93 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/08/04(木) 00:46:27.63 ID:DjXm98ut
見渡す限りの田園地、一年ぶりに来た地元はまったくと言っていいほど代わり映えしていなかった。
電車で一時間かけて地元にあるたった一つの駅に到着すると、まず視界に入ったのはホームに立つ複数の子供達、俺達が電車から降りると手を振りながら歩み寄ってきた。
俺や由奈の知り合いではないので、空ちゃんの友達だろう。
案の定、歩み寄ってくる子供達に気がついた空ちゃんも手を振り返して子供に駆け寄った。
話を聞くと空ちゃんが通う中学校の同級生らしく、いつも一緒に遊んでいる友達だそうだ。
なんでも夏休みに入って一度も遊んでいないらしく、皆で迎えに来たらしい……そう言えば学生はもう夏休みに入っているんだった。
「兄ちゃんバス来たぞ!」
買ってやったアイスをベンチで食べていた空ちゃんが(勿論友達皆にも買ってあげた)ベンチの上に立ち一本道を指差す。
緑色の見慣れたバスが此方へ向かってくるのが視界に入ってきた。
古いバスで俺が小学生の時から元気に走っているバスだ。
「それじゃ皆乗り込んでね~」
「「「はぁ~い!」」」
小学生数十人とバスに乗り込み、自宅近くのバス停へと向かう。
バスに揺られて一本道を突き進む。
94 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/08/04(木) 00:46:51.61 ID:DjXm98ut
学生の頃は毎日乗っていたのであまり意識しなかったが、大人になってバスから外の景色を見て“風情”と言う言葉の意味が初めて理解できた気がした。
この町から出ていくときも流れていく田園をボーッと見ていた記憶があるが、その時は何も感じなかったけど悪い言い方をすれば歳を取ったのだろう…。
そんな事を考えながら小一時間外バスに揺られていると、田園を抜けて町へと差し掛かった。
この辺一帯も見慣れた町並み。
閉鎖的な町を開発しようと市が道路を作ろうとしたようだが、町の権力者である父がそれを許さなかったとか…。
確かに守らなければならないモノも数多くあるのだが、産まれた町でもあるので外の繋がりを断つばかりでは寂れていく一方ではないかと密かに心配もしている。
「空ちゃんのお兄さん!隣座ってもいいですか?」
バスの中で騒いでいた空ちゃんの友達の一人が話しかけてきた。
小柄なツインテールが似合う女の子だ。
まだ中学一年生なので、幼さが残る丸顔が可愛らしい顔をしている。
「いいよ、どうぞ」
「ありがとうございます!」
荷物を退け、大袈裟に椅子を手でぱっぱっと払うと、女の子は笑顔を浮かべて椅子に座った。
95 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/08/04(木) 00:47:40.05 ID:DjXm98ut
「お兄さんは空ちゃんのお兄ちゃんなんですよね?」
「ん?そうだよ?」
空ちゃんの方へ目を向け呟いた。
男の子達に混じって何やら騒いでいる。
空ちゃんは女子の友達より男子の友達の方が多いようだ。
迎えに来た子達は全員で13人なのだが9人男子で4人が女子。
兄としては少し心配だ。
「羨ましいなぁ~、空ちゃんお兄さんの話ばっかりするからいつかは見てみたいと思ってたんです!」
「はは、見た感じどうかな?期待外れでしょ?」
「そ、そんな事無いですよ!物凄く優しそうですし、私のお兄ちゃんになってほしいぐらいです!」
慌てて誤解を解こうとする女の子の頭を撫でる為に手を伸ばした。
「痛ッ!?」
女の子の頭に手の平を置いた瞬間、頭部に鈍い痛みが走った。
咄嗟に頭を手で押さえて、視線を女の子から前に目を向けた。
「……ゴミついてたわよ?」
由奈が一直線に此方を睨み、人差し指と中指で何かを摘まんだ状態で俺の目先に持ってきた。
「ゴミって……」
由奈の手を掴み何を摘まんでいるのか目を凝らして見つめた。
……俺の髪だ。
5~8本ほど抜かれている。
頭を押さえて由奈に再度目を向けるが、本に視線を落としてしまっている。
96 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/08/04(木) 00:48:20.37 ID:DjXm98ut
「ねぇ、お兄さん彼女いたりするんですか?」
隣に座る女の子が再度質問してきた。
「彼女かぁ……残念だけど今はいないなぁ…」
一瞬薫ちゃんが脳裏に過ったが、すぐに消えていった。
「えぇ~本当ですかぁ?なら私とかどうですか?」
少し頬を赤らめ上目遣い…中学生でももう既に男を落とす術を持っているのか…。
この子は間違いなく将来男に苦労する事は無いだろう。
「君達からすれば俺なんておっさんでしょ?同級生で好きな人とかいないの?」
「え~…だって皆子供臭くて…」
確かに…空ちゃん達は子供の様にはしゃいでいるが、年齢はまだ13歳だから十分子供。
この子が単純に大人びているだけだろう。
しかし学生は本当に恋愛話しが好きだ。
町を歩いていても、誰が誰と付き合ってる…誰が好き…誰が嫌い…女子中高生は特にそう言った話しが好きだろう。
「じゃあ、お兄さん携帯番号交換しまy「智(とも)…お前なんで兄ちゃんの隣に座ってんの?」
女の子の言葉を遮り空ちゃんが友達の輪から外れて此方へ歩み寄ってきた。
この子名前智って言うのか…。
それにしても空ちゃんは何か楽しい事でもあったのだろうか?
