狂もうと 第13話

7 : ◆ou.3Y1vhqc :2011/05/31(火) 23:34:11.60 ID:b80ELSDd

「楽しかったね!」
「うん、でももうジェットコースターは嫌だな。薫ちゃん連続でジェットコースター乗るから…」
「えぇ~?楽しかったじゃん。また二人で遊園地行こうよ」
「そうだね。俺もいい息抜きになったよ、本当に誘ってくれてありがとう」
「ふふ、どういたしまして」
夕方まで遊園地で遊んだ俺達は、数時間かけて地元の駅へとやっと戻ってきていた。
そのままお互い帰っても良かったのだが、なんとなく遊園地の出来事を語りたくてベンチに座り二人で話し込んでいた。
昔からなんとなく薫ちゃんとは話が合ったのだ。
だから数時間話すことも苦では無い。まぁ、薫ちゃんはどう思ってるか分からないが俺は薫ちゃんとの会話を楽しんでいる。

「ってもうこんな時間だ」
ふと時計に目を向けると時計の短針は9を指していた。
楽しい時というのは本当に早く流れていく。

「時間忘れてたね、それじゃそろそっ…ん?メールだ」
お互い立ち上がりホームを後にしようとした時、薫ちゃんの携帯がホームに鳴り響いた。

「……」
「どうしたの?もしかしてお母さん?」
携帯を開きポチポチとなにら操作していると、突然険しい表情を浮かべ画面を凝視しだした。

8 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc :2011/05/31(火) 23:34:52.65 ID:b80ELSDd
流石に覗き込む訳にはいかず、薫ちゃんが立ち止まった横で俺も同じように立ち止まった。

「う、ううん!なんでもないよ!ごめんごめん…それじゃ行こっか?」
慌てたように携帯の画面が俺に見えないように隠すと、そのまま鞄の中へと滑り込ませてしまった。
別に見てないのだが、誤解を与えてしまったのだろうか…。
気まずい雰囲気のまま駅から外にでると、近くにある本屋が視界に入った。

「あっ、そう言えば本屋に寄らなきゃいけなかったんだ」
うっかり忘れる所だった。
なんて名前だったか…携帯を取り出し零菜からの受信メールを確認する。

「薫ちゃん○○って本しってる?」
「ぇ……なんで優くんが○○なんて知ってるの?」
また薫ちゃんの表情が険しくなった。
先ほどから薫ちゃんの様子がおかしい…。

「えっと…妹から買ってきてって頼まれてるんだよ。俺じゃ分からないから…薫ちゃんなら分かるかなって…」
「あ、あぁそういう事ね!もぉ~、ビックリしたぁ!分かった、私も毎月買うから一緒に買いに行こうよ」
安心したように胸を撫で下ろすと、また表情が穏やかに戻った。
手を捕まれると本屋の中へとそのまま連れていかれる。

9 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc :2011/05/31(火) 23:37:12.75 ID:b80ELSDd
疑問に思いながらも、一緒に本を探していると、一際目立つ一角に大きな看板を立てたコーナーが設けられているのが見えてきた。
薫ちゃんは他のコーナーには目もくれずその看板のある場所へと足を進めると、そのコーナーにある本を掴み俺に一冊差し出した。

何故かこのコーナーだけ立ち読みできないように本一冊一冊にビニールで包装されている。

「この本がそうだよ?」
差し出された雑誌に目を向ける。

「…零菜?」
零菜の顔がアップになって写っている。

「そうだよ?この雑誌は零菜さんが所属する事務所のモデルさん達が載ってる雑誌なの」薫ちゃんの言葉に頷きながら一文字一文字目を通していく。
よく分からないが、流行りのオシャレ関係の話が書いてあるようだ。


「あった、あった!良かった、まだ残ってる!」
「良かったじゃん!でも1ヶ月は長いよねぇ…月一じゃなくて週一に発売してくれないかなぁ…」
「はは、週一はお小遣い厳しいって。てゆうか早く買って読もうよ」
俺が雑誌を見ている最中でも、数人の女子高生が本を手に取りレジへと持っていった所を見ると、人気はあるようだ。

「…」
しかし…本当に零菜は雲の上の存在なんだと思い知らされる…。

10 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc :2011/05/31(火) 23:37:40.80 ID:b80ELSDd
と言うか本当にこの女は俺の妹なのだろうか?
当たり前の様に一般人に知られ、雑誌の表紙を飾るトップモデル。
一緒に産まれてきたのに住む世界が違う…まぁ“戦った”人間と“逃げた”人間の違いなのだろう。
ため息を吐き捨てレジへと向かう。





