してくる。
それが隠れた名店と言われる由縁でもあるのだろう…俺も嫌いでは無い。
嫌いでは無いが今は勘弁してほしい。
「はは、修羅場みたいだからオジサンは裏に入ってるね?コーヒーは話終わったらもってくるから…カップ割られたら洒落にならないし」
「早く裏に消えてください」
シッシッと手で追い払うと、肩を竦めて裏へと戻っていった。
気を引き締めて二人に目を向ける。
「じゃあ手っ取り早く話すね?」
昔はあれだけアタフタしていた店長の戯言にも無反応を決め込んでいた薫ちゃんが小さくまとめて話してくれた。
零菜と初めて会ったのは二週間前…夜橋の上で涼しんでいると後ろから零菜に話しかけられたそうだ。
そこから零菜と意気投合、電話番号を交換し今に至ると言う…。
信じがたい話だが、薫ちゃんが言うのだから本当なのだろう。
「それでね?零菜さんが一度優くんを見てみたいって言うから…優くんも驚かせてあげようと思って…だから今日零菜さんに時間作ってもらったの」
「はは…そうなんだ…」
どういう事なのだろうか?
417 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/05/06(金) 13:52:20.88 ID:N/WxE+YY
零菜は俺が薫ちゃんの友達だと分かっていたのか?
じゃあ何故わざわざ薫ちゃんに紹介される形で俺と会う必要が…。
単純に駅で待ち合わせして俺が姿を現すまで俺が来る事を知らなかったとかなら、瞬時に零菜が俺と他人のフリをするのも頷ける。
薫ちゃんも俺と零菜が兄妹だと気がついていないみたいだし…しかし本当にそんな偶然あり得るのだろうか…
「まぁ、薫ちゃんを責めないであげてね?でも……薫ちゃんが私と雰囲気似てるって言ってたけど……そんなに似てるかしら?」
椅子を俺の横へとずらし薫ちゃんに見える様に俺と顔を並べて見せた。
「う~ん、顔が似てるって言うより…なんだろ?雰囲気が…一緒?」
俺と零菜の顔を見比べ首を傾げているが、似てて当たり前…だが似てるとは一度も思った事は無い。
「ははっ、全然似てないよ。おれが零菜に似てるって言われた事一度でもあった?」
おどけたように薫ちゃんに話しかけると、薫ちゃんが一瞬顔をしかめるのが分かった。
「びっくりした…もの凄く親しげに名前呼んだね今。てゆうか優くん零菜さん見ても全然驚かないんだね?」
418 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/05/06(金) 13:52:43.80 ID:N/WxE+YY
「あっ…びっくりはしてるんだけど…な、なんて言えばいいのかな…。
ま、まぁテレビで見てる感覚で…すいません」
忘れてた…そう言えば今は他人のフリをしていたんだった。
不本意ながら隣に座る零菜へと軽く頭を下げた。
何が悲しくて妹に敬語を使い謝らないといけないのか…。
「……別にいいのよ?他人に呼び捨てされるのは嫌いだけど…貴方なら許してあげる」
薫ちゃんに見えないテーブルの下で零菜の指が俺の膝の上を這う。そして此方へ顔を向けると何故かニコッと微笑んだ。
「ちょ、ちょっとだけトイレ行ってくるね」
テーブル下の零菜の手を払いのけると勢いよく立ち上がりトイレへと逃げ込んだ。
そのまま個室へと飛び込み便座に座ると頭を抱えてうずくまってしまった。
「なんだよアイツ…何考えてんのか全然分からない…」
そう…何を考えてるかまったく分からないのが一番怖いのだ。
由奈ならまだ対処の施しようがある…だけどアイツ……零菜はダメだ。
零菜は俺の心を読めるらしいが、俺はまったく零菜の心を読むことなんて出来ないのだ。
「とにかく…早く零菜にも事情を聞かなきゃ…頭がどうにかなりそうだ」
419 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/05/06(金) 13:53:07.00 ID:N/WxE+YY
こうして個室で唸っていても何も変わらない……大きなため息を吐き捨てると、トイレから出て二人が待つテーブルへと足取り重く向かった。
「あれ?…零菜…さんはどうしたの?」
テーブルにつくと零菜は既に居らず、薫ちゃんだけが椅子に掛けていた。
「優くんの顔を見たかっただけなんだってさ…。仕事でもう行っちゃった」
「そっか…まぁ多忙な人みたいだから仕方ないよね」
表向き仕方ないなんて言葉を使ったが、零菜が居なくなった事に大きく胸を撫で下ろしていた。
まさか零菜まで遊園地についてくるんじゃ…そう覚悟していたのだが流石にそこまで考えていなかったようだ。
「それじゃ、行こっか?」
「うん…」
「どうしたの?元気ないね?」
ふと薫ちゃんの表情が曇っていることに気がついた。
先ほど零菜の事を話している時はあれだけ楽しそうだったのに…。
「優くんさ……零菜さんの事好きになっちゃった?」
「はぁ?」
唐突に発せられた薫ちゃんの言葉に口から空気が漏れた様な声が出てきた。
あの短時間で俺が零菜に気があるような素振りを一ミリでも見せていたのだろうか?