見たことないような笑顔を浮かべている。
97 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/08/04(木) 00:48:52.03 ID:DjXm98ut
「ちゃんとお兄さんにお願いしたよ?ねー」
俺の腕に手をまわして頭を肩に乗せると、恋人同士のように同意を求めてきた。
この子、既に彼氏ができた事あるんじゃないだろうか?
こなれてる感がヒシヒシ伝わってくる。
「……く…ガキが…こ…すッ……」
目の前に座っている由奈が本に視線を落とした状態でなにやらブツブツ呟いている。
本は既に閉じられており、シワが寄るほど握りしめられている。
これは危ない…。
苦笑いを浮かべながら腕に巻き付く智ちゃんの手を外そうとするが、智ちゃんは手を放そうとしなかった。
「そんな事聞いてないだろ……なんで、お前が隣に座ってんだよ?」
再度空ちゃんが智ちゃんに問いかける。
やはり満面の笑みを浮かべている…不自然な程に…。
「だからお兄さんが良いってy「智、このバカ!お前空の顔見ろよ!」
今度は空ちゃんの後ろに居た男子が智ちゃんの言葉を遮り、焦ったよう駆け寄り腕を掴んで立たせようとした。
「ちょ、放してよ!顔?顔ってな………ぁ……その…ご、ごめんね!?すぐ退くから!」
空ちゃんの顔を見上げた直後、何故か血の気が引いたように顔を真っ青にして椅子から勢いよく飛び上がり空から距離を取った。
98 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/08/04(木) 00:49:21.99 ID:DjXm98ut
顔を見ろってなんだ?
空ちゃんの表情は先ほどと変わらず笑顔を保っているけど…。
「……昼から皆で川に行くんだ。だから兄ちゃんも私達についてきてよ!」
空いた椅子に腰を落とすと、今度は空ちゃんが腕に手を回して抱きついてきた。
先ほどの子と違い、どこか甘えるような雰囲気を醸し出しているあたりやはりまだ空ちゃんの方が子供のようだ。
「……ふざ…んなっ…そチビ…ッ」
「そ、そうだな!それじゃ、墓参りした後に行こうか?」
由奈の方に目を向けることなく返答した。
今は何となく由奈の顔を見てはいけない気がする…。
「なぁ、いま空自分の事“わたし”って言わなかったか?」
吊革にぶら下がっていた男子が目を見開き隣に居る女子に話しかけた。
「確かに…空ちゃん“わたし”って言った。いつもなら“僕”なのに」
周りに居た空ちゃんの友達がざわめきたつ。
そんなに不思議な事だろうか?
確かに耳慣れないとは思ったが、女の子なんだからこれが普通。
「な、なんだよ…別に私も女なんだからいいだろ!?」
褐色の肌でも分かるぐらいに空ちゃんは頬を真っ赤に染め、友達に言い返した。
99 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/08/04(木) 00:50:07.83 ID:DjXm98ut
「空ちゃんはこの友達の中に好きな人が居るのよねぇ?女の子は好きな人の前では可愛らしくなりたいのよ。皆も空ちゃんに優しくしてあげなさいよ」
先ほどまでブツブツ独り言を呟いていた由奈はいつの間にか復活し、意地悪な笑みを浮かべていた。
「ち、違うよ!ぼく、わたっ、私は…その……にぃ………う~…」
助けを求めるように俺に視線を投げ掛けてくる空ちゃん。
助けてやりたいが、兄として空ちゃんの好きなヤツが気になる。
「そ、それじゃ仕方ないなぁ~…」
「お、おう。空も女だし…優しくするぐらいなら…」
「俺は…いつも優しく接してるけど」
「てめっ、何一人だけ格好つけてんだよ!」
男子どもが醜い争いを始めてしまった。
男子達も満更ではないようだ。
「皆もガツガツしてたら空ちゃんに嫌われるわよ?