「え~!?これって本当!!?」

「……なんだ?」
立ち読みしている女性の後ろを通りすぎようとした時、突然その女性が悲鳴に近い大声をあげた。
反射的にその女性に目を向ける。
携帯を耳にあてながら何やら騒いでいるが…若いがあきらかに成人した女性。スーツを着ている所を見ると、会社帰りなのだろうか?
店内で大声をあげるような女性には見えないが…。

「本当、本当!多分ニュースでもやるんじゃない!?本当だって!私もビックリしたもん!まさか零菜が―――だって!」



零菜?
その名前につられて女性が持っている雑誌の表紙に目を向けた。


女性が持っている雑誌にも零菜が載っている。


「ぇ……なに…」
薫ちゃんも女性が持ってる雑誌に気がついたようで女性の横に並び雑誌を手に取ると、慌てたように雑誌のページをめくりだした。

「……どうしたの?何が書かれてるの?」

11 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc :2011/05/31(火) 23:38:09.20 ID:b80ELSDd
雑誌の種類からして、あまりいい内容じゃない事は何となく察しがつく。
大声をあげていた女性は本を雑に置くと、携帯で話ながらそのまま本屋から出ていってしまった。
多分こんな客が居るから包装される本が増えるのだろう…。
何食わぬ顔でその女性が居た場所に移動すると、薫ちゃんの隣に並び薫ちゃんが凝視している雑誌を覗き込んだ。







「はぁ?!んだよこれッ!!」
零菜の事が書かれている雑誌に一通り目を通した直後、先ほどの女性に負けないほどの大声を俺は張り上げていた。

「ど、どうしたの急に?!」
隣に居た薫ちゃんもビックリしたのか、目を見開いて此方を見ている。

「ちょっと雑誌かして!」
薫ちゃんから雑誌を奪い取り、再度読んで見る。


『スクープ!トップモデル篠崎零菜の乱れた私生活!』
と大きく書かれ、その下にはその文字より大きな写真が載っていた。


「……(この写真…)」
写真は零菜とモザイクが入った男性との2ショット。
仲良さげに腕を組んでいる所を撮られたようだ。
そして腕を組んでいる相手だが……間違いなく俺だ。
顔にモザイクが入っているが服装、身長、体型…そしてこの場所だ。

12 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc :2011/05/31(火) 23:38:40.11 ID:b80ELSDd
写真の中央に写ってるのは間違いなく都内にある駅前の噴水……零菜と駅前で待ち合わせをした、あの時に写真を撮られたのだ。

「はは、嘘臭いね…?(あのバカ人通り多い場所で変な行動とるからッ…だからアイツと外で会うのは嫌だったんだよ!)」
なんとか表情を保ちながら震える手で薫ちゃんに雑誌を手渡す。

「どうだろ…この雑誌信憑性高いから…それにこれは多分零菜さんだよ」
薫ちゃんも信じられないといった感じで見ている。

「ぁ…次のページも零菜さんだ」
薫ちゃんがページをめくると、また違う零菜の写真。

「はは…は…(マジかよコレ…)」
再度…今度は弱々しく薫ちゃんから雑誌を貸してもらい目を通してみる。
二枚目の写真に写っていたのは、見たことある高級車。
そしてその高級車が入ろうとしている建物……行った事は無いが間違いなくラブが付くホテルだ。
暗くて分かり辛いが助手席には零菜……そして運転席には零菜の婚約者である田島 光作が写っていた。
そりゃ婚約者なんだからいつか写真ぐらい撮られるだろうとは思っていたけど……だけど……だけど流石にこれはアウトだ。



写真の下には長々と記事も書いている。

13 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc :2011/05/31(火) 23:39:08.17 ID:b80ELSDd
短くするとこんな感じだ。

『昼間に若い彼氏とデート、しかし夜には別の中年男性とラブホテルに消える…その美貌で年代問わず男を虜にすると、性欲を発散している。
トップモデルの道も自分の身体を使って上までのしあがったと言う噂も…。』

「……」
上の文はどうか分からない…けど後半の身体を使って仕事を得ていると言うのは間違いなく嘘だ。
零菜は自分の身体を売って上にのしあがる様に女では無い。
それを噂程度で偉そうに雑誌に書き込むなんて…。
雑誌を掴む手に力が入る。

「で、でも…芸能界ならこんなことあってもおかしくないよね」
隣から耳を疑う声が耳に入り込んできた。
自然と隣に居る薫ちゃんへと目を向ける。

「ほ、ほら、あんなに綺麗なら…ほっとかないし…そういう意味で…」
顔を隠し気味に雑誌を見ながら、独り言のように喋っている。

「友達になれたんだけど…ちょっと考えた方がいいかなぁ…ね?」
「ねっ…て……なにが?」
意味が分からない。
てゆうか何を言っているのだろうか?
普通友達なら真っ先に怒りを覚えるのが当たり前なんじゃないのか?

