Rescue me 4話 通りゃんせ 通りゃんせ

543 名前:Rescue me ◆hA93AQ5l82 [sage] 投稿日:2011/05/13(金) 23:15:39.78 ID:cU53GoiO
4話 通りゃんせ 通りゃんせ

ルームシェアをするという話を切り出すと、両親は最初渋い顔をした。
だけど、尊が紹介してくれたアルバイトでお金を稼ぐと言うと了承してくれた。
姉は頑なに反対していたけれど、それは適当に流して、翌日から準備を始めた。
姉からの妨害はあったけど、一週間ぐらいで教科書や着る物などを尊の家に送った。
過去の日記帳は持っていくかどうか悩んだけれど、
どうせ誰も見ないし、嵩張るから家に置いていく事にした。
さてと、パソコンなどの貴重品も纏め終わった事だし、そろそろ出発しよう。
部屋を出て、玄関まで行くのに、姉からの妨害はなかった。流石に諦めたのだろう。
外に出た僕は、しばらく歩いてから振り返り、
「さようなら」
と、遠くなった我が家に告げた。



「佑、よく来たな。それで早速なんだけどさ、このサイト、見てどう思う?」
家に着いて早々、パソコンの前に座らされ、意見を求められた。
これが尊の言っていた同人サイトか。
「たちばなや……。うん、外観はシンプルで、
変に英語を使っていないから分かりやすいよ。……けど……」
「けど……なんだ?」
「この画面の右に描いてある絵はなに?」
「それは俺の好きな漫画のヒロインだ。佑も知ってるだろ」
そう言われて、画面に顔を近付けた。
確かに髪の色や服などは、そのヒロインの特徴と一致している。
けど、ずれて大きさもまちまちの顔のパーツ。
右と左で長さの違う両手足。これじゃあまるで、
「福笑いみたいだなぁ」
尊には絵の才能が無い。はっきりしてしまった。
「尊、こんな絵で同人誌を売り出したら、間違いなく苦情が来るよ」
「そんな、それは俺が五時間も掛けて描いた傑作だぞ」
「……それを言うなら大欠作じゃないかな、尊……」
のっけからの躓き。こんなんじゃ、同人誌でみんなに笑顔を、なんて到底無理だ。
サイトの方も、苦情ばかりで閉鎖してしまうのが目に見えている。
「……じゃあ、佑、お前が描いてみろよ」
散々に言われて怒っているのか、尊が顔を紅くしてそう言った。
夏休み中にデザインの本を読んで実践していたけど、この手の絵は描いた事がない。
でも、そんな事言っても通じなさそうな剣幕だ。
仕方ない、やってみるか。
僕は尊を外に追い出し、目の前に置かれている見本を見ながら筆を走らせた。


544 名前:Rescue me ◆hA93AQ5l82 [sage] 投稿日:2011/05/13(金) 23:16:08.43 ID:cU53GoiO
三時間ほどで絵は完成した。早速尊を呼び、それを見せた。
尊は食い入るように絵を見つめて、一言もしゃべらなかった。
どこか変だっただろうか、色ぐらい付ければよかっただろうか。
難しい顔をする尊を見ながら、そんな事を考えていた。
それにしても、自分の作品を他人に見られるのは、なんとも居心地が悪い。
下手と言われても、上手いと言われても、素直に喜べそうにない。
まぁ、別にどうでもいいのだけれど。
「佑」
さてと、なんて来るやら。
「同人誌の作画を担当してくれないか?」
「えっ?」
「佑の描いた絵、物凄く上手いよ。別に露出とか強調している訳でもないのに、
表情から……全体からエロスを感じるんだ。こんな絵、描ける奴なんて殆どいないよ」
「ちょっ……えぇ……」
なんだかとんでもない事になってきている。
同人誌の制作に携われ。そんなの無理に決まってる。
「ちょっと待ってよ。こっちは漫画なんて殆ど読んだ事もない素人なんだぞ」
「ストーリーの方は俺が考える。佑は作画に集中してくれればいいんだ」
「だけど」
「これでも、純文学もサブカルチャーも一通り読んでいるから、
ネタは湯水の如く湧いてくるんだぜ。だから安心しろ」
なんだかまた勝手に決められてしまっている。
「よっしゃ、これで準備は整った。今は十月でもう間に合わないけど、
来年こそは、イベントに参加するぞ!」
「いや、話を聞けって」
こうして僕は、尊の同人サークルに強制加入させられる事になった。