でも、よかったじゃない空ちゃん。これだけの男子に好かれてるんだから……頑張って彼氏作りなさいね」
「だっ、だから別に私はそんなつもりじゃないって言ってるじゃん!」
由奈に飛びかかりそうになる空ちゃんを後ろから抱き抱え落ち着かせる。
「由奈もあんまり人の事に口出しするなよ?」
100 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/08/04(木) 00:50:48.98 ID:DjXm98ut
「そうね、可愛い妹の恋愛だからつい口を出しちゃうのよ…ごめんね?」
ニコッと空ちゃんに微笑みかけると、そのまま視線を横に流して外に目を向けた。
先ほどとは違い、どこかイラつきも消えているようだ。
「……」
逆に空ちゃんの機嫌が悪くなってしまったが……。
最寄り駅からバスに揺られて一時間半…路面の悪い道を走り続けようやくバス停へと到着した。
「いたた…長時間座ってたから腰が痛いな」
「ふふ、実家についたら私がマッサージしてあげる…」
後ろから近づき耳元でそう呟くと、ツカツカと歩き出してしまった。
何故わざわざいやらしく呟くのだろうか?
暑さで頭がクラクラしているのか、別の理由でクラクラしているのか分からなくなってきた。
「に、兄ちゃん…ちょっとしゃがんで…」
「ん?どうした空ちゃん」
空ちゃんに手を引かれ、腰を屈める。
「あの…家についたら…私が…ま、マッサージ…してあげる…ね」
顔を真っ赤に染めながら耳元で小さく呟くと、そのまま友達の輪に入り歩いていってしまった。
「……空ちゃんいい子だな……ついでに由奈も」
優しい妹達を持って嬉しい限りだ。
101 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/08/04(木) 00:51:12.79 ID:DjXm98ut
「あいつ大丈夫かな……」
由奈と空ちゃんの背中を見ていると、ふと零菜の顔が頭に浮かんだ。
今回の出来事で零菜はモデルの仕事ができなくなってしまうかも知れない…。
いや…かなり高い確率で実家に戻されるだろう。
とくにラブホの写真…あれはマズイ。
篠崎家系は代々“女は結婚するまで身体を許すな”と言う古くさい掟が存在する。
古くさいと言っても篠崎家に産まれてきた女性は皆それを守ってきたのだ。
篠崎家百四十年間の歴史の中でも零菜は特別。
その篠崎家の“誇り”が“汚れ”に変わる事は許されない。
写真が偽物か本物か…そんな事は正直どうでもいいのだ。
篠崎家の名に“傷がつく事実”が許されないのだ。
「どうにかできないもんかな…」
とにかく…今は早く実家に向かい母に会いにいかなければ。
※※※※※※※
「とにかく…今は父が家に居ないのでまた後日…」
「そ、そんな…だって零菜ちゃんも僕との結婚を楽しみにしてたじゃないか!」
「えぇ…楽しみにしてました…だけどお父様に誤解された以上、私の独断ではもうどうすることもできないの…今は家からも出られないですし」
「そ、そんなぁ…」
へなへなと玄関先でへたりこむ中年男性。
102 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/08/04(木) 00:51:42.95 ID:DjXm98ut
名は田島 光作…私の元婚約者。
いや…元婚約者“気取り”と言った方が適切かも知れない。
「と、とにかく…篠崎さんとの話の場を儲けてもらって何も無かった事を伝えなきゃ」
「……えぇ…そうですね…」
そろそろめんどくさくなってきた。
呆れた素振りすら見せず、表情を作るのは流石に疲れる…。
ふと玄関の向こう側から数人の子供達が視界に入ってきた。
それに混じって空も居る。
そして優哉の姿も…。
「……私も光作さんと別れるのは辛いのです……貴方と結婚したかったけど……だけど…だけどもう!」
「れ、零菜ちゃん!」
「きゃ、きゃあ!光作さん!?」
抱きついてきた、田島を押し返すように手で制御した。
芝居でも長く触れられたく無い部類の人間……ここ数ヶ月…何度顔を潰してやろうと思った事か…。
「なにやってんだお前ッ!」
私の思惑通り私の異変に気がついた優哉が私に抱きつく田島を引き剥がし表へと投げ飛ばした。
「ふんぎゅっ!?」
豚みたいな声をあげて、玄関前を転がる田島。
笑いを堪えるのに必死だったが、優哉の後ろ姿は怒り色を隠せないほど肩で息をしていた。
「ゆ、優哉…」
「大丈夫か零菜!?何もされてないか!?」
103 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/08/04(木) 00:52:18.46 ID:DjXm98ut
此方へ振り替えると、私の肩を掴み心配そうに話しかけてきた。
「え…えぇ…大丈夫よ…ありがとう優哉(ふふ……バ~カ…)」
優哉に悟られないように毒づく。
優哉もかなり甘い。
少し弱みをみせれば、あれだけ毛嫌いしていた私の元へとすぐに駆け寄ってくる。
妹を守らなければ…そんな感じの事を思っているのだろうか?