「えっ?ほら…何をしてるか…その…分からないって言うか…」

14 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc :2011/05/31(火) 23:40:50.45 ID:b80ELSDd
薫ちゃんの語尾が小さくなっていく…。

「何をしてるか分からない?そりゃそうでしょ…だって薫ちゃんと零菜は他人だからね。
でも友達なんでしょ?なら友達を信用しようとは思わないの?」
雑誌を閉じ雑に下に置くと、固まる薫ちゃんを置いてそのまま出口へと歩きだした。


――俺は何をムキになっているのだろうか?
零菜の仕事上こんな噂はいくらでも出てくる…それを信用する一般人なんかも腐るほど居るはずだ。
ただ、薫ちゃんもその一人だっただけ…。
後ろを振り返り薫ちゃんに目を向ける。
まだ固まって此方を見ている。

「薫ちゃん帰ろっか?」
笑顔で薫ちゃんに話しかける。

「あ…そ、そうだね!帰ろ!」
薫ちゃんも俺の声に我を取り戻したのか、笑顔を浮かべ此方へ走りよってきた。
少し大人げなかったかもしれないが、あれでも実の妹なのでムキになってしまったのだ。
あのまま帰ってれば間違いなく関係は壊れていただろう…。

――本屋を出た後、気まずい空気を漂わせ無言のまま並んで暗闇の中を歩いた。
人通りは少なく、すれ違うのはスーツ姿のサラリーマンばかりだ。

そのサラリーマンを避けながらゆっくりと帰り道を歩いていく。

15 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc :2011/05/31(火) 23:41:16.21 ID:b80ELSDd
もう30分ほどお互い無言だ…。
謝った方がいいのだろうか?
でも謝った時「何故怒ったの?」と聞かれたらなんて返答すればいいか分からないのだ。
数日すれば薫ちゃんも忘れると思うけど…。

「あのさ、優くん…」
どう話しかけるか悩んでいると、丁度一つの街灯下の灯りに足を踏み入れた時、後ろから薫ちゃんが話しかけてきた。

「はい?」
おもわず声が裏返る。
歩くのを辞めて後ろへ振り返ると、薫ちゃんは街灯の灯りに入る手前で立ち止まっていた。
ここからでは薫ちゃんの表情が見えない。

「もしかして……零菜さんの事本気で好きになった?」
「はっ?なんで?」
唐突に発せられた薫ちゃんの質問に、笑い声にも似た声が口から自然と出てしまった。
朝にも同じ質問されたが俺はそんなに零菜に気があるような行動や言動をしたのだろうか?
いや、さっきの雑誌の件は流石にイラッときたがそれ以外に今日一日目立って零菜の話をふった覚えは無い。

「でも…さっき零菜さんの話聞いて怒ったから…」
「あれは怒ったんじゃないんだよ。
ただ、なんて言うのかな…友達なら信用しようよって言いたかっただけなんだ…ごめん。」

16 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc :2011/05/31(火) 23:43:21.82 ID:b80ELSDd
間違った事は言っていないはずだ。

「てゆうか朝も言ったけど俺が零菜の事を好きになる訳ないでしょ?向こうはトップモデルだよ?俺とは住む世界が違うから」
住む世界どうこうよりまず兄妹だからあり得ない…これも付け加えたら薫ちゃんも納得してくれるのだろうけど…零菜が隠したがっているのなら俺からばらす事はできない。





「なら…私と付き合ってよ」

「…ぇ」
薫ちゃんが此方へ一歩近づく。
俺と同じように灯り下に来ると、薫ちゃんの顔が綺麗に見えた。
頬を赤らめ俺の目を焼くように視線を向けている。

「付き合うって…?は…あぅっ…その」
状況把握する時間がほしい……今、俺は告白されているのか?
薫ちゃんから告白?
そりゃ薫ちゃんは俺の好みど真ん中だけど…。
告白の仕方ってものがあるんじゃないのか?
突然告白されても、どう返事すれば…でもここでOKをだせば薫ちゃんと付き合える。

なら選択肢は一つしか――。








――芸能界ならこんなことあってもおかしくないよね。

「…ッ!?」

――友達になれたんだけど…ちょっと考えた方がいいかなぁ…ね?

