復元 前編

638 名前:復元 前編[sage] 投稿日:2011/07/11(月) 01:05:51.02 ID:LsMqNLxL
僕は母の夢を見る。今はもう居ない母の姿が浮かぶ。

それはたのしそうで美しい母の姿。

やさしくて物知りでひまわりのような笑顔の母。

僕達を叱る時も手を上げず、罵倒したりしない。

そんな理想のような女性が目の前で鳥と戯れる。

空から光が降り注ぐ吹き抜けの洞窟。

幻想的な光景が毎夜僕を苦しめる。


639 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2011/07/11(月) 01:06:38.69 ID:LsMqNLxL
「・・・その夢を最初に見た時から症状が出たのかね?
それまでは鳥は大丈夫だった?」

かなり年がいったおじいさんが僕に質問してきた。
優しい声と雰囲気が印象的な彼はベテランの精神科医だ。
姉の話では彼は精神医学の権威で腕利きの名医だそうだ。

「はい、それまでは全然怖いとか思わなかったんですが・・・
夢を見るたび圧迫感や恐怖感が強くなってます・・・」

「・・・ふ~ん、これはPTSD(トラウマ)だね・・・」

東京の大学に進学してから1年が経った今、僕はある悩みを抱えていた。
それはカラスやすずめなどの鳥と目が合ったり、羽音や泣き声を聞くと強いストレスを感じることだった。
今まではそんなことは無かったが1月ほど前から母の夢を見てから急にそうなったのだ。

夢の内容自体は怖くないのだが、何故か夢を見終わった後に僕は毎晩汗だくになって飛び起きる。
僕はそんなストレスに耐えれなくなりカウンセリングを受けることにした。


「トラウマ・・・ですか?」

「そうだよ、君は小さいころ亡くなったお母さんの夢を見ているね。
それが引き金となってトラウマが出てきたのだとしたら
過去に鳥やそれにまつわる何かに怖い思い出があると思うんだよ・・・」

「う~ん・・・どうなんでしょうか・・・
別に思い当たるようなことは無いんですけど・・・」

「本当にそうかね?」

本当はうまく思い出せなかっただけで何かありそうな気もする。
自分自身の記憶があいまいで正直全く思い出せない。


640 名前:復元 前編[sage] 投稿日:2011/07/11(月) 01:07:25.12 ID:LsMqNLxL
「・・・そういわれると自信がありません・・・」

「ふふふ・・・自分では忘れてしまったような幼いころの記憶でも
時間が経ってから急に思い返すこともある。
それが原因で特定のものが急に嫌になったり、怖くなったりすることもあるんだよ。」

「忘れたのにトラウマが残るんですか?」

「そういうケースの方もいるんだよ。自分では意識してないだけで
脳には昔の記憶は残り続けているからね。」

先生の言うとおりなら昔の僕に何があったんだろうか・・・

「原因を思い出せば治るんですか?」

「それは保障するよ、原因が分かれば治療できる。安心しなさい。」

希望を差し伸べてくれる先生の言葉に僕は安著した。
僕は以前の生活を取り戻したい。
過去に原因があるのならそれを見つけたい。

「君はこれから処置室でちょっとした処置を受けてもらうよ。
なぁに心配することは無い。
君が記憶のことで悩まされないように手を貸してあげるだけだよ・・・」

「お願いします先生。」

そう言って僕は医者に身を任せた。


************************


275 : 復元 前編 2011/07/11(月) 01:26:18 ID:3bbCuzc6
「明人さん、今日はどうでしたか?」

「いつもと・・・いつもより酷かったかもしれない・・・」

僕は姉と一緒に迎えの送迎車に乗り込む。
僕と姉は同じ大学に通っている、姉は2年先輩だが僕のようにトラウマが現れたことは無い。
僕だけなんだろうか・・・僕の何がいけないんだろう・・・

「無理しないでください?辛ければ私がついていてあげますから・・・」

「・・・いや、大丈夫だよ、そこまで辛いわけじゃないから。
心配要らないよ。」

僕の顔を心配そうに覗き込む隣の黒髪の女性が姉の蘭子だ。
セミロングのストレートヘアに白い肌、透き通るような唇と澄んだ目と
いかにも清楚なお嬢様といった姉は身内から見ても美人である。