いや、あり得ない。
何故かと言うと実の妹だからだ。
420 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/05/06(金) 13:58:32.18 ID:N/WxE+YY
だから惚れるなんて絶対にあり得ない。
「いや…なんでもない。てゆうか向こうはトップモデルだもんね!恋愛なんて無理矢理!さっ、遊園地に行こっ!」
自分自身に言い聞かせる様に声をあげると、椅子から立ち上がり俺の手を掴みそのままカフェを後にした。
よく分からないが、なんとか危機は脱したようだ…。
※※※※※※※※
「……行ったわね」
喫茶店から出ていく二人を車の中から見送る。
目立たないように喫茶店から50メートルほど離れた駐車場に車を停めて居るのだが、前の道を歩く通行人は皆此方へ目を向けて通り過ぎていく。
家一軒帰るの高級車が目立たない訳が無い…だけどこれも私の飾りの一つだ。
二人は仲良く駅の方角へと歩いていくと、曲がり角で姿が見えなくなってしまった。
「なぁ…本当に一緒に行かなくていいの?」
助手席に座る空が二人が曲がった角を見ながら心配そうに呟いた。
「いいのよ。薫ちゃんの前で優哉に対して私の顔見せだけできれば」
「でも…兄ちゃんあの女と付き合っちゃうんじゃ…」
優哉は私と違って面倒見が良いから空もなつくとは思っていたが…。
二回会っただけなのにもう優哉を慕っているらしい。
421 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/05/06(金) 13:59:04.99 ID:N/WxE+YY
「なに?お兄ちゃん盗られるのが心配?」
クスッと鼻で一笑いした後、エンジンをかけて車を発進させた。
「べ、別に盗られるとか…そんな事考えてないけど」
頬を赤くして外に目を向けてしまった。
実家に戻っても空の話は良く聞くが、近所から随分可愛がられているらしい…。
今、何となくこの子が可愛がられる意味が分かった気がする。
母性をくすぐられる…と言うのだろうか?
まぁ残念な事に私の心は“母性”と言う言葉が欠落してしまっているので何とも思わないが。
「まぁ、優哉があの子を選ぶ事は多分無いわよ?」
「なんでそんな事分かるんだよ?」
むくれっ面を窓から此方へと向けてくる。
なんでそんな事分かる?
分かるものは仕方ない。
空には分からないだろう……由奈にも分からない。
「空…覚えておきなさい」
双子の私だから分かる事がある。
「優哉はね?他人に私の事をバカにされるとその人に大きな怒りを覚えるのよ?その証拠を見せてあげる」
携帯を取り出し優哉にメールを送る。
422 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/05/06(金) 13:59:50.78 ID:N/WxE+YY
『優哉が来るなんて夢にも思わなかったわ。私が居たら邪魔でしょ?だから私は先に帰るわね。
あと他人のフリしてごめんなさいね?
貴方に迷惑がかかると思ったの。だから私の事は黙ってて。
それと優哉にお願いがあるんだけどいい?
空からのお願いなんだけど、今日発売の○○って本を遊園地からの帰り駅前の本屋で買ってきてくれない?
多分優哉では分からないと思うから薫ちゃんに聞いてみて。
それじゃ、二人で遊園地楽しんで来てね」
優哉にメールを送信すると、携帯を閉じカバンの中へと投げ入れた。
空は意味が分からず首を傾げていたが考えるのを諦めたのか私の顔から目を反らし外の景色に視線を向けてしまった。
――私の暇潰しはまだ始まったばかり…追い詰めて追い詰めて追い詰めて追い詰めて…泣いてすがるまで追い詰めて……動けなくなったら…。
「その時は私の色に染めてあげるわ…出来損ないの愛しいお兄様……ふふ…」
最終更新:2011年06月03日 00:42