生憎私は一人でも十分生きていける。
優哉も空も由奈も…父でさえもただの暇潰し道具。
「何をするんだ!?」
――ただの…。
「ふざけんな!妹に何をしようとしたんだよ!」
私を守るように田島に立ち塞がると、大きく声を荒らげた。
「……」
そう――ただの暇潰し…ただの暇潰し…私にとっては…ただの…暇潰し…。
「くっ…」
田島が立ち上がり、優哉を睨み付けた。
まだ居たのか…用はすんだのだからもう消えてくれないだろうか?
「こんな所を父に見られたら貴方会社潰されますよ!?」
これは大袈裟に言っている訳では無い。
一つの会社など軽く潰せる力は篠崎家にはある。
だから田島の顔も青ざめているのだ。
「ま、また来るよ零菜ちゃん…」
それだけ言うと、そそくさと逃げていくように立ち去った。
104 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/08/04(木) 00:52:51.91 ID:DjXm98ut
初めからそうすればよかったのだ…相手する身にもなってほしい。
「本当に何もされなかったか?」
再度振り返り問いかけてきた。
やはり本気で心配しているようだ。
「…大丈夫よ…だから手を退けて」
肩から優哉の手を払い、外へ目を向けた。
腕を組み無表情で此方へ目を向けている由奈と視線がぶつかった。
……むかつく。
何に?
分からないけど、とにかく由奈の表情に腹が立つ。
「…疲れたでしょ?中に入って休んだら?」
由奈から目を反らして再度、優哉に視線を落とした。
今の私は少しおかしい…今の状態で由奈の顔を見ていたら、苛立ちを表に出しそうになる程に。
「そうしたいけど、すぐにお母さんの墓参りに行ってくるよ。その後空ちゃん達と川に行くから。お前も一緒に行くか?」
玄関先で空とその友達らしき子供達が群れている。
「お母さんの所にはもう行ってきたわ。それと川で遊ぶ歳でも無いしパス。
私は夕食の買い物行くから」
「分かった。多分夕方の4時ぐらいまでには帰るよ」
優哉から鞄を受け取り、手を降る優哉達を見送る。
105 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/08/04(木) 00:53:17.91 ID:DjXm98ut
「ふん……馬鹿馬鹿しい…」
優哉の鞄を居間に投げ入れ、自分の部屋へと向かった。
一瞬脳裏に昔優哉が好きだった母が作ったオムライスが頭に浮かんだ。
何十年前の記憶だろうか?
好みなど、思春期に入るとコロコロ変わると言うのに…。
しかし、何故だろうか……夕食は意地でもオムライスを作りたくなってきた…。
これも私なりの“暇潰し”だと思いたい。
※※※※※※※
「兄ちゃん見て見てー!」
「あ、危ないって空ちゃん!」
「大丈夫だよ!うやっほ~い!!」
対岸の橋の上から此方へ手を振ると、何の躊躇も無く川へと飛び込んだ。
大きな水しぶきが舞い飛び、空ちゃんが水の中へと潜りこむ。
高さは四メートル近くあるんじゃないだろうか?