「そう、でも早く元気になるといいですね。
明人さんが辛いと私も辛いですわ。」

姉は僕を安氏させるように笑顔を見せた。
姉は母に似たのだろうか、姉の笑顔は人を惹きつける魅力がある。
純真のような心からうれしい、満たされたような喜びの感情が表に出ているのだ。
母の面影を重ねているのか、僕は姉の笑顔が昔から好きだった。

「僕の過去になにかトラウマになるようなことってあったのかな?」

「・・・さぁ・・・ちいさな明人さんはいつも腕白で楽しそうでしたから
そんなに恐ろしいことがあったような覚えはありませんけど・・・」

「そうなんだ・・・僕ってそんなんだったっけ?
小さいころの記憶って自分じゃはっきり覚えてなくて。」

僕はそう言った後窓を眺めた。
なにが原因なのか全然わからない。
漠然とただ思い出したいという想いだけが僕の頭を満たしている。


276 : 復元 前編 2011/07/11(月) 01:26:51 ID:3bbCuzc6
山奥に集落が見え、その中に大きな屋敷が見える。
あれは僕らの実家である松浦家の屋敷だ。
大正時代に立てられた家屋で歴史的価値もあるらしい。

 松浦家は日本の経済界を牛耳る財閥の総本家である。
うちのグループは車・機械工・食品それに病院経営と日常のありとあらゆるもののトップシェアを占めている。
この国の経済は松浦財閥なくして成り立たない。
また政界にも深いつながりがあり、保守派の有力政党を裏で牛耳っている。
あの屋敷で何度も祖父や父と面談する政治家を見たことがある。

そんな支配者たらんとする松浦家のあり方が僕は嫌だった。
父は野心家で会社や自分の利益が好きな人物だ。
目的のために政治家に国の環境を変えさせて
それに乗じて金儲けをするのが彼のお気に入りなんだ。
僕は父のような冷血漢になってしまうのが怖かった。

今日も父は屋敷で仕事をしているんだろうか。
僕は昔から父が嫌いだったのか・・・?



しばらくすると車が屋敷に到着し、僕は下りて背伸びした。
トランクから運転手が荷物を取り出すとそれを受け取って姉と玄関に歩いく。

姉さんは昔のことって覚えてるの?」

「ええ、明人さんよりよく存じてますわ。ふふ。」

そう言って姉さんは屋敷の庭を眺めた。
昔僕は庭で遊んでいたんだろうか・・・
腕白な子供だったからなにか思い出があるんだろう。

庭は良く手入れされており、四季に合わせて樹木が園芸師によってカットされている。
季節毎に模様替えする様は見ているものを全くあきさせない。
そんな中庭はこの屋敷の自慢だった。

この屋敷には相当古い蔵が8つあり屋敷と蔵は中庭を囲むように建設されているため庭は運動場ほどの広さになっている。

「うーん・・・」


277 : 復元 前編 2011/07/11(月) 01:27:29 ID:3bbCuzc6
なにか思い出せそうな気がしたがそれは浮かんでは消える泡のようなものだった。

「明人さん?気分が悪いのですか?」

また姉が心配そうに僕を覗き込む。
何かおかしい・・・さっきから緊張感が高まるのを感じる。

「・・・大丈夫、大丈夫だから・・・」

庭を見渡すと蔵に業者が大きな木箱を運んでいるのが見えた。
今は亡き祖父の話では彼らは昔から松浦家とつながりのあるアンティーク業者で
毎日一番奥、8番目の蔵に荷物を運んでくる。
なんでも祖父が子供のころにはすでに取引があったんだとか。
それ以前からの親密な取引先のようだった。

「明人さん?顔色が悪いですよ? 屋敷で休んでください・・・」

「・・・うぅ・・・」

業者が8番目の蔵に入ろうとしたのが見えた。

と、その瞬間激しい耳鳴りと頭痛が僕を襲ってきた!
耳鳴りはどんどん激しさを増し時間が経つごとに頭に深く響いてくる!
脂汗が大量に出ているのを感じ、気絶しそうになるほどの頭痛と
強い圧迫感に僕は五感を奪われ思わずうずくまった。

なんだっていうんだ・・・!僕はどうしてしまったんだ!