545 名前:Rescue me ◆hA93AQ5l82 [sage] 投稿日:2011/05/13(金) 23:16:37.65 ID:cU53GoiO
廃墟確定と思われたたちばなやに、
橘椛(たちばなもみじ)というハンドルネームで、僕は降り立つ事になった。
ちなみに尊のハンドルネームは橘文(たちばなあや)である。
尊はヤッホーとか言ってるけど、幾千幾万と同人サイトがある中、
ポッと出の新人が注目されるはずがない。認知度を上げる方法はないかと聞かれて、
インターネットのサイトに絵を上げようと提案したけど、
それに付くと思われる固定ユーザーは、精々二、三人が限度。世の中とはそんな物だ。
とりあえず、絵は全力で描こう。手抜きが出来るほど僕は器用ではない。
さてと、では絵を描こうか。で、なんの絵を描くの、尊。
あぁ、これね、はいはい、ポーズはこっちが決めていいの。
好きなようにやらせてもらうよ。
ところで尊、読書と勉強の時間はちゃんとあるんだよね。


546 名前:Rescue me ◆hA93AQ5l82 [sage] 投稿日:2011/05/13(金) 23:17:03.66 ID:cU53GoiO
人間とは、無理だと思っても、心の底では期待してしまう生き物だ。
僕はそんな事、するだけ無駄だと思ってしなかったけど。だけど、
「佑、やったぞ!ユーザー登録数が二ヶ月で五百を超えたぞ!」
なんでそう無駄に運をすり減らしてくれるかな、本当。
こうなるなら、イラスト投稿サイトとか動画サイトに、
漫画や絵を上げようなんて言わなければよかった。
予想通り、たちばなやのレスには、物凄い数のコメントが来ていた。
それに返事を書くのもなぜか僕の役目になっていた。
字を書くのは尊の担当なんだから、尊がやればいいのに。
『原作準拠のストーリーがとても面白かったです』
「ストーリーを書いているのは文さんです。僕ではありません」
『椛さんの絵、とても上手です。どうか上手くなる方法を教えてくださいm(_ _)m』
「努力です」
『椛さんが絵を描いていて一番好きなのはどんなのですか?』
「細かい模様や背景、それにフリルを描いている時が一番楽しいです」
『もっとおっぱいとかおしりとかを描いてくだちぃ』
「描くと蕁麻疹が出るので無理です」
『絵が下手糞、物語も最低。こんなクソサイト、とっとと畳んじまえよ』
「サイトは畳めるものではありません」
『対応が素っ気なさすぎです』
「味気もありませんよ」
ただ、こんなのはまだ序の口だ。本当に面倒なのは、
「佑、携帯鳴ってるぞ」
「…………」
尊の家に居候してからひっきりなしにかかってくる姉からのメール、電話。
内容は全て、家に帰ってきて、という内容だ。それだけでも疲れるのに、
大学でも授業中に耳元で囁かれるのだからたまったものではない。
最初の内は耐えていたけど、二ヶ月も続くと流石に限界だった。
「佑、また鳴ってるぞ」
「…………」
明日あたりにでも、携帯を買い替えに行こう。僕はそう決心した。


547 名前:Rescue me ◆hA93AQ5l82 [sage] 投稿日:2011/05/13(金) 23:17:27.87 ID:cU53GoiO
大晦日、今年最後の投稿を終えると、僕と尊は都内の神宮に初詣する事にした。
かなり早めに出たつもりだったけど、既に行列が出来ていた。
本殿に着いた頃には、既に元日になり、僕も尊もふらふらだった。
お参りも終わり、やっと家に帰れるかと思ったら、
「この神宮の奥に、パワースポットで有名な井戸があるんだってさ。行ってみようぜ!」
尊が唐突にそんな事を言い出し、有無を言わさず手を引っ張られた。
本殿と同様、井戸の前には行列が出来ていて、更には拝観料も取られた。
パワースポットかなんだか知らないけど、
これでなんのご利益もなかったら時間とお金の無駄だ。
僕は井戸の前で、平穏な一年を願い、その場を去った。
初詣が終わったら漫画を描くつもりだったけど、余力など残っているはずもない。
今日はレスのコメントに返事をして止める事にした。
『新年明けましておめでとうございます。あなたの描く絵を毎日楽しみにしています!』
「ありがとうございます」
『椛さんは、今年のコミケや他のイベントには参加するつもりなんですか?』
「文さんはそのつもりです。僕は選考を突破できるか不安ですけど」
『死ね』
「死にません」
『今年の絵見たけど、バニーってなに?素敵過ぎるぞ、GJ!!!でもおっぱいが……』
「気を落とさないでください」
眠気に耐えながら適当に返事をしていくと、最後に変なコメントがあった。
『椛さん、会いたい。あなたに会いたい。あなたが絵を描いているところを直に見たい。
あなたがどの様な人なのかを見たい、知りたい、感じたい。
あぁ……椛さん、椛さん、椛さん、椛さん……』
最後の方は、椛さん、という文字が呪詛の様に書き連ねられていた。
なんとも返事に窮するコメントだった。
「こいつは気味が悪い。文体からするとたぶん女だと思うが、完全にイカれてるな」
「どうすればいいと思う?返事をすべきかな、これ?」
「こういうのには関わらないのがベストだ。不適切発言という事で、消去すればいい」
「分かった」
僕は尊の言う通り、そのコメントを削除した。
それ以降、変なコメントは来なくなった。


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2011年06月08日 22:27
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。