「……」

――何をしてるか…その…分からないって言うか…。

17 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc :2011/05/31(火) 23:43:49.91 ID:b80ELSDd
なんだろう…この胸を覆う苦しい霧は…。
なんでこんなにイライラするのだろうか?

分からない…分からないけど薫ちゃんの顔を見てるのが今は辛い。

「優くん?あの…返事は…」

「…ごめん。今は誰とも付き合う気ないんだ」
口から出た言葉に空気が凍りついた。
薫ちゃんの緊張した表情から一変、悲しそうな表情を浮かべると下にうつむいてしまった。
多分薫ちゃんは成功すると思っていたのだろう…いや、間違いなく俺はよろしくお願いしますと言うはずだったのだ。
後だしで言えば、玉砕覚悟でいつかは俺から薫ちゃんに告白していたかも知れない。
だけど…よく分からないが、今は笑って薫ちゃんを受け止める余裕は無いと断言できた。

「私のどこがダメなの…?」
震える小さな声…地面にポタポタと薫ちゃんの涙が落ちていく…それを見て、胸がきつく締め付けられた。

「ダメとかじゃないんだ…ただ今は誰かと付き合うつもりは無いんだよ。薫ちゃんの事は好きだけど…」
これは卑怯かと思ったがなるべく薫ちゃんを傷つけない言葉選びをした結果、最後に余計な言葉がついてしまった。

「それじゃ…本当に好きな人はいないの?」
涙を拭い此方へ目を向ける。

18 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc :2011/05/31(火) 23:44:38.46 ID:b80ELSDd
その目は先ほどの悲しそうな目ではなく、少し笑っているような目だった。

「あ、あぁ…いないよ本当に。誰かと付き合う予定もない」
これは本当の事だ。
由奈のせいとまでは言わないが、基本由奈が原因で異性と友達になる機会が少ない。
薫ちゃんと今まで友達関係が続いているのも奇跡に近いかも知れない。
このまま独身ってのも嫌だが、由奈が結婚してからでも俺は問題無いと思っている。
まぁ、由奈に結婚する気があるのか怪しいところだが…。

「今日からまた友達として接してくれる?」
「まぁ…俺でよければ」
「うん…分かった……それじゃ私帰るね?また電話するから」
笑顔で手を振り走り去っていく薫ちゃんを見送る。
薫ちゃんが見えなくなるまで手を振り続け、見えなくなった瞬間ため息を吐き捨て近くのガードレールへと腰を落とした。
薫ちゃんの笑ってる所を見ると、関係は悪化せずにすんだようだ…。
だけど…俺はなんであの時薫ちゃんの返事を断ってしまったのだろうか?
俺は他人の異性で一番薫ちゃんに好意をよせていると自覚している。
今からでも俺から電話して告白すれば…。

「……やめた。そんな自分勝手な行動とれる訳ないな…」

19 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc :2011/05/31(火) 23:45:37.40 ID:b80ELSDd
ガードレールから腰をあげ、道を歩き出す。
そう言えば今頃零菜はどうなっているのだろうか?
多分大事になっているはずだ。
携帯を取り出し操作する。
画面には零菜の名前と番号、アドレスが表示されている。

「…メールでいいか」
電話しようと思ったがなんて話せばいいのか分からない。
ポチポチとボタンを押して当たり障りのないメールを送ると、携帯を閉じポケットに放り込んだ。

「あっ、そう言えば零菜に頼まれた雑誌買うの忘れてたな…まぁ、いいか」
今から本屋に戻るのも面倒臭い。
明日買って空ちゃんに渡してあげればいいだろう。
いろいろな悩みが渦巻く頭を片手で抱えながら、街灯が少ない夜道の中一人寂しく家へと向かった。


※※※※※※※※



「行ってきましたよ」
「ありがとう。どうだった?」
「二人ともすぐに食いついてきました…人前で大声をあげるのは少々恥ずかしかったですけど」
スーツ姿の女性を助手席に乗せると、前もって空に買いにいかせていたコーヒーを女性に手渡した。

「ありがとうございます。でも大丈夫なんですか?モデルのお仕事は…それにこの事は宗次様の耳にも入っているはずです。田島様との縁談も最悪破談になるかと…」

20 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc :2011/05/31(火) 23:46:02.78 ID:b80ELSDd
手渡されたコーヒーを飲まず両手で握りしめると、心配そうに問い掛けてきた。