キーーーーーーーー・・・・・


278 : 名無しさん@chs 2011/07/11(月) 01:28:08 ID:3bbCuzc6
耳鳴りは収まり始め、頭痛も和らいできた。
僕はゆっくりと顔を上げた。

 辺りは驚くほど静かだ。風の音も虫の声も聞こえない。
そこには姉も使用人も業者も存在していない。
僕だけが一人存在していた。

「あれ・・・?姉さん?」

まるで時間が止まったかのような感覚、
これはいったいなんだ?

「ワンワン!」

「コロまってよー!ボール遊びしようよー!」

いきなり僕の目の前に少年と犬が走って現れた。
誰だろう?親戚にそんな子はいないし、犬は今飼ってない。
よそから入ってきたのか?

「コロ!いくぞー!とってこい!」

少年はテニスボールを投げ、コロと呼ばれた犬はそのボールを一目散に追いかける。
少年の声と姿はなぜか見たことがある気がする。
どこかすごく懐かしい気持ちになる少年だった。

僕は不思議に思って少年に質問することにした。

(君はどこからきたの?)

なぜか自分で思ったことが声に出せない。
体は動くのに、声だけは出ない。
それに少年は僕の存在に気が付いていないようだ。


279 : 復元 前編 2011/07/11(月) 01:28:44 ID:3bbCuzc6
犬が少年にボールを拾ってきた。
ボールは涎でびしょびしょだったが「あきひと」という名前が書いてあるのが見えた。

あの少年は僕だ・・・
思い出した、この中庭で昔飼ってた犬とボールで遊んだことがあった。
どおりで懐かしい感じがするはずだ。

じゃあ、今見ているのは僕の記憶なのか。

「よくやったぞ!えらいえらい!もう一回!とってこい!」

小さい僕は蔵のほうにボールを投げる。
すると8番目の蔵の入り口近くにボールは落ちたが
コロはそれを取るのをためらう様に取りにいこうとしなかった。

「どうした?コロ?取りに行かないの?」

コロはおびえたような様子で小さい僕を見つめている。

「しょうがないな、コロはビビリだな」

小さい僕は駆け足で蔵へ向かう。
そこはちょうど今さっきのように業者が大きな木箱を運び込む最中だった。

「・・・あ、すいません。」

小さい僕は謝りながら転がったボールをとった。
業者達は小さい僕のほうに顔を向けた、ちいさい僕は彼らの顔を見返したまま
動かなかった。


280 : 復元 前編 2011/07/11(月) 01:29:21 ID:3bbCuzc6
僕はあのとき不思議でならなかった。
業者達は僕をみても声も出さずににらみつけるだけだったからだ。
まるで邪魔者を追い払うような顔つきだった。

「明人ー!そっちで遊んじゃだめだってー!怒られるよー!」

「・・・うん!今戻るよー!」

屋敷の入り口で小さい女の子が叫んでいる。
小さい僕は女の子の元に駆け出した。

「もー!コロとばかり遊んで!私とおままごとするって言ったじゃない!」

「えー!おままごとこのまえやったばっかじゃん!」

あれは姉だった。姉は家の中で遊ぶほうが好きだったんだ。

「・・・いいじゃない。わたしじゃんけんで勝ったじゃない。
 約束したじゃない。」

姉は泣きそうになっていた。

「わたしだってお母さんやりたい・・・」

また耳鳴りが始まった!頭痛が激しくなり目の前が真っ白になっていく!