もし川の中に大きな石でもあればかなり危険だ。
「死んだかな?」
わざとらしく口に出し川を覗き込む由奈。
「ぷはっ、お~い兄ちゃ~ん!」
数秒後、川の中から顔を出し此方へ再度手を振った。
隣から舌打ちが露骨に聞こえたのでチラっと由奈に目を向けるが、由奈は何事も無かったようにまた木の影へと移動して本を読み出した。
「空ちゃん、危ないからダメだよ!」
「は~い…ごめんなさい」
106 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/08/04(木) 00:53:54.02 ID:DjXm98ut
泳いで近づいてきた空ちゃんにキツく注意すると、案外アッサリと返事を返して謝ってきた。
どこか嬉しそうなのが少し引っかかったが…。
「お兄ちゃんもうちょっとキツくてもいいんじゃないの?」
「いや…あれでも十分キツく言ったつもりなんだが…」
「ダメよ、髪の毛掴んで水の中に押し込むぐらいしなきゃ」
「そんなヤクザみたいな事するかアホ!」
この妹は俺をどんな人間にしたいのだろうか?
「それよりお兄ちゃん…ふふ、隣来てよ」
隣の石垣をポンポンと叩いてそこに座るよう言ってきた。
何も言わずに由奈の言う通り隣へと腰を落とすと、徐に俺の膝に頭を乗せて寝転ぶ。
「なんだよ…重たいぞ?」
「涼しい…」
目を瞑りそう呟くと、太ももに鼻を擦り寄せてきた。
川の上流から川独特の涼しい風が吹き抜けて行く。
クーラー要らず、田舎ならではの涼みかたでは無いだろうか?
「なんか…昔を思い出すね」
「……あぁ…そうだな…」
この川は俺達も昔よく遊んでいた川で(もう少し上流だったが)由奈と駄菓子屋でアイスを買っては川に足を突っ込んで食べていたのだ。
「……変わらないな…この辺も…」
「うん…そうだね…」
107 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/08/04(木) 00:54:21.21 ID:DjXm98ut
由奈の髪を優しく撫でると、今度は俺の手に甘えるように頭を擦り寄せてきた。
「あぁーッ!由奈姉ちゃんズルい!」
友達と川で泳いでいた空ちゃんが此方を見るや否や素早いクロールで俺達が居る岩山まで泳いできた。
その岩山を器用に登り、歩み寄ってくる。
ふと空ちゃんの水着に視線が向いた。
空ちゃんが着ているのは学校の指定水着で所謂スクール水着。
他の子供はカラフルな水着を着用している。
これでは空ちゃんが可哀想だ。
「空ちゃん明日デパートに水着買いに行こうか?」
「えぇ!本当に!?」
拗ねたような表情から一変、向日葵のような笑顔を咲かせて俺の腕を掴んだ。
「別にお兄ちゃんが行くこと無いんじゃないの?お金あげるから友達と一緒にいきなさいよ」
興味なさそうに目を瞑ったまま川へと指差す。
由奈が指差した場所には数多くの男子が空ちゃんをチラチラ見ている。
そう言われてみれば…水着は友達と買いに行ったほうが選びやすいのかも…。
「あぁ…それじゃお金y「ダメ!兄ちゃんと一緒に行く!!絶対絶対に兄ちゃんと一緒に行くからな!!!」
鼻息荒らく由奈を見下ろし強く宣言した。
108 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/08/04(木) 00:54:46.95 ID:DjXm98ut
「あっそ……まぁ、好きな人には後で見せたいものだもんね?頑張って選んできなさい」
「ちっがーーうッ!!」
「はは、まぁまぁ」
ジタバタと暴れる空ちゃんをなだめて、同じように影に座らせた。
他の子供は何度か休憩していたが、空ちゃんはずっと遊びっぱなしだったので一度は休憩させないと怪我の原因に繋がるかもしれない。
タオルをカバンから出して空ちゃんの頭を軽く拭いてやる。
気持ち良さそうに目を細めて、表情を緩めている。
視線を下に向けると、由奈が目を開けて俺の顔を見上げていた。
空いた左手で空ちゃんと同じように由奈の髪をくしゃくしゃっと撫でてやると、面白い事に同じように目を細めて表情を柔らかく緩めた。
「お前ら似てるな…」
「「似てない!!」」
十分似ていると思う…。
「はぁ…なんかお腹すいてきたなぁ…」
空ちゃんが空を見上げて突然呟いた。
何故空腹で空を見上げるのか不思議だが、何となく分からないでもない。
「確か零菜が夕食の食材を買いに行ってるらしいけど…」
