431 名前:
Rescue me ◆hA93AQ5l82 [sage] 投稿日:2011/05/06(金) 23:04:14.98 ID:6g7+6XPo
3話 後の祭
アルバイトをやろうかと考え始めた僕の周りが最近騒がしい。
尊とはあれからもよく遊んでいるけど、
その尊が、たまに自分の友達を紹介してくるのだ。
困っている人は見過ごせない、と尊が言うだけあって、その人種も様々だった。
尊と同様の風体をしているのもいれば、日陰で育った様な暗いのもいた。
まっさらだったアドレス帳が、あっという間に埋まってしまった。
お陰で、一日に必ず誰かからメールが来て、半ば強引に遊ぶ羽目になり、
読書や勉強の時間がごっそり削られてしまった。
その事で尊に文句を言ったら、
「いい傾向だよ。もっといろんな人と付き合いな」
と、笑顔で返された。なにがいい傾向だ。こっちは迷惑してるんだ。
「夏休みは俺のアパートに遊びに来いよ。場所は……」
って、勝手に夏休み中の予定を決められてる。
頼むからたまには人の意見も尊重してくれよ。
あぁ、もう駄目だ。夏休み中の読書漬け計画も、全てぱぁだ。
尊の手により、夏休みの最初から最後までが遊びで埋められてしまった。
最早、なにも言うまい。どうせ言ったって聞いてくれないし。
漫画を見たりするのも、ゲームをしたりするのも、異文化交流とでも思えばいいや。
そんな事が続いた八月の始め。
「なぁ、佑。お前、バイトする気ある?」
シューティングゲームの協力プレイをやっている最中に、尊に声を掛けられた。
「お金は少し欲しいとは思ってるけど……ボム使うよ」
「だったらさぁ、ちょっと手伝いをして欲しいんだ。
佑は成田利剣(なりたとしあきら)って知ってるだろ?」
「あぁ、前に一緒に漫画を買いに行った人ね。
別にいいけど、なんの仕事。……尊、こっち寄りすぎ。弾に当る」
「同人誌販売の手伝いなんだけど、大丈夫か?」
「同人誌の販売……。……ふーん、随分と渋い事を。
……いいよ、やるよ。……はい、クリア!」
尊の友達に、文学を愛するような人がいたなんて。人は見かけによらないな。
テレビ画面のハイスコアを見ながら、僕はそんな事を思っていた。
432 名前:Rescue me ◆hA93AQ5l82 [sage] 投稿日:2011/05/06(金) 23:05:11.91 ID:6g7+6XPo
「また……また嘘を吐いたな、尊!」
「えっ、なにが!?」
同人誌即売当日、電車を乗り継いで会場に来た僕は、
横にいた尊に怒鳴り声を上げてしまった。
「なにがって、あれのどこが同人誌即売会場だ!」
指差す先に見えるのは、逆三角形の特徴的な建物の前に群がる人、人、人。
日陰から這い出てきた奴みたいなの以外に、非現実的な服装をした女性が目に付く。
彼等の頭上から沸き立っている湯気は、直射日光故か、熱気故か。
紳士淑女の、粛々とした催しとは程遠い光景だった。
「これじゃ、どう見ても奇人変人が自分の欲望をぶちまける場にしか見えないよ」
「いや、それがコミケだし……」
尊の、俺嘘吐かない、という顔がなんとも腹立たしい。
とはいえ、一度了承してしまった以上、約束は果たさなければならない。
サークル関係者として、僕と尊は別の通路から会場入りした。
開始までは、まだ幾分時間があった。
準備か終わり、後は待つだけとなって、ふと、目の前に積まれている本を手に取った。
並べている時から気になっていた、その異常な薄さと、adult onlyの文字。
どう見ても完璧なエロ本、本当になにやってるんだ、この人達は。
「んっ、その本に興味があるんか?