キーーーーーーーーー・・・・・・


281 : 名無しさん@chs 2011/07/11(月) 01:29:49 ID:3bbCuzc6
「・・・ひとさん・・・明人さん?」

「・・・あ、ぁあ・・・姉さん。」

気が付くと記憶を思い出す前のうずくまった状態で僕は固まっていた。

「今日はどうなさったんですか!?本当にお体に異常はないのですか?」

「・・・あぁ、ちょっと気分が悪くてね・・・
もう本当に大丈夫だから・・・」

「もしかして、昔のことを思い出したのですか?」

「・・・・」

昔の記憶をこんな鮮明に思い出せるとは思いもしなかった。

人は極度の興奮状態に陥ると時間がスローになったり幻覚を見たりするそうだが
僕もそうなっていたんだろうか・・・
確かに直前の高い緊張や狂ったような耳鳴りは極限の状態と言ってもおかしくないが・・・


「明人さん今日は休んだほうがよさそうですね?ご飯食べれますか?」

「・・・心配要らないよ、もう楽になったから。姉さん、行こう。」

姉はすこし安心した様子だったがすぐに心配そうな顔をして僕を伺っている。
姉には迷惑かもしれないがこれから何度かこういうことが起こるかもしれない。

でももう引き返せない。これ以上トラウマに悩むのは絶対に嫌だ。


282 : 復元 前編 2011/07/11(月) 01:30:38 ID:3bbCuzc6
夕方、僕と姉は食堂で夕食を食べ終えていた。
毎日夕飯は僕と姉だけで食べる。
昔は父も僕達姉弟と一緒に食事を取ることもあった。
だが母がいなくなってから徐々に回数が減っていき、
姉が高校に進学した日を境に一度も食事に顔を出さなくなった。
毎日家には帰ってくるが僕とは全く話さない。
僕に興味がないのだろう。


父は仕事を口実に育児放棄しているように見えて腹が立つ。
思えば僕ら姉弟と父がすごした時間はどれほどあっただろうか。
父のようになりたくないし関わりたいとも思わないが
この家を継ぐとなると父の存在は無視できない。
そのことも僕はたまらなく嫌だった。


食後に姉のお気に入りの紅茶が2つ運ばれてきた。
昔から姉はお茶が好きで夕食後は決まって紅茶が運ばれてくる。
部屋に紅茶の良い香りが漂う、茶葉は姉の好きなダージリンだという。

僕は角砂糖を紅茶に入れ混ぜながら姉に言った。

「姉さんはままごとが好きだったよね?」

「・・・ふふ、昔の話ですね?今でも嫌いではありませんよ?」

姉は微笑んで言った。
僕も自然と笑みを浮かべて答える。

「そんな年じゃないよ。僕らは子供じゃないんだから。」

「たまにはいいかも知れませんよ?」

そう言って姉はカップに入れていたスプーンを皿の上に置いた。

まただ・・・異様な緊張を感じてきた・・・
なにかあるのだろうか?

「姉さん、僕らこの部屋で昔あそんだ事とかあるの?」

「・・・・さぁ・・・・」

姉は紅茶を飲み始めた。よっぽど好きなんだろうか、幸せそうな顔をしている。

辺りを見回すと部屋の支柱の低い位置に付いた傷が目に入った。
だいぶ古い傷のようで何かが刺さったような跡やひっかいたような傷が複数あった。

「・・・この傷は昔つけられたものなのかな?」

「・・・・」

姉は答えずに紅茶のカップを「かちゃん」と音を立てて置いた。

そしてその瞬間、再び激しい頭痛と耳鳴りが襲ってきた!

キーーーーーーーーーーーーーーーー・・・・


283 : 復元 前編 2011/07/11(月) 01:31:10 ID:3bbCuzc6
苦しい!息も満足にできない!
僕は耳を押さえて机に突っ伏した。
目を強く閉じて耳も頭も抑えつける。

(今度は何なんだ!?)