「買いに行ってるのは空ちゃんとお父さんの食事でしょ?私とお兄ちゃんは別で食事を取るから」
109 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/08/04(木) 00:55:45.99 ID:DjXm98ut
まぁ、分かりきっていた事だが由奈は俺が由奈以外の異性が作った料理を胃に入れると烈火の如く怒るのだ。
もうトイレに連れて行かれるのはごめんだ。
「それに今日はお兄ちゃんの誕生日なの…誕生日はお兄ちゃんと私の二人で祝うって決めてるから」
そう…なんの呪いか、最後の母の冗談か、母の命日と俺の誕生日が偶然にも重なっているのだ。
「兄ちゃん誕生日なの!?ならパーティーしなきゃ!お~い皆ー!兄ちゃん今日誕生日だから祝うぞー!」
「ちょっと!?あんた話聞いてたの!?」
由奈が勢いよく立ち上がり空ちゃんに詰め寄る。
しかし空ちゃんは由奈の手を軽くかわして川へと飛び込んだ。
「今日は皆で焼肉だー!」
「「「おー!!!」」」
「こ、このガキッ!焼肉なんかしないわよ!」
まぁ、今日の誕生日は由奈が作る数々の料理を一人で食べなくてすみそうだ。
110 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/08/04(木) 00:56:21.53 ID:DjXm98ut
※※※※※※※
「えぇ…そう……分かったわ…楽しんでね…」
携帯電話の電源を切りテーブルへと投げる。
テーブルの上をスーッと滑ると、力加減を間違えたのかゆっくりテーブルの上から落下していった。
それを拾うでも無く、椅子へ腰かける。
電話の相手は空。
なんでも優哉の誕生日パーティーを開くから帰りが遅くなるとのこと。
分かっていたこと…。
初めから私は一人。
誰にも頼らず、目の前の壁を乗り越え、誰からも見下ろされる事の無い地位が私の目標。
だから些細な事に躓く事はあっても転けたりしなかった。
それを、篠崎が許さないからだ。
テーブルの上には皿に盛られたオムライスが二皿。
雑ながらも自分では頑張ったほうじゃないだろうか?
何故二皿?
そんな事は自分でも分からない。
ただ、昔の記憶を辿ったら二皿のオムライスと双子の幼い兄妹に行き着いただけ…。
ただ、それだけ…。
椅子から立ち上がり、徐に皿を掴むとゴミ箱がある場所へと歩いていく。
「……」
数秒眺めた後、それをゴミ箱の中へと捨てる。
何も感じない…自分が作った料理だからだろうか?
もう一皿のオムライスも同じようにゴミ箱へと捨てた。
111 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/08/04(木) 00:56:46.94 ID:DjXm98ut
「零菜様?何をなさっ…て……それは零菜様が作られていた料理では…」
いつの間にか留美子が私の背後に立っていた。
ゆっくりと留美子に目を向ける。
「ぇ……零菜様…泣い…」
「消えなさい……殺すわよ?」
自分の頬を伝う冷たいモノを拭うことすらせず、留美子に言い放つ。
「は、はい…失礼します」
一度頭を下げ、リビングから姿を消す留美子を見送った後、窓の外から差し込む夕陽の光に視線を向けた。
これはなに?
自分の涙に気がついた途端に沸きだす殺意にも似たこの感情。
母を裏切った父にも似た感情を持った覚えがある。
だが…それ以上の悲しみが憎悪に変わり渦巻いている。
「ふふ…」
止まらない…。
これは何の涙なの?
ねぇ……優哉?
……貴方だけは絶対に許さないから…。
112 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/08/04(木) 00:57:20.58 ID:DjXm98ut
「あはは…は…ははッ」
――貴方は忘れているのでしょ?
「っあははははッは!!どうせ初めからそのつもりだったわよ!」
――貴方と私は“双子”なのよ?
「いいわよ!?優哉!貴方を苦痛に歪ませてめちゃくちゃにしてあげる!何が妹よッ!あっはは――ッ全部潰し――ッ!!!」
――貴方は忘れているのでしょ?
「私と貴方は絶対に切れない繋がりがあるのよ!!?私からは絶対に逃げられない!逃がさな゛い!
這いつくばらせて嫌と言うほど私を感じさせてあげるわ!」
――愛する母から私も貴方と一緒に産まれて来たのよ?
最終更新:2011年09月20日 00:28