開幕前やけど、特別に定価の五百円のところを四百円で売ったろうか?」
「結構です!」
そう言って、本を元の場所に戻した。
開始時間まで、あと十分。会場前に並んでいた人達の顔を思い浮かべて、
僕は身震いしてしまった。
とにかく凄まじいとしか言いようがなかった。
濁流のようにいろんな人が、必死の形相で押し寄せてくるのが、
まるで地獄の釜から這い出てきた亡者みたいで、本当に怖かった。
その地獄も、十四時ぐらいには収まり、十六時で終了となった。
計八時間、なかなかの重労働だった。
「いやぁ~、あんがとなぁ~。お陰で助かったわぁ~」
成田さんも、満足そうだ。こっちは働く気が失せそうだ。
「成田さん、滅多に出来ない経験、ありがとうございました」
「結構結構。そんじゃ、今回の謝礼六千四百円と、こいつを」
そう言って渡されたのは、謝礼金と、紙袋だった。
なんだか、嫌な予感がした。
「あの、これってもしかして……」
「買い子に買ってきてもらった同人誌やでぇ~。布教用やから、遠慮せんといてな」
「…………」
袋から一冊の本を取り出してみる。
表紙には、服をズタズタに切り裂かれたあられもない姿の少女と、
その目の前でハサミを持って佇む何者かが描かれていた。
「(あれ、これ尊の家で散々読んだ漫画のヒロインじゃないか。
あの漫画って確か、男は一人も出てこなかったはずじゃぁ……。
でも、ハサミ持ってる奴の手、どう見ても男の手じゃ……。
思いっきり設定を無視してるぞ、これ)あぁ、あの……、気持ちは嬉しいんですが、
こういうのは……」
「佑は陵辱物嫌いか?純愛物の方が良かったかいの?」
「だからそういう……」
「まぁいいじゃん、貰っちゃえよ、佑」
「…………」
結局、断りきれずに持ち帰ることになってしまった。
外はまだましだったけれど、電車の中では、周りの視線がとにかく痛かった。
決めた。明日の早朝に、この同人誌を捨てに行こう。
明日は燃えるごみの日だし丁度良いか。
433 名前:Rescue me ◆hA93AQ5l82 [sage] 投稿日:2011/05/06(金) 23:06:03.10 ID:6g7+6XPo
「佑ちゃん、これは一体なんなのかしら」
僕は今、姉の部屋で正座をさせられている。
家に帰ってきて、いつもの様に抱擁を受けていたら、
姉に紙袋の中を見られてしまったのだ。
僕が説明するよりも先に姉に手を引っ張られ、今の状況に到っている。
正直、今の姉の顔を直視したくはない。だって、またあの目をしていたから。
「あの……、
姉さん……」
「答えてくれないかな、佑ちゃん。なんでこんな気持ちの悪い本なんて買ってきたの?
こんなでたらめばかりの性知識が書かれた本なんて読んだら悪影響だって、
佑ちゃんも分かってるはずだよね?分かってるよね?
分かってるんだよね?佑ちゃん、私の言ってる事、分かる?
ねぇ、なんで、なんで、なんで、なんで?」
怖い怖い怖い、顔を近づけながら、ノンストップで言わないでよ。
「そっ……それは今日の友達の手伝いで貰ったんだよ。
いらないって言ったんだけど、断りきれなくて……」
「ふーん……」
「明日は燃えるごみの日から、その日に捨てようと思ってたんだ。
本当だよ。信じてよ、姉さん」
「ふ~ん……」
相変らず姉の顔は近い。
極力目を合わせないようにしていると、気迫が薄らいだ。
「……分かったよ。お姉ちゃん、佑ちゃんの言う事、信じるよ」
「姉さん……」
「でもね……」
そう言った瞬間、姉に押し倒された。
「こんな物を貰っちゃった佑ちゃんには、お仕置きしなきゃ駄目だよね」
そう言って姉は、僕の右足を、
「ねえ……あがぁあああああああ!!!」
あらぬ方向にへし折ったのだ。
「これで、しばらくは外に出れないでしょ」
「うぅ……あぐぅ……」
「足の事だったら大丈夫。私がちゃんと治してあげるから。
なにせ、お姉ちゃんは医者の卵なんだから」
姉の甘ったるい声と共に、紙を裂く音が、激痛で霞む頭の中に入ってきた。
しばらくの間、なにも考えられなかった。
ギブスを付けられる時も、姉の献身的な介護を受けてる時も、
頭の中は常に
真っ白だった。
やっと放心から覚めて、最初に抱いた物は、尊に対する苛立ちだった。
こうなったのも、全部尊のせいだ。
尊が勝手に友達になるとか言って、いろんな所に連れ回すから、
姉の逆鱗に触れてしまったのだ。
なにが、困っている人がいたら助ける、だ。
僕は尊のせいでこんな酷い目に遭っているのだぞ。
もう、尊と遊ぶのは止める。
これから先、話しかけてきても、メールや電話が来ても全部無視してやる。
そもそも僕は、勉強をするために大学に来ているのだ。
遊ぶために来ているのではない。
もうそろそろ元に戻る時だ。そう思い、僕は覚束ない足を松葉杖で支えながら、
一冊の本を取り出した。それはデザインや造形に関する本だ。
アシモを越えるロボットを作りたい。これは大学に入ってから出来た僕の夢だ。
そのためにデザインや造形を勉強してもなんらおかしな事じゃない。
一通り読み終えたら実践もしてみよう。早速本のページを捲った。
434 名前:Rescue me ◆hA93AQ5l82 [sage] 投稿日:2011/05/06(金) 23:08:52.25 ID:6g7+6XPo