しばらくするとだんだん視界がはっきりしてきた。
目の前にはもう姉の姿は無かった。今まで飲んでいた紅茶までも消えていた。

「・・・ってきた・・オンを見て王・ま・・・ました・・・
あまりに・・・るオリ・ンを止・・る者はこの・・・ないと・・・」

気が付けば誰かが部屋の隅で本を読んでいるようだ
見ると絵本を読む穏やかな雰囲気の女性とその周りに子供が3人居た・・・

(母さんだ・・・あの頃よく読んでくれたお話だったっけ・・・)

子供たちのうち一人は僕、もう一人は姉、最後の一人は小さな姉弟と同じぐらいの年の少女だった。

また記憶が蘇ったんだな・・・

「王様はオリオンを恐れて逃げ出し、王国には2度と戻りませんでした。」

「・・・それから・・・?」

小さな僕は母を不思議そうに見つめ、続きを催促している。
だが母は窓の外を、視線を蔵のほうに向けて黙っていた。

蔵にはあの業者が大きな木箱をまた運び入れていた。

「・・・ごめんね、今はここまでよ。
お母さんちょっと用事があるからみんなで遊んでてね。
すぐ戻るから、いい子にしててね?」

「「「はーい!」」」

母はそう言って廊下に出て行った。

「じゃあおままごとして遊びましょ!」

気の強そうな女の子が言った。
そうだ、この子は理恵ちゃんっていう子だったな。
近所の子で僕達姉弟と幼稚園で一緒だったから良く遊んだんだ。
行動力があってケンカも強いんだよな・・・

今どうしてるんだろう?


「「「じゃーんけーんぽん!」」」


284 : 名無しさん@chs 2011/07/11(月) 01:31:27 ID:3bbCuzc6
「ふふ、勝った、やったぁ」

じゃんけんでは姉が勝ったみたいだ。

「えぇ~!?」

理恵ちゃんは不満そうな顔だ。

「じゃあわたしがお母さんやるね、あきひとはパパ!」

「じゃあ僕機関車の運転手でいい?」

姉と僕は楽しそうに会話している・・・

「だめよ!!らんちゃんとあきひとくんは姉弟じゃない!!
らんちゃんはお母さんになれないわよ!
だからあたしがお母さんやるわよ!!」

突然理恵ちゃんはそう言って姉に文句をつけた。

「・・・え・・・私、じゃんけんかったよね?・・・
わたしおかあさんやりたいの・・・」

急に荒げられた声に姉は泣きそうになっていた。

「・・・っそれに・・・みかちゃんはいつもお母さんしてるじゃない・・・」

「りえはいいの!でもらんちゃんはすぐ泣いちゃうしのろまだから
おかあさんなんて似合わないわよ。」

「うぅ・・・グス・・・ぅうぁあぁ・・・グス」

とうとう姉は泣き出してしまった。

子供の頃は思わなかったが理恵ちゃんはなんてわがままな子なんだろう。
大人が見ていないところではこんな風に仕切っていたんだろう。

「やめろよ!ねえちゃん勝ったんだからいいだろ!」

さすがに僕がとめに入った。
これで聞く相手じゃないんだよな・・・

「なによ、らんちゃんとあんたは結婚できないんだから当たり前でしょ!」

「わがままだなぁ!じゃんけんできまっただろ!」

「じゃああんたらんちゃんと結婚するの!?」

「するわけないだろ!」

「じゃあいいじゃない!らんちゃんにお母さんの資格はないのよ!!」

「ルールまもれ!」

とうとう二人は取っ組み合いを始めだした。
子犬のようにごろごろ転がり壁に激しくぶつかりながらも揉みあっている。

と、そこに姉が泣きながら近づいていく
ケンカを止めに入るんだろうか

しかし、手にはおもちゃのフォークが握り締められており
表情も悲しいさや困惑した様子ではなく
歪んだ、今まで見たことが無いような姉の憎悪に満ちた怒りの表情だった。

まさか・・・

「・・・この・・!」

勢い良く姉はフォークをもみ合っている僕らに突き刺した!