この女性…留美子と言うのだが、私の専用メイドとして身の回りの世話をさせている。
元々は父の下についていた人間だが、私が此方へ出てくる時に父が私に付けたのだ。
正直私には必要なかったのだが、知らぬ顔ではなかったので適当に仕事を与えている。
ちなみに留美子の話に出てきた“宗次”と言う男…本名篠崎 宗次…篠崎古家当主であり、私の実の父になる。

「モデルの仕事はまぁなんとかするわよ。
光作さんには申し訳ないけど、婚約は此方から破棄となるわね。」
あの父が私と田島が婚約中に身体の関係を持ったと聞いたら間違いなく激怒するに違いない。
その証拠に私の携帯は数時間前からずっと実家からの電話で震えている。
事務所も今頃は私を探す事に必死になっているだろう…。

「留美子、貴女はこの子を連れて先に帰ってなさい」
本屋から出てくる二人を確認するとサングラスを留美子に渡しシートベルトを外した。
後ろに目を向けると、後部座席には待ちくたびれた空が気持ち良さそうに寝息を立てていた。

「えっ?零菜様はどちらへ?」

21 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc :2011/05/31(火) 23:46:30.95 ID:b80ELSDd
運転席から降りると、留美子の言葉に返事を返す事なく暗闇の中へと歩きだした。

――数十メートル先に二人が歩いている。隣を歩く訳でもなく、二人とも妙な距離を置いている。
あの雑誌を見たのだろう…そして私の予想通り、あの子は私を貶す言葉を勇哉の前で口にしたに違いない。

「ふふ…本当に人間ほど扱いやすい“モノ”はないわね」
小さな石を泉に投げ入れれば波紋となって泉の端まで広がるように、人の心も中心を突けば音を立ててはね上がる。



『優哉くんってかっこいいね?私好きになっちゃったかも…会った時テーブルの下で手が触れちゃった…事故かも知れないけどね』
ただ、これだけ……この一通のメールで人間の心は酷く揺れ動く。
そして優哉が私の雑誌を買いに行けば、優哉が私に気があるんじゃないかと恋する女なら誤解する。
本当に扱いやすい。

――数十分二人の後ろを歩いていると、街灯の下辺りで突然立ち止まってしまった。
バレないよう曲がり角に隠れる。
途切れ途切れだが、会話は聞こえてきた。

どうやら薫ちゃんから告白しているようだ…。

「……ふふ…可哀想ね」
案の定薫ちゃんは優哉にフラれた。

22 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc :2011/05/31(火) 23:46:53.62 ID:b80ELSDd
まぁ、分かっていたことなのだが私の思い通りになるか気になってここまで様子を見に来たのだ…。
もうこれ以上見なくてもいい。
私の目的はあくまで暇潰し。
これ以上見ても私の暇潰しにはならないはず。
踵を返しその場から離れる。

「……そう言えばもう一つやる事あるんだったわ」
携帯を取り出しある場所へと電話する。
驚く事にワンコールで出てくれた。
多分優哉と思ったのだろう…。

「もしもし?零菜だけど」
お兄ちゃんと連呼していた声が私の声を聞いた瞬間無言に変わった…それを返事と受け取った私は言葉を続けた。

「ちょっと優哉に用事があったんだけど…たしか今日は女の子と遊園地に遊びに行ってるのよね?もう帰ってきたかしら?」
私の言葉を最後まで聞かず電話が切れてしまった。
これで優哉が家に帰れば間違いなく由奈が怒り姿で出迎えるはず。

「ふふ…本当に楽しいわね」
頭の中でゲームをするようにすらすらとシナリオが進んでいく。

――悲しみのどん底に苦しむ妹

――自分勝手に兄の恋愛に嫉妬する妹。

23 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc :2011/05/31(火) 23:48:17.77 ID:b80ELSDd
「この先…貴方にはどっちがまともな“妹”に写るのかしらね?」
優哉から送られてきたメールに目を通し一人小さく呟いた。




『雑誌の記事見たか?多分もう見たと思うけど、あんな戯言気にするなよ。手伝える事があるならまた電話してくれ』

携帯に写る文字を指でなぞり微笑む。
モデルの零菜だと分かっていても今の私を見て声をかけてくる人はまずいないだろう。





何故なら今の私は人間の様に、醜く綺麗な笑顔を浮かべているはずだから――。



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最終更新:2011年06月28日 00:24
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