久々にくぐる赤門は、秋の澄み切った空気のためか、どこか輝いて見えた。
でも、その輝かしい光景の反面、僕の心は沈みきっていた。
右足のギブスは既に外れていて、松葉杖もいらないぐらいに回復はしたけど、
隣にいる姉が必要以上にくっ付いてくるので、
骨折時の事が否応なくフラッシュバックしてしまう。早く姉と離れたい。
幸いにも、今日姉と一緒に授業をするのは二時限目だけ。
それさえ終わってしまえば、今日の僕の授業は終了。
五時限目まで授業がある姉と離れる事が出来る。
残りの時間を読書に使える。よし、そうしよう。
そう思って歩いていると、
「佑、それに累さん、お久し振りです!」
元凶が笑いながら近付いてきた。
「佑、足の骨折は大丈夫なのか?」
「…………」
「あぁ、大丈夫な訳ないか。すまん、嫌な事と聞いて」
「…………」
頼むからどっかに行ってくれよ、僕はお前なんかと話したくない。
「ごめんなさい、尊君。私達、授業があるから」
まだなにか言いたそうな尊の口を塞いだのは姉だった。
「そう……ですか。分かりました」
そう言って、尊は学生食堂の方に行ってしまった。
435 名前:Rescue me ◆hA93AQ5l82 [sage] 投稿日:2011/05/06(金) 23:09:24.52 ID:6g7+6XPo
分かっていた事だけど、どうやら僕は、とんでもない奴に目を付けられたらしい。
授業が終わって図書館の地下に行ったら、そこに尊がいたからだ。
「やっぱり、ここに来ると思ったよ」
「…………」
笑っている尊を尻目に、僕は椅子に腰を下ろした。
「さっき言い損ねたから聞いてほしいんだけどさ、実は俺、同人活動を始めたんだ。
前の手伝いで、来てたみんなが物凄く楽しそうにしているのを見て、
これだ、って思ってさ、最近サイトを立ち上げたんだ」
「…………っ」
「でもさ、まだ立ち上げたばかりで人気もそんなにないんだ。
だからお前からも意見を聞きたいと思って、……どうしたんだ、佑?さっきから黙って?」
かすかにだけど手が震えた。身体中の血も冷えて寒気がした。
もう我慢できない。二度と話さないと決めたけど、黙っていたら尊は図に乗るばかりだ。
僕は両手を机に叩き付けた。
「いい加減にしてくれよ!もう放っておいてくれよ!」
「どっ……どうしたんだ、佑!?」
「どうした、じゃない!尊のせいで、どれだけ酷い目にあったと思ってるんだ!」
そう言って、僕は口を滑らしてしまった事に気付いた。
尊の事だ。必ず追求してくるに決まっている。
「俺のせいって、一体どういう事だ?」
思った通り、尊が疑問の声を上げた。そんな事、しゃべれるはずがない。
僕は口を噤んで、目を逸らした。すると、
「佑、ここには今、俺とお前しかいない。
独り言を呟くぐらいなら、問題ないんじゃないのか?」
変に穏やかな声で、尊がそう言った。
遠回しに俺にしゃべってくれ、という訳か。
ふざけるな、そんな簡単にしゃべれたら、苦労などするものか。
仮にしゃべったところで、信じてくれるはずがない。
両親だって信じてくれなかったんだ。赤の他人にしゃべってなんになる。
もう帰ろう。そう思って鞄に伸ばした手を、尊に掴まれた。
「佑、俺にやれる事だったら力を貸す。だから、話してくれないか?」
「…………」
なんで、なんでこんなに食いついて来るんだ。
僕みたいなの、無視してしまえばいいのに。
「なんで……」
一度吐いた言の葉はもう止まらなかった。
「なんでそんなに構うんだよ。他にも友達がいるんだろ。
だったらこんなくらい奴は無視して、そっちにいけば……」
「全く、分かってないなぁ~、佑は」
「…………」
「お前だって、俺の大切な友達だ。
その友達が困っているのならそれを助ける。当たり前の事じゃないか」
尊の手を握る力が弱くなった。僕は、それを振り払う事が出来なかった。
信じて、いいのだろうか。
気付いたら、僕は骨折の理由を尊に話していた。
436 名前:Rescue me ◆hA93AQ5l82 [sage] 投稿日:2011/05/06(金) 23:10:33.50 ID:6g7+6XPo
話し終えて尊を見ると、呆気に取られた表情をしていた。
「そんな酷い事をされたのか」
「信じてくれるの。実の姉に足をへし折られたなんて話を?」
「疑う訳ないだろ。……でも、なんで同人誌だけでそこまで……」
僕にもそれが分からなかった。というか、今の姉そのものが分からない。
だから、いつ地雷を踏むのか分からなくて怖いのだ。
「なぁ、佑。俺の家に来ないか?しばらくは累さんと距離を置いた方がいいと思うんだ」
突拍子もない事を、尊が言い出した。
「……いいのか」
「別に問題はないよ。家賃や生活費だって、二人で折半すればいいし、
累さんも、キャンパス内だったらそんな派手な事は出来ないだろうから」
「アルバイトするのは、確定事項なのか?」
「あたりき」
なんだか、尊の術中に嵌っているように思えてならないけど、
ルームシェアの話は、姉から離れるにはちょうどいい口実だった。
「……分かった。尊の話、乗るよ」
家に帰ったら両親にこの事を話そう。
これが僕の変われる道と信じて。
最終更新:2011年05月23日 02:09