「きゃああああッッ!」

フォークは理恵ちゃんの肩に突き刺さった。
姉はさらに手を振り上げ、もう一撃加えようとしている。

「危ない!」

小さい僕は今まさに振り下ろされようとしていた姉の手を振り払い
りえちゃんをかばった。

軌道がそれたフォークはガッっと言う音とともに柱に傷をつけた。
この傷は今さっき見たものだ・・・このときつけられた傷だったのか・・・

「何をしてるのあなたたち!!やめなさい!!」

騒がしい音を聞きつけて母と使用人たちが駆けつけてきた。

「ケンカはやめなさい!!明人も女の子に乱暴しないの!」


285 : 復元 前編 2011/07/11(月) 01:31:55 ID:3bbCuzc6

「だってこいつが・・・」

「りえは悪くないもん」

母はいい加減にしなさいと僕らを嗜めていた。
だが姉は依然として恐ろしい表情のまま・・・

キーーーーーーーーーーーー・・・・・・・・・





「ぅぅ・・・・」

「明人さん?明人さん?」

ゆっくり目を開けると僕に声を掛けて心配そうに見つめる姉がいた。
庭で思い出したときと同じように僕は迷惑を掛けたようだな。

「ぁ・・・ぁあ、ごめんやっぱり今日は体調が悪いみたいだ。」

「今日の明人さんおかしいですよ?本当にどうかしたんじゃないかって
ご病気にかかってるならすぐに・・・」

「いや、いいよ。休めば落ち着くから・・・」

姉は不安そうな顔を僕に向け続けている。
それを見るとなんでもないといい続けるのもなんとなく悪いような気がしてくる。
今日はもう休もう・・・

それにしても今のことはなんで思い出したんだろう・・・
確かにケンカして姉が突き立てるフォークは恐ろしかったが
そこまでトラウマになるようなものじゃない。

鳥はおろか動物も出てこないし、トラウマの元凶とは全く関係無いと思う。

「あ、そうだ。姉さん一ついいかな?」

僕は自室に行く前に姉に聞きたいことがあった。

「・・・なんですか?」

「理恵ちゃんって覚えてる?」

「・・・さぁ・・・覚えてませんわ・・・
どうしてそんなことを聞くの?」

今思えば姉は理恵ちゃんにいじめられていたのかもしれない。
おとなしい姉に理恵ちゃんのあの性格や態度からすると
クラスでも言いなりだったんじゃないか
だとしたら姉にとっては思い出したくない人物である可能性もある・・・

「いや、そんな子もいたかな~って・・・勘違いだったかな。」

「・・・・」

「じゃあ、先に休むよ。おやすみ。」

「おやすみなさい。明人さん・・・」

僕はそう言って休むことにした。


286 : 復元 前編 2011/07/11(月) 01:32:12 ID:3bbCuzc6
眠れない・・・眠るのが怖い・・・
今日もまた、あの夢を見るのだろうか・・・
あの母の夢、僕を苦しめるあの夢は一体なんだというんだ・・・?
僕は何を思い出そうとしているんだ?

自室で横になっていた僕は不安と緊張から眠ることができなかった。
時間はもう12時を回っており、もう寝ないと明日は起きられない。
だが、このままではどうしようもない。
僕は気分を落ち着けるために窓を開けて外の空気を吸うことにした。

「・・・なんだろう?」

窓を開けると僕の部屋の向かいには今は亡き祖父の書斎があるのだが
こんな夜更けに明かりと人影が写っているのだった。

「姉さんだろうか・・・」

人と話せば気がまぎれるかもしれない、僕はそう思って書斎に向かうことした。


「姉さん?」

書斎に着いた僕は扉を開けて声を掛けた。
しかし返事は無く書斎の中には誰も居なかった。

「あれ?おかしいな・・・」

確かに誰かいたはずなんだが誰も居ない。
警備員が家の周りを警護しているので盗人の可能性はありえない。

「気のせいだったかな?」

僕はため息をついて書斎を眺めた。

読書好きだった祖父がこしらえた図書室とも言えるような大きな部屋と、
その中央に読書用のテーブルと椅子、そしてスタンドが用意された快適な読書空間。
祖父の自慢のプライベートルームが書斎である。
ここには古今東西さまざまな本が揃えられていて僕と姉は何か本が読みたくなれば
祖父の書斎を物色するのが常だった。
小説だけでなく専門書や雑学本など調べ者にも困らない
自由研究や読書感想なんかの宿題もたいてい書斎で済ませていた。


「・・・・」

先ほどから変な緊張感を感じる・・・
僕はこの部屋の何かが原因で異様な雰囲気を感じ取っていた。

「・・・この部屋で一体何が・・・」

僕は吸い寄せられるように一つの本棚に近づいていく。
これは日本の風土や風習といったジャンルの本が置かれている棚だ。

この本のどれかが原因か・・・?

本棚の本を物色し始めると同時に例の耳鳴りと頭痛がだんだん現れ始めた。
それは僕が答えに近づいているということに違いない。

そして、耳鳴りはある本の前に来たとき一番強くなった。

「日本の神社、精霊信仰」

日本神話や各地の伝説などの概要が詳しく書かれた本だったと思う。

「あぁ・・・!!もう耐えられない・・・痛みが・・・!!」

激しい激痛に僕は再び視界が奪われた。



キーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー・・・・・・・


287 : 復元 前編 2011/07/11(月) 01:32:42 ID:3bbCuzc6
痛みが引き始めて意識が徐々にはっきりしてきた。
するとどうだろうか、深夜のはずだったが今度は真昼のように明るかった。
窓からは夏特有の鋭い日差しが差し込んでおり
外からはセミの鳴き声も聞こえていた。

「この辺の歴史が載ってる本はこれで全部みたいだぜ。」

「松浦の言ったとおりだね~、これで夏の課題はばっちりね!」

書斎のテーブルに積み上げられた歴史書と二つのかばんにレポート用紙。
机に隣同士で座る2人の男女、彼らは学生だった。

あぁ、あれは僕が通ってた高校の制服、これは僕の高校の夏なんだ・・・

「吉崎がさっさと課題終わらせたいって言い出したときは明日事故って死ぬのかと思った。」

「ひどっ!なによそれ!あたしが勉強してないみたいな言い方。」

「なにをいう、お前の日課は朝の課題の答案乞食ではないか。」

女の子はムスッとして膨れて見せた。
短髪の黒髪に日焼けした肌、それに真っ白なYシャツが眩しい。
丸くて大きい目とあどけなさが残る少女は健康的な愛らしさを弾けるように振りまいている。

吉崎・・・吉崎美代さん、あの時クラスで仲が良かったんだ。
吉崎さんは明るくて誰にでも気さくに接する人気者で
彼女は自信と力強さに満ち、そこ居るだけで雰囲気が明るくなる存在だった。

「フフン、それは昨日までのあたしね。それはもう過ぎ去ったわ。
 一気に終わらせたら楽ジャン?あとに取っとくと超ダルいし。」

「それもそうだよな。でも終業式の直後ってなんか急すぎじゃね?」

「思い立ったが・・・えぇっとなんだっけ?とにかくモチベーション下がらない内にやればできるってこと!
さぁやるわよ松浦!」

「へいへい。」

彼女の人を引っ張るパワーは計り知れない。
おつむは弱かったかもしれないが彼女の行動力と自信に僕は魅力を感じていた。
小柄な体のどこにそんな力があるのだろうか
彼女はどうしてそんなにも自信に満ちているのか
その澄み切った目に世界はどう映っているのか

彼女のすべてが知りたかった。
彼女の見ている世界を彼女の世界の感覚を
僕は知りたくて欲していた。

今思えば恋だったのだろうか・・・


「・・・ねぇ知ってる?サッカーの日本代表のユニフォームに
ついてるカラスって3本足なんだよ。」

「ヤタガラスだろ、守り神でどっかに祀られてるんだっけ?
この前テレビでやってた話だろ?」

10分も経たないうちに雑談が始まった。
なんて辛抱の無いやつだ。

「そうそう、日本神話にもでてくるやつらしいんだけどね
カラスって昔から神聖視された生き物なんだって。
実際頭いいしね。
あ、『お前よりもな』って言うの禁止ね。」

「原始人並の知能があるっていわれてるんだっけ。
あいつらが数学の問題といても明日事故るか心配にはならないな。」

「うまいことかわしよって・・・」


288 : 復元 前編 2011/07/11(月) 01:33:10 ID:3bbCuzc6
吉崎さんは再びムスっとした表情になった。

「で、どうして急にカラスの話なんか・・・」

「松浦んちの家紋もカラスだったなぁ~と思って。
屋敷の欄間もカラスの絵柄だったし。
裏の神社もカラスが祭ってあるじゃない。
あれあんたん家のなんでしょ?」

カラス・・・僕の悩みはカラスだ・・・
この記憶が関係しているんだろうか・・・

「確かに家紋も欄間もカラスの絵だけど
ヤタガラスとは関係無いんじゃないか?
どれも2本足だし、神社に祭ってあるカラスの絵も足が2本だぞ。」

「ヤタガラスじゃなくても別のが居るんじゃない?ほら・・・」

吉崎さんは『日本の風土と精霊信仰』という本から
この地域の伝説のページを開いて見せた。

『この地方の神社にはカラスの姿をした天狗が住んでおり
伝説中で幾度と無く災害から人々を守ってきた。
干ばつ・飢饉・疫病に加え戦を免れたり悪政を行う大名を成敗した言い伝えもある。』

「カラスはこの土地の守り神なんだな。
うちの家紋もあの神社からとられた縁起ものだったのか。」

「でもあたしちょっと怖いのよね、絵巻も載ってるけどコレ・・・」

挿絵の絵巻には神社の神官が祈祷をする儀式が描かれていた。
祈祷する神官の後ろに多くの男達、そしてその前には祭壇が置かれていた。

「この絵がどうかした?」

「いや、ほら祭壇の上になんかあるでしょ?元絵がぼろぼろでそこだけ良く見えないけど。
これ生贄じゃない?」

「怖いこというなぁ、俺は生贄があの神社に行くところ全然見たことねーけど」

「ほんとにぃ?小学校の頃あんたの家に運ばれてくるでかい木箱の中に
生贄の人間が詰まってるって噂流れてたけど?」


289 : 復元 前編 2011/07/11(月) 01:33:33 ID:3bbCuzc6
「んなわけねーだろ。そんな馬鹿な話信じてどうすんだ・・・」

「ほんとのほんと?」

「ほんとのほんと。」

「うそじゃない?」

「うそじゃない。」

「あたしの目をみて答えてよ。」

「俺の目を見ろよ。」

静かな書斎で2人は向き合って見つめ合っていた。
あの時少女の香りと宇宙のように広がる永遠を感じた。

僕は彼女から目が離せなかった。この気持ちが逃げてしまいそうだったから。
少しずつゆっくりと彼女と距離を縮めていった。
彼女も目を離さなかった。

顔が近くなってお互いに目を閉じた。
僕達は淡い感覚に包まれた。このまま彼女に触れるその時まで・・・

『ガチャ!!・・タッタッタッ・・・』

入り口のほうから花瓶が割れる音が響いた。
向かい合った僕らは我に帰ったように、何事も無かったように机に向き直った。

「・・・誰かにみられちゃった?」

「・・・かもね・・・家にきてるのにごめんね・・・」

「え!?ああああたしは別に・・・さっきのことなんか気にしてないし!」

吉崎さんと僕は顔を真っ赤にしながらそう会話した・・・・


キーーーーーーーーーーーーーーーー・・・・・


・・・気が付くと僕は夜の書斎に戻っていた。

あれは僕の青春そのものだった。初恋の相手・・・
どうして僕はこんな大切な記憶を忘れてしまったのだろう。
吉崎さんが居ればこんな鬱屈した想いをしなくて済んだかもしれない。

僕はどうしてしまったんだ・・・なぜこんな記憶を忘れられるんだ・・・

「明人さん・・・こんな時間になにしてるの?」

姉さんが書斎に入ってきた。

「書斎に誰か入っていくのが見えたから、ひょっとして明人さんかと思って・・・」

姉さんが近づいてくる。
僕は姉さんを、姉さんの瞳を見つめて、彼女の手を取った。

「明人さん・・・?」

「姉さん少しのまま、そのまま・・・」

姉さんの瞳が近くなる・・・
彼女の瞳は美しい黒色、覗き込めばどこまでも広がる深淵・・・

でも、違うんだ。当たり前だが姉は彼女とは違うんだ。
僕の永遠はあの時消え去ったのだ。

「ごめん・・・おやすみ。」

「え?」

僕は姉さんの手を離し、目を逸らして書斎から出た。


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最終更新:2011年07月23日 18:35
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